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第五話 神作画の皇太子殿下は、勝手にスチルを量産してきます

 


 烏の濡れ羽色の髪に、アメジストよりも美しい紫の瞳。長い前髪がかからなくなった鼻筋はすっと通り、滑らかな白皙の頬は陶器のよう。


(圧倒的作画!!)


 どのパーツも、その配置も、前人未踏の黄金比では!?

 画家泣かせすぎる。肖像画なんて頼まれた日には、ストレスで胃に穴が開きそう。絵にできるはずもない美貌だもの。

 

 ドク、ドク、となんだか分からないけど胸が高鳴って苦しい。美しすぎるものを見ると感覚がバグるのね。


 声も出せず間抜けに呆けることしかできない。


「これは、部分的な変身魔法と認識阻害魔法の組み合わせでね」


 そんなこと言われても美が毒すぎて今は理解できない。でも手を離しても前髪は目を覆わない長さで、その瞳は紫のままだ。……え、つまり?


 エディさんは困ったように瞳を和らげると、おもむろに立ち上がり、私の傍らに片膝ついて覆いかぶさってきた。


「――っ」


 ち、近い。人知を超えた美貌が目の前に迫る。

 攻略対象じゃないからかスキルは発動しないのに、月光を味方につけて意味がわからないほど神々しい。

 これはもうスチルでしょ。神スチル。


「それで? 髪を茶色に変えてまで、本当に美形観察を? ――セラフィナ嬢」


(な、なんで、名前)


 エディさんは私の髪を一房掬うと、私から目を離さぬまま、そこに唇を落とした。彼の魔力が髪を流れ込み、その途端、髪色がプラチナブロンドに戻る。


「……え……」

「これでいい。……いつ見ても美しいな」


 切れ長の瞳が気分が良さそうに細まり、私の髪をくるくると指に絡めて遊ぶ。


「急に女神のお告げを受けたと宣う女が男を籠絡し始め、しかも弟がその筆頭ときた。兄としてはほっとけなくてね。こうして調べていたわけだが」

「オリバー殿下のお兄様……」


 ――それって皇太子殿下ってことでは!?

 

 つまりこの美貌の方が、魔法の腕は国内随一で、すでに陛下に代わって国政を司り、善政を敷いていると噂の、あのエドワード皇太子殿下ってこと?

 

 ちょちょちょっと待って、私これまでかなり不敬をやらかしていたのでは? え、ここで死……?


「大変申し訳ございません、皇太子殿下! 知らなかったとは言え大変な不敬を……」

「待て、それはいい」


 え? いいの? 命は大丈夫ってことでいい?


「だが貴女は、ベル嬢が男性と二人になる場面にいつでも現れる。立派な不審人物だ」


(終わったーーーー!)

 

 リリーを唆してると断罪されるパターンですね。

 どうしよう、どこまでバレてる?

 

 セラフィナ、大丈夫だからね。

 急いで対策を。まずはこの人がどこまで知っているかを探る? いえ、話を引き延ばすのは得策ではない気がする。じゃあどうする?

 

 膝の上で握る拳がぶるぶる震える。だって、リリーの夢に不法侵入したし、正しく唆した。彼女を洗脳したって言われてしまえばそれまで。

 

「そ、それは、心の潤いのためであって」


 こんなたどたどしい言い訳なんて意味がない。頭が真っ白になって、意味もなく目をぎゅっと瞑った。

 

「……大変だったろう」


 あ、れ……? 低く柔らかい声が、私を包み込むように言葉を紡ぐ。まるで心配してくれているみたい、なんて錯覚をおこしてしまう。


「――貴女を蔑ろにするなんて、本当に許しがたい」

「――っ」


 肩がビクリと跳ねる。数段低くなった声があまりにも威圧的だった。

 エドワード皇太子殿下は、その肩をそっと撫でた。温かい掌は、まるでセラフィナを労り、守るようにじんわり熱を伝えてくる。


 この方は、セラフィナの敵じゃない……?

 恐る恐る目を開けて、その白皙の頬を見やる。


「エドワード殿下……?」

「なんだ? ……ふっ、その顔。幼い頃、私と会ったことがあるのを忘れてしまった? 私は、貴女のような人が妻であったらと夢想したものだが」

「!?」


 そ、そ、そうですね! 私が推しに推しまくっているセラフィナは最高に魅力的な女の子よ!


 動揺がすべての感情を上回った。

  

 瞳をうろうろとさせていると彼の指先が伸びてきて、するりと眼鏡を抜き去った。エドワード殿下は小首を傾げて、私の瞳を覗き込んでくる。


「久しぶりに会った貴女は少し変わったな。芯が強いのも利他的なのも変わらないが……。こんな無茶をやる人だっただろうか。なんといったら良いか……、その瞳に何かを護ろうという強い意志を感じる」


 目がすっと細められて、何もかも見透かされそう。潜められた声が鼓膜を震わせる。

 

「まだ秘密がありそうだ。――暴いてみたい」


 ぞくりと背筋が粟立った。逃げたいのに、その瞳に視線を絡め取られて離せない。


「秘密などありません」

「そうか」


 吐息が触れる距離に私の声も小さくなる。必死に絞り出した抵抗は、微笑一つで流された。

 

「浄化石は貴女の物ではないか?」


 もう本当に、どこまで知っているんですか?

