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第七話 脳筋がわざわざ襲来してきたので、完膚なきまでに後悔させてあげます



 リリーはオリバー殿下と腕を組みながら、ホールに降りた。途端人々が彼らを囲み賛辞を送る。


 私はその輪から少し離れたところ、二人がしっかり視界に入る位置から、スキルでスチルを眺めていた。


(こんなスチル、ゲームにはなかったと思うけど……)


 ハープ音も、エフェクトもばっちり。これは私をここに送った女神からのボーナスタイムかしら?


 これでも覚悟を決めてきた。今日が最後になる覚悟。


(私なりに詰め込んだ知識は気に入ってもらえるかな)


 もう社交が嫌かもしれないからセラフィナの知識を活かせそうな魔法帝国の官僚試験の勉強をしたし、子供が好きだから庶民の学校を経営するのもいいかと思って計画を立ててみた。


 趣味に生きるのも人生潤うからセラフィナの油彩画の技量と私のイラスト描きの知識を合わせた新しい表現なんかも研究してみた。まあ他にも色々。


「…………ナ!」


 セラフィナが目覚めたら、そのどれかが第二人生のきっかけになったら嬉しいんだけどな。


「おい、セラフィナ!」


 あーーーー、雑音がする。それもすごく不快な。


「聞いているのか! セラフィナ!」

「っ!」


 肩をぐいっと乱暴に引かれる。自分を鍛えることに執心した、その怪力を忘れたんですかね。


「あいも変わらず、表情のない気色悪い顔だ」


 乱暴に振り向かせたくせに、なんて無礼な。この絶世の美女をそう認識できないなんて、美的センスが狂っている。筋トレしすぎて筋肉しか評価できない頭になっているんではなくて?


「あら、奇遇ですわね。あいも変わらず、お顔が作画崩壊されておりますよ」

「はあ?」


 おっといけない、「作画崩壊」なんて通じないわ。……まあ知ってて言ったけど。セラフィナを侮辱するなんて許せない。


(だけど、好都合)


 セラフィナの誇り高い胸を張って、優雅に微笑んだ。


「いえ、『元』婚約者にわざわざ何のご用かと思いまして。――レオンハルト殿下」

 

 あなたがこの夜会に招待されていることは、心配した彼に教えられて知っていた。

 謝罪の一つでも寄越すなら慈悲深く後悔を促すだけにするつもりだったけど、その必要もないようね。

 

 いいでしょう、完膚なきまでに後悔させてあげる。

 ふふふ、腕が鳴るわ。


(見ててセラフィナ! 餞にレオンハルトの完全敗北をお届けするわ!)


 ふんっと鼻を鳴らしたレオンハルトが、キャシーと腕を組んで見下ろしてくる。どうしてそんなに尊大でいられるんですかね?


「『無能』なわたくしに愛想も尽きたのではなかったのですか?」

 

 レオンハルトの口角はぴくりと震えたようだが、隣のキャシーは太い腕に絡みついたまま、上目遣いで私を気遣う素振りをする。


「まあ、ますます可愛げがなくなっていませんか? お可哀想に、一人で大変だったのでしょうね」

 

 おっと、こめかみに青筋が。隠して隠して。

 私は一人じゃない。ずっとセラフィナと二人一緒にいる。可哀想なことなんて何一つない。


 白魚の手を頬に当てて眉を下げ、わざとゆっくりキャシーを見やる。


「貴女の物差しからすればそうだったのでしょうが……。わたくしからすれば天国のような毎日でしたわ。心配には及びませんことよ」


 スチル回収のためにこそこそと動くのは確かに難易度が高かったけれど、推し活は苦労も醍醐味でしょ。

 

 ほら、チケット戦争を勝ち抜いたときの喜びは計り知れないし、推しためなら課金も行列も構わないのと一緒よ。


「そう強がるしかないなど哀れだな。喜べ、お前を公妾に据えてやる」

「はあ?」


 あ、セラフィナごめん。今私、淑女らしさの欠片もないドスの効いた声だった。


 レオンハルトが大業に眉を潜めたので、こほん、と咳払いをして、表情を微苦笑に変更する。


「失礼しました。余りにも突拍子のないことでしたのでつい。――まったくお話になりません。お断り致しますわ」


「お前の意思は聞いていない。俺が連れて帰ると決めた」


 相変わらず傲慢の権化だこと。ゲームでもこんな人だったのかしら? 俺様キャラというとはいざ対峙すると面倒なものなのね。


「ふふ、キャシー様が不満そうですわよ」


 まあまあ、そんなに歯を食いしばるから鼻に皺がよって。可憐なお顔が台無しだ。


 ……このヒロインもヒロインらしくない。これが騎士の国編の浄化の乙女? 魔物の大群の浄化……できたの?


