第四話 猫背のオタク友達は、実は神作画でした!?
オタク友達というものができた。
リリーはイベントをこなすうちにオリバー殿下に惹かれ、つまり無事にルート選択を終えていた。
このゲーム、学外のイベントも充実している。特にオリバールートは、勤勉な彼が帝国図書館での勉強を口実にデートに誘うのが定番だ。
優しげな王子様キャラの、その一辺倒な不器用さが沼ポイントなのよね。
さて、せっせとスチル回収に勤しむ私だが、特に街に出た場合、避けて通れない大問題がある。
(セラフィナ、あなたおいそれと外に出ていい容姿じゃないわ!)
セラフィナのプラチナブロンドは稀有で、めちゃくちゃ目立つ。というかセラフィナ美人すぎて街じゃ浮きまくる。スチル回収どころじゃない!
なので今日も魔法で髪を茶色に染め、眼鏡をかけて出かけていた。せっかくなので、裕福な商家の娘風、というのを目指してみた。
変身魔法を使ったら完全に別人になれるんだけどね。魔力消費が半端じゃなくて、せいぜい三十分しかもたないんだもの。スチルが現れたときに魔力切れなんて、目も当てられない。
でもこれくらいの変装のほうが、お忍び外出って感じでいいわあ。セラフィナ、貴族はこうやって遊ぶのよ(ゲーム知識)。
「こんにちは、今日も勉強に来たんですか? 勤勉ですね」
斜め前の席に件のオタク友達が座った。長い前髪で目を覆うひょろりとした猫背の男性。
外出先で良く見かけていた彼とは、いつの間にか雑談する仲になっている。彼のお気に入りの作家やら好きな食べ物やらを把握していることに気づいたとき、するっと友達認定した。
……気づけば懐に潜り込んで来ているこの感じ、彼は猫科に違いない。猫背だし。
帝立レガリア学院の卒業生であるらしく、つい課題について熱く議論してしまったこともある。セラフィナの頭脳についてくる賢さも底が知れなくて、興味深い。
それに騎士の国で暑苦しい男性ばかり見ていたので、この無害そうな出で立ちが、今の私の心のオアシスなのだ。
「勤勉だなんて……、でもありがとうございます」
確かに休日にわざわざ変装してまでスチル回収に来ているのだから、ある意味勤勉でしかないわね。
「そういえば、この辺に新しいカフェができたみたいでね。胡桃のタルトが絶品らしいですよ」
へえ。セラフィナは木の実が好物なのでこの情報は押さえておこう。
「相変わらず詳しいですね、エディさん」
「んー、そうでもないけど、街歩きは趣味なんですよね」
完全に偏見なのだけど、ひょろっと猫背で頬は真っ白いのでインドア派に見える。だけどなかなかに行動力があるところが、オタク的シンパシーなのよね。
「フィーナさんは図書館が好きなの?」
「え? うーん、そうですね。好きです」
目的はスチルだったけど、よくよく考えればこの建物も雰囲気も好きだ。セラフィナもそうかな。
ふふっとつい軽やかな笑いが溢れた。
名前を隠し変装しているからか、なんだかいつもよりも自然体な気がする。口調も軽いし、マナーも少しおざなりだ。
(こうやって気を抜くことも覚えてね)
会話はふつりと途切れて、ぱらりぱらりと互いに本をめくる音だけがする。やっぱり口元が緩いかも。この人との、この話しても話さなくてもいい感じ、楽だな。
図書館に来る目的はもう一つ。セラフィナが目覚めた時に困らないように、こそこそとあらゆる知識を溜めてる。あの国に帰らなくてもいいように、セラフィナが好きそうな仕事も考えたいわ。
(お、ハープの音。ふふふ、今日も順調ね)
スチルスキルは、遠くても二人の姿は見えていないと上手く発動しない。ふふ、今日の位置取りもばっちり。
横に並んで座った二人が同じ本を覗き込んで、肩が触れた。ああ、今日も尊い。ありがとうございます。
リリーが日増しに可愛くなっている気がするわ。きっと愛。浄化石が力を取り戻しているのをなんとなく感じるもの。
そしてエディさん。本を読むふりでさり気なくリリーを見ているの、知っていますからね!
彼はリリー推しに違いない。だってリリーのいるところに現れるもの! あんなに可憐なのだから推しちゃう気持ちはめちゃめちゃにわかる。
なので、こんな遠くからたまに見つめるくらい、見逃してあげましょう。もし実害を出したら私が成敗します。
◆◆
今日は観劇に来ている。格式の高いものではなく、裕福な庶民も見に来るような少しカジュアルな劇だ。
フィーナの出で立ちで一人参戦した私は、胸を高鳴らせていた。
(今日のお告げは『観劇中、心震えるシーンでオリバーを見つめなさい』なのよね〜。ふふふ、オリバーとリリーの急接近は必至! 一級品の栄養を摂取できるわ!)
「フィーナさん。会えてよかった」
……やはり、現れると思っていたわ。エディさん。
先日図書館の帰り際に、この観劇が人気だと言ってたもの。スキルが疼いてつい見に行く日を告げてしまったのでこんなこともあるかと思ってた。
(エディさん、私のこと隠れ蓑にしてますよね!?)
