百十、ところがぎっちょん。
冒険者ギルドで金になりそうな適当な依頼を複数見繕い、ゴールドバレーを出たエボニーは目的のモンスターがいる場所に向けてキリを走らせる。今回依頼を受けたうちの一つ、毒魚と呼ばれるモンスターの素材は高く売れるため、出現する場所さえ知っていれば簡単に依頼を達成できる見込みだった。毒が尋問にも使えるだろう、ということで依頼を受けた彼には、一つだけ懸念があった。
(俺のことを根に持ってるなら、絶好のタイミングなんだよな……)
それは、刺客が来るかどうかだ。
この世界であればエボニーが一人でも十分に強いのは周知の事実であるものの、傷は負うし、疲れは残る。数で押されれば苦戦は必至だ。
クラテルが部外者に対して門扉を開かない以上、エルフたちの安全は確保されており、捕まっている司教も厳重警備により手が出しにくい。となれば、唯一フリーな自分が狙われる可能性が高くなる、というのが彼の考えだった。
ギルドで受けた依頼内容だなんて偶然を装って近くにいれば簡単に覗き見ることができる。毒魚という記載から目的地が水辺であることも類推でき、その周辺は砂利や泥、木々に囲まれ、騎兵銃使いとして通っているエボニーが動きにくいだろうことも連想できるだろう。
「ところがどっこい。効率がいい場所知ってるならそっち行くよなぁ」
だが、SSSを遊びつくしたエボニーにそんな死角は存在しない。
普通の移動手段では到達できない穴場や、特定の天気の時だけに出現する水場などを知っている彼が、わざわざ正攻法をするわけがなかった。
山中はモンスターのテリトリーであるために小さな村や集落などは存在が難しく、最終職が少ないために山の中に足を踏み入れる者も少ない。ゲーム時代のSSSであれば、おつかいクエストの報酬として隠しマップへの移動方法のヒントを教えてくれる冒険者NPCが居たものの、SSSのメインストーリー終了から二十年が経過している今、情報が広まっているとも考えられなかった。
(まぁ毒魚は生ものだから後回しだけど。今からゴールドバレーを出たところで、キリの脚についてこれるわけでもないし、鉢合わせはしないだろうな)
刺客など倒せるうちに倒してしまうのが一番であるが、戦わなくて済むのならそれにこしたことはない。念のために騎兵銃以外の携行性の高い武器を持ってきてはいるが、山の中が戦いにくいのは事実である。それでも騎兵銃を持ってきているあたり馬鹿なのだが、たとえ不利な場所、相手でも持ち武器を使いたいのが○○使いと呼ばれる所以なのだろう。
今回エボニーが受けた毒魚以外のクエストはその全てが大型モンスターであり、他の冒険者が受けないような、危険度の高いものだった。ハクザンで壊れた防具の修復に必要そうな素材を記憶だよりに指折り数えた結果ではあるが、他の冒険者のレベルの低さを感じずにはいられなかった。
冒険者ギルドの現在の内情としては、「使命と剣の賛歌」が解散し、続く「ボトムライト」の全メンバーがハクザンに出向いているために圧倒的な人手不足に陥っている。ギルドのツートップがいなくなれば当然、下に属する者も張り切るのだが、五本の指に入るルイーズたちですら三等星程度の実力でしかない。全体の実力は推してしかるべしだ。
ゆっくりとではあるが平民出の「使命と剣の賛歌」元メンバーが再び集まってギルド内で徒党を組み、返り咲きを狙っているものの、それも貴族家──つまりは戦闘のノウハウを持つ指揮官の不在が大きく響く。
モンスターの乱入など、不測の事態が起こった時に対処してくれていた、ファハドやラウラ・デルソルなどの最終職組の穴は、彼らが思っているよりも大きかったのだ。
そういった事情もあってエボニーにお鉢が回ってきたのだが、あまり苦労をせずに金になるのなら彼としては文句はなかった。
