十一話 お散歩
ある程度情報も集まってきたが、俺たちはこの屋敷のことをよく知らなかった。
これだけ大きな屋敷、その外周だって調べる価値はきっとあるはずだ。
「というわけで、今日はちょっと気分転換も兼ねて散歩しよう」
「いいじゃん、お弁当も作って貰ったし」
今日は外を調べるとワンスに伝えると、昼前には籠に入れられた昼食を用意してくれた。
「でも外って、雑草まみれだったよね?」
「汚れてもいい格好で行くぞ。足元怪我しても知らんからな」
「同じ服しかない……」
「ワンスに言えばなんか貸してもらえるだろ」
数着持ってきていたワンピースはどれも同じものらしく、雑草の生い茂った場所を探索するには足元が心持たない。そこでワンスに声を掛けると、女性用の乗馬服を貸し出してくれた。
少し大きいサイズだったが、俺が予備で持ってきていたベルトでずり落ちないよう固定した。
「ズボンなんて久しぶりかも、なんか新鮮。……アッシスタ、何を持ってるの?」
「何って、コーヒー。せっかく外出てのんびり歩くんだから、コーヒーがないと楽しみがないだろ」
縦長のコップに蓋をして、零れ防止をしている。まあ多少零れても外だから許してもらおう。
「このコーヒージャンキーめ。だったら私もお菓子片手に散歩してやる」
「好きにしろ。でも転ぶなよ」
アルカは部屋に戻ってマカロンを入れた袋を持ってきた。
今日は血生臭い所を見る予定はないから、これくらいお気楽な気持ちで探索するのがよさそうだ。
「うぅ、今日はちょっと風が寒いね」
「一応は冬だからな。隣国みたいに雪が降らないだけマシだろ」
本格的な寒さはこれからではあるが、急に寒くなってきた気温がまだ身体が慣れていない。俺はそれなりに鍛えて寒さに強いから平気だが、アルカは身体が細い。思ったより寒かった屋外に耐え切れず、俺の背中にピトリとくっ付いた。
「アッシスタの背中があったかい」
「歩きづらいから離れろ。ほら、こんなこともあろうかと思ってマフラーと上着を持ってきていたから」
「わーい! あったかー」
手を広げるアルカに上着を着せ、マフラーをクビに巻いてやる。時々、本当に妹なんじゃないかと思うほど無邪気になる。
温かいコーヒーを一口。
玄関前以外は雑草が無造作に生えているため、俺の靴は膝までを覆う長靴を借りている。
「屋敷一周するだけで半日かかるんじゃないか?」
「今思ったんだけど、ずっと雑草生えているのに、休憩場所ってあるの?」
「雑草が生えていると言っても冬だからな、どこか枯れている場所があるだろ。とりあえず行くぞ」
「はーい。土は固いから歩きやすいね」
幸い、地面全部が緑一色というわけではなく、寒さに負けてだいぶ土がむき出しの場所が多い。後は秋の枯葉がわずかに彩っている程度で、雑草をかき分けるほどの庭ではなかった。
子どもたちが遊ぶことを想定して作ったのか、玄関横の庭は面積が広い。遊具を置けばだいぶ賑やかになるだろうが、この家に庭で遊ぶような子どもはいなかった。
「私たち、ワンスさんを疑っているのに、ずっとワンスさんの恩恵を受けているよね」
「俺たちを殺すつもりなら依頼は頼まないし、初日に毒でも盛ればいいだけだからな」
「それもそっか。私の能力を当てにしているみたいだしね」
「ワンスがどこの誰なのか分からない状態ではあるが、まあ、俺たちは事件の真相を暴くだけだ。だけど、申し訳ないがワンスの心までは俺たちに推理する力はない」
「それが出来たら正真正銘、名探偵だよね」
アルカと並んで歩き、屋敷の一階廊下の窓を眺める。
この屋敷は大貴族の屋敷並みに大きいが、何か意図して建てたかのように造りが同じだ。当主の部屋でさえ客室と変わらないし、窓も規則的に並んでいる。
ワンスの部屋だけは例外だったが、なんというか、この屋敷には面白みがない。
玄関を見て、時計回りに歩いていた俺たちはやっと一つ目の角に辿り着く。曲がると珍しく変わった形の窓があった。
「この部屋は……、驚くほど何もないな」
「空き部屋だね。壁一面が窓になっているから、日当たりがいいだろうけど。日向ぼっこしたい」
位置的には当主の部屋の下あたりで大浴場の隣。あまり気にしていなかったがこういう部屋もあるようだ。
「カーテンすら付けていないから、本当に空き部屋だな。大浴場を作って余った所に部屋を作ったのかもな」
アルカが窓に張り付いて室内を覗くが、やはり何もなかったらしく首を横に振った。
珍しい部屋があった以外に新しい情報を得られず次に進もうと思ったが、ちょうどよく腰掛けられる場所があったため、少し早い昼食にすることにする。
「他にもこんな部屋はあるのかな?」
「あっても特に何もないだろうな。それより、俺は一か所だけ気になっている場所がある」
「ん? どこ?」
「玄関を見て右側、俺たちの今日の散歩の最後の方になるな。そこに小屋があったのは覚えているか?」
「あー……、なんか蔦が絡まっていたところ?」
「そうだ。何か隠すとしたら、そこが怪しいかなとは思っているんだけど、蔦の絡まり具合から見て、使っていない農具が入っているだけのような気もする」
「見た感じはただの小屋だったよね。やっぱり誰も使っていないんじゃない?」
「使っていようがいまいが、調べる価値がある以上は調べるぞ」
昼食を終えた俺たちは、またのんびりとした足取りで屋敷の外周を歩き始めた。
…………。
…………。
…………。
結果からいうと、本当に何もなかった。
屋敷の外周は裏手に回るほど幅が狭く、通りづらくなって道を戻ったほどだ。人が歩くことを想定していない。
時間をかけて玄関まで戻ってきた俺たちは、今度は半時計回りに進んで目的だった小屋を目指した。
しかし、その小屋は俺が予想した通り雑草を刈る用の鎌やスコップなど、適当な道具が置いてあるだけだった。一度や二度は使ったのかもしれないが、土汚れの下に錆はない。新品に近い状態だった。
「屋敷の外は事件と関係ないみたいだね」
「だな。殺害に用いられたわけでもなさそうだし」
結局あの窓のでかい部屋意外に変わった所もなく、犯人の痕跡らしきものもなかった。
「誰も使っていなさそうな割には綺麗だよね。蜘蛛の巣もないよ」
「中の掃除くらいはやっていたんじゃないか?」
「外の雑草を刈らずに室内の掃除だけ? 業者が来ていたのかな」
「さあ、どうだか。……ああ、明日はちょっと王都に行くんだけど、日記帳を貸してくれ」
「いいけど、何か調べ物?」
「まあな。やっぱり王都の方が調べるのには便利だからな。アルカも来るか?」
「うーん……、私はいいや、個人的に調べたいことがあるから」
「そうか、何か分かったら教えてくれ」
何もなかった、というのが収穫らしい収穫を得て、俺たちは屋敷に戻った。