まあ、この世界で出会えたオタク友達に免じて大目に見てあげましょう。
鷹揚に頷いていると、すっと掌が差し出された。
「?」
彼の唇は弧を描いていた。目元が見えないけど微笑んでるってことでいいと思う、多分。
「席までエスコートさせてください」
おお、なんとスマートな。この人、貴族なのかなやっぱり。
差し出されたすらりと長い指にはペンダコがある。知識も豊富だし、雰囲気的にも文官なんだと思う。
あの脳筋レオンハルトが相手とはいえ、エスコートされるのには慣れた指先を、その手に乗せる。温かい手だ。トク、と胸が鳴る。だって仕方ないじゃない。私は男性と手を触れたことすらないんだもの。
エディさんはふっと息を漏らして笑うと、ゆっくり歩き出した。ざわざわとした喧騒はどこか遠く、足がもつれないかがしきりに気になる。
落ち着かなくてちらりと彼を伺う。ひょろっとしているけどでっぱった喉仏は男らしく、白皙の頬はすっきりしている。前髪の隙間からちらりと覗く瞳は茶色く……あれ、この人茶色の目だったっけ?
「席は二階?」
はっと意識をチケットに戻す。
「はい。二階の一番前の列です」
「僕はその一つ後ろの列なんですよ。偶然ですね」
席番号を言い合って、まさか斜め後ろとは近すぎてびっくりした。
私の席からは、ホールのサイドにある張り出したVIP席が見えるのよ。あっ、だからそんな偶然もあるのか。
劇も終盤に差し掛かったとき、ハープ音が鳴り響いた。きたきた! お告げを叶えようとするリリー、あなたのその素直な心と行動力、本当に素晴らしいわ。
ああ、暗がりでもばっちり表情が見えるスキル、やっぱり最高!
劇中の男女が愛の抱擁を交わすシーンで照れたように目をそらすリリー。その瞳が、劇中ずっと彼女を優しく見つめていたオリバーの瞳と絡まる。
彼のシトリンの瞳が殊更柔らかく緩み、二人の顔が近づく……。
(違う違う違う! まだキスはダメ! お告げが曖昧すぎた!? キスは次のイベントよ、それを飛ばすわけには行かない!)
キスはダメ、キスはダメ、キスはダメ!
ついテレパシーの魔法で念じてしまったが、リリーがハッとしたように身体を離したので心底安心した。
そんなハプニングがあったものの劇は面白かったし、少し色っぽい表情の二人を見れて私はホクホクだ。
揺れる馬車の向かいに座るエディさんと劇の感想を言い合って、より満足感が上がっていく。いつの間にか彼の馬車で学院の寮まで送ってくれることになったのだ。
「あの、わざわざ送ってくださってすみません」
「いいえ」
そう答えた薄い唇が、ふと弧を描くのをやめた。エディさんの瞳が長い前髪の間から覗く。初めて、目が合う。
薄暗い車内で瞳の色は分からない。だけど、掴みどころのないふんわりした彼らしくない強い視線だ。
「――こうして二人きりで話す機会を伺っていた」
「え?」
ドク、と心臓が妙な音を立て、こめかみをつ、と冷や汗が流れる。
今、私の知っているエディさんじゃないみたいだった。
「ところで観劇中、何かを呟いていましたよね」
あれ、さっきのは思い違いだったかしら。瞳は隠れ、彼の唇はまたいつものように弧を描いている。
「いえ、そのようなことはしていないと思いますが」
努めて冷静に答えてみたけど……。私、また何か独り言でも呟いた? 劇が面白いからって、恥ずかしすぎる!
「『キスはダメ』だったかな? ……そうしたら不思議なことに、キス寸前だった二人がそれをやめた」
「!?」
ひょ、表情に出しては駄目よ。彼が何を言いたいか知らないけど、私たちは上手くやっている。リリーとは夢で私から一方的に接触しているだけ。何かを疑われていたとしても証拠は何も出ないはず。
「……何のお話でしょうか?」
「白を切るつもり? ……まあいい。貴女はよくリリー・ベル嬢と同じところにいるけど、彼女とは親しいんですか」
「い、いいえ」
「そう? 偶然とは思えないけれど」
「私は私の用のために出かけているだけです。何をおっしゃりたいのですか?」
友人とは言えど、さすがに失礼な物言いだ。眉をひそめると、彼は少し気まずげに頬をかいた。
「……貴女はリリーの近くに現れては、さり気なさを装い彼女をじっと見つめて動かなくなる。何か目的があるのか知りたくてね」
あっ。理解。私がリリーに危害を加えないか、疑っているのね。それとも同担拒否ってやつ? それには心配及ばないわ! だって私は。
「ご心配なく! 美形を眺めているだけなので!」
――いや待って。これめっちゃ怪しいやつじゃん。
「あの、つまり、リリー様をいじめたりしませんし、彼女だけを追いかけているわけではなくて……。ちょっと美を求めて……いえ、とにかく! 大丈夫です!」
……今の説明のなにが大丈夫だったのかしら。
うう、こういう場合も想定して回答を考えておくべきだったわ。不甲斐なさ過ぎる。
「なるほど」
なにが!?
「それはそれで妬けるな」
なんて!?
エディさんの唇が、どこか満足気にすうっと左右に伸びる。
「それなら、私でもいいと思わないか?」
前髪に隠れた目を大きな掌で覆い、すっと背筋を伸ばした。ひょろっとしていると思っていた身体が実は、服の上からでも鍛えられていることのわかる、すらりと逞しいものだと知る。
――――どういうこと?
目元に当てていた掌がゆっくりと前髪を掻き上げる。
馬車の窓から差し込む月光のもと、神秘的な紫の瞳がこちらを逃さないとばかりに熱を込めて見つめてくる。
ぞっとするほどの美貌がそこにあった。




