第九話 女神バレは本意ではないのですが、ヒロインの独自理論が止まりません
ホールが困惑にざわめく。
そうよね、皇太子殿下まで参戦した断罪劇で野次馬を集めていたところに、今日の主役が大きな声を出して突撃してきたんだもの。
いや本当に、あなたが主役の輝かしい夜会に水を差して申し訳ない。でもセラフィナの名誉のためなの。…………。
(ままままま待って! 今、女神って言った!? もしかしてバレ……、いやまだそうと決まったわけじゃない。落ち着くのよ)
女神バレは本意じゃない。勝手に夢に入り、動向を伺ってはストーキングする。……いつぞやのエドワード殿下が言ったようにただの立派な不審者だ。
セラフィナをまた断罪させるなんて、そんなわけにはいかない。
「リリー様、何か勘違いをされていませんか?」
セラフィナの水色の瞳に困惑を浮かべて、頬に手を当て小首を傾げる。下ろした髪がさらりと流れる。
どう!? 嘘偽りない純真無垢に見えるでしょ!
「隠さなくてよろしいのです。私にはわかります」
(何を根拠に!?)
リリーは青い瞳を真っ直ぐに向けてくる。それこそ純真すぎて直視できない。
「夢に出る女神様の雰囲気や魔力の感覚で、ずっとあなたではないかと思っていたんです」
「そのような曖昧なことを言われましても、困りますわ」
私の会った女神様は、まばゆい光を背負ったお陰で顔はよくわからず、幾重にも重なる声といい匂いがした。夢で匂いは再現できないが、女神様を参考に顔と声はぼやかしたから雰囲気も何もあったものではないと思うんだけど。
魔力の感覚に至っては、非科学すぎて反論もできない。私は他人の魔力の感覚なんて感じたことないし。
「そうですよね。でも一番の証拠は、この浄化石です。力を取り戻すには絆が必要だと、女神様はおっしゃいました。実際オリバーと信頼を築くうちにこの石は輝きだしたのです。でもずっと持っていてわかったことがあります。私がオリバーを特別好きだなと思うとき、石はほんのり温まるのです」
え、そんな特別な演出があったの?
エモくて宜しい。早く知りたかったわ。
魔王討伐のとき、二人の強い想いで石は温まり、きっと彼らを勇気づけたのだろう。――良い!
「実は魔王討伐の際、最後の最後で石が特別温かくなったのです。あの危機の中、とても柔らかな、心がほっとするような温かさでした」
やっぱり! 魔王討伐はさしずめ二人の共同作業、とても尊い!
「それはあのとき、オリバーの頼もしさに私が心奪われていたからだとずっと思っていました」
「――っ、リリー!」
感極まって声を上げたオリバーと、感極まりすぎて反応が無になった全私。
……はあ。こんな堂々とした告白、さすがはヒロインだわ。スチルスキルもはやくスチルとして認定してほしい。高画質でこの表情を見たい。
「でも違ったのですね」
「……え? リリー?」
「ああ、オリバーを頼もしく思ったのは本当よ。だけどそれだけじゃなかったの。セラフィナ様の想いに浄化石が応えたの」
「どうして分かるんだ?」
リリーはふんわりと、慈愛に満ちた微笑みをその可憐な顔に乗せた。宗教画の聖母のような。私のイメージする聖女そのものだ。
「さっきから、ほっと安らぐように石が温かいから」
リリーは胸に飾った浄化石のブローチを、細い指先で繊細になでる。
「石を通して誰かと繋がっている感覚があるの。説明は難しいけれど……。セラフィナ様、あなたは今、愛を確信しているのですね」
「――っ!」
ドックンと心臓が大きく鼓動した。かっと頬が熱くなり、瞳にまでじわりと熱が滲む。
(こ、公開処刑すぎる!!!)
咄嗟に視線を送ってしまったエドワード殿下が、切れ長の目を一瞬見開いた。凪いでいた紫の瞳に、蜜を溶かしたような甘やかな熱が帯びる。
制御できない鼓動が、トクリトクリ高鳴って、観念しろと私に突きつけてくる。
「な、何のことやら……」
磨き上げられた淑女の仮面ですら、脆く崩れ落ちる。
そんな私を見たエドワード殿下は一転、口角をあげ、瞳を誇らしげに或いは少年のように悪戯めいた光で満たした。
なんですかその得難い表情は!
あ、待って、嫌な予感。その口を開かないで!
「私の女神は本当に謙虚だな」
(あ゙――――――――! ばか!!!)
今その言い方はよくない! 『セラフィナ様が?』『エドワード殿下がお認めになったぞ』なんて、ホールがざわめいている。世論形成の天才ですか!?
