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第二話 作画崩壊の元婚約者はとっとと言いくるめて、魔法帝国に留学します



 セラフィナの水色の瞳に慈愛を浮かべ、ふっくらとした桜色の唇で柔らかに弧を描く。レオンハルトの発言こそが世迷言だと言うように、優雅に微笑んだ。


(令嬢流の微笑みってこんな感じ……? というか、ちょっとセラフィナ、表情筋が硬いわ! 頬が攣りそうなんだけど。もう! 私が笑顔の作り方練習しておいてあげるわ)


 家族を少しでも心配させまいと、笑顔だけは得意だったのだ。どんと任せてほしい。


「不思議なことに、殿下の仰ること全て、何一つ心当たりがございません」

「――っ」


 周囲が大きくざわついた。レオンハルトも表情を硬くし、キャシーが信じられないものを見たような顔をする。


(セラフィナが言い返す想定なんてしていなかったのね)


 そうやって彼女の言葉を奪ってきたのだと思うとはらわたが煮えくり返るわ。


 セラフィナの記憶が流れ込んでくる。幼い頃の努力も、てきぱきと執務をこなしてきたことも、婚約者に気安く触れるキャシーになんにもしていないことも、全部!


 取り巻きのご令嬢が勝手にキャシーに嫌がらせをして、セラフィナになすりつけたのかしら? 殿下の御心のままに、と理不尽に耐えていたセラフィナに!


 ……まあいいわ。セラフィナを大事にしないレオンハルトが悪い。


 この剣一辺倒でお馬鹿な王太子殿下は、セラフィナが論破できないような証拠は捏造できないはず。


(……えっ!?)


 ちょっとセラフィナってば、レオンハルトの顔が好きだったの!? 

 どんな文句や理不尽を言われても、『でも顔はいいわね』って許すなんてどんなメンタル? 

 

 うーん、レオンハルトの顔が好みドストライクというよりも、強靭な美形好きみたい。彫刻や絵画の美形にも心ときめかせているし。……アイドルや二次元のイケメンで辛い現実から逃避する気持ちは、私も良くわかるわ。


(顔……)


 確かに? 筋骨隆々とした身体は逞しく、金髪に赤い瞳も稀有で、乙女ゲームのヒーローらしく男前に整っている。


(でも、セラフィナを見下す顔はお世辞にも品がいいとは言えないし、今驚いて唖然としている様は作画崩壊も甚だしい) 


 頬に手を当ててため息をついた。


 ……セラフィナすごいわ! あなたの研鑽のおかげでちょっとした動作さえとても優雅になるわ!


「殿下は曖昧な証言しか手に入れていない状況ではありませんか? 確かに殿下は、その采配一つでわたくしを独房に押し込めることも可能でしょう」


 優雅に、堂々と、ひと言ひと言に意味を持たせるように的確に発音する。淀みなくできるのはセラフィナの技術だ。

 

 両の掌を合わせ、表情をすっと消し、殿下を見据える。


「つまり殿下は、独裁者におなりになるのですね」

「な、何を言っている!?」


 殿下は顔を真っ赤にし、声を荒げるだけだ。ふんっ、情けないものね。


「しかもわたくしはこの国の筆頭公爵家の娘。あなたの最大の支持基盤です。そんなわたくしをこうも簡単に切り捨てるなど、皆様も恐ろしいことでしょう。――なぜなら潔白でも突然裏切られる可能性があることを、こうして披露してくださっているのですから」

 

「お前……! 俺はそんな話はしていない!」


 張り上げる声には何の効力もない。私の言葉が、じわじわとこの場に浸透していくのがわかる。


 そうよ、あなたの牙城は硬くない。セラフィナが水面下で上手く御してあなたを王太子として祭り上げていたのよ。


「いいえ。そういうお話です」


 ついに言い返せもできず、ガチンと殿下が固まった。


 ……そう言えば、この世界に降り立つ前、女神を名乗る人に会った気がするな。


 話していたら徐々に思い出してきた。


(だって助けを求めるセラフィナに声をかけるほうが大事だったんだもの)


 なんだっけ? 『最後に一つ力を与える』とか言ってたかな?


 …………………………。


(私やっぱり天に召されてない!?)


 異世界転生なんて奇天烈なことになってるから薄々そうかと思ってたけど、とうとうお迎えがきていたのね!?


 いやいや、一旦それは置いといて……。そう、女神様!

 何かくれるなら貰わないと、セラフィナのために。


(女神様、女神様! 慈悲深き女神様! さっきは無視してごめんなさい。今来て。すぐ来て!)