討伐証明部位を傷つけないよう、急所を的確に撃ち抜いて手早く素材の回収を行う。
ここだけを切り取れば元の世界で行っていたこととあまり変わりはない。長期休暇や年次イベントなどで素材を集めるために周回を余儀なくされるが如く、心を無にしてモンスターを狩っていく。
「ふぅ……まぁこんなもんだな」
ゴールドバレーから刺客が来るとすればそろそろ丁度いい時間だろうか。大型モンスターの狩猟をひとしきり終えたエボニーは大きく息を吐くと、毒魚が捕まえやすい場所へと周囲を警戒しながら移動を始めた。
大型アップデートによって新職業「騎兵」と共に追加されたアイテム「馬呼びの笛」が鍵となる穴場は、冒険者NPCの「なぜあそこに水鳥が……」という言葉と共にプレイヤーに広がることになった。
金の匂いがするから、という理由で情報を渡さない彼のためにおつかいに走った過去を懐かしみ、エボニーは馬上でジャンプの姿勢を整える。
(騎馬に乗った状態からの二段ジャンプで崖を無理矢理に登る。力技すぎてネタにされたんだよな……)
ゲームの都合上どうしてもたどり着けない場所が存在するのを逆手に取った、普通に遊んでいればまず気づかないような仕込みに当時のプレイヤーたちは興奮したものだ。
かろうじて人の手が入っている道に面した、五メートルを超える崖が騎馬があれば登れるなんて、殆どの人間が思いもしなかった。
変な形でマップに体が引っかかってスタッグすれば痛い目を見るのは自分であり、試そうとはしなかった。こういうところはVRゲームの短所である。
だが、公式から「行けるよ」と言われればやってみようと思うのがゲーマーの性。
「キリ!」
崖と平行にキリを走らせ、勢いそのままに宙へと飛び上がるのがまず一段目。
次は自分の番だと「せーのっ」とタイミングを図り、キリの背から飛び上がったエボニーの思考は早く、時間は逆に遅くなる。二段目となる、彼自身のジャンプの高さは十分だった。
早鐘を打つ心臓に置いていかれないように崖上の草の根を掴んで体を引っ張り上げたところで集中が切れ、押しとどめていた熱が四肢を巡っていく。
どうにか崖に登れたエボニーは胸に手を当てて「あ、あんまりやりたくないな……心臓に悪い」と、フラフラと立ち上がった。
何はともあれ、後は簡単だ。行って、捕まえるだけ。
人に会うわけでもモンスターに会うわけでもなく、目的の池はエボニーの記憶の通りにあった。人が立ち入らない事で逆に成立している、自然そのままの美麗な景色をできるかぎり荒らさないよう、手早く作業を済ませた彼は、ゴールドバレーへの帰り道で見知った装備を付けた冒険者を目にした。
「深き世界の雷獣」の黒を身に纏った男が一人。
「純白」の輝きを身に纏った男女が一人づつ。
この世界ではまず目にすることがない、等級の高いモンスター素材を使って作られた防具を装備している者など限られている。自然と彼らの名前が口から漏れたエボニーは、彼らと真正面から戦っていた未来を想像して顔を強張らせた。
「ファハドとラウラ・デルソルか……それにあれは…………エグバート・リッジ」
三人とはそれぞれに戦ったことがあり、そのどれもで勝利を収めている。けれども大事なのはそこではない。大きな動きを見せずに本気でエボニーを殺すことができそうな面々を集めた、というのが問題だった。
彼らがエボニーを殺そうとして集まっているのかは定かではないものの、この辺りのモンスターを狩るにしては過剰な戦力がもしもを思考させる。
(エグバートの職業が「星翠戒」だけになってるなら三人でも……)
「いや、さすがにか」と首を横に振ったエボニーは、見つかっても追いつけないだろうと全速力で帰路を辿った。




