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勇気は剣より強く 〜なんでも屋が灯す小さな光〜  作者: かえる
序章 少女に灯る小さな光
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緊急特別依頼 堕獣狼討伐


 ギルドに着くと、空気が重かった。

酒場のざわめきも、冒険者たちの笑い声もない。

まるで何者かに怯え、息を潜めているようだった。


 ミーナが扉を閉めると、すぐにギルド長室へ案内された。


「来たか、アレン」


 ギルド長は机の上に広げた地図を睨みつけていた。

普段は豪快な男だが、今日は眉間に深い皺が刻まれている。


「状況を教えてくれ、ギルド長」


 ギルド長は机の端に置かれた布袋を開いた。

中は黒みがかった毛束が入っていた。


「……堕獣狼だじゅうろうが現れた」

「……は? 堕獣狼? ここで?」


 堕獣狼はアステルの街よりはるか奥の山岳地帯に生息する。

人里に降りることなど、まずありえない。


「堕獣狼が街道に出るなんて、聞いたことがないぞ」

「俺もだ。だがそんな事よりもだ。もし堕獣狼がアステルにきた場合……」

「間違いなくアステルは壊滅だな」

「ハッキリ言ってくれるな……だが助かる」


 ギルド長はそういうと、手元にある毛束を俺に渡した。


「これは痕跡調査に向かわせた冒険者が持って帰ってきたものだ。お前の意見を聞きたい」

「……間違いないな」

「そうか……まいったな……今アステルにいる冒険者では束になっても勝てん相手だ……」


 俺がギルド長にそう伝えると、少し演技くさくギルド長が答える。

俺はそれに少しイラっとした。

こんな緊急事態に呑気なもんだ。


「何が言いたい。というか、何かを言いたくて俺を呼んだんだろ」

「すまんな、軽口を叩く場面ではなかった……勝てるか?」

「あぁ、堕獣狼は討伐難易度高三だ。俺一人で倒せる……余程の事がない限りな」


 討伐難易度とは討伐可能かを判断する際に使用する指標だ。

難易度は低一から高五までに分類される。

アステルの冒険者が束になっても倒せるのは高一まで。

俺が単独で倒せるのは高三まで。

堕獣狼はその高三──つまり俺が単独で倒せる限界だ。


「……何か引っかかる所があるんですか?」


 後ろでミーナが怯えながら聞く。

なんとなくミーナも俺が言いたいことを察したのかも知れない。


「討伐難易度高五、深淵狼しんえんろう……の可能性もあるかもな」


 深淵狼は堕獣狼の強化個体だ。

致命的なダメージを受けた堕獣狼が強いストレスによって錯乱した場合に至る個体で、本能のままに行動し辺りを破壊するようになる。


 俺の言葉にギルド長もミーナも息を呑む。


「……心配しすぎだ。深淵狼にしては被害報告が少なすぎる。そもそもアステルが今残っている時点で深淵狼の可能性はないに等しい」

「これからなるかもしれないってことだ」


 俺は毛束の奥に見える、赤黒く変色した部分を見せる。


「これは……そんなまさか…… 堕獣狼の血だと……?」

「軽い擦り傷や返り血とかならまだいい……だが重傷を負っているとなれば話は別だ」


 血を見逃すとは、ギルド長も大分動揺していたのだろう。

まあそもそも傷を負っているという事自体、考えにくいのだが……。


 堕獣狼の生物としての強さは上位に位置する。

だから傷を負っているという俺の意見は、少し考えすぎな所もある。

別の生物の……捕食された生物の血とかであれば良いんだが……。


「まぁなんにせよ堕獣狼が人里に降りたんだ。一刻の猶予もないのは変わらないがな。ミーナ、俺はすぐに出る」

「わ、分かりました」

「あぁそれから……」


 俺はこれから戦う堕獣狼との戦闘イメージを思い浮かべる。

そして──覚悟を決めた。


「それから……もし俺の帰りが遅ければ、すぐにでも避難勧告を出してくれ」


 ミーナもギルド長も俯き、ぎゅっと拳を握っている。

無力感を感じているのかも知れない。

それか……まあなんだかんだ長い付き合いだからな。

覚悟を決めてくれているのかも知れないな。


「……了承した。ミーナもそれでいいな?」

「………………分かりました」


 ミーナは唇をギュッと噛み震えている。

いろんな思いを我慢してくれているのだろう。


「二人ともありがとう。じゃあミーナ、悪いけど出発の準備をしてくれ」

「……はい、わかりました。謹んでお受けいたします」


 ミーナは返事をするとすぐに出発準備として騎乗用の馬の手配や、冒険者ギルドが保管している回復道具や戦闘補助道具の準備、俺が保管依頼している武器や防具、そして……死亡報告書の準備を終えた。


