十四話 誤った覚悟の決め方
「未来はアルカさんと同じく、能力者が蔓延っている世界です」
ワンスは銃口をアルカに向けたまま語った。
「私の祖先、サスパート・セバンは稀代の天才であり、やがて王からとある依頼を受けます。それは、世界初の能力覚醒者、ソンナワケ・アルカの能力解析。これにより、セバンは能力者を覚醒させる因子を発見し、複製に成功します。私の生きる時代では、能力者であることがあたり前となっているのです」
「それで? どうしてアルカとセバンを殺害しようとする?」
俺はアルカを背中に隠し、盾となる。まっすぐ銃口を向けられる恐怖に汗を掻きながらも、視線は決して外さない。
「能力には個体差がありますが、時代の流れと共に研究は進み、強い能力を意図的に生み出せます。特に殺傷能力の高い能力は、老若男女問わず前線に連れていかれ、戦争と平穏を繰り返しています」
「ワンスの能力はなんだったんだ?」
少し困ったように眉を潜め、頬の傷を撫でながらワンスは答えた。
「私の能力は特に強力でした、何せ使い方次第では世界を変えることもできますから。正体はなんと“時間の逆行”です。かつて王の殺害をこの能力で防いだ時は、稀有な能力のせいでほぼ監禁状態で保護されました。この頬の傷は暗殺者に付けられたものでして、時間を戻して監禁ごと無かったことにしましたが、傷は残ったままでした」
「ということは、結局王は死んだのか」
「そうですね。戦争を引き起こした王を助けようとしたのが間違っていました。いえ、そもそも能力が存在することが間違っています! だから私は能力を使い果たしてでも長時間の逆行を試みたのです。時間を戻すたび神経が擦り減りましたよ。私だけ見た目も持ち物もそのままに、周りの人は若返っていきましたから。ついに旦那も生まれていない時代まで遡りました」
アルカが俺の後ろでぎゅっと服を握ってくる。大切な人を失う辛さは、俺よりアルカの方が分かっている。
「セバンとアルカさんがいなければ、未来は平和になります。セバンは地下で監禁しているのでいつでも殺せますが、アルカさんは国がバックに付いています。下手に殺して私が疑われるのも嫌ですから」
「……アッシスタ。少し、ワンスさんとお話しさせてくれる?」
俺は少し迷ったが、アルカを隣に並ばせた。
「ありがとう、私の事を名探偵と呼んでくれて」
「未来ではアルカさんの功績が残されています。あなたを名探偵と呼ばずして誰が探偵を名乗れますか、実際会ってみて驚きはしましたけど」
「あはは、思ったより迷探偵だったでしょ? でもたまに、そう、たまーに私の推理も当たるんだよ」
「そうですか。最後に何を推理するんですか?」
「ワンスさん、本当は死にたくないんでしょ?」
「それは当然です。私は死にたくありません」
アルカは首を横に振る。「そうじゃない」
微笑んだアルカは、向けられた銃口を恐れず続けた。
「セバンちゃんが生きている限り、私を殺しても未来は変わらないよ。本当に未来を変えたかったら、セバンちゃんを生かしている意味がないもん」
「セバンはアルカさんを殺した後に殺します」
「どうして私が先なの? セバンちゃんほどの天才が今後出てきて能力を解析すると思ってる? そんな未来になるなら、私はたとえ王様の依頼でも断るよ。だから教えてよ。どうしてセバンちゃんを先に殺さないの?」
「それは……」
アルカの分かりやすい嘘の煽りでも、今のワンスには効いている。アルカは追い詰めるように問いかけた。
「死にたくないから、だよね?」
念を押すようにアルカが詰める。ワンスはセバンの子孫であるため、まだ子を残していないセバンを殺せば、ワンスは未来に存在しなくなる。未来の平和の代償として、ワンスは生まれない。
「死にたくないですよ。死にたくありませんが、私に能力はもうありませんし、能力は過去への一方通行でした。もう未来へは引き返せないんですよ。だから、先送りにしてきた覚悟を決めなくてはなりません。セバンとアルカさんを殺しても、“私”の未来は変わらないことくらい分かっています。だから、ターゲットの片割れであるアルカさんを殺して覚悟を決めたかったんです」
「今もまだ、私を殺したい?」
「……あなたを殺さなくてはなりません」
「じゃあ、引き金を引いてみてよ。未来はこの程度じゃ変えられないって証明してあげる」
「な、舐めないでください!」
ワンスはカタカタと震える手を抑え、改めて銃口をアルカに向けた。
「私は、未来を変えるのです!」
もう彼女に止まる意思はない。目尻から流れる涙が頬を伝い、落ちた。
同時に彼女の細い指先が引き金に触れた。
――ダーンッ!
