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勇気は剣より強く 〜なんでも屋が灯す小さな光〜  作者: かえる
第一章 孤児院と謎の寄付
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信じたい夜、言えない真実


 俺は孤児院の仕事をリオに任せ、タンタル草の採取に向かっていた。


 タンタル草はすり潰して傷口に塗ると治りが早い。

即効性ならカンタル草だが、あれは魔物の死体を養分に育つため危険区域にしか自生しない。

値段も跳ね上がるので、一般人が使うことはまずない。


 冒険者にはカンタル草。

 街の人にはタンタル草。

 そんな使い分けだ。


 今日の依頼主は市場の薬草売りのおっさん。

最近タンタル草の売れ行きが妙に良く、急ぎ補充したいらしい。


「薬草の売れ行きが良い……ね……」


 景気がいいのは良い事だが、おっさんは微妙な顔をしていた。


 この売れ方はおかしい。

 なにか変な事が起きてなければいいが。


 そんな事ばかりぶつぶつと呟いていた。


「ん? なんだこれ?」


 採取中、踏み潰されたタンタル草を見つけた。

安全区域ではよくあることだが──足跡が妙だった。


 黒い土に、赤い土が混じっている。


 赤い土はアステル近くの鉱山のものだ。

鉱山付近なら珍しくないが──ここは鉱山とは真逆の方向。

鉱山から街へ戻る時もこの道は使わない。

しかもこの先は魔物こそ少ないが、立派な危険区域だ。


 だからこそ、この赤い土が妙に引っかかった。


「あ、やっぱり! アレンさんじゃないですか!」

「ん? リットか?」


 熟練冒険者のリットとそのパーティが現れた。

彼らがこんな初級者向けの場所に来る理由は一つしかない。


「こんちは! 薬草採取っすか?」

「まあな。お前らは何してる。ここはお前らが来る場所じゃないだろ。……なんかあったのか?」

「えぇまあ……実は夜にこの付近で人影を見たって証言が多くて。調査依頼を受けたんですよ」


 リットは自警団も兼任している。

調査役として指名されるのも納得だ。


「そうか、大変だな」

「本当っすよ……俺、調査とか頭使うの苦手なんで……」

「そのためのパーティだろ。まあ頑張れよ。あ、そうだ」


 俺は赤い土の足跡を見せた。

何かの手掛かりになればいい。


「おっ、助かります!」

「おう。それじゃあな」


 夕暮れが近い。

 リオに負担をかけないためにも早く戻らないといけない。


 薬草を袋に詰め、ギルドへ納品し、ミーナと少し話し──


 そしてその夜、俺はルカを捕まえることになる。


 だがその時にはもう、赤い土のことなど忘れていた。


 もし覚えていれば──

 あんな事にはならなかったというのに。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「はなせよ!」


 外に出ると、アレンさんがルカを抱えていた。

呆れたようにため息をついている。


「なんとなくそうじゃないかとは思っていたが……まさか本当にお前だったとはな」

「なんの話だよ! 俺は何もしてねーよ!」


 ルカは必死に暴れるけれど、アレンさんの腕はびくともしない。

やがて抵抗を諦め、力を抜いた。


「アレンさん、ルカが何か……?」

「現行犯だ、ほら」


 アレンさんはそういうと、握っていた金貨三枚を私に見せた。


「……ルカが寄付してたの? でもどこからそんなお金を?」

「……言えない」

「ルカ……?」


 ルカの指先が一瞬だけ震えた。

その震えは、私の胸の奥に小さな不安を落とした。


「はぁ……あんまりやりたくなかったが、仕方ないな」


 アレンさんは踵を返し、街の方へ歩き出す。

 自警団詰所の方向だ。


「ど、どこに連れていく気だよ!」

「自警団の詰所だ、ここで吐く気がないなら怖いおっちゃんに詰められろ」

「わ、わかったよ! 悪かった! 話す!」


 自警団の名を聞いた途端、ルカの顔が青ざめた。

観念したように口を開く。


「……働いて稼いだんだよ」

「お前な……もう少しマシな嘘を──」

「嘘じゃない!」


 ルカは叫び、アレンさんの言葉を遮った。

その目は真っ直ぐで、嘘をついているようには見えない。


「ならどこで働いて来たんだ」

「……言えない」

「そうか、じゃあ自警団行きだな」

「やめろって!!」


