十話 侵入作戦
ワンスについて調べるなら、ここは見ておかなければならない。
「えー、私室に入るの?」
「ああ、幸い使用人室でマスターキーを入手したからな。ワンスが大浴場でゆっくりしている間にパパッと調べる」
「アッシスタ、変態だね」
「そんな目的で入らねえよ。何か資料はないか物色するだけだ」
「十分変態だよ」
「失敬な」
あまり乗り気ではないアルカを何とか説得して、配置に付く。ワンスの部屋は一階の端、セバンの部屋の真下にある。大浴場は全く逆の一階の端の方にあるため、角度的には見えないようになっている。
俺がワンスの部屋を探している間、アルカには大浴場の入り口が見える場所で待機してもらい、出てきたら知らせてもらう。知らせを受けた俺は素早く撤収する運びだ。
前日から準備を進め、鍵は開くことを確かめている。扉を開けても何か音が鳴るとか棘が飛び出してくるとか、そういう仕掛けはない。
「ワンスさんが出てきたよ。お風呂好きなのかな? 室内に備え付けの浴室あるのに」
大浴場も好きに使っていいらしいが、俺一人のために男性大浴場に湯船を張る気はない。備え付けの方でのんびりさせて貰っている。アルカも同じく部屋の方を利用している。
「そこの柱からなら見えるだろ?」
「うん。出てきたらすぐ伝えるから」
大浴場の扉に消えて行ったワンスを見届け、俺は素早く扉の鍵を開ける。
カチャリと軽い音と共に開錠し、静かに扉を開けた。
「なんか変だな」
ワンスの部屋に入ってすぐ違和感を覚えた。パッと部屋中を見回して、すぐ違和感の正体に気付いた。
「部屋の構造が違うのか」
他の部屋と広さは変わらないが、部屋に入ってすぐにあるはずの手洗い場や浴室がない。窓の大きさも違い、他の部屋はキッチンもあるはずだが、ワンスの部屋は、なんというか小奇麗な物置に住んでいるように思えた。
部屋の隅ではなく、少し壁と離れて置かれたシングルベッドと、逆にきっちり角に寄せられた机があるだけのシンプルな部屋で、机にはワンスが読んでいる本が山積みにされていた。引出しに鍵はかかっておらず、確認してみるが何も入っていない。
「何もないってことあるのかよ」
一応積まれている本の背表紙でザッとタイトルを確認してみたが、どれも普通の小説であり、何かヒントに繋がるような専門書すらなかった。
「貴族令嬢の部屋だぞ? クローゼットすらないのか?」
まさかこれしか部屋にないのかと焦り始めた時、手を付いた壁に違和感を覚えた。
「ここだけ壁が薄いな。隠し扉か?」
壁を手でなぞると、小さな突起を見つけた。白い壁と同色になっている取手を指先で引っ掛ける。引いてみるとやはり扉になっていた。
明かりはないため見えづらいが、奥行きは短い。そっと手を伸ばすと、前屈みになったくらいで奥に手が届いた。
「ここがクローゼットになっているのか?」
手を伸ばした際に触れた布の正体は、ワンスが好んで着ているワンピースドレスだった。
まさか隠し扉をクローゼットとして使っているとは思わなかった。しかし、室内には何も無かった以上、この中に謎の真相に繋がる何かがあると信じて探す。
「床面は……、クソッ、何もないな。これ以上先もなさそうだし」
壁を叩くが空洞のような場所はない。床には埃一つ落ちておらず、仕方なく衣類を一枚ずつかき分けて間に何かないか探る。
一応小さなタンスはあったが、引出しの中には小物が入っていて……、つまり下着類だ。漁る趣味はないし元に戻せる自信がないため、怪しげな物が入っていないか目視だけしてすぐに閉めた。
少し乱雑だが、腕で右から左へとかき分けていくと、何か硬いものが腕に触れた。
「ん? なんだこれ」
それは、ホルスター付きのベルトだった。ハンガーを掛ける棒にバランスよく引っ掛けられていた黒革仕様のホルスターは、ベルトが短い。俺の場合、太ももではギリギリ巻けない程度の長さだ。
「女性の太ももにならちょうどいい長さか」
迷っている暇はない。ホルスターを手に取ると、ずっしりとした重さに手袋越しでもひんやりとした感触が伝わってきた。思わず何が収まっているか目視してみると、簡単に外せるボタンに固定された、どこか見覚えのある形の物が出てきた。
「これは……、銃なのか? いやしかし、すごいコンパクトだな」
銃があること自体はそれほど驚きではない。所持には許可証が必要とはいえ、貴族や高級店ならば護身用に置いているところは少なくないし、近年の戦争でも当たり前に投入されている。
ただ、俺が不思議に思ったのは、その銃が片手で扱えそうなほどコンパクトであること。普通は弾を一発込めて引き金を引くが、この銃はすでに弾が六発装填されている。弾を込めるところはもしかして回転するのだろうか? 確かめたい気持ちはあるが、銃に詳しくない俺が下手に触るのは暴発の恐れがある。
「…………」
俺は少し迷った末、これをアルカに見せることにした。幸いまだワンスは大浴場から出てこない。
意外にも真剣に見張っていてくれたアルカに声を掛ける。
「アルカ」
「ん? もういいの?」
「いや、すぐこれのスケッチを頼みたい。俺じゃ絵は描けないから」
「了解、これって……何?」
「俺も見た事ない形だが、おそらく銃だ。ロックは掛かっているようだが、扱い方に自信はない。決して銃口は覗かず、触るな。大体の形が分かればいい」
「じゃあラフくらいでささっと描いておくよ」
「頼む。見張りは代わる」
アルカは日記帳を開き、床に置いた銃を見ながら模写を始めた。
本当は持っていって王都で調べたいが、隠していたという事は、定期的にあるかどうかを確認するはず。部屋に誰か入った形跡を残すのはマズイ。
ワンスが凶器を持ち歩いていると思ったら背中を冷たい汗が流れた。銃の殺傷能力は、昔一度見せてもらった事があるが恐ろしい。たとえ急所でなくとも撃たれたら致命的だ。
「描けたよ!」
アルカの模写完了の声と同時に、風呂上がりで寝間着姿のワンスが大浴場から出てきた。すぐ戻ってくるのかどこか寄るのかは分からないが、すぐに撤収すべきだ。
俺は銃を拾い上げ、隠し扉のホルスターに手早く戻した。そして、一番端の服を手に取り、丸めて持ち帰る。
「よし、逃げるぞ」
「なんか悪い事しているみたいだね」
「今回ばかりは悪い事をしたからな、否定はしない」
「服盗んでいるしね。やっぱり変態だった?」
「違う。ちゃんと理由はあるんだ」
「言い訳臭い」
否定できないことをチクチク言うアルカに、俺は何も言い返せなかった。




