第十三節A:『紙袋の中身』
「ほらはやく……おまえの仮面の素顔をみせろ、『偽物』……っ!」
「……っ!」
更に苛烈化した二人の陰々蛇美影の殴り合いはまだ続いている。依然としてコーラルピンクの陰々蛇Aが優勢だが、陰々蛇Bも頭部を堅牢に守りながらもしぶとく負けてはいない。
――僕が提案した互いの紙袋を剥ぐ作戦、それが分の悪い賭けであることは承知している。
この証明方法は、真の『本物』が勝利した時のみ真偽がはっきりするだけで、もし本物の陰々蛇さんが偽物に紙袋を剥がれれば……その時点で、偽物にとってもその素顔は既知となる。
そうなれば次は、『仮面劇場』の異能は彼女の素顔まで完璧に模倣するようになるだろう。
だから今の状況は、偽物にとっても『相手の紙袋を剥いでその素顔を見る』という行為が都合よく正当化されているわけでもある。――万が一本物の陰々蛇さんが敗北した場合、どんな恐ろしいことが起きるか、想像もしたくもないが。
それでも――
「――『本物』の君に向けて言う!君は今しばらく、ただ耐えていればいい!……勝機は、ある!」
「……っ!」
その僕の必死の掛け声に、恐らく本物の陰々蛇美影は小さく息を漏らしたことだろう。
感情では、どちらが本物なのかということにはほとんど決着が付いている。
だから後は、論理が追いつけば――僕は君を、今度こそは完全に信じられる。
だからあと、もう少しばかり耐えてくれ――陰々蛇さん!
「ちっ……防御にてっするなら……これなら、どう……っ!?」
「――ぐ……っ!?」
その瞬間、陰々蛇Aは足元の黄色いスペルカードを……あろうことか『怠惰』の魔法に手を掛け、それを天高く掲げ、叫んだ。
「――『自堕落の腐食』!」
――刹那、眩い黄色の光が戦場を丸ごと覆い尽くし、地響きが響いてフィールドがドロドロに崩壊し始める。
極めて足場が不安定になり、もはやまともに立っていられなくなるほどの崩壊がこの一帯を覆い、またあの大災害が再臨するのかと思われたが――どういうわけか、その規模は先ほどに比べて遥かに小規模だ。
そうして陰々蛇Aが雑に投げ捨てたその『怠惰』のスペルカードが僕の足元に落ちるが、そのカードの鮮やかな黄色は今は見る影もなく、まるで聖力を失ったかのようにくすんだ黄色へと――ほとんど灰色に近い黄色へと無残に変色していた。
――まさかもう、ほとんど力が残ってないのか?
そんな推測が頭を過るが、いずれにせよ……二人の陰々蛇美影が殴り合う戦場の地盤を不安定に軟体化させるには十分な効果をもたらしていた。
「さあ、もう引くに引けない……こんどこそ、おまえの紙袋の中身をみせろ……っ!」
そう、コーラルピンクの陰々蛇Aが崩れ落ちていくコンクリート片を俊敏に伝いながら、崩壊したコンクリートの孤島に取り残された陰々蛇Bへと猫のような姿勢で襲い来る。
しかし、そんな彼女の足元には一枚の赤色のカードがある。――僕がどさくさに紛れて投げ込んでいた、『憤怒』のスペルカードが。
「赤色のおかわりをあげる。――『血色の超興奮』」
「は……?」
――瞬間、彼女が掲げた『憤怒』のスペルカードが放つ赤色の光が、同じ効果を再度付加するようにコーラルピンクの少女を覆い尽くす。
だがしかし、既に『憤怒』と『色欲』の効果が重ね掛けされている陰々蛇Aの身体の色には、表面的には何の変化も起こらない。『憤怒』の重ね掛けによって、赤色が強くなるということもない。
その突然の魔法の行使は、陰々蛇Aには奇行にしか見えなかったはず。しかし彼女は何らかの意図を疑い、警戒を強めて慎重に一度飛び退った。
「いまおまえ、ぼくになにをした……?」
「いったじゃん。赤色のおかわりをあげたって」
「はあ……?なにそれ、なんの意味があるの……っ!」
「……もしかして、きづいてない?」
と、陰々蛇Bは紙袋の頭を傾かせ、目の前の赤と桃の色彩が不均衡に入り混じる少女に向かって、ぶっきらぼうに告げる。
「――身体のピンク、ほとんどきえかけてるけど」
「……っ!おまえ……っ!!」
それでようやく自身の身体の変化に、そして陰々蛇Bの狙いに勘付いたかのように、陰々蛇Aは、次第にその身体の赤味が強くなりつつある彼女は、憤慨したように叫び声を上げる。
――『色欲』の魔法による五感鋭敏作用が薄まりつつある中で、再度『憤怒』の魔法による五感鈍化作用を付加されたという事実に。
『色欲』と『憤怒』の力を上手く拮抗させて互いのデメリットを相殺したのはいいが、どちらか一方の効果が先に切れればもう一方の癖の強いデメリットを無視できなくなる!
――だから『色欲』の魔法の効果が切れるまで……しぶとく粘った陰々蛇Bが、最後まで本物を諦めなかった彼女が、揺るぎない勝機を掴むのだ。
「く、そ……っ!」
「――もうおまえは、ぼくよりおそい」
反応速度が極めて鈍くなった陰々蛇Aに、地を蹴って俊敏に距離を詰めた陰々蛇Bの……流麗な回し蹴りが、遂にその紙袋を蹴り飛ばし――
「はい、証明完了、ぼくのかち」
そこには首から先が途切れている、がらんどうの虚無だけが広がっていた。
――その紙袋の中身は、最初から空っぽだった。




