十五話 力の代償
俺の能力がなければ間違いなく即死だった。
背中に重く圧し掛かる瓦礫に埋もれた状態から何とか脱出すると、屋敷は炎に包まれていた。天井は崩れ、屋台骨がむき出しになっている。運よく床は崩れなくて俺たちは二階にとどまっているが、いつ崩れるかも分からない場所にいつまでもいるわけにはいかない。
「に、人形一つで、こんなに……」
「アルカ、すぐに脱出するぞ!」
「待って! ワンスさんは?」
すぐに先ほどワンスがいた場所に視線を向けたが、俺は首を横に振った。瓦礫に押しつぶされて、手だけが見えている状態だった。
「アルカ、見るなよ」
「……うん」
瓦礫をそっと持ち上げるが、間違いなく即死だ。真っ赤に染まった瓦礫と、死後硬直で引き金を引き絞ったままの指先。苦しそうな表情で息をしていなかったワンスの瞼をそっと下ろした。
「助けている余裕はない」
「……ごめんね」
アルカが謝る必要もないのに、涙を流して謝罪した。
瓦礫を能力で強引にどかしたが、扉を出た先は炎が燃え盛っている。階段が崩れ落ちているため正規ルートでは玄関を出られない。能力を使って強引に突破できるかもしれないが、腕に抱えたアルカまでは無事ではいられない。
「ルートを変えるぞ、窓から飛び降りる」
「ここ、二階だよ? 結構高いよ?」
「なるべく衝撃は減らす。死ぬ気で耐えろ」
「死ぬ気じゃダメなんだって!」
外にも大量の瓦礫が散らばっているが、雑草が生い茂っている所を狙い、落ちることを怖がっているアルカをしっかり抱きしめて飛び出した。
「イヤアアァ!」
何とか体勢を調整し、俺は雑草の上に背中から落ちる。能力を使っている俺は無事だが、衝撃を受けたアルカは「ブヘッ」と声を出していた。
「無事だな?」
「鼻痛い」
「無事だな」
目の前の柵をぶち壊し、すぐに屋敷から離れてアルカを安全な場所に避難させる。野次馬が屋敷の周りに集まっていたが、警備隊の者たちが危ないからと野次馬をどかしていた。
知り合いを見つけてほっとしているアルカの背中を押す。警備隊の隊長は仕事柄アルカのことを知っているため、後が面倒ではあるが、とりあえず保護してもらえばアルカは助かる。
「アッシスタ? 早く避難しないと」
「悪い、やることがあるんだ」
「え?」
「まだ一人、屋敷に残されている令嬢を助けないとな」
アルカが止めに入る前に、俺は駆け出す。まだ本物のセバンが屋敷のどこかに囚われているはずだ。
炎は広がり、瓦礫はどんどん崩れていく。だが、ワンスは言った。本物のセバンは地下に監禁していると。
生き埋めになっていなければ、まだ生きているかもしれない。せめて限界まで探してみなければきっと俺は後悔する。何せ、絶望の中で死んでしまったワンスが、幸せになれるかもしれない最後の希望だからだ。
「どこだ? 地下への通路なんてどこにもなかったはずだが」
もしかしたら屋敷の外かもしれない。でも今までの捜査の中で俺は違和感を覚えていた。それがセバン救出のヒントになると信じて、走り回る。
足場に気を付けて廊下を走り回ると、窓からアルカの姿が見えた。柵を超えてギリギリまでこちらに近付いてきて、痛そうに頭を押さえながら何か叫んでいる。
「アッシスタ! ワンスさんのお部屋! 旦那さんがそこにあるって!」
アルカの言葉に抱えていた違和感が消えた。俺は反転してすぐにワンスの部屋に向かった。
「ビンゴ! 流石名探偵!」
どこも同じ造りの部屋だったのに、ワンスの部屋だけ物置のような違う造りになっていた。
爆心地近くで部屋は瓦礫の山と化していたが、壁から少し離れた不自然な位置に置かれたベッドを思い出し、そこらの瓦礫をどかす。床に同化して見えづらいが、床に取手があることに気付いた。
ベッドはカモフラージュであり、ここが地下へと続く通路となっていたのだ。瓦礫が崩れてくる前に滑り込む。
幸い地下までは崩れていない。少し狭い通路から続く螺旋階段。身体を壁に何度もぶつけながら進んだ先、そこに牢があった。
そして、一人の少女を見つけた。
「君がサスパート・セバンだね?」
牢に閉じ込められていた少女はまともに飯を与えられていなかったのかやせ細り、しかし、俺を懸命に見上げる顔は人形とそっくりだった。
足枷を付けられ、力もなく這いずる事しかできないセバンを助けるために、牢を能力で壊そうとしたところ、なぜか鍵は開いていた。
「開いている? 逃げられないと思ってワンスが鍵を掛けていなかったか?」
「あ、なたは?」
「ただの助手だ。大丈夫、すぐに助けてやるからな」
「ありが、とう」
足枷を能力で引きちぎり、セバンを抱きかかえて螺旋階段を駆け上る。地上に出ると先ほど以上に炎は広まっていて、火の粉が髪をチリッと焼いた。
屋敷に突入するときに使った穴は瓦礫に塞がれていて、別の道を探すしかない。黒い煙がもうもうと立ち込めて、セバンが力なく乾いた咳を繰り返す。
屋敷の二階がほとんど崩れ落ちてきて、廊下の窓は全て塞がれていた。外は見えるのに、出ようと思ったら二階以上の高さがある瓦礫を登らなくてはならない。
そんな俺の全力に、弱り切ったセバンの身体が耐えられるはずがない。
――また、壊すのか?
恐怖に満ちた視線。俺が触れる度に壊れていく。無茶をして、今守るべき人を壊すのか?
「あっち」
「え?」
出口を探し求めていると、腕の中のセバンが弱々しく指差すと。不思議と考えていたことが消えた。
その指先の意味を理解して走り出す。そこは爆心地からもっとも遠く、そこは、以前外を散歩した際に外から見ただけの部屋だった。
扉を蹴破ると、その部屋は……何もなかった。そう、大浴場の隣の使われていない部屋。
「相変わらず窓がでかいなおい」
俺の身長をゆうに超す巨大なガラス窓、爆発の振動で割れたガラスの破片が白く床に散らばっていた。
窓の枠に残っているガラス片に気を付けながら外に出ると、あまりのあっけなさにしばし放心した。
――新鮮な空気が美味しかった。
「アッシスタ!」
警備隊の人と一緒に駆けてくるアルカは、放心していた俺の身体を支えた。ちょうど能力の時間切れらしい。
セバンを警備隊の人に預けた俺は、能力を酷使した代償として、全身の力が入らなくなり、その場に崩れ落ちた。