「あなたが冒険者だった時、何度も書かされましたよね、これ」


 ミーナは震える指で死亡報告書の端をなぞった。

その仕草だけで、どれほど不安なのかが伝わってくる。


「お願いです。ここにあなたの名前を書かせないでください」

「……あぁ」

「アレンさん。今の、信じられません」


 ミーナの声は静かだった。

怒っているわけじゃなく、ただ痛そうな声だ。

その声が辛くて、俺は目を合わせられない。


「……自分の命を軽く見過ぎですよ」

「……そんな事はないさ」


 ミーナはそれ以上言わず、深く息を吸って気持ちを整えた。

仕事モードに戻ったのが分かった。


「今回の件、リオさんには言わなくていいんですか?」

「言わない」

「きっと悲しみますよ」

「……まだ会って一月も経ってない、もしもの事があっても忘れるだろ」

「……やっぱり軽く見過ぎです」

「……」


 俺はミーナの気持ちに言葉を返せず、黙ってギルドの馬に乗り込んだ。


 その時だ……俺は彼女の想いに今更ながらに気づいてしまった。


「……っ……ご、ごめん、ごめんなさい。泣かないって決めたんですけど……」

「ミーナ……」


 彼女は俺に見られないように泣いていた。

重しにならないように、俺を傷つけないように。


 俺は馬から降りて、彼女の頬を触る。

ミーナはなんの抵抗もせず、ただただ俺の手を受け入れた。


「……すまん、軽く見過ぎたな」

「ばか……どれだけあなたの事を思ってると……」

「……すまん」


 ミーナに謝るとともに、気持ちを改める。


「ありがとう」

「なんですか、突然……」


 彼女は頬を赤らめて照れ臭そうに俺の手を握る。


 バカだな俺は……。

俺が守られる事から逃げても、ミーナは俺を守るに決まっている。

そして俺が守る事から逃げたら、ミーナは誰が守るんだ。


 逃げたい気持ちと、守りたい気持ちが胸の奥でぶつかり合った。

それでも──ミーナの涙を見た瞬間、もう逃げられなかった。


「守ってみせる。お前もリオも、この街も……だから……勇気をくれ」

「はい……」


 俺はミーナを抱き寄せ、彼女の温かさを実感する。


 俺は彼女の温もりに何度も支えられてきた。

あいつが死んだ時も、心に響くあの声に支配されそうな時も、全て……ミーナがいたから乗り越えられたんだ。


 だから……守りたい。

どれだけ辛くとも、どれだけ苦しくても、この気持ちは本物だから。


「必ず帰ってくる」

「はい……」

「あぁ、じゃあ、行ってくる」

「お気をつけて。お帰りをお待ちしております」


 俺はミーナの返事を合図に、馬を走らせた。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 森の奥へ進むほど緊張感が大きくなる。


 森は生気を感じないほどに静かなのに、いたる箇所から生物の気配を感じる。

生存本能に従い、怯え、必死に音を出さないようにしている恐怖の空気だ。


 ただ森の奥からだけは、突き刺すような気配をひしひしと感じる。


「異臭がすごいな……血と肉が腐った匂いだ」


 気配の主へと続く道には、まるで標のように生物の死体が点々と転がっている。


『ガルルルゥ』

「チッ……最悪なケースだったか」


 堕獣狼がゆっくりと木陰から姿を現す。

 自身の血をポタポタと垂らしながら。

 腹部は深く裂け、白い骨が見え隠れしている。


 致命的な傷だ──


 堕獣狼は俺に威嚇をするが、その目は怯え切っている。

 恐怖に支配された、追い詰められた生き物の目だ。

 今にも錯乱しそうなほどに。


「これは思ったより時間がないな」

 

