姉弟の再会
「……」
「よぉお前ら、久々だな」
「アレンだーーーー! 本当にアレンがきたぁぁぁぁぁ!」
「「「わぁぁぁぁぁぁ!」」」
私達が孤児院の食堂に入ると、一瞬の静寂の後、すぐ爆音のような声が響いた。
私達が朝ごはんの支度を終えた時には子供達はすでに起きており、食堂の中で追いかけっこや踊りをしていた。
そんな子供達は、アレンさんを認識した瞬間に笑顔で突撃してくる。
朝から元気いっぱいだ。
「うおっ!? おい待て、押すな! 登るな! 噛むな!」
アレンさんは一瞬で子供達の餌食になった。
肩に乗られ、腕にぶら下がられ、背中にしがみつかまれ。
まるで公園の遊具で遊ぶようだった。
「ねーねーアレン! 冒険の続き聞かせてー!」
「ごほん読んでー!」
「ミーナさんとの話聞かせてー!」
「だーもう! 後だ後! お前ら先に飯を食え!飯を!」
アレンさんが必死に子供達を振り解こうとする。
でも子供達は完全に遊びモードで、アレンさんの言葉なんて聞いていない。
アレンさんは迷惑そうな顔をしているけど、すごく嬉しそうだ。
「えー! ご飯よりアレンがいいー!」
「アレンよりご飯だ、早く食え!」
アレンさんはしがみつく子供達をそのままに配膳をしていく。
子供達はきゃーきゃー言いながら楽しそうにしていた。
「それじゃ手を合わせて……恵に感謝を」
「「「恵に感謝を!」」」
子供達はアレンさんの後にそう続けると、パクパクとご飯を食べていく。
まるで魔法かのように消えていく朝ごはんに驚きを隠せない。
「ったく、飯食ってる時と寝てる時しか可愛くねーな」
「ふふっ、嬉しそうですね、アレンさん」
「……まーな」
アレンさんは冒険者をしていた時からよく孤児院に来ていたようで、子供達に好かれている。
強くて優しいアレンさんは子供達にとってヒーローなんだろうなと思う。
「ねーねー、おねーちゃんだれぇ?」
「こんにちは、私はリオっていいます」
「リオ! いい名前だね! リオってアレンの彼女?」
その言葉にアレンさんが吐き出した。
「ばかっ! 何言い出す!」
「そうだよそうだよ! アレンにはミーナがいるだろ!」
またアレンさんが吹き出した。
「お前ら! 飯の時くらい静かにしとけ!」
アレンさんはそう言って子供達の頭をぐりぐりした。
嬉しそうにぐりぐりを受けてる子供達を見て笑っていたら、隣の女の子が声をかけてきた。
「リオさんって、ルカくんと同じ髪の色だね!」
「ルカくん? どの子?」
「んー!」
女の子は食堂の端っこで一人ご飯を食べてる男の子に指を指す
「ほら、白色でしょ! 同じ! ……あれ、リオさん?」
──言葉を無くした
鼓動がどんどん早くなる。
胸がぎゅっと痛んで、息が少しだけ詰まった。
気づいたら、私は立ち上がっていた。
「ルカッ!!!」
なんで私、忘れてたんだろ……!
ルカ・フェルニナ──私の弟を!
