百十一、通りすがりの女神。
エグバートたちとの接触をすることなくゴールドバレーに戻ってきたエボニーは、何事もなかったかのように冒険者ギルドでクエスト達成の清算をしていた。どこに教会関係者の目があるかも分からない現状、下手な動揺をみせるわけにはいかず、エグバートたちに会ったことすら知らない顔をするべきだと考えたからである。
ギルドからの帰り道で目についた食料を手あたり次第に買いあさりつつ、彼はエグバートたちについてあらためて考えてみた。彼自身と戦う以外で考えられるあの場でできることを想像したり、決闘が終わってからどのように過ごしていたのかをシミュレーションしてみれば、何がどうなっても世間からの風当たりが強かったことが理解できた。
後ろ盾であった教会の期待には応えられず、決闘の場となった冒険者ギルドからは手を引かなければならない。英雄として語られる星の民と神と敵対したことで民衆からの信頼も地の底だ。貴族としては終わったようなもの。
はたして、決闘が終わった日から何日経っただろうか。
(プライドが壊れるには十分か……)
最終職は既に貴族だけの特権ではない。墜ちた貴族の代わりが用意できる時代が目の前まで来ているのだ。彼らの目的は復讐か復権か。それは定かではないものの、行動は早ければ早い方がいい。司教から決定的な情報が漏れる前に動くことが重要だった。
(エルフたちを外に出すのは難しいか……?貴族と王族の後ろ立ては大きいけど、純粋な力に頼られたら少し弱い。もっと目に見える力となれば……冒険者ギルドでクランを作った方が分かりやすいんだろうか)
規模だけで言えば「使命と剣の賛歌」や「ボトムライト」と大差はない。上位の立ち位置にエルフたちを持っていくことができれば、と彼は思っていた。エルフだけで固まることで人間との関係修復に余計な時間はかかるだろうが、生活費の目途もたち、長期的に見ればエルフの立ち位置の確立にもなる。更に、星の民が作ったクランとなれば注目度も高くなるのは容易に想像ができた。
戦うこと以外での仕事を見つけてやれれば最良ではあるものの、どうにもきな臭い現状で、後は好きにどうぞ、というわけにもいかない。
(えー、明日はクラン設立に必要なものを冒険者ギルドに聞いて、あとはなんだ、ギルド経由で王様に尋問の返答もできれば楽なんだけど。さすがになぁ)
エボニーは腕一杯に荷物を抱えながらぶつぶつ文句を言ったり、ため息を吐きながらクラテルに帰るのだった。
◇
翌日、冒険者ギルドの受付でジュリアがエボニーに尋ねた。「クラン名は「夜空」で構いませんか?」と。
「大丈夫」と告げた彼は昨晩にあったエルフたちとの会話を脳裏に描きながら、クラン設立のための書類にペンを滑らせる。
エルフたちは「星の民」をクラン名に入れたいと言っていたが、この世界から帰ることを考えているエボニーからすればたまったものではない。折衷案としてエボニーが出した「夜空」は名前が短いなどの文句が方々から上がったものの、エボニーが装飾にまみれたクラン名を拒否しまくったために時間切れ、決定の運びとなった。
文字列を見ただけで金色に光っていそうな名前なんてむず痒くて名乗る気にもならない。厨二チックではあるものの、シンプルな名前にしてよかったと、今では心から思えていたのだ。
クラン設立に必要な金銭はエボニーの信頼によって免除され、冒険者ギルドからの連絡先などの問題もクリアしていた。
というわけで簡単な説明だけで解放された彼が次に向かうのは王城である。目的は司教たちの尋問の返事と、エボニーがゴールドバレーから離れている間にエグバートがどう過ごしていたのかを知ること。
いくらエグバートが貴族とはいえ、教会と繋がってヴァイスの力を使っていたのは決闘を見れば明らかであり、何かしらの事情聴取が行われているはずだった。謹慎していたのならそれはそれで構わないし、エグバートが三つ持っていた職業がどうなったのかも気になるところである。
人の力で職業がどうこうできるとはエボニーも思っていないが、彼が三職を持ったままなのであれば、エグバートが自由に動けているのは違和感が残ってしまう。だが、その違和感を上手く扱えたのなら、それぞれの立場と状況を正しく見えるはずたという予感があった。
(やっぱり、一番情報を持ってるのはヨセフか……?いや、ヨセフも護送で忙しかっただろうしな。ウワンは俺と一緒にハクザンに居たし。……冒険者ギルドもどこまで信用できるか……俺がジュリアを使って探ってるのがそのまま伝わる可能性も捨てきれないだろ。でも知り合いなんて殆どいないしな……)
味方と呼べる存在は多いが、信用できる者は少ない。どうしたものかと頭を悩ませるエボニーは、そこで女神を見た。まさに現状の救い主。情報を持っていそうであり、ある程度信頼もできる。
「クーター嬢!!」
「エボニー様?」
護衛たちと歩いていたところを突然エボニーに声をかけられ、駆け寄られた女神──ヘレナ・クーターが慌てたのは言うまでもないだろう。




