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勇気は剣より強く 〜なんでも屋が灯す小さな光〜  作者: かえる
第一章 孤児院と謎の寄付
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言えないこと、言いたいこと


 今日は食事が喉を通らなかった。

スープも肉もパンも野菜も。

何もかもが一切通らない。


 自警団に突き出される──

その言葉が、頭の奥でずっと鳴り続けているからだ。


 アレンは本気だ。

昨日のあの目は、冗談を言う目じゃなかった。


「呑気に寝やがって……」


 孤児院の子供は皆、昼食後寝てしまった。

今起きているのは俺とリオと院長、この三人だけ。

だからこそ俺の悩みは加速する。


 本当のことは言えない。

言ったら巻き込んでしまう。

リオも、院長も、孤児院のみんなも。


 だから──嘘をつくしかない。


「嘘なんてつきたくないよ……」


 胸がぎゅっと痛む。


 でも、言わなきゃ守れない。

それしか方法がない。

俺は膝を抱えて、必死に嘘を考えた。


 どこで働いたことにする?

 どんな仕事なら金貨三枚になる?

 怪しまれない理由は?

 リオならどう聞いてくる?


 頭がぐるぐるして、息が苦しくなる。


「……リオ、来ないな」


 今日はまだ一度もリオと会っていない。

朝起きる時も、食事の時も、自由時間も。

昨日あれだけしつこく追いかけてきたリオが、今日は全然来ない。


 嘘を考える時間は作れるけど、胸騒ぎがして仕方ない。


 怒ってるのか?

 呆れてるのか?

 それとも──もう俺のことなんて……どうでもよくなったのか?


 胸がざわざわして、じっとしていられなくなった。


「……ちょっとだけ、様子見てくるか」


 そっと部屋を出て、リオが掃除しているはずの場所を廊下の角から覗く。

……けれど、そこにリオの姿はなかった。

不思議に思って少し移動すると、リオは院長と話していた。


「少しは食べないと倒れますよ」

「……ごめんなさい。朝から何も食べられなくて」


 リオも俺と同じように食事が出来ていないようだ。

 心配かけてしまっている事が辛くなる。


「気持ちはわかりますけどね。はぁ……ルカが匿名の寄付者だったとは……危険なことをしていないといいのですが……」


 院長にも心配をかけてしまっている自分が情けなくなる。


 けれど何より情けないのは……


「私がいたらぬばかりに……ルカに負担を……」


 ()()()()をさせてしまっている事だ。


 そんな顔をさせるために寄付したんじゃないのに……。


「ルカはシスターが情けないからとか、心配だからとかで寄付したんじゃないと思いますよ」


 罪悪感で押しつぶされそうな中、リオの言葉に息が止まった。


「きっとシスターを助けたくて、なんとか恩返しをしたくて……頑張ったんだと思いますよ」


 胸がズキッと痛んだ。


 リオは……ちゃんと見てくれていた。

 俺の気持ちを、俺より分かってくれていた。


 そんな人に、嘘をつくのか?

 そんな人を騙すのか?


 胸が苦しくて、呼吸が浅くなる。


「そうですね……ただ、やはり心配です……」

「……それは、私も思います」


 リオの声が少し震えている。

 院長にもリオにも心配かけて……俺は何をしているんだ……。


「やはり私が直接ルカに聞いてきます」


 院長が立ち上がった!

 まずい、どこかに隠れないと!

 近くにあった物置に、ほとんど反射で飛び込んだ。


 ……あれ、出てこない?