「ルカッ! 無事だったのね!」
「おい、なんだよお前!」
「遅くなってごめんね、忘れちゃってごめんね」
私は強くルカを抱きしめた。
ルカも私と同じように記憶を無くしているようだ。
それは少し悲しいけど、私も記憶をなくしてたしお互い様だ。
「あぁ、その子がルカか……やっぱりお前の弟だったんだな」
「アレンさん、知ってたんですか?」
「あぁ、シスターに軽くだが聞かされてた。一ヶ月前に街の外で転がってたのを拾ったそうだ」
「一ヶ月前なら私がこの街に来たのと同じくらいのタイミングです!」
「あぁ、状況的に間違いないだろう。だかな、その子は記憶喪失で──」
アレンさんの言葉を、私は首を横に振って遮る。
「分かっています。それでも私にとっては弟に変わりありません」
「そうか……じゃあその子共々、あとは任せたぞ」
「何勝手に話進めてんだよ!」
ルカは私の腕を振り解くと、すたすたと食堂の外に出て行ってしまった。
あぁ、やってしまった。
再会が嬉しすぎて勝手にはしゃいでしまった。
そうだよね……相手は私の事を覚えてないんだもん。
そりゃ困惑させちゃうよね
「リオ、まぁなんだ。お前らしく頑張ったらどうだ?」
「私らしく……?」
私らしくってなんだろう。
そう考えていると、アレンさんは食事を終えて、目をキラキラさせている子供達の元に歩いて行った。
「少しあいつらの相手をしたら俺は出る。悪いが片付けは頼んだ」
「は、はい! わかりました!」
私らしく。
それはなんなのか考えながら、朝食の片付けを始めた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「よーし、掃除終わりっと!」
私はほうきを立てかけて、腰に手を当てた。
昼食後の食堂も戦場みたいだったけど、なんとか片付け終えた。
アレンさんは昼食後、別の仕事に出ていった。
なんでも屋として薬草採取をしに行くらしく、夕暮れくらいまでは私一人だ。
といっても、昼食後から夕暮れまでは全て自由時間。
子供達は外で遊んだり、中で遊んだり、勉強したりと自由に過ごしている。
院長曰く危険な行動はしないように強く注意しているらしく、自由時間が始まってもう一時間は経つけど、ひやひやさせられる事は無かった。
「みてみてリオ! これ折り紙のドラゴン!」
「リオ、外で鬼ごっこしよー!」
「リオさん、宿題わかんないー!」
「はいはい、順番にね!」
子供達はとても仲良く明るくて活発的だ。
──ただ一人を除いて
「ねぇルカー! あそぼーよー!」
「うるさい! いい加減にしろ! 僕は勉強したいんだ!」
「……ひっく……うぇ……うぇーーーん!」
ルカはこんな調子だ。
ルカはこの孤児院で一番の年上で十五歳。
周りは十歳前後なせいで、あまり馴染めていないようにみえる。
「ルカ! 年下の子を泣かせるんじゃないの!」
「うるさい! コイツがしつこいから悪いんだ!」
ルカはそういうと、手に持った算術の本を持って立ち去る。
さっきまであの本で勉強をしていたようだ。
「ルカ! ごめんなさいって言いなさい!」
私の注意も聞かずに、バタンとドアを閉めてしまった。
「ルカがごめんね、大丈夫?」
「うっうん……大丈夫」
「うん、強い子ね」
私はルカに泣かされた男の子の頭を撫でる。
するとすぐに泣き止み、友達の方へと走っていった。
「リオさん、ルカくんの事嫌いになった?」
私がルカが入っていった部屋を眺めていると、女の子が声をかける。
私はその子に首を横に振って答えた。
「大丈夫、ルカは悪い子じゃないって知ってるから」
「よかった! ルカくんね、本当は皆のために凄く頑張ってるんだよ! 凄く優しいの!」
「そうなのね、良かったらルカの事もっと教えて?」
「うん!」
女の子は目を輝かして色々と教えてくれた。
ルカは算術が得意で、院長のお仕事をよく手伝っている事。
転んで泣いている子を助けた事。
寂しくて寝れない子の手を、寝るまでずっと握っていた事。
そしてその事を孤児院の皆は理解している。
ルカを仲間外れにするような子は一人もいないと言っている。
「でもね、ルカは私達と遊ぼうとしてくれなくて……」
しょんぼりと女の子は顔を俯かせる。
……私らしく。
あぁ、なんか分かった気がしました、アレンさん。
「大丈夫、私に任せて」
私はその子の頭をそっと撫でると、嬉しそうに笑った。
「本当!?」
「ええ!」
私は何か特別な事が出来るわけでもないし、アレンさんみたいに色んな経験をしているわけでもない。
だから私に出来るのは、目の前にあるやりたい事、やらなくちゃいけない事を、全力でこなす事だけなんだ!!
「ルカ、悪いけど私、あなたとお話ししたくてたまらないの。ごめんね」
姉弟水入らずの、お話し合いの開始だ。
「ルカ〜、入るよ〜?」
私はそっと扉を開けた。
中ではルカが机に向かい、算術の本を開いていた。
眉間にしわを寄せて本とにらめっこしている。
「ルカ、さっきは──」
「何入ってきてるんだよ! 出てけ!」
バタンッ!
ルカは私の言葉を遮るように、勢いよく扉を閉めた。
「……ふふっ」
ルカ、悪いけど私は諦めが悪い。
そうくるなら私にだって考えがある。
姉をあまり舐めない事だ……!
