信じたい夜、言えない真実
俺は孤児院の仕事をリオに任せ、タンタル草の採取に向かっていた。
タンタル草はすり潰して傷口に塗ると治りが早い。
即効性ならカンタル草だが、あれは魔物の死体を養分に育つため危険区域にしか自生しない。
値段も跳ね上がるので、一般人が使うことはまずない。
冒険者にはカンタル草。
街の人にはタンタル草。
そんな使い分けだ。
今日の依頼主は市場の薬草売りのおっさん。
最近タンタル草の売れ行きが妙に良く、急ぎ補充したいらしい。
「薬草の売れ行きが良い……ね……」
景気がいいのは良い事だが、おっさんは微妙な顔をしていた。
この売れ方はおかしい。
なにか変な事が起きてなければいいが。
そんな事ばかりぶつぶつと呟いていた。
「ん? なんだこれ?」
採取中、踏み潰されたタンタル草を見つけた。
安全区域ではよくあることだが──足跡が妙だった。
黒い土に、赤い土が混じっている。
赤い土はアステル近くの鉱山のものだ。
鉱山付近なら珍しくないが──ここは鉱山とは真逆の方向。
鉱山から街へ戻る時もこの道は使わない。
しかもこの先は魔物こそ少ないが、立派な危険区域だ。
だからこそ、この赤い土が妙に引っかかった。
「あ、やっぱり! アレンさんじゃないですか!」
「ん? リットか?」
熟練冒険者のリットとそのパーティが現れた。
彼らがこんな初級者向けの場所に来る理由は一つしかない。
「こんちは! 薬草採取っすか?」
「まあな。お前らは何してる。ここはお前らが来る場所じゃないだろ。……なんかあったのか?」
「えぇまあ……実は夜にこの付近で人影を見たって証言が多くて。調査依頼を受けたんですよ」
リットは自警団も兼任している。
調査役として指名されるのも納得だ。
「そうか、大変だな」
「本当っすよ……俺、調査とか頭使うの苦手なんで……」
「そのためのパーティだろ。まあ頑張れよ。あ、そうだ」
俺は赤い土の足跡を見せた。
何かの手掛かりになればいい。
「おっ、助かります!」
「おう。それじゃあな」
夕暮れが近い。
リオに負担をかけないためにも早く戻らないといけない。
薬草を袋に詰め、ギルドへ納品し、ミーナと少し話し──
そしてその夜、俺はルカを捕まえることになる。
だがその時にはもう、赤い土のことなど忘れていた。
もし覚えていれば──
あんな事にはならなかったというのに。
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「はなせよ!」
外に出ると、アレンさんがルカを抱えていた。
呆れたようにため息をついている。
「なんとなくそうじゃないかとは思っていたが……まさか本当にお前だったとはな」
「なんの話だよ! 俺は何もしてねーよ!」
ルカは必死に暴れるけれど、アレンさんの腕はびくともしない。
やがて抵抗を諦め、力を抜いた。
「アレンさん、ルカが何か……?」
「現行犯だ、ほら」
アレンさんはそういうと、握っていた金貨三枚を私に見せた。
「……ルカが寄付してたの? でもどこからそんなお金を?」
「……言えない」
「ルカ……?」
ルカの指先が一瞬だけ震えた。
その震えは、私の胸の奥に小さな不安を落とした。
「はぁ……あんまりやりたくなかったが、仕方ないな」
アレンさんは踵を返し、街の方へ歩き出す。
自警団詰所の方向だ。
「ど、どこに連れていく気だよ!」
「自警団の詰所だ、ここで吐く気がないなら怖いおっちゃんに詰められろ」
「わ、わかったよ! 悪かった! 話す!」
自警団の名を聞いた途端、ルカの顔が青ざめた。
観念したように口を開く。
「……働いて稼いだんだよ」
「お前な……もう少しマシな嘘を──」
「嘘じゃない!」
ルカは叫び、アレンさんの言葉を遮った。
その目は真っ直ぐで、嘘をついているようには見えない。
「ならどこで働いて来たんだ」
「……言えない」
「そうか、じゃあ自警団行きだな」
「やめろって!!」
ルカは必死に抵抗するが、アレンさんは歩みを止めない。
──見ていられなかった。
「待って──!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
