第二節:『隠密少女とリンゴの末路』
「アンタとずっと一緒に行動してても効率が悪いわ。私は落とし物センターに届け出がないか確認しに行く」
――だから手伝ってくれる気があるなら、アンタはもう少しこの辺を探してて欲しいわ。後、これは報酬の前払いよ……光栄に思いなさい。
そう言って魔宮木さんは僕の手にリンゴを一つ置いてこの場を立ち去った。辺りに残されたのは僕一人と、その手元に残されたリンゴちゃんのみになったわけである。
立ち去っていった彼女の背を見送り、だがそんな僕は果たしてこれからどうしたものかと少し頭を悩ませていた。
聞き込み調査をするにしても、まさか『実は知人の魔法少女が魔法のステッキを無くしてしまって』なんて言うわけにもいかず。
うーむそれならば、『演劇で使う杖のような小道具を無くしてしまって』とでも嘘をついて、辺りを行き交う人に話を切り出すことにでもしようかと、そんなことを考えていた折――
「――ユーバラ、あの『魔女』となにしてた」
――唐突に耳元で響いた、抑揚のない無機質な声音。
それはさながら、陰に潜んで僕の背後に忍び寄ったかのように、彼女は一切の気配を感じさせることなく、今この瞬間に僕の影から這い出てきたかのようにそこに存在した。
「……陰々蛇、さん。相変わらず、君はいきなり現れるね」
「べつに、ぼくは普通にあるいてきただけ……だよ?」
「遠くから呼んでくれればいいのに」
「よんでも……たぶんきこえないから」
「――そっか」
そう言って彼女は少し悲しそうに項垂れるので、それ以上僕も何かを言うことは出来なかった。
その紙袋の内側で、一体どのような表情を浮かべているのか僕には解りかねたということもある。彼女はどうしてか、常にその顔貌をすっぽりと包み隠すように大きな紙袋を被っているから。
しかし、そんな彼女は不意に何かを思いついたようにがばっと顔を上げ――そして、豹変した。
――それはまるで、その紙袋の中にいる人物が入れ替わったのかと思うくらいに。
「『酷いですよたっくん!ましろさんのこと無視しないでくださいよ~!』」
「えっ……えぇ!?霞月先輩!?」
「『へっ、バーカ。騙されてやがんの。霞月サンじゃなくて、実はオレだったんだぜ』」
「霞月先輩の次は……闇﨑さん!?」
「ざんねん、ずっとぼくのままでした。……どう、ユーバラ?ぼくってじつは……モノマネうまいんだよ」
次の瞬間には僕の眼前の紙袋の少女はいつもの陰々蛇さんに戻っており、彼女は今しがた披露した二名の少女の物真似の出来栄えを尋ねてきているかのように軽く小首を傾げた。
いやしかし……今のは物真似というより【再現】のようだ。
「……正直言って、上手すぎるよ。一瞬、本人が目の前に現れたのかと思ったくらいだし……本当に、なんでそんな上手いの?」
「なんでっていわれても……声色と発声と艶の入れ方をかえてるだけだよ」
彼女はぶっきらぼうに、何でもないことのようにそう説明するが。
それは説明なようで、全くもって説明になっていないような……。
「ぼくはきづいた。自分の声できづいてもらえないのなら、他の誰かのふりをして声をかければいいって」
「いや……止めた方が良いんじゃないかな。君の場合はもはやふりになっていないレベルだし」
「じゃあユーバラは……誰の声に一番ひきつけられる?」
「え……?」
彼女はそこで紙袋に覆われた顔をぐいっと近づけてきて、その二つ空いた穴から覗く赤い目で僕を逃さぬようにじっと見つめて来ながら、さながら尋問のように訊いてきた。
何だか、独独の凄みがある。
陰々蛇さんに近づかれると、どうしていつも空気が張り詰めるように感じてしまうのか。
「カヅキ?カンナキ?アンザキ?それとも……コクレイ?」
「……」
「生徒会メンバーのモノマネなら全員できるよ。だからもちろんコクレイのモノマネだって……あいつにいわせたい事とかあったら、ぼくなんでもやるよ……?」
「……いや、いいよ。そんなことをしなくたって、君のいつもの声音が僕は一番惹かれる」
「あう……ほんと?」
彼女の肩を掴んでぐいっと押し戻し、僕と彼女の距離を適切なものへと修正しながら、僕は正直なところを答えた。
物真似が異様に上手いなんていう一面、この二か月ほど彼女と過ごしてきて初めて知った一面だ。
なぜそんな特異なスキルを、彼女はこれまで見せてこなかったのかとも思うけれど……まあ、たまに色々な意味で爆発力を見せるのも彼女らしいと言えるか。
