あの花が散るまでは
次の日も、燐はやって来た。昨日とは違い、直登達の学校の制服を着ている。
「制服、届いたの?」
「ああ」
そう頷く彼は、そこら辺の生徒よりもそのブレザーが似合っていて、直登は感嘆の声を漏らす。
「似合うな。充と同じくらい」
その言葉に、燐は吹き出した。
よく笑う男だ、と、直登は思う。
「そこはさ、お世辞でも一番似合うって言ってよ」
「…一番、似合う…?」
再び爆笑。ここが病室だという事を忘れているんじゃないかというくらい、大声で笑う燐。
おかげで、笑う時に手で片目を隠す、という癖を発見した。
「直登ってば、いつもクエスチョンマーク付けんのな」
「そう?いつもじゃないと思うけど…」
直登はうーん、と首を傾げる。燐の笑いのツボが分からない。
「…ああ、確かに」
急に納得し出す燐に、直登は更に首を傾げた。
「いつも、なんて言える程、俺は直登の事知らないなぁと思って」
その言葉に、ズキリと胸が痛む。
出逢ってわずか。燐は直登の事をほとんど知らない。直登も、燐の事を知らない。
分かっていた。最近まで二人は顔も名も知らない他人だったって事。そんな事、分かりきっていた。
それなのに、彼の言葉に酷く傷付いている自分がいる。
「直登」
名前を呼ぶ声に、顔を上げる。
相変わらず綺麗な声だ。勇ましくて、麗しい。劇団なんかに入ったら、さぞかし活躍するだろう。
直登は、燐の目を見据えた。
「直登の事、聞かせて」
「え?」
「誕生日、血液型、好きな食べ物に、好きなテレビ番組。何でもいい。どんなに些細な事でも、聞かせて?」
ぎゅっ、と、直登の左手を燐の両手が包む。温かくて大きな手のひらに、思わず安心感を覚えた。
「出会うのが遅かった分、たくさん話を聞かせて。俺達の空白の時間を埋めよう」
つり目で、だけどどこか優しい瞳。吸い込まれてしまいそうな。
なんだか恋人に言う台詞みたいだ。そう思いつつ、直登は自然と顔が緩むのを感じた。
窓際で咲き誇るマリーゴールド。
桜の花は、もうほぼ散ってしまったけれど。神様、どうかお願い。
この花が散るまで。そう、あと少しだけ、俺に時間を下さい。




