番外編「AI時代の小説クリエイター生存戦略 ~ IP戦略とマネタイズの話
本編「AI創作論」、最後までお読みいただきありがとうございました。
最終話で私は、「AIは止まらない。だから、“創作する自分”を失うな」と締めました。
あれは、本心です。今でもそう思っています。
ただ、書き終えてからも、ずっと頭の片隅に残っていたことがありました。
実は私、書籍化打診のあった作品がいくつか、「既存の商業作品と同じ世界観の作品」であることを理由に流れているんです。
出版社側から権利クリアリングの対応を拒否された、ということ。
このとき、「まあ出版社からしたら、そんな面倒な作品は扱いたくないよな」と納得はしました。
でも同時に、こう思ったんですよ。
「私、自分の代表作シリーズはもっと育てたい」
「世界観もキャラも生まれた意味があると強く感じてて、この感覚を無視できない」
「これ、もっと自然にマネタイズできる道はないんだろうか?」
「私自身も作品も、クリエイターやアーティストとしてもっと活躍したい」
自分の作品が単発の使い捨てにされるのはやっぱり嫌だし、まだまだ自分の物語は表現されるべきだと信じたい気持ちも強い。
デビュー作が続刊の計画なしと出版社から回答されてから考えていたことが、AI時代の到来と重なって、少しずつ形になってきた感じです。
本編が「一作をどう書くか」の話だったとすれば、今回はその先。
「AI時代に、小説を書く人はどうやって生き延びていくのか」という話です。
正直、これは私の中でもまだ結論が固まりきっていません。
なので、今の時点での見立て、という前置きで読んでください。
2026年5月末での、私なりの暫定まとめです。
■小説は「二極化」する
まず前提から。
AIによって、「文章そのもの」の供給量は爆発します。これはもう止まりません。
「大量生成、大量投稿」時代になっちゃいました。
可読性のある文章、テンプレ的な構造、売れ筋の模倣。
このあたりは、AIがとても得意な領域です。
ただし、下がるのは、AI生成作品を含めた「読めるだけの文章」の価値です。
本編で書いた「体験が乗っているかどうか」の話と同じで、
“読みやすいだけ”の小説の価値は下がり、
“体験を設計された物語”の価値はむしろ上がる。
小説そのものが沈むのではなく、小説の中で二極化が起きる。
私はそう見ています。いや、もう起きてますね。
そして、価値が上がっていく「クリエイター側の蓄積」は、ざっくり3つの層に分けられると思っています。
ひとつ目は、作者の内側にあるもの。
世界観、作者性、思想。
──「何を作るか」軸。
ふたつ目は、作者と読者の間にできるもの。
長期ファン、文化圏。
──「誰と作るか」軸。
投稿サイトをやっていると実感しますが、読者の反応は確実に作品の一部を作っています。
コメントの有無、ランキングの上下、すべてが関係の蓄積です。
みっつ目は、その結果として残るもの。
IPつまり知的財産権としての作品、ブランド化するクリエイター本人と作品。
──「何が残るか」。
この3つは、「内側 → 関係 → 結果」の順に積み上がっていきます。
この層構造は、この後の話にずっと関わってくるので、頭の隅に置いておいてください。
■「高速回転」と、AIという増幅器
次に、今のネット小説界隈の構造の話。
なろうをはじめとした投稿サイトは、
ランキング競争、書籍化、コミカライズ、初速PV、売れ筋テンプレ。
このあたりが中心になって回っています。
出版社のほうも、基本的には「長期IP育成」より「今売れる作品の高速回収」寄り。
これは、別に批判ではありません。私自身、ラノベ作家としてこの構造の中にいる当事者ですし。
ただ構造としてそうなっている、という話です。
で、この「売れ筋の高速回転」は、AIと非常に相性がいい。
ここで誤解されたくないんですが、
私は「AIだけが粗雑な量産を生む」とは思っていません。
高速回転の構造は、AIが来る前から、ずっとそこにありました。
AIはそれを生み出したのではなく、加速させた。
