寄付は誰の手で
「よぉリオちゃん、今日は新鮮な野菜が入ってるよ!」
「おぉ! これはまた綺麗な赤色のトマルですね!」
「おっ分かるかい? リオちゃんはいい目を持ってるね!」
私は今、夕飯のための買い出しに来ている。
アレンさんはトマルという赤い野菜を使用したスープが好きなので、今日はそれを作る予定だ。
肉と一緒にトマルを煮込むと、肉独特の力強い風味とトマルの酸味が手を取り合って、とても美味しいスープになる。
本当は家事だけじゃなくてお仕事も手伝いたい。
けれどアレンさんに止められてしまっている。
理由は私の体にある。
私は捨てられてからしばらく、飲まず食わずで歩いていたのもあり筋肉がかなり落ちている。
前より大分回復したけれど、それでもまだ本格的に仕事をするのは早いというのがアレンさんの判断だ。
だから私は、今の私ができる事をしようと思っている。
私が今できる事は、アレンさんの生活基盤を支える事だ。
今日も美味しい料理を作ってアレンさんに喜んでもらおう。
「これ、おじさんからのサービスだよ」
「ありがとうございます!」
私は購入した野菜達を袋に入れ、市場を後にする。
少し前はゴミのような目で見られてた私だけど、今は立派な買い物客だ。
あの時からもう一ヶ月くらいはたっただろうか。
私も少しはこの街に馴染めた気がする。
「やあリオちゃん、荷物多いけど大丈夫かい?」
「こんにちはグラントさん! はい、大丈夫です!」
声をかけてくれたのはグラントさん。
もうこの町で八年は冒険者をしている凄腕だ。
「グラント、ナンパか? やめとけよアレンさんに殺されるぞ」
「あっ、こんにちは! リットさん!」
リットさんもグラントさんと同じくらいの冒険者だ。
アレンさんの付き添いで冒険者ギルドに行く事はよくあるので、最近は私の顔と名前が冒険者の人達に広がりつつある。
最近はこうやって冒険者の人達と立ち話をする事が増えた。
昔のアレンさんの事を聞けたり出来るし、私の密かな楽しみだ。
「おいおいリット、俺だって長生きしたいさ、リオちゃんには手を出さねーよ」
「二人とも! アレンさんはそんな怖い人じゃないですよ!」
「分かってるよ、流石にアレンさんだって殺しはしないさ」
「そうだな、半殺しくらいで許してくれる優しいパパだ」
「むーアレンさんは優しい人ですよ! あとパパじゃありません!」
リットさんとグラントさんはそう言うと、笑いながら去っていく。
今の暮らしに不満はない。
いや不満がないどころか幸せすぎて怖いくらいだ。
でも一個だけ気になる事がある。
それは私とアレンさんの仲についての噂だ。
私とアレンさんが夫婦仲、とか、私とアレンさんは恋人、とか。
そんな噂ならまあ、その、やぶさかではないのだけど……。
「やあリオちゃん、お使いかい? えらいね」
「こんにちは! あとこれはお使いじゃありません! お買い物です!」
どうも私は子供扱いされてる気がする!
アレンさんの隠し子とか、アレンさんの養子とか。
果てはミーナさんとの子供だ、なんて!!
「……家族……か……」
幸せで平和な暮らしが出来ている今日この頃、私はよく考える。
私の過去ってどんなだったのだろうと。
そう思う度に少し、チクリと胸が痛む。
……私は捨てられた時以前の記憶を思い出せない。
父親どころか母親すらも思い出せない。
弟と一緒に山道を歩いていた気がするけど、記憶があやふやだ。
捨てられた事すら本当なのかも分からない。
──でも
「……ま、いっか!」
といっても別に気に病むなんて事はない。
今が幸せなんだから過去なんてどうでもいいだろ、と今は思えている。
私にはアレンさんや街の人達がいるのだから。
過去のことより今日の献立だ!
美味しい料理、つくるぞー!