「やっぱり!」と殊更明るい声が弾んだ。
「ずっと! ずっとお礼を伝えたかったのです」
リリーが私に迫り、両手で私の右手を掴む。
「……え?」
「恥ずかしながら私は家族関係が良くなく、常に気を張っていました。夢のあなたはいつも親身で、優しく無理をしなくともいいと言ってくれた。そう言ってもらったのは初めてでした。私は眠るのが楽しみだったのです」
リリーは上気させた頬をかいた。
やめてほしい。そんなふうに言ってもらう資格なんてない。嬉しそうに微笑んでくるから、罪悪感がぎりぎりと押し寄せる。とうに淑女の仮面が壊れていた私は、その懺悔をぽろりと吐露してしまった。
「……わたくしはわたくしの無力をあなたに押し付けただけです」
私では浄化石を輝かせられないと思った。誰かを好きになることも好きになってもらうこともないと思っていた。そうなってはいけないとも。だから託した。
「押し付けただなんて、違いますよね。あなたはよく図書館で勉強しておられました。学校のあまり使われていない古い演習場へ向かう姿も見ました。普通科の留学生であるあなたがどうしてそんなところにいるのか不思議だったんです」
図書館にいたのはあなたのスチルを回収するためですね。演習場に至っては隠れて使っていたはずなのだけど!? リリー、目ざとすぎるわ。これも魔力の感覚ってやつなのかしら。
「私が本当に無理しなくていいように、備えてくださっていたのですよね。実際、魔王の動きを封じてくださっていた。だから、魔王は本来の力を顕現できなかったんです」
……ま、眩しい!
独自理論を展開する青い瞳が、きらっきらと見つめてくる。その瞳はオリバーに向けて。ぜひともスチルを作って。
魔王討伐の際、確かに魔王を足止めしようと渾身の拘束魔法を展開した。だけどそれは私だけじゃない。
リリーや騎士団の影に隠れて有効な魔法は何かと必死に試行錯誤していたら、エドワード殿下が音もなく現れた。
私がしようとしていることをすぐに見抜くと、呪文を唱えて加勢してくれた。
あの時、魔王が最期の力を振り絞ったとき、指先が白くなるほどぎゅうっときつく組んだ手が誤魔化せないほど大きく震えた。
私が介入したから結末が変わってしまった? このまま倒せなかったら、どうなるの? セラフィナは? リリーは、みんなは、エドワード殿下は?
――怖い、怖い、こわい!
熱い掌が、私の手を覆った。背中を回る腕が力強い。寄せられた顔が魔王を鋭く見据えたまま、『大丈夫』と言った。それだけで心が熱く奮え立った。私はセラフィナと二人だけじゃなかった。ずっとこの人が傍にいてくれていた。
――ああ、それで。それで、浄化石が一際眩く輝いたんだ。
「あなたのお陰でオリバーとも出会えた。私の幸運は、すべてあなたから齎されたのです」
目の前のリリーは、何の憂いもない、ただただ抑えきれない幸福が滲むように微笑んだ。
――くすくす
しんと静まり返っていたホールに、ささやかな笑い声が落ちる。
「もう観念したほうがいい。貴女は罪悪感を抱いていたようだが、ベル嬢本人がこう言っているのだから」
そうして、エドワード殿下は私の耳に唇を寄せ、囁いた。
「周りをごらん。貴族たちは貴女の真実を好意的に受け止めている。どう立ち回ったら、セラフィナのためになるだろうね」
(今、なんて……? セラフィナのため……?)
でもそうね。
リリーとエドワード殿下が私の不審な行動を献身に塗り替えてくれた。
……変なの。今のほうがよっぽど断罪されうる証拠が揃っているのに。
セラフィナはやっぱり狭い世界にいたのよ。ここは暖かいわ。
こくりとつばを飲んで、すっと背筋を伸ばした。
「わたくしにはその石を輝かすことはできないとわかっていました。素直で清廉なあなたにしか浄化石を輝かせられないと思ったのです。重責に耐え、魔王討伐を成し遂げたのはあなたの力。あなたこそ、この世の英雄。あなたこそ、わたくしの『聖女』です」
「魔王討伐は私の力だけではなかったのにそう呼ばれることがずっと心苦しかったのですが、今やっと晴れやかな気持ちです。……私を選んでくださって本当にありがとうございます。あなたが私の女神様で嬉しい」
リリーは青い瞳いっぱいに涙を溜め、きゅっと唇を引き結んだ。悲しいとか恨めしいとか、そういう涙じゃないのがわかる。頬がほんのり赤く、何よりその瞳が真っ直ぐきらきらと訴えてくるから。
「……私だけの女神ではなくなってしまったね」
エドワード殿下が耳打ちした。
(この、確信犯め!)
唇を噛んで睨みつけていると、浄化石に軽く触れたリリーはふふっと軽やかな笑い声をあげ、「今度ゆっくりお話したいです」と言ってオリバーの元へ戻っていった。
かっと頬が熱くなる。
だってなんか、余計な気を回された気がする。断じて違うから! ……その筒抜けの浄化石を身に着けるのを今すぐやめてほしい!
エドワード殿下はマントを翻すと、胸に手を当て、為政者の顔で私の前に跪いた。
「我が国の皇太子として、貴女に最大の感謝を。貴女の慧眼と勇気がなければ、今日の平穏もなかっただろう。その献身に、心からの敬意を捧げたい」
そして彼は穏やかに笑みを浮かべると、私の指先をすくい取った。
吸い込まれそうな紫の瞳から目を逸らせないでいると、甲にそっと口付けが落ちる。
その熱さに指先が震えたとき、ホールがわあっと沸き上がった。
「フィーナ、ありがとう。誰よりも尊い、私の女神」
称賛や歓声の中、届くはずもない低く潜められた彼の声が、どうしてか鼓膜を甘くくすぐった。




