AIに創作の丸投げは「しない」
今回は、タイトルのスタンスに私が至るまでの経緯について。
読めるのに、なんか残らない。
展開の仕方が同じで飽きてくる。
そこそこ面白いけど、なんか読みにくくて不快感がある。
AI小説って、あの違和感ありません?
AI小説と人間の小説、何が違うのか?
結論から言うと、これまで書いてきたように「読書の感覚」が全然違います。
書き手にとっても「創り出す感覚」は比較できないレベル。
人が書く小説の醍醐味は、書き手にも読み手にも没入体験を与えるところ。
AI小説だってそこは可能だけど、品質はやっぱりまだまだ低いです。
人が書いた作品は、料理にたとえれば、手料理。
手料理って、多少雑でも「この人が作った味」があるじゃないですか。
AIは、レシピ通りに作った既製品みたいな感じ。
AI丸投げ作品はやはり、その辺が厳しい。
均質的な出来だけど、どこか不毛な味。
見た目がきれいに仕上がってても、どこか詰めが甘い。
この違いは、そのまま読み手の読書体験の質と直結します。
AIのユーザー本人の「創作」行為の体験も乏しいのは、当然おわかりですよね。
ちょっと込み入った話になるけど、
これ、イラストや漫画界隈だと、先行して問題がかなり鮮明になってて。
マネタイズ主目的なら、エンタメや芸術なんか考えてないです。
「クオリティは二の次、稼げればなんでもいい」
って、もうAIインフルエンサーが断言してますね。
ところが、ここ本当に大事なとこなんですけど。
私、本業が会社経営で、コンサルもやってるんですよ。
バリバリのビジネスマインド持ち。
その上ではっきりいうんだけど、
1.クリエイティブ、芸術分野のマネタイズは、「ビジネスライクなマネタイズ主目的」だと不適合
(適したビジネス戦略は別にある)
2.この分野でマネタイズ主目的にすると、ファンや支援者の信頼を損なう
これ、はっきりこう書けば誰でもわかりますでしょ?
「ほんとそれ」って思いません?
でも、やってる本人たち意外と自覚なかったりするんですね。
「創作行為と作品が持つ没入感覚」がわかってると、時流に合ったり、良い運勢の時期にバズりやすいしブレイクしやすい。
自分に足りない要素があるならコラボや支援を組み合わせるなど。
これがわかるレベルからがクリエイターの本懐だろって思うんだけど、どうでしょうか?
この感覚があると、読者でも、
「面白いのに人気が出ない作品」
「完結ブーストなかった作品」
「pixivだったら“もっと評価されるべき”タグつきそうな作品」
がこのまま失速か、時間経過でいきなり伸びるか、高確率でわかって面白いです。
それでブレイクした後は「わしの見立ては正しかったな」ってニンマリ笑う趣味。
で。
小説界隈に先立ってAI作品問題が炎上したイラスト・漫画界隈でAIメイン作品はどうなったか、裏話をひとつ。
クリエイターとしてやってきた人ほど、精神を病んだそうです。
たとえば、AIアダルト美女やアダルトイラスト、漫画など販売する方向に行った人たち。
だって「内容がない」んですもの。
クリエイターとしての自尊心は粉々で、何年も保たなかった。
売上は1000万を超えた人もいたと聞いています。
でも、やめた人が多いそう。
こういう話を知った後発がまだまだ参入してるけど、AI生成の先行者利益とれた人たちには及んでない。
さて、ネット小説界隈は今後どうなると思いますか?
文章は今後、どんどん生成AIはどれも向上してきます。
今、なろうのAI小説論議でAI臭さが燃えぎみなのは、AI代表のChatGPTでの生成です。
あれは自分がChatGPTユーザーなら一発でわかるAI文法なんですよね。
慣れてくると「あ、これ有料ユーザーで最新バージョン使ってるな」とか、「これは無料版を使って生成したやつか」もわかる。いやマジで。
ところが。
その「AI臭さ」がわかりにくい、自然な文章が書ける生成AIもすでにあるんです。
Claudeと言います。
これは、ふつうの人にはAI生成とはわからない、人間らしい自然な文章を作る。
でもね、
自然な文章が売りのClaudeですら、結局「薄い」作品や文章なんですよね。
だから、
「ChatGPTよりClaude使ってネット小説大量生産してやるぜ!」
「楽にリワード獲得してやるんだぜ!」
と思ったなら、ちょっと待ってください。
2026年4月現時点では、Claudeは確かに自然な文章を書く。
でも、Claudeに任せて主体的に小説を書かせると、そこそこしっかりした物語に見えるのに、「展開」が短絡的で、破綻は少ないけど薄味の仕上がりになります。
ここで、いろいろなAIで小説生成の実験をやってみると、面白いことになります。
たとえば、なろう系ネット小説でよくあるこんな設定で、複数の生成AIに5000文字程度の小説を書かせてみましょう。
(実際はもっとシンプルでもOK)
「ヒロインの貴族令嬢の母親が亡くなり、父親が愛人を後妻にして異母妹も連れてきた。
前妻の娘のヒロインは家族から虐待され、金持ちの年寄りに売られるように嫁がされる。
だが年寄りはすでに亡くなっており、ヒロインは孫のイケメンと結ばれて、家族にざまぁしてハッピーエンド」
わりとどのAIも、それなりに読める短編小説を生成します。
意外と起承転結や序破急の起伏もあります。
ところが、人が書いてたら「ここで感情が動かされる」べき場面で、薄味で淡白な展開にしがち。
……いや、あのさ。
人間の心理や感情はそう動かないよ?
