第十一話 神作画の皇太子殿下に「推し返され」て逃げられません!
私の全力の首振りを頭の上に手を乗せて止めたエドワード殿下は、鷹揚に微笑んだ。
「それにフィーナ、貴女はまず、エディを好きになっただろう? それでも今、私のことを好きだろう?」
「!!??」
な、な、なんの話!?
え、そんなこと、そんな自信満々に言うの!? ナルシストなの??
……こんな顔面持ってたらナルシストにもなるわね。
ちょっと良く分からないけど、否定! とりあえず否定しないと話を聞ける精神状態じゃない。
「私、まだあなたに好きって言ってないです!」
あっ。
エドワード殿下は、ははっと声を上げて笑った。瞳が分かりやすく弧を描いて、大層ご満悦な笑顔を隠すつもりもないらしい。
くっ……、尊……。
「すまない。まあ、浮かれているんだ。何せ浄化石が証拠だからな。フィーナが望むからベル嬢を持ち主だと認める大雑把な石が、フィーナの人格だけと繋がっているとは思えない」
なんか言っておられるけど、尊すぎる笑顔に持ってかれて思考がおざなりになっている。
「……つまり?」
セラフィナの優秀な頭脳ごめん! うっかり首まで傾げて、こんな馬鹿っぽい返答ないわよね。
エドワード殿下は、その満足気に笑んだ唇で淀みなく言い切った。
「つまり、貴女は貴女全部で私を好きだってことだ」
……なんだろう、その超恋愛脳な結論。
理性的な彼に似合わな過ぎて、なんとか口に押し留めた空気を結局我慢できず吹き出した。
「ふ、ふふっ」
一度笑うと止まらない。
笑い声のたびに、鬱々と抱えていたマイナスの気持ちが霧散して、彼の瞳の色を今まで以上に鮮やかに感じた。
「ふふ、エドワード殿下は実は結構楽観的だったんですね」
彼は濃い紫の瞳を蕩けさせて、くすりと笑った。
「うん。だから、早く私を好きって言ってくれ」
「……言わなくても、わかってるのに?」
「言ってもらわないとわからないな」
うぐっ。わざと甘えた言い方してるでしょう!?
それで言うことを聞くほど私はちょろくない。
でも、エドワード殿下はこれまでたくさん言葉を尽くしてくれたのよね。だから今私はこんなに軽やかに口が動く。
仕方ない。ちょろいのは今だけですからね。
息を吸うと、気道がしぼまっていた。無理やり空気を通して、苦しい肺を膨らます。やっぱり浅い呼吸にしかならない。
そうやって呼吸に気をそらしてみても、ばっくんばっくんと全身が心臓になったみたいにどこからも爆音がして、指の先までじくじくする。頭がぐつぐつと沸騰して、平衡感覚までおかしくなる。
告白ってこんな感じになっちゃうの!?
あ……、と意味もない言葉が漏れ出て、咄嗟にきゅっと唇を引き結んだ。
(もう! この、意気地なし!)
私だけに愛を尽くしてくれる人へ言葉も返せない臆病者に心底絶望した。そのとき。
ふっと自分を俯瞰するように鼓動が遠くなり、思考がクリアになった。
(セラフィナ……?)
背を押されるように想いを紡ぐ。
「エドワード殿下、あなたを心からお慕いしています。許されるなら、私をあなたの妃にして頂けませんか」
魔王を討伐して数日経った頃、エドワード殿下が浮かべた真摯な表情をふと思い返す。
『フィーナ、貴女を愛している。私の妃になってくれないか』あの時あなたはそう言って、このペンダントをくれた。
「……私、本当はすぐこのペンダントをつけたかったのです」
エドワード殿下の長い指がアメジストを繊細に掬い上げる。
彼は込み上がる気持ちを抑えるかのようにじっとそれを見つめ、一つ瞬きすると私を映した。
真っ直ぐで強く熱い視線に、私のすべてを絡め取られる。
「許すも何も、私は初めからフィーナ、貴女に求婚している」
彼は体をかがめてアメジストにそっと唇を落とした。
漆黒の髪が目の前にある。つむじ、初めて見る。なだらかな曲線の額に、形のよい眉。長いまつげの下の、至高の紫色は、真摯で熱くて甘い。……おいしそう。
やっぱり、笑いが止まらない。
私が初めて会ったときから、その瞳は変わらない。変わらずありのままのフィーナを見つめている。
「ふふふ、そうでしたね」
エドワード殿下は、笑いの止まらない私とアメジストをじいっと見比べていた。だからつい聞きたくなった。
「似合いますか?」
「貴女にしか似合わない」
間髪入れずに返ってきて誇らしくなる。これは彼の愛の証。私だけ、なんて本当に甘すぎる。
紫の瞳が熱くて、また身体の熱がじわじわと上がった。
「あなたにそんなに見られると……、こ、困ります」
「私以外の誰かが貴女を見つめるのは、私が困るな。貴女は私の女神だから」
「その私の女神ってなんなのですか……? やめて欲しいです。あの、気恥ずかしいので……」
私は現代日本人。私の女神、なんて割と精神攻撃なのですが。……まあ? 女神として暗躍してましたけど? きっとあなたも知っているのでしょうけど?
はあ。今思えば『私が女神よ』と躊躇いもなく言っていたなんて、穴があったら入りたい!