 リリーに渡したのに、浄化石と繋がっている感覚が途切れない。私が見つけてしまったから、私が本当の所有者なのだろうと思う。

 

「弟はよく知らないようだが、禁書によればあれは真実の愛で力を取り戻すものだ。なら、本来の持ち主である貴女自身が愛されればどうなるのだろう?」


 彼の掌が私の頬を覆い、親指が目の下をゆったりなぞる。紫の瞳にとろりと熱が籠もったように見えて、また一つ心臓が苦しくなる。


「……私と、試してみないか?」


 低い声がぞくりと背筋を震わせる。もう無理。

 咄嗟にぎゅっと目を閉じた。


 ドクリドクリ、制御を失って狂ったように高鳴る心臓は、私のもの? セラフィナのもの?


 ――馬鹿、違う。今はそんなことどうだっていい!


 私がここにいるのは、潤いのため。この神作画を前にして目を開けないなら、今後推し活なんて口が裂けても言えない。


 奥歯を噛み締めて、瞼をこじ開ける。


(うぐぅ、美麗〜〜〜〜!)


 圧倒的な美に目が潰れそう。つい瞬きが多くなって、一人コマ送りになっちゃってるけど、どの一瞬だって隙がない。


(さすがに養分過多かも)


 この人が皇太子殿下……。


 すう、と心が決まった。

 このチャンスを逃してはいけない。この人は幸いにも私に悪感情があるわけではないらしい。皇太子殿下を味方に付けられれば、あの国なんて怖くない。


 セラフィナ、この美に立ち向かう力を貸してね。


「ご冗談を。それに、そのような不確かなものに今は頼りたくありませんの。殿下がわたくしに真に求めるものは何ですか」


 浄化石のことを知っていても、私がシナリオを知りスチルスキルで進捗まで確かめられる、確度の高い未来予知のようなものができるとまで分かるはずもない。

 

 この国の命運を知っているから、政治を司る皇太子殿下相手にはきっと優位に立ち回れる。彼に飲まれてはいけない。


 こちらは必死に頭を動かしているのに、殿下は悲しげに表情を崩した。


「警戒しているね。無理もない。私が貴女に会いたかっただけなのだが」


 馬車が車止めに止まり、御者がドアをノックした。


「今日信頼してもらうのは難しそうだ」


 殿下はそう言って馬車を降り、こちらに手を差し伸べた。残念、タイムリミットだ。


(彼を味方に、と即座に判断できなかった私のミスね)


 なら、悔しいけど、余計な秘密がバレる前にとっとと退散するのが正解だろう。


(大事なオタク友達を失くすのは悲しいけれど……)


 エスコートを受けながら地面に足をつけ、彼に向き直る。


「送っていただきありがとうございました」

「いや。私が望んだことだ。私が感謝すべきだろう」

「滅相もございません。では、わたくしはこちらで失礼します。――さようなら」


 触れ合っていた手を離すと、大きな掌が追いかけて、私の手首をそっと掴みあげた。手首を回って余った人差し指が甲に触れる。爪の形まで綺麗だ。


 その先にある紫の瞳に視線を吸い寄せられる。

 

「私は貴女を愛でたいし、貴女の為すことを見ていたい。そして貴女が許してくれるのなら力を貸したい」


 ……神作画のご尊顔で、何やら限界オタクのようなことを申していませんか。


 思考が現実逃避していることは認めよう。

 ちょっと時間をください。すでに精神やら思考やらがゴリゴリ削られて、私のライフはもうゼロです。


「セラフィナ嬢、聞いている?」

「い、いえ……」


 できるなら聞かなかったことにしたい。


 エドワード殿下は柳眉を下げて困ったように微笑む。背後に背負った夜空の星が、彼のために一層輝いて見えた。それでも尚、一等存在感を増す美貌。


 やっぱりこの人は、スチルを自家生産できるみたい。


 エドワード殿下は彼との間にあった私の掌にゆっくり顔を寄せ、そっと口付けを落とした。熱い感触にぞくりとする。掌越しの紫が、伏し目がちに私を見た。


 掌のキス。たしか、――――懇願。


「え?」


「聞かぬふりをしないで、いつかこの想いに気づいてほしい」


 手首が解放され、夜風が当たる。さっきまでの温もりが名残惜しいなんて、どういうことだろう。


 頬に血が集まるけれど、この暗さじゃ絶対ばれない。この、心臓の高鳴りも。


 エドワード殿下はふっと笑み溢すと、私の背をそっと押した。


「おやすみ。――また会おうね、フィーナ」

「……はい、エディさん……」


 夜に溶ける声に化かされるように、どこか現実感なく口を開き、部屋に戻った。


 ドレスを脱ぎ、湯浴みをして、寝台に潜り込む。


 面白い劇、リリーとオリバーのスチル。

 アメジストの瞳、芸術品のような圧倒的な美貌。


「は?」


 待って待って待って。

 また会おうって言った!?

 あの何かと鋭いエドワード殿下に観察されながら、スチル製造とスチル回収をこなさないといけなくなったってこと!?


 これ絶対、詰んだ!

 私はセラフィナにスチルを見せたいだけなのに!!!



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