アレンさんが足を止めた今が、唯一のチャンスだ。
「も、もう少し……もう少しルカの話を聞いてあげたらどうですか?」
「リオ、弟が可愛いのは分かる。でもコイツには話す気がないだろ」
「そ、それはそうですけど、でもアレンさんだって同じじゃないですか!」
「……同じ?」
アレンさんの眉がわずかに動く。
私はぎゅっと拳を握りしめて、胸の奥から湧き上がる言葉をぶつけた。
「そ、そうです! アレンさんだって、ルカの話を聞く気がないじゃないですか!」
「何を言っているんだ。俺は聞く気がある。こいつに話す気がないだけだ」
「それは──ルカをちゃんと見てないからです!」
アレンさんの目が、ほんの一瞬だけ揺れた。
「ルカが悪い事したって決めつけて! ちゃんとした仕事をしてないって決めつけて! 信じてないじゃないですか! ルカの事を!」
「……」
アレンさんは一瞬だけ顔を歪ませた。
あの顔は前に見た事がある。
都合が悪い事を指摘された時の、少しだけ悔しそうな顔だ。
「リオ、冷静になれ。真っ当な仕事で子供が金貨三枚稼げるわけないだろ」
「そ、それは……」
「お前も俺が受ける案件の報酬、見た事あるだろう。金貨三枚の報酬を見た事あるか?」
アレンさんの言っている事は正しい。
金貨三枚以上の報酬は危険な特別依頼くらい。
アレンさんの言葉は、怖いくらいに正論だ。
だけど……。
「コイツが何をしているか知らないがな、この歳で悪事に慣れると取り返しがつかなくなる。庇うだけが優しさじゃないぞ」
──だからこそ私は引き下がれなかった。
「でも! ルカが悪い事をする子に見えるんですか!?」
正論だけで判断するアレンさんが許せなかった。
「ルカは優しくて、頑張り屋で、ちょっと不器用な所はあるけど、皆のために動ける子なんです」
ルカの事を見ようとしないアレンさんが許せなかった。
「ルカの事何も知らない癖に、勝手に判断しないでください!!」
そして何より──
ルカが悪い事をしたと一瞬で判断したアレンさんが、許せなかった。
「……ならどうしろと? 信じて見逃せとでも言う気か?」
「私はルカとちゃんと話し合ってくれれば、それでいいです」
「……だそうだが?」
「……」
ルカは辛そうな顔で口を閉じている。
葛藤しているのが分かる。
もう少し時間をかければ──
「無駄な時間だったな」
「アレンさん!」
私の言葉に、アレンさんが突き刺すような眼光を向ける。
普段の優しさや温かさが無い、仕事をする大人の目だ。
さっきまで孤児院で子供達に囲まれていた優しい顔は、もうどこにも無い。
互いに一歩も引かず睨み合う。
空気がピリッと張り詰め、夜風すら止まったように感じた。
「……はぁ」
重い沈黙を破ったのは、アレンさんだった。
「ならこうしよう」
アレンさんはルカをそっと地面に降ろす。
そしてルカが私の背中に回り込むのを確認すると、指を一本立てた。
「一日だ。一日だけやる。明日一日、お前がルカから金貨三枚の入手元を聞き出せ。聞き出せなかったら問答無用で自警団に連れて行く」
「わかりました」
「……まあ今の調子じゃ無理そうだろうがな」
挑発するような声と、にやけた顔に胸がカッと熱くなる。
だから言ってやる事にした。
「言いましたね! なら私がちゃんと聞き出したら──」
今日一日のルカとの時間が胸に蘇る。
記憶がなくて辛いだろうに私に優しくしてくれた事。
院長の事、皆の事を思って必死に算術を勉強していた事。
恥ずかしながらも私の事を受け入れようとしてくれた事。
その全てを思い出し、指を突き出した。
「ルカを信じなかった事、ちゃんと謝ってください!」
「あぁ、約束する」
沈黙が落ちる。
月明かりが三人の影を長く伸ばす。
「孤児院へ戻れ、リオ、ルカ」
アレンさんは壁にもたれながら、夜空を見上げた。
「はい、おやすみなさい」
私はルカの肩を抱いて、孤児院の中へ戻る。
明日──絶対に聞き出してみせる。
ルカのために。
私のために。
そして、アレンさんに謝らせるために。
そう強く心に誓い、扉を閉めた。