それから一時間後、ルカは部屋からいなくなっていた。
どうやら私が仕事を始めた時に移動したようだ。
でも残念、可愛い足音が聞こえてくる。
「ルカ〜?」
「うわっ!? お前大聖堂の掃除してんじゃないのかよ!」
私はその足音の主へ向かうと、ルカは驚いてわたわたしていた。
ふふっ、驚き方が私そっくりだ。
「可愛い足音、聞こえちゃったから」
「気持ち悪っ!」
「えぇ!? ひどい!」
ルカはくるっと反対方向へ走り出す。
まだまだ、これで逃げられると思わない事だ。
そしてまた一時間後、私は物置の扉を開けた。
理由は当然、ルカに会うためだ。
「ルカ〜そこで本読むと目悪くなるよ?」
「ひっ!? なんで場所分かるんだよ」
物置の奥で、ルカが箱の影に隠れて本を読んでいた。
「ルカの可愛い匂いを感じたから」
「お前!気持ち悪すぎるぞ!!」
「そんな事言わないでよ、かっこいい匂いでもあるよ?」
「う、うるさい!」
ルカはそっぽ向いて出ていった。
でも耳が赤い。ちょろいやつめ。
そしてまたまた一時間後、私は庭に向かう。
理由はもちろん、ルカだ。
「ルカ〜、そこ危ないよ〜!」
「おいなんで分かるんだよ! 足音も出してないし、外だから匂いなんて分からないだろ!」
庭の木の上にルカがいた。
枝の上で算術の本を開いている。
「ルカのカッコよくてキュートな存在を感じたから!」
「……はぁ、もういい! こっち来るなら危ないからそこの梯子を使え!」
ルカはそういうと、木のそばにかけてあった梯子に指を指す。
私はありがとうと返して、ルカの隣まで登った。
「ありがと、優しいんだね」
「いいから本題を話せよ、今日の事か?」
ルカは算術の本を見ながら、耳を赤くして話す。
とても可愛い子だ。
「うん。ねぇルカ、ルカはどうして皆と遊ばないの?」
「……別になんでもいいだろ」
「記憶がないから?」
「──っ」
その言葉に露骨に目を逸らす。
その横顔は、悔しさと悲しさと、少しの寂しさが入り混じった、ただの優しい年相応な男の子の顔だった。
「私も……記憶ないの」
「そうか……」
「でも、あなたが弟って事は知ってる。ルカは?」
「……悪い。まだ思い出せない」
その言葉に胸から温かい気持ちが溢れてきて、気づけば彼の頭を抱き寄せていた。
「ルカは本当にいい子だね!! 私がお姉ちゃんだって信じてくれるんだ!!」
「やっぱり取り消し! 話せよ、誰がお前の弟になるか!!」
そんな事を言いながらも全く抵抗を示さないルカを見て、私はニヤニヤが止まらなかった。
「……初めてなんだ。俺記憶がなくて、ずっと一人で、どうやって皆と関わっていいか分からなくて……でもお前と話していると……少し……気持ちが和らぐ」
「うん、私もだよ」
私はルカの孤独を受け入れるように、優しく撫でる。
胸元が少し濡れた気がしたけど、私はそれを気にしなかった。
「記憶のない俺を拾ってくれたシスターに恩返しがしたくてさ、だから皆のために頑張ってるんだ」
「うん」
「だけど……俺は皆を見てなかったんだな……」
弱々しいその声は誰に向かうでもなく、ただただ空中で儚げに霧散していく。
私はそんなルカの声を集めて、胸の中に受け止めた。
「ルカ……どうしたい?」
「……分からない。俺がどんな人間で……どんな考えを持ってたか分からないから……怖くて皆に近づけない……」
それがルカの本音なのだろう。
今まで誰にも言えずに押し潰していたその気持ちは、震えた声となって私に向けられた。
甘えているわけでもなく、答えを求めているのでもなく、ただただどうしたらいいか分からない。
そんなルカの気持ちが、私には痛いほど伝わった。
「ルカ、目線は前に向けよう」
「え……?」
だから私は、私が感じた事を、私の言葉で伝える。
誰の言葉でもない、私だけしか伝えられない言葉で。
「私ね、アレンさんに拾われた後、ずっとずっと捨てられるんじゃないかなって焦ってたの。記憶のない人間なんて不気味がられるかも……とか、なんで前の人間は捨てたんだって思われるかも……とか」
「……分かる気がする。俺も最初はそうだった」
「でもね今思うと、私ってバカだなーって笑いそうになる」
「……なんで?」
ルカが初めて私に目線を向けた。
