お願いです、忘れて下さい
神様なんて嫌いだ。
あのマリーゴールドが散るまでは。そう祈ったのに、どうして。
「直登っ」
「ナオ…っ」
機械音がやけに大きく響く病室の中で、幾つもの聞き慣れた声が耳に届く。
その代わり、目にはほとんど何も映らない。酷く霞んだ視界が映すのは、綺麗に咲き誇るマリーゴールド。
「…と、き、わ…」
そのひとつの名前を呼ぶのに、結構な時間が掛かった。
「常磐?常磐に会いたいのか?」
こくりと頷く。いや、頷いたつもり。実際はちゃんと頷けていないのかもしれない。
早く。この目が何とか見えるうちに、早く。
「直登」
綺麗な声が、名前を呼んだ。どこか震えている気がするのは、自惚れなのだろうか。
「――――――」
「直登…、聞こえないよ…」
燐が、直登の口元に耳を寄せる。さらさらのオレンジ色の髪が触れて、くすぐったい。
「り、ん…」
最期くらい、名前で呼んでも罰は当たらないよね。
直登は、震える声で愛しい人の名を呼んだ。
ああ、凄く眠い。もう眠ってしまいたい。
「何?直登」
優しい声。この声が好きだった。
眠い。けど最後に、これだけ言わせて。
「…燐、大好き、だよ…」
そっと握った燐の手は、涙が出るくらい温かかった。
俺の、愛しい人。
その顔も、性格も、声も。全てが大好きでした。
貴方が俺を好きだと言ってくれた時、どうしようもなく嬉しかった。本当なら、あの時にこの気持ちを伝えたかったよ。だけど、俺にはもう時間がなかったから。
最期に気持ちを伝えたずるい俺を許して下さい。
燐。お願いです、俺の事は忘れて下さい。
俺と貴方の短い時間は、俺がずっと覚えてる。忘れろって言われても、絶対忘れてなんかやらない。
だから、燐。お願い。俺の事は忘れて、幸せに生きて下さい。
俺を好きになってくれて、ありがとう。
何も返せなくて、ごめんなさい。
大好きです。さようなら。