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勇気は剣より強く 〜なんでも屋が灯す小さな光〜  作者: かえる
第三章 嘘なき世界で君を救う
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観察者は何処に

 ギルドの建物が見えてくる頃には、朝の冷たい空気も少しずつ和らいでいた。

ロタリーは歩く速度を変えず、淡々とした表情のままギルドの扉を押し開け、二階中央のギルド長部屋に入る。


 中はまだ静かだった。

だが、ひとりだけすでに来ている人物がいる。


「おはようございます、ロタリーさん。今日も早いですね」


 ──ギルド長補佐、オルフェン・グラッド。


 穏やかで優しい雰囲気の、子供に好かれそうな初老の男だ。

落ち着く低い声と朗らかな笑顔がよく似合う。

ロタリー曰く彼はいつも誰よりも早く来て、ギルド長部屋を掃除しているらしい。


「おはようございます。すみません、いつも」

「いえいえ、ただもう少し遅く来てくださると、私もサボれて嬉しいのですけどね」

「あはは、すみません激務なもので……朝早く来ないと間に合わないんですよ」


 ロタリーはそんなオルフェンの言葉に笑う。

 とても仲の良い雰囲気だ。


「おや、隣にいらっしゃるのは……」

「アーレ・ヴァルスと申します。ロタリーの弟子をやらせてもらっています」

「あぁ、そうでしたか……」

「……?」


 彼は俺を見てふっと笑う。

それを不思議に思っていると、ロタリーに視線を向け直し話を続けた。


「ロタリーさん、少し顔色良くなりましたか? 彼のおかげですかね」

「あまり男女の関係を詮索しないでください」

「おっとこれはお恥ずかしい、はっはっは」


 オルフェンはそう笑うと掃除を終えたのか、道具を片付けた。

そして部屋の出口に向かう途中、俺の横を通りすぎる。


「ロタリーさんを頼みますよ」


 そして、俺にだけ聞こえるように小さな声でそう告げた。


「……はい」


 ロタリーとの関係性的に信頼できる人間なのだろう。

雰囲気や見た目も柔らかく、好印象だった。


 だが信頼できる人が一番危険だったりする。

その可能性を頭の片隅に置きながら、俺は業務の準備を始めた。


 しばらくして扉が開く。

別の人間がやって来た。


「今日の書類だ。目を通しといてくれ」


 ──副ギルド長、ザハル・ドレイヴ。


 ロタリー不在時はギルド長代理をしていた男だ。

オルフェンと同じくらいの年齢に見えるが、彼と違ってザハルの雰囲気は少しトゲトゲしい。

口調も少し強めだ。


「ありがとうございます。すみません、引き継ぎが長引いてしまって」

「謝罪はいい。それよりも早く君が不在の時の出来事を把握してくれ。私も暇じゃない」

「……すみません」


 ロタリーに対して常に反抗的な態度を取る男、と聞かされている。

確かに反抗的な態度ではあるが、その態度よりも気になる事がある。


 ──ザハルがロタリーに目を合わせないことだ。


 書類を見る時も、話す時も、視線はロタリーの肩や机に向いている。


 なぜ目を合わせない?


 嫌っているからか?

 それとも──何か理由があるのか?


 ザハルは俺を見ると、露骨に警戒した。


「君は誰だ」

「アーレ・ヴァルス、ロタリーの弟子です」

「……ふむ」


 舐め回すような視線が全身をなぞる。

何か情報を抜き取られているような感覚だ。

できれば逃げてしまいたい、と思えるほどの焦燥感を感じてしまう。


「あまりロタリーに近づきすぎるなよ」


 その言葉は、警告というより拒絶に近かった。


 彼は少し警戒しておいた方が良さそうだ。


 昼過ぎ、受付嬢長のリーネ・フォルナが依頼状況の報告に来た。


「ロタリーさん、依頼受注状況の報告です〜」


 明るい声。

だがその明るさは、どこか作り物めいている。

可愛いを意識したような甘ったるい猫撫で声が、やけに耳に残った。


「あー! かっこいい人がいる!」


 彼女は俺と目が合うと、てくてくと近づいて来る。


「お名前は?」

「アーレ・ヴァルス、ロタリーの弟子です」

「アーレさん、アーレさん……んーかっこいい名前ですね」

「あの……」


 リーネは俺の胸元に顔を置き、上目遣いで近づいてくる。


「ふふっ、あなた私のタイプかも」


 そして鼻息が当たりそうなほどに顔が近づいた時、彼女は囁いた。


「今度、本当の名前教えて」

「……」


 リーネは俺の沈黙を笑ってパッと離れると、手を振る。


「何かあれば聞いてくださいねー! うふふー」

 