新しい病気を持ち込んだのではなく、もともとあった体質の温度を一気に上げた。
AIは、原因ではなく、増幅器なんです。
その結果、何が起きたか。
テンプレの高速変奏と、作品の供給過多です。
すでに主な投稿サイトでも、明確な注意喚起を出してる問題です。
で、ここからが大事なところ。
供給が過多になるということは、
「文章が書ける」「小説が書ける」ということ自体が、もう差別化にならなくなる、ということです。
だからこそ、クリエイターは「書く」の外側に、一つ以上の足場を作る必要が出てくるのでは? と考えた。
そして、その「外側の足場」とは何か。
■創作活動の主軸を、「書くこと」から「IP戦略×マネタイズ」へ
この番外編で、いちばん書きたかったことを書きます。
これからの小説クリエイターは、
“小説を書くこと”だけを創作活動だと思っていてはいけないと思いました。
書くことは、創作活動の重要な一部です。
でも、それだけが本体ではなくなるな、と生成AIの脅威的な進化を目の当たりにして痛感している。
代わりに、創作活動の主軸に据えるべき案を2つ、提示します。
ひとつ、IP戦略を持つこと。
自分の世界観、キャラクター、物語を、“育てて残す資産”として扱う発想です。
一作で使い捨てにしない。
投稿したらそれで終わりにしない。
書籍化やコミカライズ化など商業化されても、それで終わりにしない。
自分の作品を、長く育てていく対象として扱う。
それが可能な創作にシフトしていく。
ふたつ、マネタイズを正面から考えること。
自分の創作で、どう収益を得るか。
どう持続可能性を作るか。
これを”おまけ”や”結果論”や“偶然の幸運任せ”ではなく、創作の設計に最初から組み込む。
「IP戦略」と「マネタイズ」── この2つを、創作活動の主軸として据える。
なぜ、これを”主軸”に据えなければならないのか。
理由は3つあります。
ひとつ目。
AI時代には、「書ける」だけでは差別化にならない。
だから、書くこと自体ではない、別の軸が必要になる。
ふたつ目。
投稿サイトと出版社主導の「高速回収モデル」は、AI時代にますます強化される。
そこに乗ったままだと、書き手と作品は読み捨てや、使い捨てられやすい構造になる。
私自身が書籍化を流された経験から、これは実感として言えます。
みっつ目。
これがいちばん大事ですが……
“自分の世界観を、自分の意志で長く育てていく”という創作の喜びは、商業化や売上とは別の、もっと根本的な価値があります。
IP戦略を持つことは、お金の話だけでなく、
“自分の創作の主導権を、自分で持ち続ける”という話でもある。
つまりこれは、本編で書いた「誰が創作主体なのか」の、お金と時間の射程に伸ばしたバージョンです。
IP戦略は、比較的、日本では新しい概念と用語です。
でも日本は、力のある世界的IPを保有する企業を、多く抱える国です。
キャラクターIPの代表格は、ハローキティや我が推し、シナモロールなどのサンリオ。
ジャンプ漫画のドラゴンボール、聖闘士星矢、ONE PIECE、NARUTO、銀魂、鬼滅の刃、チェンソーマン、この辺りもキャラクターIPの性質が強い。
ゲーム系に目を向けると、任天堂のポケモンやマリオ、コーエーの信長の野望やネオロマンスシリーズ(乙女ゲーム元祖!)、アトラスの女神転生やペルソナシリーズ、TYPE-MOONのFateシリーズなど。
海外に目を向けると、ディズニー、マーベル、スターウォーズ……たくさんありますね。
ゲーム系だと個人的に大好きなアングリーバード。
ムーミンやスヌーピー、ピーターラビットなどもキャラクターIPとして非常に強く、長寿タイプのIPです。
なろうを始めとしたネット小説だと、アニメ化からゲーム化、グッズ化、舞台化まで展開している複数の代表作がこれに該当します。
■なぜ、お金の話をしにくいのか
「IP戦略とマネタイズを主軸に」と言うと、たぶん多くの書き手はモヤッとします。
ネット小説界隈って、「マネタイズ(収益化)」の話を、表立ってやりにくい空気がありませんか?