 にっくき殿下は今まさに言いくるめられそうなんです。要求を飲んでくれそうなの。だから一旦、何をくれるか教えて!


 『騒々しい娘ですね』


 おっ、女神様! 声が何重にも重なって響く。なんだか花のような匂いがするし、神々しい光で顔が見えないし、絶対そう。


 頭の中に語りかける声に必死に念じる。


 『何か頂けるなら、スチルを見逃さないスキルが欲しいです。どうです? もらえます?』


 だって、セラフィナは超超超絶メンクイ!

 乙女ゲームの経験があれば誰もが共感してくれると思うけど、スチルって最高! あの絵師の気合の入りまくる絵は心が潤うものよ。


 セラフィナだって元気になるに違いない!

 美形は養分! 心の保養! 

 

 『え、ええ……。え? そんなものでいいのかしら?』

 『それ以外考えられません!』

 『未来視とか、誘惑とか色々あるのよ……?』

 『いいえ! スチルスキル一択です!』

 『……わかったわ……。頑張りなさいね』


 すうっと神々しい光景は去り、目の前の景色はさっき私が声を発したあとと変わらない。……今のが精神世界での会話ってやつ? まさか自分が体験するとは……。


 とはいえ、この先の覚悟は決まった。

 

(スチルが見れるならこんな国にとどまる必要なし!) 


 真っ直ぐ無表情にしていた表情をふっと緩めた。

 つられて殿下の肩が下がる。

 ふふん、慈悲深く見えたことでしょう。


「ですが、今ならここだけのお話にできますわね? 幸いこれは学年末パーティー、陛下はおりませんもの」

「そ、そうだな!?」

「ええ。では、わたくしと契約いたしましょう」

「け、契約!?」


 使用人を見やると、慌てて盆に羊皮紙とペンを置いて持ってきた。


「そう身構えないでくださいな。たった二つお願いをするだけです。哀れな婚約者の最後の願い、その広い度量で聞き届けてくださいますでしょう?」

「あ、当たり前だ」


 なんて愚かな。

 まあいいわ。私は、羊皮紙を盆の上に広げ揚々と文字を書く。


「まず婚約解消、大いに結構。わたくしは殿下に顔以外の魅力を感じていませんでしたの。キャシー様、殿下をよろしくお願いいたしますね」

「なっ!」

「ふ、不敬ですわ……!」


 キャシーは奥歯を噛みしめ、瞳には憎悪の色すら感じる。ヒロインなんてお世辞にも言えない。でも、私には些末なことだ。


 あなたはその考えなしな殿下からの愛をちゃんと受け取ってくださいね。私は政務がなくなり、せいせいするだけだ。


「次に、わたくしの一切の自由を王族の権限でお約束ください」


 これで、父に指図されたとて好きなことができる。


 王妃にするために作った娘に過度な期待を押し付け、完璧な淑女であるセラフィナを叱責することしかしない父も王権には逆らえまい。使える権力は使わないとね。


「それだけか?」

「ええ」


 これをそれだけと言えてしまう神経がしれない。ドヤ顔をさらすなんておまぬけですわよ? 好都合だこと。


「わかった。いいだろう」


(ふふふふふ)

 

 ああ、笑いが止まらない。


 セラフィナ、自由、だって!

 あなたは自由よ!


(スキルが言っているのよ、次の四月にスチルが見られるって)


 そう! 隣の魔法帝国で!


(ふふっ。続編があるよのね〜)


 騎士の国編は……、今断罪まできているから、割とストーリーは進んでいるのね。こんなヒロインが魔物の大群を浄化できるなんて露ほども思えないけど。

 

 まあ、もう私には関係ない。


 このあとセラフィナが独房で孤独に自死する未来を阻止できて本当によかった!


 ともかく、この国に心残りはない! 騎士の国らしくムサイ男ばかりでイケメンもいない!


(セラフィナ、あなたはこんな狭い世界しか知らないのよ!)


 魔法帝国には王道、お色気、獣人、エルフ、多種多様のイケメンが待っているわ!




「では、第二学年からわたくしは魔法帝国に留学いたします」


 実はセラフィナには魔法帝国の帝立レガリア学院から直々に留学の打診があったのだ。無能の女を行かせるのはわが国と恥だとそれを握りつぶしたのは殿下だ。その落とし前をつけてもらおう。


「わたくしの自由のために、あらゆるご協力をお願いしますね」


 

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