その瞳は涙で赤く腫れていて、闇を抱えきれずに震えている。
「アレンさんはね私を見ていたの。今の私を。過去の私でも記憶をなくした私でもなく、ただただ捨てられないように頑張ってた私を……」
「……」
だから私はあえてその瞳に目を向けず、空を見上げてそう答えた。
私の言葉を一人で考えられるように。
「ルカに記憶がなくたって前のルカがどんなだって、あなたは今のルカで、周りは今のルカを見ているんだよ。だから目線を前に向けないと、皆の事……見れないよ」
そう私が告げた瞬間、ルカから啜り泣く声が聞こえた。
私は空を見上げたまま、ルカの頭を撫でる。
「……っ……うん……ごめん……っ……今は……このまま……」
「大丈夫……甘えなさい。お姉ちゃんだもん」
「……うん」
そしてルカが落ち着いた後、お互いの一ヶ月を話し合った。
とても楽しい時間で、あっという間に陽が落ちていった。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「どうだ、ルカとはうまくやれてるか」
「はい、もう仲良しです!」
「ルカは迷惑そうな顔してたが?」
「照れ隠しです!」
「ははっ、そうか」
子供達が寝静まった後、私はアレンさんとキャンドルを囲んで話した。
謎の寄付をする人を見つけるための張込み、でもあるけどアレンさんに今日一日の話を聞いて欲しかった。
一人で仕事ができて嬉しかった。
子供達と仲良くできて嬉しかった。
ルカと話せて嬉しかった。
そんな今日一日の出来事を、アレンさんにたくさん伝えた。
「今日は本当いい一日でした!」
「みたいだな、良かったよ、楽しめてるようで」
「はい! ……あ……その……アレンさん、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ」
「アレンさんって、兄弟姉妹とかいらっしゃるんですか?」
「……さてな」
アレンさんはそういうと、少し寂しそうな顔で夜空を窓から眺めた。
「ご、ごめんなさい……変な事きいて……」
「いや、いいんだ……あまり気分のいい話じゃないが、聞くか?」
「は、はい! アレンさんが良ければ!」
そういうとアレンさんは、手元にあったコップを遊ばせながら話し始めた。
「俺は物心ついた時には家族と離れ離れでな、森で拾ってくれた爺さんと生活してたんだ」
そういうとアレンさんは、子供の頃の話を始めた。
普段全くというほど自分の事を話さないアレンさんだから、子供の頃の話を聞けるのが新鮮で、嬉しかった。
「で、まあ爺さんが死んでからは大変だったな、一日一日生きるのに必死で、木の実や野草、蛙や魔物なんかも食ったかな」
「た、大変だったんですね……」
「まあな……そんで俺が十くらいの時か……リーダーにあって……」
「リーダー?」
私が首を傾げると、アレンさんは少し驚いた顔をして私を見る。
まるでその話を自分がした事に驚いているようだった。
「……なんでもない、さて話は終わりだ。そろそろ寝ないとな」
「……わかりました」
アレンさんは私の頭を撫でると、机から立ち上がる。
でも向かう先は寝室じゃなくて教会の外だ。
「アレンさん?」
「少し外の空気を吸ってくる、お前は先に寝ておけ」
「分かりました、アレンさんもちゃんと寝てくださいね」
アレンさんはそういうと、音を立てずに孤児院の外へと出ていった。
「……ルカの寝顔見たいけど、起こしちゃったら悪いよね」
寝る前に子供達が寝ている共同寝室に行こうと思ったけどやめた。
明日早く起きて、起こす時に寝顔を見ればいいと思ったからだ。
「……アレンさんの言ってたリーダーって誰の事なんだろ」
私はさっきのアレンさんの話を考えながら、貸し与えられた部屋で寝る準備を始めた。
髪を梳かし、化粧水をつける。
ミーナさんから教えてもらった美人になるためのルーティーンだ。
「さてと、そろそろ寝ようかな」
ひとしきり作業が終わった私は枕を整えベッドに入る。
明日はルカとどんな話をしよう。
そんな事を考えながら寝ようとした時、外からルカの声が聞こえた。
『はなせよ!!』
「ルカ!?」
私はバッと外に飛び出して、声の方へと向かう。
「えっ……?」
そこには、お金を持ったルカと、ルカを抱えるアレンさんがいた。