部屋中を震わせる轟音のような銃声。ぎゅっと目を瞑るアルカの左胸の前、俺は右手を伸ばして銃弾を防いだ。
「……え? なんで」
驚いた表情のワンスの視線の先、俺の手のひらで銃弾が高速回転しながらその場で止まっていた。
「アルカを殺しても未来は変わらないって話、何か勘違いしていないか? たとえアルカを殺しても、天才のセバンが天才的頭脳でどうにかする? ……違うな」
俺は手のひらで受け止めた縮んだ弾丸を握り潰す。指の間からパラパラと残骸が落ちた。
「能力覚醒者は数人いる。王家が把握しているのがアルカだけってことだ。能力者がこの世で受け入れられるかどうか、アルカの父マジカさんが見極めるために、俺に手を差し伸べてくれた」
この能力の使い方が分からず、誰にも、何にも触ることが出来なかった俺の手を、マジカさんは握ってくれた。
表向き探偵業として活動しながら、俺みたいな能力者を救ってきたマジカさんは亡くなってしまったが、俺はその意思を継ぐつもりでアルカの助手を志願した。
「え、あ……」
吸い寄せられたように銃口は俺に向けられ、連続で三発撃たれる。俺はそのすべてを手のひらで受け止める。続けて撃たれた一発は、俺が何かするまでもなく明後日の方へ飛んでいった。
ワンスの表情に焦りが見える。俺たちには当たらないことを理解したのか、最後の一発は撃たずに銃口だけをこちらに向けていた。
「アッシスタの能力、久しぶりに見たよ」
「頻繁に使うもんじゃないからな」
世界でアルカだけが知る俺の能力は、身体能力の超強化。身体の全てが強化され、たとえ脆い瞳であっても銃弾は貫けない。
アルカを俺の背中に隠してワンスに近付く。拘束してセバンの居場所を吐かせなければならない。しかし――、
「近づかないでください! それ以上近づいたら、私は死にますから!」
まだ熱いだろうに、ジュッと音を立てながらこめかみに銃口を当てたワンスは、壁まで下がって自身を人質に取った。
「私がセバンを殺さなかった理由はそうです。あの子を殺したら私が消えるからです。あなたたちに依頼した理由は、未来人である私の罪を暴き、……私を殺して欲しかったからです」
「自殺が怖いのか?」
「怖いです。怖いですよ! なんで小心者の私が未来を救わなくちゃいけないんですか! もう愛する人の元へは帰れないし、本当に誰かを殺す覚悟もありませんでした。でも、私が未来を変えなくちゃ、旦那は何をしても助かりません。未来を変えるには根本を絶たなくてはならないって気付きましたから」
「だからセバンとアルカを殺すってか? それに何の意味がある? セバンのような優秀な研究者は山ほどいる。能力者だって探せばこれからも現れる。アルカは初めて能力を観測した人物かもしれないが、決して根本ではないぞ」
銃の引き金を引かれないように説得を試みるが、ワンスの意思は我が儘な子どものように固い。決して銃口をこめかみから外そうとはしなかった。
ワンスは俺たちと出会った時から迷い続けていた。アルカを殺そうと思えばいくらでも出来たはずだ。でもまだ生きているということは、それだけ彼女の中で良心が葛藤している。
「無理して能力が使えなくなるまで遡ってきたこの時代、やり直しはできません。それに、未来が変われば、続く未来に私はいません。私には、この意思を貫くことしか出来ないんですよ」
ワンスがポケットから眼鏡を取り出して掛けた。それに何の意味があるのかは分からないが、宙にブオンと音を立てて何かが飛び出してきた時、嫌な予感がした。
「待て! 何をするつもりだ!」
「セバンの人形は、ただの人形ではありません。あれは戦争でも用いられている、敵を呼び寄せるために人型に寄せて作った爆弾です。非常に値の張るため量産は難しいですが、開発者である私なら、この時代にあるものでも作れました。よかったです。ナイフで切られた時にただの人形ではないと気付かれなくて」
宙に浮いている平面の何かは、セバンの人形が置かれた部屋を映していた。おそらくこれも未来の技術。離れた場所を見ることができるのか。
俺は直感に従い、ワンスを止めなければと瞬時に飛び出したが、それより先にワンスの指先がセバンの人形に触れた。
「私が、未来を変えます」
――ピッ
「アルカ!」
「アッシスタ!」
間に合わなかったと理解し、急反転してアルカに飛びつく。アルカの頭部を抱きかかえ、蹲って身体を丸める。
「さよなら、名探偵と助手さん」
直後――、天地を揺るがすほどの大爆発が俺たちを襲った。