「ふっふーん」
私は鼻歌を歌いながら帰路についた。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
「アレンさん、こちらが本日の依頼になります」
俺はミーナから渡された依頼に目を通す。
特別依頼は特に出ていない。
なんでも屋としての依頼が三件だけだ。
「猫探し、安全区域の薬草の採取、それと……」
「はい、孤児院のお仕事です」
「ふーん、あの院長からの依頼ね……」
俺は孤児院の依頼に目を通す。
アステルの孤児院は一つしかない。
当然孤児はそこに集まるが、あそこの収入源は寄付がメインだ。
だからか常に金欠状態のようで、いつも院長は大変そうにしている。
そんな孤児院からは当然、よっぽどのことが無い限り依頼は来ない。
つまり今回はその、よっぽどなのだろう。
「一日外出するから子供の面倒を見てほしい……ね」
「はい、一日拘束される形になるかと」
「なんとかしてやりたいが困ったな……ここ最近依頼も多くなってるし」
「そうですね……断りますか?」
「いやうける。良い機会だ、アイツもそろそろ働かせたいし」
「かしこまりました。ふふっ、リオさんきっと喜びますよ」
俺は案件依頼書を鞄に入れて、立ち上がる。
するとミーナが心配そうに俺の事を見た。
「……どうした?」
「いえ、傷の方は大丈夫かなと……」
「ん? あぁ」
俺は包帯が巻かれた腕に視線を合わせる。
深淵狼を討伐して家に帰った日の事だ。
風呂に入ろうと服を脱いだらリオに傷を見られた。
リオがはわはわと慌てるもんで、清潔にして寝てれば治るといったら……。
「もうほとんど治ってるんだがな、つけてくださいって怒られるんだ」
「ふふっ、大事にされてますね、妬いちゃいます」
「なんだ、リオに嫉妬か? ミーナも可愛いところがあるんだな」
「あなたに嫉妬してるんですよ。あーあ無理にでも採用するべきでした」
ミーナは笑いながら言うと、ごほんと一つ咳払いをして姿勢を正す。
「ではいつも通り、お見送りさせてください」
「あぁ、頼むよ」
俺はミーナから見送られながら、冒険者ギルドを後にする。
「さてと……今日も頑張りますか」
俺は太陽がさんさんと照らす街道で大きく息を吸う。
なんでも屋としての一日が、また始まった。
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「おはようございます、シスター」
「あぁアレンさん、おはようございます。依頼を受けてくださり助かりました……それと……」
「お久しぶりです、シスター。その節はご迷惑をおかけしました」
「いえ、助かったようで何よりです……あの時は申し訳ありません……」
次の日俺は、いや俺達は孤児院に向かった。
今は朝日が登り始めたくらいの時間だ。
孤児院の子供達は元気に爆睡中だろう。
「なんだリオ、面識あったのか……ってそっか、仕事を探してた時か」
「はい」
リオは仕事を探しに孤児院にも向かったと言っていた。
院長はその時採用できなかった事を謝っているようだ。
食事すら用意できずに申し訳ない。
助けられずに申し訳ない。
院長はそう言っているが、もし俺が同じ立場なら同じ選択をしていた。
俺が初めてリオとあった時の痩せ細った体に、任せられる仕事はない。
それに食事を与えてもそれは一瞬の施しであって救いじゃない。
中途半端の施しは善意に思えて一番の悪だ。
絶望という暗闇の中で、一瞬光る輝きがどれだけタチ悪いか。
院長はそれを知ってて、あえてその施しをしなかったのだろう。
「リオはうちで引き取りました。今は助手として頑張ってくれています」
「そうですか……良かったですね」
「はい!!」
院長はパッと明るく笑うリオの笑顔に涙を浮かべている。
よほど気にしていたのだろう。元気な姿で再会できて良かった。
ただ、今はあまり時間がない。
そろそろ院長が使用する馬車が到着する時間だ。
もう少し感動の再会を楽しんでもらいたいが、俺は話を戻す事にした。
「それで依頼の件ですが……随分と急でしたね。出発の直前なんて」
「えぇ、なんでも私の父親が鉱山の仕事中に倒れたと……」