実際には、
書籍化したい人
収益化したい人
PVが欲しい人
人気が欲しい人
ランキング上位入りしたい人
たくさんいるはずなんです。
でも、それを口に出すと、なんとなく「商売っ気を出すな」という圧がかかる。
これ、なぜだと思いますか?
表向きの理由は、
ネット小説文化が二次創作やSS文化、「お金じゃなく愛でやる」を美徳としてきた同人文化の延長にあるからかも?
でも、本当の理由はもっと奥にあると思っています。
本編10話で「作家の社会ランク」の話をしました。
創作は”知的で崇高な行為”だという、無意識の規範。
その規範の裏側には、「創作は崇高なもの、お金は不浄なもの」という、無意識の二項対立があるんですよね。
だから、創作の場に「金」の話を持ち込むと、“創作の尊厳を汚した”ように見なされてしまう。
特に日本人は、拝金主義の匂いを本能的に避ける人が多い。
だから、この空気はかなり根強い。
私自身は、会社経営者です。
お金の話をするのは、私にとっては「普通のこと」なんですよ。
でも、ネット小説の界隈に来ると、その感覚がズレるのを何度も感じました。
そして面白いのが……
「商売っ気を出すな」と言っている人自身も、主張をよく見ると、本音は別のところにありそうだなと感じることが多い。
健全な「クリエイターの経済圏」を語る場が育ちにくいと、結局みんな、個人レベルで収益や持続可能性をこっそり手探りするしかなくなる。
ノウハウが共有されない。
AI時代には、これがけっこう痛い感じに効いてくると思っています。
せっかくブログやSNSとは違う”小説投稿サイト”のユーザーなのだし、
個人や小規模コミュニティだけの内輪で話し込むに留めなくてもいいのでは。
そう思ったので、今回の番外編を最後にがっつり書いています。
■海外と、まだこなれない日本
海外に目を向けると、状況はずいぶん違います。
例えば、クリエイターの収益化にはこんなサービスがあります。
☆Substack、Beehiiv、Ghostなど
メルマガ的な配信機能付き投稿サービス。収益化設定が可能。
☆Patreon、Ko-fi、Buy Me a Coffeeなど
ファンによる支援サービス。日本ならFanboxやFantiaなどに相当。
こうしたクリエイターのマネタイズを含む活動形態のことを、
「クリエイターエコノミー」といいます。
マイクロ創作経済圏、単純に創作経済圏とも。
クリエイターエコノミーを支える思想として、下記記事がよく紹介されています。
☆クリエイターとして成功するためには「1000人の真のファン」をつかむことが重要
https://gigazine.net/news/20230107-1000-true-fans/
こんな考えや在り方を背景に、
創作者が直接ファンから収益を得る仕組みが、海外はわりと当たり前になっている。
海外では、創作者本人が収益、ブランディング、IP、コミュニティ形成について語ることが、ごく自然です。
一方、日本のネット小説文化は、まだ「趣味投稿」「同人延長」の空気が強い。
運が良ければ書籍化やコミカライズ化するかも? ぐらいの雰囲気。
ただ、これを「海外は進んでいて日本は遅れている」とは言いたくないんですよね。
日本が、海外で先行したものを後から取り入れて日本ナイズする。
これは今に始まったことではなく、毎度のことです。むしろ本家を凌ぐのが日本の得意技でもある。
ただ、こと「創作者の経済圏」というこの分野に関しては、日本のネット小説界隈はまだ、こなれていない。
じゃあFanboxやろう、書籍化打診もなかったしKindle化しようとなっても、厳しかったり。
以前から、イラストや漫画界隈と比べると、小説界隈はこの手のファン支援を得るのが難しい、という意見が根強くありました。
少なくとも私は15年以上、ネットで見ている。
実際やってみて、全然支援してもらえなかったクリエイターたちが、ブログで赤裸々に経験談を出しています。
つまり、まだ定石が固まっていない。