ってツッコミ不可避の文章なのに、AIはやたらと「感情の問題ではない」とか「感情」強調を文章だけで羅列する。
ああもう、ほんと気持ち悪い。
というか、ぶっちゃけると、「あ、これAI生成だ」と気づいてしまった時点で、作品を楽しむ没入感が途切れるんです。
今、ここまでAI生成小説が「否定傾向」で話題になった理由は、この不快感がベースの一つですね。
キャラの設定までAI任せにしてた場合、キャラの性格が無個性で、共鳴しにくいのも厭。
あと面白いのは、
今のところ高確率で、違うAIを使ってるのに過程の展開が同じになりやすいところ。
AI文法はどのAIにも共通する部分があるようです。
とはいえ、生成AIはプロンプト(AIへの指示文)次第ですから、
「読み手の感情をリアルに刺激する展開や文章で書いて」
と指示してみましょう。
すると、どうなるか。
感情を書けと指示すると、逆に全部“説明”になって浅くなる。
「おまえ、それ本気で書けてると思ってる?」と突っ込むと、「これはAIの得意表現です」とか言い訳までしてくる。
しかも、それが優れた文章であるかのように見せかけるのが日に日に上手くなってて、なんか居た堪れない。
こちらも商業作家だし、ビジネス書も書いてるプロだし「譲れねえものがあるんだよ!」と都度指摘して修正させても、不気味な構造の文章作品になりがち。
あー………………これはダメなやつ。
プロンプトを工夫しても、ちょっとまだ自分の納得する水準で生成できないなあと。
しかし、
生成AIは創作ツールであり、創作の拡張ツールと割り切るなら、
書き手の自分が基本設定とプロットを「創り」、そこから展開させるなら、
コントロールしてるのはクリエイターなので、普段の自分の創作とほぼ一致させられる。
ただそれでも、リライトは必須!
「これは私は絶対に書かない表現」
「やめて! それ嫌いな文体と表現の仕方!」
「ここは破綻してる。それっぽく見せるなあああ!」
「なんでキャラをこんな重いクソメンヘラにする!?」
みたいなツッコミをしながら、やっぱり全体的に推敲しないと無理……
私は、本業でも文章を書いたり講演したりするので、言葉の表現はむちゃくちゃこだわります。
油断した書きっぱなし文章って、あんまりない。
いまAI作品に批判してる小説クリエイターの中には、私と同じ「こだわり」持ちの方、多いんじゃないでしょうか。
結局、「AIが書く」じゃなくて。
クリエイターが「AIをどう使うか」が全部なんですよね。
ちなみに、この「やたらキャラをメンヘラ化する」被害に遭ったのが、
拙作BLの「ゲームランカーのスパダリ彼氏」の攻めキャラ、ビジネスモンスターの怜司君。
(ムーン、アルファ、カクヨム、エブリスタそれぞれで投稿中)
書き始めたのがChatGPTを本格的に仕事でも使うようになった2025年前半。
試しに自前設定とプロット、キャラ設定を固めた後でAI生成してみて、
「……生成AI小説、これはダメなやつ」
と天を仰いで嘆息することになりました……orz
恋人への激重クソデカ感情持ち攻め様ってBLの醍醐味だけど、メンヘラ化させるんじゃねーわ……こいつは病むような細いメンタルしてねえんだよ!
とツッコミが止まらなかったです。
結果的にAI生成文章の採用率は20%未満。
それすらほとんど私が書き直しして私執筆率95%じゃね?
みたいになった。
なお、20%の内訳は、配信ものなので視聴者コメントのカッコを「」→『』に変換するとか、コメント欄の雰囲気を説明する一行挿入。
(『コメント欄は盛り上がった』『コメント欄が静まり返る』みたいなのを前後の文脈から判定して生成させた)
あとは作品固有の専門用語の解説で使用。
(暗号資産やWeb3、投資情報など)
今までなら検索してた情報を、執筆しながら直接AIに検索、精査、わかりやすい解説生成させる使い方。
これはAIと自分の創作がシームレスに連携してるので、この程度がAI批判にされるとちょっと困る感じ。
今もう調べ物するなら、AIユーザーなら学習、研究、ビジネスってこの使い方ふつうにしますよね?
クリエイターとして創作の主導権、AIに渡してません。
どのAIを使っても、プロンプトを工夫しても、プログラム組んでもこの傾向は変わらなかったので、
「AIに丸投げ」創作、私はやらない。
AIの創作への活用にもメリットがある。
この創作スタンスや作品のテーマ、世界観設定が明確なクリエイターは、
生成AIの活用でIP戦略がしやすい時代だと気づきました。
しかも商業化にこだわらず、非商業化にも展開しやすい。
小説原作からイラスト、動画アニメ、商品化などに広げやすい。
この視点からだと、今のAI創作の是非レベルの論議は正直つまらないですね。
「AIを活用して、自分の創作世界を拡張する」
がこんなにも簡単になってきたんですから、自分主体でどんどん生かしたほうが絶対にお得。
AIに丸投げすると、作品は死ぬ。
でも使いこなせば、作品は広がる。
AIは文章は書ける。
でも「体験」は、まだ人間しか作れない。
AIはもう前提。
これからは「どう使うか」でクリエイターの差が出る時代です。
次は視点を変えて。
今のAI創作の混乱、どこかで見たことあるなと思いません?
初音ミクに代表されるボーカロイド草創期(2007〜2010頃)とそっくり。
なぜ同じような炎上や賛否が繰り返されるのか。
「歴史は繰り返す」の観点から、少し振り返ってみます。
コメントもありがとうございます。
AI作品についての印象や、賛否、情報共有など、かなりいろんな視点が集まってきて面白いです。
・AI作品、どう感じます?
・「これならOK」「これは無理」のラインってどこですか?
気軽にコメントで教えてください。