「そうでしたか……」
院長の年齢は四十五歳だから、その父親となると若くても六十過ぎだろう。
世間ではもう引退どころか、人によっては召されていてもおかしくない。
そんな年齢で鉱山仕事など、倒れない方がおかしいだろう。
「なので助かりました。最後に一目会いたかったので」
「いえ、そういう時のためのなんでも屋ですから」
「ありがとうございます……それと……」
院長は顔を伏せて、指をもじもじと遊ばせる。
言いづらい何かがあるのだろう。
「なんでもいってください、大丈夫ですよ」
俺がいう大丈夫ですよ、とは依頼料の話だ。
孤児院はこの街の大事な施設だし、院長には昔世話になった。
なんでも屋としてより、アレンとして何かしたいという思いがある。
「ではお言葉に甘えて……実はここ最近、匿名の寄付がありまして……」
院長曰くここ一週間、毎日孤児院の入り口に金貨三枚が置かれているという。
陽が登る頃には金貨が置かれているようだ。
今日も金貨が置かれていたという。
「金貨三枚ですか……なかなかの額ですね……」
金貨三枚あれば、子供達の飯六日分は賄えるそうだ。
孤児院としてはだいぶ助かるだろう。
「名前を隠して寄付だなんて、まるでヒーローですね!」
「……そんな単純な話じゃないんだよ」
金貨三枚は決して安くない額だ。
この街の平均的な一般職が稼ぐ一日分の金額が大体金貨一枚。
かけ出し冒険者向けの魔物討伐依頼報酬が大体金貨三枚。
そんな金額を匿名で毎日寄付。
黒い金と疑わない方が無理だ。
「多額の寄付がされて良かったですね……とは言えないですね」
「えぇ……誰が何のために何処から、というのが分からない以上、手をつけるわけにもいかず……」
「自警団に相談は?」
この街の治安を維持する自警団は、冒険者が複数人おりかなり優秀だ。
調査依頼を出せば手掛かりの一つや二つは見つかるだろう。
ただ院長は依頼をしていないらしく、首を横に振った。
「まだ黒いお金とは決まってません。それにもし善意であればそのよう形で対応するのは申し訳なく……」
「だから俺達に調査をお願いしたいという事ですね」
「はい……依頼料は何とかしますので──」
俺はその言葉を遮るように口を開く。
「言いましたよ、大丈夫って。それよりいいんですか?」
俺はアステルの馬車停留所に向けて指を刺す。
この朝早くに馬車が来ているという事は、院長が使用する馬車だろう。
御者のおっさんが大欠伸をしている。
「す、すみません……何から何まで……」
「困った時はお互い様です。ほら早く親父さんに会いに行ってください」
俺は院長の背を押し、前に歩かせる。
院長は何度も頭を下げながら、足早に馬車へと向かっていった。
「困った時はお互い様……いい言葉ですね」
「あぁ……俺も好きな言葉だ」
リオと俺は、朝日に向かって進む馬車を細めにみながら話す。
馬車が見えなくなった所で、俺はリオの方を向いた。
「それじゃリオ、仕事を開始するぞ」
「分かりました!」
リオはパッと敬礼をする。
今日はリオ正式雇用後の初仕事だ。
大分気合いが入っているのだろう。
「あまり無理するなよ、お前空回りすると酷いからな」
「分かってますよ! 空回りした時の対処もバッチリ頭に入れてます!」
その言葉に少し笑ってしまう。
空回りをそもそもしてほしくないんだがな。
「俺も昼頃までは一緒に働くが、そのあとはお前に任せる」
「はい!」
「夕暮れ前には戻ってくるから、それまで頑張れよ」
「大丈夫です! 任せてください!」
院長が戻るのは明朝だ。
つまり今日一日はつきっきりで対応する必要がある。
だがなんでも屋の案件は他にもあるので、こればかりに注力する訳にもいかない。
だから今日の仕事は、リオに任せる事にした。
「あまり警戒したくないが……寄付の件、少しでも怪しい所を見つけたら俺に相談してくれ、一人で突っ走らないように」
「はい、すぐにアレンさんを呼びに行きます」
リオは真面目な顔でそう返す。
うん、この様子なら心配いらないだろう。
「それじゃまずは朝飯からだ、お前は火の準備をしてくれ」
「はい!」
俺達はなんでも屋の仕事を開始した。