 ルカは必死に抵抗するが、アレンさんは歩みを止めない。


 ──見ていられなかった。


「待って──!」


 自分でも驚くほど大きな声が出た。

アレンさんが足を止めた今が、唯一のチャンスだ。


「も、もう少し……もう少しルカの話を聞いてあげたらどうですか?」

「リオ、弟が可愛いのは分かる。でもコイツには話す気がないだろ」

「そ、それはそうですけど、でもアレンさんだって同じじゃないですか!」

「……同じ?」


 アレンさんの眉がわずかに動く。

私はぎゅっと拳を握りしめて、胸の奥から湧き上がる言葉をぶつけた。


「そ、そうです! アレンさんだって、ルカの話を聞く気がないじゃないですか!」

「何を言っているんだ。俺は聞く気がある。こいつに話す気がないだけだ」

「それは──ルカをちゃんと見てないからです!」


 アレンさんの目が、ほんの一瞬だけ揺れた。


「ルカが悪い事したって決めつけて! ちゃんとした仕事をしてないって決めつけて! 信じてないじゃないですか! ルカの事を!」

「……」


 アレンさんは一瞬だけ顔を歪ませた。

あの顔は前に見た事がある。

都合が悪い事を指摘された時の、少しだけ悔しそうな顔だ。


「リオ、冷静になれ。真っ当な仕事で子供が金貨三枚稼げるわけないだろ」

「そ、それは……」

「お前も俺が受ける案件の報酬、見た事あるだろう。金貨三枚の報酬を見た事あるか?」


 アレンさんの言っている事は正しい。

金貨三枚以上の報酬は危険な特別依頼くらい。

アレンさんの言葉は、怖いくらいに正論だ。


 だけど……。


「コイツが何をしているか知らないがな、この歳で悪事に慣れると取り返しがつかなくなる。庇うだけが優しさじゃないぞ」


 ──だからこそ私は引き下がれなかった。


「でも! ルカが悪い事をする子に見えるんですか!?」


 正論だけで判断するアレンさんが許せなかった。


「ルカは優しくて、頑張り屋で、ちょっと不器用な所はあるけど、皆のために動ける子なんです」


 ルカの事を見ようとしないアレンさんが許せなかった。


「ルカの事何も知らない癖に、勝手に判断しないでください!!」


 そして何より──

ルカが悪い事をしたと一瞬で判断したアレンさんが、許せなかった。


「……ならどうしろと? 信じて見逃せとでも言う気か?」

「私はルカとちゃんと話し合ってくれれば、それでいいです」

「……だそうだが?」

「……」


 ルカは辛そうな顔で口を閉じている。

葛藤しているのが分かる。

もう少し時間をかければ──


「無駄な時間だったな」

「アレンさん!」


 私の言葉に、アレンさんが突き刺すような眼光を向ける。

普段の優しさや温かさが無い、仕事をする大人の目だ。

さっきまで孤児院で子供達に囲まれていた優しい顔は、もうどこにも無い。


 互いに一歩も引かず睨み合う。

空気がピリッと張り詰め、夜風すら止まったように感じた。


「……はぁ」


 重い沈黙を破ったのは、アレンさんだった。


「ならこうしよう」


 アレンさんはルカをそっと地面に降ろす。

そしてルカが私の背中に回り込むのを確認すると、指を一本立てた。


「一日だ。一日だけやる。明日一日、お前がルカから金貨三枚の入手元を聞き出せ。聞き出せなかったら問答無用で自警団に連れて行く」

「わかりました」

「……まあ今の調子じゃ無理そうだろうがな」


 挑発するような声と、にやけた顔に胸がカッと熱くなる。

だから言ってやる事にした。


「言いましたね! なら私がちゃんと聞き出したら──」


 今日一日のルカとの時間が胸に蘇る。

記憶がなくて辛いだろうに私に優しくしてくれた事。

院長の事、皆の事を思って必死に算術を勉強していた事。

恥ずかしながらも私の事を受け入れようとしてくれた事。


 その全てを思い出し、指を突き出した。


「ルカを信じなかった事、ちゃんと謝ってください!」

「あぁ、約束する」


 沈黙が落ちる。

月明かりが三人の影を長く伸ばす。


「孤児院へ戻れ、リオ、ルカ」


 アレンさんは壁にもたれながら、夜空を見上げた。


「はい、おやすみなさい」


 私はルカの肩を抱いて、孤児院の中へ戻る。


 明日──絶対に聞き出してみせる。

ルカのために。

私のために。

そして、アレンさんに謝らせるために。


 そう強く心に誓い、扉を閉めた。


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