第十九節:『交戦開始』
『『『【 動 く な 】』』』
「にゃ……ぐッ!?」
僕が至近距離で発した極大の『音霊』、その不意打ちを受けた『捕食者』はまるで数倍の重力を上から掛けられたかのように膝を折り、その脚力で地面に常軌を逸したひび割れが走る――が、倒れるまでは行かない。
僕が放てる理論上最大火力の『音霊』でさえ、この強大な異能者の足を僅かな間だけ止めるのが限界だ。
そしてそれにもかかわらず――
「……っ、『捕食者』、気を確かに持つのですわ――!」
そのとき、遠方の『音楽家』には効果が薄かったのか彼女はすぐさまに立ち直り、自身の金色のフルートに口を付け――瞬間。
『『『【 目 覚 め の 祝 い を 】』』』
彼女が放った『音霊』が、膝を付いた『捕食者』をすぐさま立ち直らせんと、その意思を込めて舞台の中央で沈黙する少女に向かって放たれる。
それが届けば、僕は放った渾身の『音霊』も瞬く間に打ち消されてしまう。
だからそうなる前に――『捕食者』の、聴覚そのものをこちらで奪う!
「――『血色の超興奮』!」
「――にゃ」
瞬間、僕が掲げた『憤怒』の魔法、それが放つ赤い光が『捕食者』の全身を覆い尽くした。
『『『【 目 覚 め の 祝 い を 】』』』
『『『【 目 覚 め の 祝 い を 】』』』
『『『【 目 覚 め の 祝 い を 】』』』
『『『【 目 覚 め の 祝 い を 】』』』
『『『【 目 覚 め の 祝 い を 】』』』
「な、何も……聞こえないにゃァ!?」
「――う、嘘ですわ!?」
『音楽家』が奏でる目覚めの旋律、続けざまに放たれ続けるその『音霊』だが、『憤怒』の魔法によって五感が鈍化した『捕食者』はそれを一つも受け取ることなく、苛々としたようにガンガンと握った拳をステージに何度も叩きつける。――ただそれだけで、ステージが粉々に砕け散っていく。
ただでさえ化け物染みた、否、化け猫染みた身体能力を持つ『捕食者』、彼女に『憤怒』の魔法を使用し、その身体能力を強化するのは敵に塩を送る行為と何ら変わらない。
しかし危険な賭けだが、これで彼女はしばらく僕の『音霊』の効果でその場から足を動かせない。
――この隙に、取り巻きの二人を無力化する!
「し、侵入者……動けなくなるのは、あ、アンタも同じさ」
「……ッ!」
「――勇原、危ねえッ!」
横合いから不意にあのシャッター音が響き渡ったのと、切迫したように闇﨑さんが僕を突き飛ばしたのをほとんど同時だった。
間一髪その狙撃のような撮影から逃れた僕らはゴロゴロと舞台の上を転げ回り、どうにかして舞台袖の物陰に身を隠す。
これで少なくとも、今この瞬間だけは『写真家』の魔手からは逃れられるが――
「――ふ、ふふ。こ、これでアンタらはそこから動けないさ。そ、そこから一歩でも踏み出せば……アタシのカメラが、アンタらを一瞬で射抜く」
「……っ」
「『捕食者』が立ち直るまで……精々そこで蹲ってるさ、『被写体』」
彼女が勝ち誇ったように僕らをせせら笑うように、彼女がカメラをじっと構えている間、僕らはこの物陰から一歩も動くことは出来ない。
――あくまでも、僕と闇﨑さんだけは。
「――へたっぴ。闇討ちなら、ぼくの方がずっとうまい」
「ぐっ……が……ァ」
その瞬間、『写真家』の背後からぬっと姿を現した陰々蛇さんが、その怪力でぎりぎりと彼女の首を締め上げて、彼女は自身のカメラを取り落としてその場にどさりと崩れ落ち、そしてそのまま気絶した。
――まずは一名、撃破。
陰々蛇さんには予め、僕が動き始めても引き続き『隠密』で姿を消し、『写真家』を確実に不意打てるように指示していた。目には目を、歯には歯を。そして闇討ちには闇討ちを。この戦場で最も厄介な敵ユニットを最初に戦線離脱させられるように、『隠密』による最初の一回のアドバンテージは必ずここで使わなければならない。