 どちらにせよ、リリーの性格のなんと清廉なこと。


「これはキャシーも納得済みだ。黙って俺の命令に従え!」


 レオンハルト殿下は、隣の『真の愛』の顔も見えなくなってしまわれたのだろうか。悲劇ね。


 とはいえこのままここで話し続けるのを良しとするのは淑女としてはいまいち。


「……大きな声を出さないで下さいませんか。場所を変えましょう」

「そうやって逃げるつもりだな。そうはさせない」


 ――はい。思った通りのご展開ありがとう。

 これで堂々とここでお話できます。


「お忘れですか、レオンハルト殿下。わたくしはあなたに自由を保障していただいたのですが」

「あんなものもう無効だ! 留学の手続きやら、慰謝料やら、好きにこき使いやがって! お前ほど利己的な悪女はいない!」


 ……なるほど? もう一度ここでセラフィナをこき下ろして尊厳を奪い、また自分の都合のよい駒にするおつもりで?


(本当に、馬鹿にしないで。セラフィナがあなたの我儘でどれだけ己をすり減らしたと思っているの)


「あら、正当な要求をしたまでです。王国裁判所も判を押したでしょう?」

「本当に姑息な……。いいから来い!」

 

 腕をぎり、と握られて引っ張られる。

 本当に痛い! この馬鹿力が!


 こんな衆人環視でこの暴挙。騎士の国で相当な苦労をしているのは間違いない。


 ふふ、セラフィナを大事にしなかったあなたのせいよ。いい気味だわ。


 あなたがセラフィナの心象を貶めたように、私ももう少しだけこの国の貴族にあなたの悪いイメージを植え付けても、許されるわよね。


「……力で解決しようなど、あなたはやはり暴力でしか人を従えさせられないのですね」


「ちっ。本当に余計なことしか話さない口だ。その喉、潰してやろうか」


 怒り狂った瞳で睨まれる。つい肩がビクリと震えた。

 ……やば、さすがに言い過ぎた、かな。


 ところが、レオンハルトは突然、満足そうに笑みを浮かべた。


「そうしていると少しは可愛げがある」

「レオ!! 私が一番可愛いでしょ? そんな女褒めないで!」


 あら、キャシーのこの取り乱しよう。

 彼女は相当、セラフィナにコンプレックスがあるんじゃないかしら。

 

「勘違いするな、キャシー。お前とは比べものにならない」


 レオンハルトは、宥めるように腕に絡まるキャシーの額にキスをする。

 うげえ、そんなのはスチルにもなりません!


 キャシーが愉悦に満ちた笑みで勝ち誇ったように私を見るけど、いらないから! むしろ彼をもらってくれて感謝だから!


 私の腕に食い込んでいた武骨な手が離れ、私の首を正面から掴んだ。


(え……)


 端から見たら、私の顎を上げさせているだけに見えるのかもしれない。だけど、指が。


「――いいか、俺はお前をどうすることもできる。弁えろ」

 

 鍛えられた大柄な身体に、鋭い眼光。威圧的な声。武を極めた男の、渾身の脅し。

 

 男の人にこんなに凄まれたことなんてない。首を人に触られたこともない。大きな手に力は入っていないけれど、細い首に食い込む太い指の感触に、意志とは反対にカタカタと背筋が震える。


 ふざけないで。私の、セラフィナの尊厳はこんなふうに奪われていいものじゃない。


「……ふ、ふふ。見苦しく脅してまでわたくしを必要とされるの? あなたが捨てた女にこうして縋り付くなんて……。王族として、これほど滑稽な姿もありませんわね」


 圧迫される喉でも、精一杯毅然な態度は崩してやらない。それが、一番、不愉快でしょう?


「馬鹿にしやがって!」

「うっ」


 真っ赤な顔で激昂したレオンハルトの指先に力が入る。息が詰まった。


 ――でも、大丈夫。


『あんなに声を荒げて……。女性に暴力を?』

『こんなところで……、騎士の国も落ちたものだな』


 ほら、これで観客は私の味方。


 キッと目に力を入れ、冷えて重たい腕を持ち上げる。


 ……そうよ、この人は口では敵わないから武力をひけらかしているだけ。なら、私が魔法を使えることを知ったら少しでも怯むかしら。そうよ、それで私のペースに持ち込めたら、また言いくるめてやる。


 大丈夫よ、セラフィナ。

 勇気を振り絞って、首元の手に触れる、その時。


 ――――カツン


 ざわめくホールに、床を蹴る硬質な足音がやけに響いた。


「触れるな、フィーナ」


 耳に心地良い低く柔らかい声が、冷えた身体に熱を灯した。


 

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