「筋金入りなんだ。それはもう諦めて欲しい」
「むう」
なぜだ。嫌なことはしないって言ったのに。
不貞腐れると、彼はふっと苦く笑った。
「異国の血を引く私は、幼い頃居場所がなかった。義母とも距離があってね」
「え?」
彼は安心させるように微笑むと、「もう大丈夫」と言った。
確かに壇上で皇后様と並んでたとき、話したり微笑んでたりしてたな。私が想像だけで心配するのはお門違い。私も病気で可哀想と散々言われたけど、その度に想像力のないやつめ!と反発したもの。
「貴女も決して恵まれた環境ではなかっただろう? あの理不尽な婚約者や厳しい父、寂しかったんじゃないか」
エドワード殿下は、私の頬に掌をそえた。その温かさは優しく胸の奥に落ちていく。
「だが私の会った幼い貴女の瞳は凛と澄み、なによりも美しかった。思わず後ずさった情けない私にも優しくしてくれたのが、眩しくてね」
彼は遠く懐かしむように目を細めた。
「三つも歳下の少女に救われてしまった。……今の私は、貴女が頼るに足る男になれただろうか」
「……っ」
心がどうしようもなく震える。胸の奥底からじわりじわりと熱がわき上がって、目の奥まで熱くなる。ほろり、いつのまにか流れ落ちたこれは、セラフィナの思いの形?
熱い指先が、目の下を撫でる。愛おしむみたいって思うほどには、彼の深い愛を信じてる。
「涙まで美しい」
……ぐう。この圧倒的美を目の前に泣き顔を晒すのは、いたたまれない!
ぐいっと頬を拭うと、彼はふっ、と笑った。
「ほら、月の光のような髪も、慈愛に澄んだ瞳も、月の女神のようだろう?」
――それは完全に同意ですけど! 客観視ができなくなった今となってはフォローどころかダメージでしかない。私の羞恥心が爆発するのでそういうこと言わないで!
「貴女の瞳の色をした耳飾りをあつらえてもいいだろうか?」
「……そういったプレゼントは、特別なときにだけ欲しいです。それよりあなたと胡桃のタルトが美味しいカフェに行きたい」
彼はおかしそうに身体を揺らした。
「私が貴女の色を身に着けたくてね」
「――っ! そうならそうと先に言ってください!」
まったく、余計な恥をかいたではないか。
推し活以外は引きこもりの私にしては勇気を出して言ったのに。
淑女に恥をかかせるとは、あなたらしくないんじゃないですか?
「カフェテリアは必ず。貴女が誘ってくれて嬉しい」
「……」
いじけた心が回答を拒否してる。
「それと、贈り物は拒まないでほしい」
「……」
そっちの要求までもすげなく却下されて、じとりと睨めつけた。
「貴女に似合うアクセサリーや花束を選ぶのが楽しくてね。次はドレスはどうだろう。好みでなければ無理強いはしないが、たまには私の贈ったものだけを身に着けてほしい」
……美麗なご尊顔で、貢グセのあるオタクのようなことを言っている!
私もいち絵師として、セラフィナをより魅力的に着飾る服をあれこれ妄想しては一心不乱に描いていたが、その発想とも完全に一致。
そういえば、私の色を身に着けたい、と言ったのも、前世の私が水色のシュシュを好んで着けてたのと同じ原理?
エドワード殿下、あなた実は推し活……、いや皆まで言わない!
目を白黒させていると、頬をぷにっと摘まれた。
「私の愛に気づいてくれた?」
ああ! そのまつ毛の伏せ方、星の光を閉じ込める紫の瞳、ゆるんだ白皙の頬、傾げられた首の角度……。この近距離で、どこをどう撮っても圧倒的至高の作画!
鳴りやまない胸の鼓動がまるでファンファーレだし、この恋心が彼を一等きらきらさせるエフェクトだ。
スキルなんて使ってないのに!
彼が私を見つめるとろとろの甘い顔こそが『神スチル』だなんて、そんな馬鹿な。
目も離せないまま、はく、と浅い呼吸を繰り返す。ひっくり返る心臓がちゃんと正常に戻りますように。
本当に何を真正面から聞いてくれちゃっているのでしょうか、この魔性の美貌は……!
「――愚問っ!!!」
その緩んだ目尻の嬉しそうなこと!
美の圧力が暴力的すぎて、目が潰れる! いやその前に、思考が焼き切れるのが先!?
なのに顔が動かせないのは、この神スチルを逃してはならぬと義務感に心奮わせる染み付いたオタク根性のせいかしら。
とはいえ、できないものはできない。他力本願しかない。
「も、もう、顔を離してくださいっ」
「……目を瞑ったらどうだ?」
「それすらできないから困ってるんです!」
「それは僥倖。それならその瞳でずっと私だけを追いかけているといい」
――ああ、幸せに溶けた顔ってこんな顔かしら。
向けられた私まで溶かされて、そのどろどろに甘く熱い紫に全部奪われる。
……待って、この人一から十まで推し活を理解してない? 『私だけを追いかけて』なんてどんな神がかったファンサですかね!?
もう本当どうしようもない。
この人に敵うことが、この長い人生であるのかしら。でもしょうがないわね。私たちの『最推し』がこう言っているんだから!
「――っ、本当にそうしますからね!!」
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