第十七節:『オトモダチ』
「こんな訳分かんねー状況、オレは『はじめまして』だぜ。初学者にも分かりやすく、てめーの要求を語って聞かせて見ろ、な?」
「……っ」
闇﨑さんのその挑発的な物言いは、表面的には目の前の『捕食者』に向けられたものだが、その実情は隠れ潜んで状況を窺っている僕と陰々蛇さんに向けた精一杯のメッセージだ。
恐らく彼女は普通の会話をしているように見せて、姿を潜めている僕らへの秘密の暗号をさり気なく忍ばせていた。――そこで隠れているのは分かっていると。
それを彼女が出来るのは、『巻き戻し』の異能によって既にこの状況を何度もやり直しているから。
――だけど、それだけ分かったところで何になる?
こちらが彼女とコミュニケーションを取れない限りは、闇﨑さんが抱えているだろう情報をこちらは知り得ない。
クソ……一体どうすればいいんだ。
「……ユーバラ、そんな頭かかえてどうしたの?」
「……闇﨑さんと、意思疎通を図る方法は無いかと考えてるんだ。どうやら彼女、僕らがここにいることを察しているみたいで」
「うーん……それならぼくが、直接話をききにいくけど」
「――え?」
当たり前のように陰々蛇さんがとんでもない提案をし出したので僕は思わず訊き返してしまったが、そういえば彼女ならそれが可能なのか。
「いつもやってること。『隠密』で誰にもみつからずに後ろからしのびよって、アンザキの近くによって……あ、でも。それじゃああいつも、ぼくの存在にきづけない――ごめん、やっぱだめかも」
「……いや、丸っきり不可能とも言えないよ。君の存在に気付いてなくても、それでも一人で喋り続けることは出来る。そしてその独り言を、近くで潜んでいる君は当たり前のように『盗み聞き』出来るはずだ」
「……ユーバラ、人聞きわるい。――盗み聞きなんてぼく、たまにしかやってないし」
「え、何か言った?」
「……なんでもない。それでつまりユーバラは、アンザキの独り言をぼくが『盗み聞き』してくればいいっていいたいの?」
「うん、そういうことになるんだけど――」
僕は頷くが、この方法にも問題が無いとは言えない。
少なくとも、こちらから闇﨑さんに、陰々蛇さんが近くに来ていることを知らせる何らかの合図が必要だ。
合図を受け取った闇﨑さんは、その存在を感じ取れずとも近くに陰々蛇さんがいることを見越して独り言を始める。その独り言を、陰々蛇さんが『盗み聞き』して持ち帰ってくる。
こうすれば闇﨑さんが持っている情報を僕らも手に入れることが出来る。
ただその肝心の合図を、今ある道具だけで工面できるだが――いや。
――足りない道具は、奪ってくればいい。
僕は広間の無数の楽器が立ち並ぶエリア――便宜上音楽家エリアと呼ぶことにするが――そこに移動し、何やら演奏を始めようとしている『音楽家』が手に握る金色のフルートをじっと見据えながら、頭の中で作戦を組み立てる。
――よし、これなら闇﨑さんにも問題なく合図が届くはずだ。
僕は頭の中で組み立てたその作戦を陰々蛇さんに共有して、そして何やら騒々しくなり始めている広間の様子をちらと窺ってから、口を開いた。
「『捕食者』が闇﨑さんの下から離れた。陰々蛇さん、用意をお願い」
「りょーかい。アンザキの伝言、ちゃんともちかえってくる」
「君は彼女の独り言を聞き逃さないことだけに集中していればいい。――何やら、『捕食者』の大仰な語りが始まるみたいだよ」
* * *
「――あーしはあル日、特別な力を手に入レたのにゃァ」
『音楽家』がそのフルートで軽快な旋律を奏で始める中、空っぽの劇場に一人上がった『捕食者』は、猫のようにその場に座り込んでまずそう口火を切った。
「あーしはそれまで、しがない猫デしかなかったのにゃァ。生まれ持っタこの『捕食者』の役回り、それに一生振り回され続けるンだろうにゃって思ってた……デも、違ったのにゃ」
そろそろ話の中身に入るだろう――そう思われたとき、ふと、僕の身体を『忍耐』の緑色の光が包み込んだ。
――陰々蛇さんから僕に向けた合図だ。