そういう段階なんだろうな、と思って眺めています。
■AIには作れない、3つのもの
最初に「人間側の蓄積は3層ある」と言いました。
内側(世界観・作者性・思想)
関係(長期ファン・文化圏)
資産(IP)
この3つが、なぜAI時代に価値を持つのか。
それは、この3つがどれも、ゼロからAIには作れないものだからです。
ひとつ目、世界観。
AIは、“それっぽい設定”を出すのは得意です。
でも、年表まで作り込まれた、一貫した歴史は持続できない。
本編4話で「AIは一貫した体験を維持するのが苦手」と書きましたが、世界観も同じです。部分は作れても、全体は崩れていく。
なろう等でAI作品が問題化した理由の一つは、
ランクインしたAI作品が、時系列やキャラの関係性、設定などが支離滅裂で破綻していたことに、読者が疑問提起したものでした。
それが生成AIによるものだと知れ渡るにつれて、「作者の推敲が薄い」ことも作品そのものから露呈しました。
これは読者だけの話ではありません。
同じフィールドで活動する書き手の多くも、強い違和感を覚えました。
創作にAIを使わない書き手はもちろん、補助的に使っていた私のような立場でも、これは見過ごせなかった。
(で、こんなAI創作論を書いて、印象や意見をまとめたくなった)
ふたつ目、長期ファン。
AIは作品を量産できます。
でも、読者と何年も一緒に歩んでいく関係は、生成できません。
「あの作者の新作なら読む」と思ってもらえる関係は、時間をかけてしか育たない。
みっつ目、IP。
知的財産権としてのブランド化。
AIは一作を書けます。
でも、「この世界をずっと見ていたい」と思わせるだけの蓄積と能力は、まだ持っていない。
ただし誤解しないでほしいんですが、これは「AIを使うな」という話ではありません。
設定ファイルを作り込み、全体像を設計したうえでAIに伴走させるなら、これらの蓄積はむしろ加速できます。
鍵は、AIに丸投げするか、自分が設計方針を決めてAIを使い倒すか。その差です。
この3つ全部が、IP戦略の根っこにあるものです。
AIには作れないものを、自分で意識的に積み上げ、組み立てていく。
──これが、AI時代のIP戦略の土台になります。
■まずは、窓を一つ増やす
では、具体的にどうするのか。
今後の小説クリエイターは、二極化すると考えます。
ひとつは従来通り、小説だけを書く人。
ふたつめは、単なる「小説家」ではなく、“多角的に表現できる作品を作る人”。
作品を「書いて終わり」にせず、育てていく人。
具体的には、
小説
音楽、MV
AIアート
漫画
Webtoon
動画
ものづくり
SNS
コミュニティ
こういうものを横断しながら、ひとつの「物語」を多層的に展開していく。
……と書くと、たぶんこう思いますよね。
「いや、そんな全部できないよ」
「小説書くだけで精一杯なんだけど」と。
わかります。全部やる必要はありません。
大事なのは、まずは何か一つ、小説以外の「窓」を増やしてみること。
自分の物語を、小説とは別の入口からも見せられないか。
窓は一つ増えるだけでも、景色がずいぶん変わります。
私の場合、その窓のひとつは「音楽」でした。
自作小説を原作として、楽曲やイメージアルバムを音楽生成AIのSUNOで作り、リリースしています。
配信プラットフォームはApple Music、YouTube Music、Spotify、Amazon Musicをはじめ、全世界40以上。
特定の楽曲が数日で十万単位で再生されたとき、正直、最初は意味がわかりませんでした。
小説では届かなかった層に、音楽という別の窓からなら届いた、ということです。
「自分の物語が、小説以外の形で、見知らぬ誰かの一日に音楽として流れている」
これが、窓を増やすということなんだなと実感しました。
私は元々、自分で作曲や演奏、イラストが描けるなら小説以外でもやりたい人間でした。
だから、音楽もアートも、同じ自作の世界観から作る選択をしました。