ただこれで、僕ら三人がこの戦場に目に見えて姿を現したことになり――
「――お前ら、来るぞ!耳を塞げッ!」
「うっ……!」
「……っ!」
そのとき、先を読んだように闇﨑さんが広間全体に向けて金切り声を上げ、それに僕も陰々蛇さんも咄嗟に両耳を塞ぎにかかる。――刹那。
『『『【 死 の 狂 騒 を 】』』』
『『『【 死 の 狂 騒 を 】』』』
『『『【 死 の 狂 騒 を 】』』』
『『『【 死 の 狂 騒 を 】』』』
『『『【 死 の 狂 騒 を 】』』』
「ぐっ……ぅ!?」
――仲間同士での殺し合いを誘発させる、あの悪魔の様な旋律が、再び戦場を一気に覆い尽くした。
* * *
『『『【 死 の 狂 騒 を 】』』』
『『『【 死 の 狂 騒 を 】』』』
『『『【 死 の 狂 騒 を 】』』』
『『『【 死 の 狂 騒 を 】』』』
『『『【 死 の 狂 騒 を 】』』』
「――作戦通りに、二人共、僕の後ろの位置に!」
「りょーかい……っ!」
「勇原、タンクは任せたぞ……ッ!」
頭が割れるような凶悪な旋律が辺りに木霊していく中、僕らの動きは早かった――遠くの陰々蛇さんは狂騒の演奏を続ける『音楽家』と自分の位置が僕を挟んで一直線上に来るところに素早く移動して耳を塞ぎ、近くの闇﨑さんは僕の背中に隠れる。
そして僕は――懐のスペルカードの一枚を取り出し、その魔法を声高に詠唱する。
「――『無我の鏡像』!」
――瞬間、『純潔』の魔法のミントグリーンの光が僕の全身を包み込み、無敵の代償に指一本たりとも自分の意志で動かせなくなる。
重心が偏ってその場にどさりと倒れ込もうとする身体を背中の闇﨑さんがぐっと押さえ込み、意味のある遮蔽となった僕へと向かって真っすぐに、『音楽家』が放出する『音霊』がぶつかるが――
『『『【 を 騒 狂 の 死 】』』』
『『『【 を 騒 狂 の 死 】』』』
『『『【 を 騒 狂 の 死 】』』』
『『『【 を 騒 狂 の 死 】』』』
『『『【 を 騒 狂 の 死 】』』』
「――お、音がこちらに跳ね返ってきますわ!?」
――その『音霊』は僕の身体に触れた瞬間にそのまま跳ね返り、ぎょっとして演奏を止めた『音楽家』の下へ、その狂騒の意思が帰って行く。
そしてそんな彼女を逃さぬようにすかさず――視界の端で、桃色の光が瞬いた。
「てめーの音で酔いやがれ。――『桃色の超感覚』」
「なっ……くッ!?」
僕の後ろで『色欲』の魔法を行使した闇﨑さんが放出した桃色の光、それが『音楽家』の全身を一瞬にして包み込み――あるいはそれは、芸術家にとっては皮肉な福音なのかもしれないが――例の感覚過敏の地獄が彼女に襲い来り、その金色のフルートを取り落としてガクガクと全身を震わせながらその場に膝を付く。
そしてそんな動けない彼女の下へ、間もなく『死の狂騒』の音霊が、帰り着いて――
「き、ゃああぁぁぁぁああぁぁああぁあ――ッ!?」
断末魔のような甲高い絶叫を辺りに響かせ、全身をビクビクと痙攣させて、やがて動かなくなった。
近づけば近づくほど、彼女が奏でる狂騒の旋律の餌食になるだけならば、最初から接近の手段を取らずに、彼女が放つ音自身を武器としてこちらが利用すればいい。
彼女があれだけ自身の演奏の美しさに心酔しているのは、彼女自身もまた、生まれてこの方自身の『音霊』を聴き続けているから。――『音霊』の異能者は、自らの音楽から逃れられない。
これで、ひとまず取り巻きは二名、撃破した。
だけど、ここまではまだ前座でしかなく――
「――お前ら、よくモやってくれタにゃァ?」
「……ここからが鬼門だぜ」
――舞台の中央で遂に立ち上がった『捕食者』が、残虐に細めた瞳で愉し気に僕らを見つめていた。