 不思議に思ってもう一度覗くと、リオが院長を止めていた。


「待ってください。今のまま聞いても意味がありません」

「……リオさん?」

「ルカはきっと話してくれます」

「ですが……」

「ルカはきっとなにか……理由があって話そうとしないんです」

「理由……ですか?」

「はい、それが何かは分かりません。だから……」


 リオはまっすぐと院長を見た。

透き通るようなその綺麗な目に、俺は目を離せなかった。


「だから──ルカが私たちを信頼してくれるまで待ちましょう」


 ……やめてくれ。

 ……もうやめてくれよ二人とも。


 俺は貴女達が思うほど立派な人間じゃないんだ。

 信頼なんてしないでくれ。

 見捨ててくれよ。


 嘘……つけないじゃんかよ……


「もし……もしもルカが話さなかった場合、リオさんはどうしますか?」

「その時はアレンさんと戦ってでもルカを守ります。それが姉ってものですから」


 ──あぁ、もうやめよう


 俺は馬鹿だった。

 本当に馬鹿だった。


 俺にはこんなに頼りになる姉がいるのに──

 一人で抱え込んで、勝手に苦しんで──


「リオ……シスター……あの……お話が……」


 もう一人で抱え込むのはやめよう。


「ルカ……?」

「ルカっ!」


 リオに頼ってみよう。

きっと頼りに──


「危ない──!!」

「えっ?」


 その瞬間、孤児院の窓が俺を嘲笑うように割れた。


「よぉクソガキ。随分と口が軽いじゃねーか」

「──ッ!」


 俺はこの時悟った。

もう誰かに頼れる時期は──とっくに過ぎていたのだと。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢



 割れた窓から落ちる破片が床に散らばる。

 孤児院の空気は一瞬で凍りついた。


 侵入者は静かに着地した。

その動きは、かつて冒険者だった者の癖を残している。

酔いと疲れで鈍ってはいるが、基礎の鋭さは消えていない。


 男の視線がルカを捉えた瞬間、少年の顔から血の気が引いた。


「よぉクソガキ。随分と口が軽いじゃねーか」


 その声に、院長が真っ先に反応した。


「ルカ!!」


 院長は迷いなく走り出した。

年齢を感じさせない速度だった。


 家族のために老体を酷使して、死ぬまで鉱山で働いていた男──

その娘である院長は、子供達を守るためなら迷わない。


 ──しかし


「あ……れ……」


 院長は走り始めた途端、ばたりと倒れてしまった。

まるで()()に襲われたかのように。


「お、お前まさか……!」

「へへっ、これで起きてるのはお前らだけになったな」

「シスター!!」

「リオ! ダメだ逃げろ!!」


 リオが駆け寄ろうとした瞬間、侵入者の視線が彼女に向いた。


 白い髪。

 孤児院の少女。

 ルカが叫んだ名前。


 リオ──それはアレンが大事にしている少女の名だ。


 侵入者の目が細くなる。


「そうか、お前がリオ、か」


 その名を口にした瞬間、男の中で()()が変わった。


「ククク……ついてやがるぜ! こんなところで会えるとはな!」


 男はルカを片腕で抱え込み、もう片方の手でリオの腕を掴む。


「やめて! 離して!!」


 リオは必死に抵抗した。

 腕を叩き、蹴り、噛み付く。


「離せ!! リオを連れていくな!!」


 ルカが暴れる。

 その声は震えていたが、強かった。


 ルカとリオ。

決して力のある姉弟ではないが、互いを想う力だけは誰にも劣らない


 故にその想いは、男の動きを鈍らせるのに十分だった。


「この! クソガキ!!」


 しかし相手が悪過ぎた。


 相手は元冒険者だ。

今やアルコールで蝕まれ、借金で荒んではいるが、その体には確かに戦いの痕跡が刻まれている。


 濁りきって輝きを失った痕跡ではあるが、二人を圧倒するには十分だった。


「うっ──」

「リオッ! やめろ! やめてくれ!」


 侵入者は苛立ち、リオの首元へ手を伸ばす。


「なんで起きてるか知らんが……寝てろ」


 その言葉とともに、リオの意識は暗く沈んでいった。


「リオォォォォ!!」

「手こずらせやがって、お前も一緒に寝てろ」

「──ッ!」


 リオを黙らせたその手が、次はルカへと向かう。

 万事休す──少年が全てを諦めたその刹那。


「今の音はなんだ!?」

「孤児院の方だ!!」


 外から自警団の声が響いた。

ガチャガチャと武器を鳴らし近づく音。

侵入者の顔が強張る。


「……クソッ、来やがったか」


 撤退を急ぐ必要があった。

本来ならルカも気絶させるつもりだったが、時間がない。

男は眠らせたリオを担ぎ、その場を後にしようとする。


「おいクソガキ、黙ってい──」


 男が走り出そうとした瞬間──

 ルカの目が輝く。

 万策尽きた盤上に逆転の一手を指すが如く。


「赤い土だぁぁぁぁぁ!!」


 ルカの叫び声に、侵入者の足が止まった。


「テメェ……やりやがったな……?」


 その顔は、怒りでも恐怖でもない。

 もっと深い──

 心底から湧き上がる不快感だった。


 低く濁った声。

 酒と疲れが混じった声。


 されど確かにある。

 研ぎ澄まされたナイフのような鋭い殺気。


「ざ、ざまぁみやがれ……っ!」

「タダじゃすまねぇぞ……ガキ」


 男はリオとルカを抱えたまま、外へ消えていく。


 孤児院には、割れた窓と倒れた院長、そして()()()が残された。


 自警団の足音が近づく。

 誰かが叫んでいる。


 だが──二人の姿はもう、どこにもない。


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