自作小説から楽曲、アートを作る。
逆に、音楽から小説を作る試みも行う。
結果、2024年頃から現在までで、「小説創作のみにこだわりたい気持ち」が抜けていきました。
このエッセイは私自身の創作活動の大きな区切りでもあります。
今までは小説を書くことだけに留まっていたけれど、今は全体じゃなく「創作」の一部にしている。
それからもう一つ、実現しているのが「動画」です。
自作のMVや、ショートアニメ的なもの。
もちろん、自作小説やキャラクターたちのものです。
これは手応えとして書いておきたいんですが、
創作系の動画って、今はまだ「アルゴリズムに最適化されたテンプレ」が固まっていない時期だと感じています。
イラストや小説投稿の界隈には、”勝ちパターン”がある程度ありますよね。
ランキング攻略みたいなやつ。
でも、創作系動画にはまだそれが薄い。
ということは、今のうちに試行錯誤して自分なりのパターンを掴めれば、先行者利益を取れるかもしれない。
あくまで仮説ですが、わりと本気で見ています。
で、どの形態の創作にしろ、ここは少し厳しい話だなと思いますが、
世界観も設定も使い捨てで、単発で完結し”きって”しまう作り方。
一つの作品が終わったら、その世界はもう後に何も残らない、という作り方。
この”使い捨て型の作り方”を続けていると、
IP戦略の複合展開とは、どうしても相性が悪いんです。
なろうも、ランキングが異世界恋愛短編一強になって何年も経ちます。
「なろう系」と呼ばれる、ネット小説特有のテンプレ設定も、ミーム化するほど強いですよね。
一回ランキングに載って、その勢いで書籍化、電子書籍化、コミカライズ化したとして、そこで終わっちゃうよなあ……と思っていました。
クリエイターにとっての利益が最大化しない、という意味で。
これは自分が書籍化する前から、経営者視点ですぐ気づいていた。
単発の短編作品のみをずっと作り続けて、先がどこまで続くか。
創作の気力と体力は持続するのか?
この活動モデルは先の見通しが立ちにくい、とは、自分でも投稿を始めた2021年にはすでに見えていた。
要は、多層展開できないと続きにくい。
これはIP戦略を持ちようがない構造だ、と。
■「使うか使わないか」で消耗している場合じゃない
ここで一つ、最近感じていることを書かせてください。
創作界隈のSNSを見ていると、ときどき、こういう論調を見かけます。
「私は創作にAIを使わない。だから自分は本物指向だ」
というような、“AIを使わないこと”を、他者への優越の道具にしている意見。
AIを使わない、という選択そのものは、私は完全に尊重します。
立派な創作姿勢のひとつです。
私が引っかかるのは、それを「だから自分は上だ」と、他人を見下す道具に使っている、あの捻れた振る舞いのほうです。
正直に言うと、あれは知的でもないし、
創作のクリエイティビティとも、芸術性とも反すると感じています。
本編10話の言葉を借りるなら、
あれは「自分は”本物の知的創作”の側にいる」という、身分証明の振る舞い。
“作家=知的エリート”という無意識の階層意識が、AIという新参者を前にして、防衛反応として表に出たもの。
つまり、思想ではなく、縄張りの確認作業なんですよね。
なんでいきなり、そんな話になる? と思うかもしれせんが、
それらのスタンスだと、入ってくる情報の質量が減少するんです。
このAI時代にそれは致命的と考えます。
「時代の流れ」から断絶した、内向きのスタンスだと感じます。
なので私は、その話で盛り上がっている界隈とは、距離を置いています。
遠くから眺めているだけです。
そんなマウントの取り合いで消耗している場合じゃない、というのが本音です。
問題は、AIを使うか使わないか、ではないんです。
本編で「創作主体」と言ったとき、それは”一作を書く主体”の話でした。
でも、この番外編で見てきたのは、もっと長くて広い射程の話です。
世界観を何年もかけて育て、
複数の窓から見せ、
IPとして残していく。