広間のどこにも『隠密』の異能で認識出来なくなっている彼女の姿は見られないが、恐らく今、彼女はその中心で神妙な顔つきで舞台を睨んでいる闇﨑さんのすぐ傍にいて、そしてそのことを僕に伝えるために『忍耐』のスペルカードを僕を対象に行使した。
それなら、次は僕が闇﨑さんに合図を送る番だ。
「――来い、役割の『借用』」
瞬間、僕は今も尚軽快な演奏を続ける『音楽家』が口を付けている金色のフルート、それを真っすぐと指差して己の内の異能を行使する。
――『音霊』の異能、一部奪取。
これで今の僕は、限定的に『音霊』の異能を扱える状態になった。そして僕は次のような意思を込めて、広間の中央に佇んでいる少女だけにそれが届くように、空間を包み込む軽快な旋律の中、それに紛れるようにさりげなく――ぱんと、手を打った。
『【――陰々蛇さんが今ちょうど傍にいる。君が抱えている情報を教えて欲しい】』
『音霊』の異能は自身が発する如何なる音にも意思を込めることができ、かつその意思を届ける対象を任意に指定できるという特性がある。発する音は必ずしも声にも、特定の旋律にも限定されない――だから、僕の知る本物の『音霊』の異能者は楽器なら何でも扱うことが出来たのかもしれないが。
「……」
広間の中央でこくりと、闇﨑さんが小さく頷いたのが見えた。
そして間もなく、彼女の唇が微かに動いて、何かの言葉を紡ぎ出したのを僕は確認する――よし、ひとまず作戦は成功した。
これで後は、陰々蛇さんが闇﨑さんから『盗み聞き』した伝言を持ち帰ってくるのを待てばいい。
それまでの待ち時間――僕も、『捕食者』の演説を聞いておくことにしようか。
「――見るにャ、この空間ヲ。あーしノオトモダチの夢と希望が詰め込まレた世界を。ここなら自分が自分デあることも忘れて、猫みたいに我儘に、好キなだけ、自由にッ!暴れ尽くセるんだからにゃァ――ッ!?」
「――っ!?」
その瞬間だった。語り続けている内に自身の中で何かが昂っていったのか、彼女はそこで唐突に発作のように長い脚を振り上げて頭上の舞台照明を蹴り上げ、破壊し――着地の衝撃だけでステージ全体に放射線状のひび割れを生じさせる。
「あ、ああ……『捕食者』。『演者』の舞台で乱暴がす、過ぎるさ。しょ、しょうがないからアタシが直してあげる……【『演者』の舞台、その照明とステージを現在に置換】」
「すまンにゃ、『写真家』。今日ハただでさえ獲物を何度も取り逃がしテるから苛々してンのにゃァ。――お前らをズタズタに引き裂くのは気が引けるしにャ?」
「別に壊したいならやればいいさ……『核』がある限り、アタシらは不滅さ」
「――まア、それモそうにゃ?」
いそいそと懐から写真を取り出し、『写像』の異能によって破壊された舞台を元の状態に復元する『写真家』。そんな彼女に嗜虐的に細められた流し目を『捕食者』は送るが、その暴威の気配をさして気にも留めていないかのように、『写真家』は淡々と言葉を返す。
……彼女らの関係がいまいちよく分からないな。
眷属を自称する割には、そこまで忠誠心を前面に曝け出して付き従っているという様子でもない。ただ一つだけ言えるのは、この中で圧倒的に強いのはどう考えてもあの『捕食者』だというのに、彼女の気まぐれな暴力衝動に『音楽家』も『写真家』も微塵も怯えた様子を見せていないということだ。
「――てめーらの関係は気味が悪ぃ。洗脳でもしてやがんのか、猫又」
と、そんな僕の疑問にちょうど答えるように、不意に広間の中央の闇﨑さんが口を開いた。
「でも、てめーはどこまでいってもただの『捕食者』でしかねー。獲物を追い回して喰い殺すことは出来ても、手なずけることなんか出来るはずがねーだろ。そんなら、一体どんな手品を使って――」
「――だからあーしハ、その力ヲ手に入れたッてことにゃァ、ここにゃん」
そう、世界を祝福するかのように大きく腕を広げて、『捕食者』は高らかに笑いながら言った。
「――あーしは自分だけノ眷属を、『オトモダチ』を作る特別ナ力を手に入れタにゃ」
「それをあーしは、『吸血鬼』の異能と呼ブ――のにゃァ」