他にもまだ見せていないだけで、まだまだ彼女は色んな一芸を披露する機会を、その牙を研ぎながら虎視眈々と狙っているのかもしれない。
陰々蛇美影は、僕の生徒会の同輩であり、そしてまた『隠密』の異能者である。
その異能は、端的に言えば『誰にも認識されなくなる』というものだろうか。
より正確に言えば、『認識の優先度が限りなく低くなる』――というのがその異能の本質だろう。つまりは、他の何よりも目立たなくなる。
例えば辺りを吹き抜ける初夏の風や辺りの環境音、あまつさえ今しがたの僕の思考よりも……彼女は目立たない。
――目立てないのだ。
「……まあいいや。それにどうしてもきづいてくれなかったら、こっそりイタズラだって……」
「え?なにか言った?」
「なんでもない……それよりも、ユーバラ」
そうして、彼女はぐいっと僕に顔を近づけてくる。
紙袋に空いた二つの穴から覗く赤い双眸が僕の目をじっと捉えて、離さない。
やっぱり、彼女の追及には独特の凄みがあった。
「おまえ――さっき、あの『魔女』と一緒にいたよね」
「『魔女』って……」
まあ、魔宮木さんのことを言ってるんだろうが。
「なにか変なこと……ふきこまれなかった?」
「変なこと?」
「あいつは……『嘘つき』だから」
そう、感情の読み取りにくい声音で、しかし確かな嫌悪を感じさせる独特な迫力と共に彼女は強く言い切る。
「あの『魔女』は、ただの目立ちたがり――ぼくにはわかる。……だれよりもめだたないぼくだからこそ、わかる」
「えっと……二人は知り合いなの?」
「一応。でも、ぼくはあいつがきらい。いつもちかくでみてるから――イライラする」
「同じクラスなんだ……」
異能者のその異能のランクによってクラス分けされる。
国立学園トクイジニアス異能研究学科、その一年に籍を置く僕や魔宮木さん、陰々蛇さんであるが、僕はDクラスで、魔宮木さんや陰々蛇さんは同格のBクラス――後は闇崎さんは、確かAクラスだったか。
同じクラスで話している魔宮木さんと陰々蛇さん……なんか、あんまり想像出来ないな。
ともかく――
「……別に、何も特別なことは言われてないよ。ただ、魔宮木さんが無くしものをしたって言うからさ」
「……なくし、もの?」
そう僕が言うと、何故かその事実に驚いたかのように、彼女は少しだけ声を高くする。
どうも珍しい様子だなと僕は思ったが、
「うん。どうにも八百屋さんにリンゴを買いに行っていた間、その……店の外に置いてきた『魔法のステッキ』が無くなっていたみたいで」
「………それ、ぜったい嘘。あの『魔女』が、おまえにかまってもらうためについたホラだよ」
「……なんで、そんなはっきり言い切れるの?」
「だってあんな棒切れ、ほしがるやついない」
「……」
まあ、そう言われると否定し切れないが。
確かに、仮に彼女の『魔法のステッキ』を盗んだ犯人がいたとして、その動機が不鮮明だ。
質屋に出しに行っても、コスプレ道具か何かだと思われるだけだろうし。
だが――
「――でも僕には、魔宮木さんは本当に困っているように見えたよ。その素振りすらも演技だって言うなら、彼女は大した役者だ」
「ユーバラは……いいやつだからすぐに人の言葉を真にうける。おまえはもうすこし、人のことうたがったほうがいい」
「それは……」
僕が『いいやつ』なのかどうかについてはひとまず置いておくとして、僕に人を疑う能力がやや不足しているのは認めざるを得ないかもしれない。
先月、とある一件でかの堂々たる絶対の生徒会長の口車に乗せられてしまったせいで、僕はかなり酷い目に遭ってしまったものである。
……まあでも、あれは自業自得なのだが。
それはともかくにしても、陰々蛇さんの指摘は至極真っ当なように思われた。
「おまえは……ぼくの友達。生徒会の仲間。もしあの『魔女』になにか変なことされたら、遠慮なくぼくにいえ」
「そうしたら……どうするの?」
何だか陰々蛇さんの様子に鬼気迫るものを感じて、恐る恐る僕はそう訊き返す――と、彼女は「これかして」と、僕が手に持っていたリンゴをひょいと摘んで右手に握り。
「こうする」
一息でそれを、原形を残さず握り潰した。
一息でそれを――原形を残さず握り潰した?
「――え」
「ぼく、じつはパワーにはケッコー自信がある」
潰れた果肉に塗れたその小さな右手から溢れた果汁をぽたぽたと垂らしながら、紙袋の彼女は恐らく、凄惨に嗤った。




