第一節:『魔法少女とバナナの皮』
「ふふん。見てなさいタク、私の『魔法』を――っ!」
魔宮木さんは得意げに頬を歪めてそう叫び、その右手を大きく振りかぶって『それ』を巻き起こした。
それは物理法則へのあり得ざる反逆であり、絶対的な宇宙法則に謀反を起こすような特異的事象の結実であった――買い物カゴから地面に散乱して静止したその赤い果実、それがあろうことかそのグラビティエフェクトに逆らって、ひとりでにふわりと浮かび上がったのだ。
ふわふわと、不安定ながらも中空になだらかな放物線を描いて、そのリンゴはたっぷり五秒を使い――ようやく彼女の手の中にすっぽりと収まった。
「……ふう。見たかしらタク、これが私の『無手の反重力』よ」
「……流石だよ、魔宮木さん」
額からダラダラと汗を流し、その『魔法』はどう見ても労力に見合った結果を生んでいないとも思ったのだが、僕はそう答えておくことにした。
いや本当に、流石と思ったのには嘘はないのだ。
「残りのリンゴも、私の『無手の反重力』を使えば、すぐにこの手に戻るわ――だからちょっと、待ってて」
「……うん」
「――。――――。――――――よしっ!」
たっぷりと五秒ほど、彼女は地面に散乱したリンゴの一つを凝視して、そして恐らくようやくその『サイコキネシス』の準備が終わったのか、彼女はまたその右手をリンゴの方に向けて――以下同文。
「……ふう。さて、あと私の『魔法』の餌食になりたいリンゴちゃんはいくつ残っているのかしら?」
「……もう、普通に拾わない?」
「ぐぬ……せめて『魔法のステッキ』があれば、もう少し上手く力が使えるのに……っ!」
そう言って悔しげに唇を噛んだ彼女は自分の『魔法』の行使を諦め、しゃがみ込んでいそいそと散らばったリンゴを拾い出す。
魔宮木イツキ。
燃えるような紅の瞳に、流れるような黒い長髪が特徴的な少女。
彼女は端的に言えば、魔法少女である。
そしてより正確に言えば、『自称』魔法少女であり、そしてまた先天性異能者の一人でもある。
まあ要するに……イメージを具現化するような特殊能力を持っている、とでも言えばいいのか。
「君の『実効性』の異能は、やっぱり扱いが難しいね」
「『魔法』だっつってんでしょうが。アンタのその機械的な説明腹立つわね――でもまさに私の異能の正鵠を得ていると言えるわ」
リンゴを拾い集めながら魔宮木さんはそう言い、
「私の『魔法』は、事前計画に確実な実効力を付与するだけだもの。やると決めたことが、私の意思で勝手に、自動的に実行される」
「だから、リンゴを拾うのには適していない」
「うるさいわね……私だってまさか、バナナの皮に滑ってすっ転ぶなんて思わなかったのよ」
彼女は忌々しげにその紅い瞳を鋭く細めて、自分を転ばせたその黄色の元凶を睨んだ。生憎それは言葉を持たないので、彼女の言及には知らんぷりを返すわけであるが、そもそもとして彼女が転んだのは前方不注意に占めるところが大きい。
先ほど彼女がその『実効性』の異能で前を見ずに空中をふわふわと五秒ほど浮遊していたところ、たまたま落下地点にバナナの皮が重なった形になったのだ――そして冒頭に戻る、というわけだった。
「それにしても……なんでバナナの皮なんて捨てられてあったんだろう。他にゴミなんて落ちてなくて、綺麗なものなのに」
「さあね。きっと意地悪な『魔女』が悪戯でもしたのよ――私の『魔法』をやっかみでもして。まあ何にせよ、街にポイ捨てをしていくなんて業腹な輩がいたものだわ」
そうして地面に散らばったリンゴを買い物カゴに戻し終えた魔宮木さんは、自分を転ばせたバナナの皮を拾い上げ、義憤と共にそれを近くのゴミ箱に放り投げる。バナナの皮は綺麗で安定した放物線を描いて――箱の中にすとんと収まった。
「――。それにしても……見つからないね、君の『魔法のステッキ』」
「確かにこの辺に置いといたはずなのよ……八百屋さんに入るときは流石に持っていけないもの。きっと誰かが、悪い『魔女』が盗んだんだわ――」
「あんな棒切れ、欲しがる人いるのかな……」
「今アンタ棒切れって言った!?言ったわよね!?温厚で寛大な『魔法少女』にだって我慢の限界というものがあるわ――食らいなさい、『灼熱の火炎弾』ッ!!」
僕の棒切れ発言に激昂した彼女は、かの『灼熱の火炎弾』を――手に持っていた赤い果実を、綺麗な右ストレートで僕の顔面にぶん投げてきた。
だがその煉獄の魔弾は、今の僕にはあまりに遅すぎる速度であった――先月、とある一件で出鱈目な速度というものには慣れっこであったからだ。
「――ッ、やるわねタク、私の魔弾を受け止めるなんて」
「ははは。生憎、今の君じゃ僕を捉えられないよ――」
左手を軽く持ち上げるだけでぱしりと投擲されたその赤い果実を受け止め、不敵に頬を歪めた僕に、魔宮木さんは悔し気に唇を噛んだ。
ここは無数の異能者が跋扈する学園、国立学園トクイジニアス。
生来にして特異な超常能力を有する先天性異能者という存在を、同学はその先端的な研究の為に全国的に受け入れている。
その為、同学は受け入れ学生に快適な生活を保障する為、学園を中心とする広大な領域に、独自の経済圏と巨大都市を展開した。
……ともかく。僕は今、『魔法少女』こと『実効性』の異能者である、魔宮木イツキと共にこの学園都市の繁華街に足を運んでいるところであった。
いや、正確には出くわした、と言うべきだろうか。
僕は所属している生徒会の仕事で、買い出しの為にこの繁華街に足を運んだわけだが……そんなとき、『魔法のステッキ』を無くしたと喚く彼女と行き合った形である。
「……はあ。ホントはこんなところで根暗な偏屈野郎と遊んでるヒマなんてないのに……一体どこにいったのよ、私の『魔法のステッキ』」
リンゴの応酬を終えてぜえぜえと息を切らした彼女は、備え付けのベンチにどっと腰を下ろした。
「そんなに、大事なんだ」
「当たり前じゃない……あれは私にとって、血肉のようなものなのよ。『魔法少女』の私にとってはね」
「……そっか」
彼女は僕のことを根暗な偏屈野郎と称したが、僕からすれば彼女は情熱の偏屈少女だ。
彼女は自分の異能を、頑なまでに『魔法』と呼び続ける。
まるで、そう呼び続けることに意味があるかのように。
「――」
僕は彼女に、ずっと傲慢な罪悪感を感じている。
それはもう僕の記憶の中にしかないが。
それでも、無かったことにしてはいけないと、そう思い続けているから。
「……絶対に見つけようね、君の血肉のような、『魔法少女』のアイテムを」
「――」
そう言った僕に、彼女はその血のように紅い瞳を真ん丸に見開いて、それからしばらくモゴモゴと口ごもるようにして――顔を背けてボソリと呟いたのだった。
「……根暗で、偏屈野郎のくせに……どうして、たまに定規みたいに真っ直ぐなことを言い出すのかしら」