 俺が剣を鞘から抜いたその瞬間、堕獣狼は爪を立てて襲いにくる。


『ガルルルァァァァ』

「チッ──!」


 すぐさまの横に避けると、俺の後ろにあった木が数本音を立てて倒れる。

 当たればまず即死の攻撃。

 流石は討伐難易度高三だ。

 だが堕獣狼を討伐難易度高三たらしめる要因はこの攻撃だけではない。


「身体強化!強度強化付与! そらっ! ふっとべぇぇ!」


 身体強化の魔法で筋力を増強した体と付与魔法で丈夫にした剣で堕獣狼に攻撃を与える。

だがそれはダメージを与えるものではない。

吹き飛ばすものだ。


『ガルァァァァ』

「くそ! 相変わらず馬鹿かてぇ!」


 吹き飛ばされた堕獣狼は木々を巻き込みながら転げていく。

大きな音を立てながら堕獣狼は倒木の海に沈んでいくが、この程度では倒せない。


 堕獣狼はとにかく硬く、物理攻撃で出来るのは吹き飛ばす事だけ。

傷をつけるなどもってのほかだ。

この硬さこそ、堕獣狼の討伐難易度を上げる要因である。


「今のうちにっ!」


 そんな堕獣狼だが、倒す方法はもちろんある。

魔法による攻撃だ。

それも一撃で仕留められるほどの強力な魔法、爆発魔法でだ。

 

 ただ、そんな魔法を撃つにはエネルギーであるマナを手のひらに集める必要がある。

だから俺は、すぐさま身体中のマナを手のひらに集中させる。


『グルルルゥ』

「少しは寝たらどうだ!? 傷が広がるぞ!」


 堕獣狼は倒木の海から這い上がり、牙を見せ威嚇する。

マナを集めている俺を警戒しているようだ。


 通常の堕獣狼討伐であれば、すぐに身体中のマナを集めるなんて真似はしない。

物理攻撃で吹き飛ばしたり押し合いながら、隙を見て少しづつ空気中のマナを体に溜めていき、十分なマナが貯まったら一気に集めて魔法を放つ。

本来であれば一撃で仕留めるために長期戦で戦う相手だ。


 ただ今の堕獣狼ではそんな真似をしていると、いつ深淵狼になるか分からない。

長期戦で戦う相手に、短期戦で戦わなければならない。

そんな事普通は不可能だが、普通でない堕獣狼だからこそ、それは実現できる。


「こいよ堕獣狼!そんなに俺が怖いか!?」

『ガルルルルァァァァァァ』


 堕獣狼は再度爪を立てて襲いにかかる。

傷の痛みのせいか攻撃が単調で戦いやすい。

そしてもう一つ、傷の痛みが俺に勝機をくれる。


「──ッ!」


 俺は堕獣狼からの攻撃を紙一重で避ける。

 その勝機を掴むために。


「そこは痛いだろ! 簡易爆発魔法! サレマ・エクスプロージョン!」


 少ないマナで放つ、簡易爆発魔法。

 本来なら致命傷にはならない弱い魔法だ。

 だが──

 

 傷口に直接叩き込めば話は別だ。


『ガルルルルァァァァァァ』


 堕獣狼の腹部が内側から弾け、黒い煙が上がり、爆発音が森中に轟く。

 帰り血すらも蒸発するような威力に堕獣狼は苦痛の咆哮をあげた。


 だがまだ足りない。


「まだまだぁぁぁぁぁ!」


 俺は立つ気力分のマナも使用して再度魔法を放つ。

これで倒せなかったら俺の負けだ。


 でも──守りたいんだ、俺は!!


 俺を受け入れてくれたあの街を!

 俺を信じてくれたあの少女を!


 そして──俺の帰りを待つミーナのために絶対に倒す!!


「これで終いだぁぁぁぁぁ!」

『アァァァァァァ……』


 もう一度爆発音が轟き、暴風が俺を襲う。

 暴風に抗う力など俺にはなく、吹っ飛ばされた。


「はぁ……はぁ……堕獣狼は……」


 なんとか顔だけあげて、前を見る。

 堕獣狼は力なく地面に倒れ込んでいる。

 立ち上がる事は無かった。


「はぁ……はぁ……やった……やったぞーーー!」


 勝利の咆哮をあげた。

とてつもない疲労感が体を襲うが、不思議と嫌じゃなかった。


「はぁ……はぁ……まずはとにかくマナを……」


 立ち上がるためにマナを含む薬草を取り出した。

いつどこに敵がいるか分からない。

せめて立つくらいのマナは回復しておかないと大変な事になる。


 俺は勝利を確信し薬草を齧る。


 その刹那──


「……は?」


 俺は空中から地上を眺めていた。

それに気づくと同時に身体中に激痛が走る。


「ぐあっ……くっ──まさか!?」


 激痛を堪え、空から堕獣狼がいた場所に目線を合わせる。


 そこにいたのは──堕獣狼ではなかった。

 黒い毛皮。

 赤い瞳。

 絶望そのものが形を持ったような怪物。


「くそったれぇぇぇぇぇぇ!」


 そこには──深淵狼が立っていた。


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