この”長くて広い創作”においては、AIに渡せない領域が、本編の時よりさらに増えます。
AIは、一作の試作はできる。
でも、「この世界を10年続ける」という意志は持てない。
「次は音楽でも見せてみよう」という横断の判断もできない。
「この設定だけは絶対に曲げない」という、こだわりの軸も持てない。
決めるのは、結局いつも、人間の側です。
■結論:その自分で、どこまで広げられるか
本編の最終話で、私はこう締めました。
「AIは止まらない。だから、“創作する自分”を失うな」と。
あれは、守りの言葉でした。
この番外編で言いたいのは、その続きです。
失わなかったその自分で、いったい、どこまで世界を広げられるか。
これは、攻めの話です。
AIは作品を量産できます。
でも、「この物語世界をどこまで広げたいか」という欲とこだわりは、持てません。
だから、小説クリエイターがこれから考えるべきことは、
どこで読者と繋がるか。
どう世界観を育てるか。
どう持続可能性を作るか。
何を、自分のIPとして築き、育てて、守るか。
AIに丸投げしても、この答えだけは出てきません。
方向性を決めるのは、創作者自身だからです。
私自身は、これから小説を、音楽を、映像を、横断しながら、自分の物語を育てていこうと思っています。
その実践の記録を兼ねて、新作エッセイで
『物語を、音楽で 〜ラノベ作家がAIで自作小説を音楽IPにしてみた件〜』
を原作や楽曲作りのエピソードや失敗談などを交えて、投稿予定です。
小説以外の「物語ベースの創作」のワークフローとしても、面白い内容にしたいですね。
☆ ☆ ☆
それでは「AI創作論」、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。
今後も、AI作品の興味深い話題が出てきたら新章を書きたいですが、
ひとまずここで締めさせていただきます。
本作の到達点:
「クリエイターは、自分の創作の主導権を、AIにも商業にも渡しきらずに、自分で持ち続けよ。
そのためにIP戦略を持ち、マネタイズを正面から考えよ。」
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参考:
自作小説を原作に、楽曲やMV動画を生成した例をいくつか。
レーベル、アーティスト名:
Magi Asahi - LinkStoryMaker
Apple Musicアーティストページ
https://music.apple.com/jp/artist/magi-asahi-linkstorymaker/1839011168
サブスク未加入でもログインのみで聴けるSpotifyの楽曲リンクいくつか掲載↓
アルバム「DreamingQueen」(原作「夢見の女王」)
女声オルタナティブロック、何作ってもAdoさんに聴こえる罠。今のところすべての配信プラットフォームで一番再生されてる。主に海外で。
https://open.spotify.com/intl-ja/album/6wAt9vmvENOgUxRIhD01yA
私は海の夢(原作「環シリーズ」)
自作物語から歌詞と曲調を、原作の雰囲気たっぷりに作り込んだやつ。お気に入り。
https://open.spotify.com/intl-ja/track/6Tll3lRO68Yc6VhKiHSz9u
YouTubeに紙芝居風MVも作った。
https://youtu.be/t_IJPDv1O3M
おまえだから背中を預ける(原作「ゲームランカーのスパダリ彼氏(BL)」)
長年連れ添った嫁に愛と感謝を伝える男の熱いバラード……にしか聴こえず、BL原作から作ったとは言えなくなってしまった歌orz
https://open.spotify.com/intl-ja/track/1oB1YdIt7p04oEgdMoHHkP
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