百十二、未確認で進行中。
突然近づいたエボニーにヘレナの護衛が警戒の色を示すも、それは一瞬のことだった。今やエボニーの情報は貴族間で共有されており、粗相がないようにと教育されている。優秀な護衛たちが会話のためにヘレナたちの周囲をそれとなく囲んだのを見た彼女は、希望を見つけたかのような表情を浮かべるエボニーの様子を伺った。
「そんなに慌てられてどうされましたか……?」
「あ、いや急にごめん。決闘が終わってからのゴールドバレーのことを知りたいんだ」
「それでしたら、私よりもヨセフ様の方が精通しているかと思いますが」
「ヨセフはレイクトップに行ってて不在だったんだろ?今も忙しいだろうし、声かけにくくてさ」
「そうですね……少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか。私なりに伝手を辿ってみようかと思います」
「ありがとう助かるよ」
最近のゴールドバレーは話題に事欠かず、貴族の子女たちの間でもよく噂話がされていた。エボニーが求めているのは、各々の憶測ができるかぎり落とされたものだということはヘレナ自身分かっていたものの、彼女一人で得られる情報には限りがあった。
だが、それでも自分の目で見たものを、と言うのであれば自分以上に適任は居ないというのも彼女は理解していた。
エボニーと関係を持つ貴族家の中で一番国の中枢に近く、ゴールドバレーから離れることがない。それでいて裏切る心配もなく、仕事を抱えているわけでもない。
たしかにこれはエボニーから見れば都合の良い人間だろう。ヘレナは少しの微笑みをたたえて訊ねた。
「どのような情報が欲しいのでしょうか」と。そして次の瞬間にはエボニーの頼みを安請け合いしたことを後悔した。人が変わったとまではいかないものの、確実にエボニーがまとっていた空気の温度は下がり、彼の表情からは暖色が抜けた。
思わずヘレナの口からは間抜けな息が漏れるが、エボニーの息は止まらない。
「エグバート・リッジ、ラウラ・デルソルが決闘の後からどうしていたか。それと、昨日の午後、何と戦うためにフル装備で街の外に出ていたのか。あとは適当に関係ありそうな情報を教えてほしい。今すぐにとは言わないけど、早ければ早いほど助かる」
「は、はい」
ひそめた声量の代わりに鋭さが含まれた言葉は、ヘレナの耳から脳みそまで一直線に進んでいった。貴族の矜持として満足な返事は返せたものの、声の震えの全てを隠すことはできない。
そんな彼女の様子を見てエボニーは(なにかやらかしたかな?)とは思ったが、口から出た言葉を今更戻すことなど不可能である。あのエグバートの野郎……という黒い感情を努めて隠したのち、ヘレナと分かれて王城へと向かうのだった。
残されたヘレナは、エボニーの言葉から良くない事態が進行中であることを察してしまい、護衛と共に慌てて邸宅へと走った。
あの場ではエボニーが怖くて言い出せなかったが──
(──エグバート・リッジは地下牢に繋がれているはず……!)
それは彼女に内通者が城内の深いところに巣くっていることの核心と、捕まえた司教の脱獄が近いことを予感させたのだ。
(まずは事実確認を……エボニー様の見間違いの可能性もあるはず。たしか、地下牢の警備は衛兵と信頼できる各貴族の分家からの選任。うちからも何人か出しているはず。私でも追えなくはないですが、現状での深追いは危ないでしょう。そうなるとやはり、お父様に追っていただく必要が……)
ヘレナはクーター家の令嬢であるが、次期当主というわけでもなければ、自由に兵士を動かせるわけでもない。全ての裁量は当主であるウワン・クーターが持っているのだ。どうしても動くのが一歩遅れてしまうために、正直言って手に余る案件ではある。かといって、自分以外の誰かにエボニーが話すかと言われれば、答えは否だろう。
(ゴールドバレーから離れていようと伝令は常に飛び交っているし、情報量だけで言えばお父様やヨセフ様の方が私以上に持っている。ですが、そのようなことはエボニー様は知らないでしょう。ヨセフ様に気を使って私に声をかけてくるのですから、忙しそうにしている方々には話さない可能性が高い)
ならば逆に、自分が今話を聞けたのには大きな意味があると、邸宅に戻ってきたヘレナは父が居るはずの執務室の扉を叩いた。