 ……彼女も警戒対象だ。


 夕方になり、業務が終わった。

ロタリーは疲れた様子を見せず、淡々と片付けを始める。

俺が見ただけでも相当な激務だったのだがな……。


「この後は雑貨屋か?」

「うん。少し買いたいものがあるから」


 俺はロタリーと共にギルドを出た。


 夕方の街は、昼間の活気にあふれた喧騒とは違い、黄昏れを思わせる静かな雰囲気に包まれている。

鳩が鳴き、魔法学園の生徒が笑って帰る。

何気ない日常を終わりに向かわせる、寂しくも心地よい音だ。


「ここが雑貨屋か」

「そう、素敵なお店でしょ」


 店の扉を開けると、柔らかな空気が鼻をくすぐった。

乾いた木の香りと、少し甘い香草の匂い。

この店は、どこか懐かしい空気を持っている。


「いらっしゃい。あら、ロタリーさんと……彼氏さん?」


 ──雑貨屋店主のマルタ・エンリス。


 年配の女性らしい落ち着いた雰囲気。

だがその目は、ロタリーの一挙手一投足を見逃さない観察者の目だ。


 商売人故の目か、それとも……。


「……違いますよ」


 ロタリーは笑って否定するが、俺はその顔に少し違和感を感じた。

マルタもそれに気づいたのか、少し残念そうに目を伏せた。


「そうかい……恋人の一人でも出来た方が、私は嬉しいのだけどね」


 その言葉は冗談のようでいて、どこか本気だった。

ロタリーの幸せを願う気持ちが滲んでいる。


 だが、ロタリーはそんな気持ちを避けるかのように顔を背けた。


「私に幸せになる資格なんてありませんよ……」

「幸せになっちゃいけない人なんて、この世にいないのよ」


 ロタリーは何も言わなかった。


 いや……何も言えないんだよな。


 分かるよ……俺も一緒だったから……。


「ロタリー、買い物をしに来たんだろ」

「……そうでしたね。これください」


 彼女はそういうと、一本の香水を買う。

マルタは釣銭を渡すと、俺に目を向けた。


「……あんた、ロタリーを頼んだよ」


 その言葉には、真剣で、切実で、どこか悲しい響きがあった。


 この響きは聞き覚えがある。

俺が地獄を経験した時に声をかけてくれた、ミーナの響きだ。


「マルタさん、彼はそんなんじゃ──」

「任せてください、マルタさん」

「もう……」


 だから、その言葉は自然と出てしまった。



 今日の夕飯は俺が作った。

あまりロタリーに負担をかけたくなかったから、出来る事は手伝うようにしている。

まあ簡単な男料理で申し訳ないが。


「美味しいか?」

「うん、とても美味しい」

「ならよかった」


 ロタリーは相変わらず師匠の声で言った。

だがその声には、ほんの少しだけ疲れが滲んでいるように聞こえる。


 当然だ。

一日中激務と戦ってた上に、いつ暗殺者に襲われるか分からない緊張がある。

倒れていない方がおかしいくらいだ。


「ロタリー……さっきの話だが……」


 声をかけると、ロタリーはわずかに肩を揺らした。


「……なに?」

「さっきの……雑貨屋での話。気になってな」


 ロタリーはスプーンを静かに置いた。

その仕草は、まるで心の奥を隠すようだった。


「私に幸せになる資格なんてありませんよ、って……どういう意味なんだ?」


 ロタリーは静かに息を吸い、ゆっくりと吐く。

月光に照らされた顔が、どこか儚く見える。


「アレン……その話は、しないでください」

「でも──」

「過去のことは、聞かないで」


 ロタリーの声色は、拒絶の壁そのものだった。

何者も寄せ付けない、隙がなく、そして余裕もない声だ。


「私は……あなたに話せるような過去を持っていません。あなたは護衛として徹してください。それだけです」


 その言葉は、凍えるほどの冷気を放っていた。

ただ、その冷気は他者だけでなく自分にも向けられている。


 ならば……俺は立ち止まるわけにはいかない。


「ロタリー。俺は──護衛だけのつもりじゃない」

「えっ……?」


 ロタリーは驚いたように目を見開いた。


「俺は君を支えにきた」


 ロタリーの瞳が揺れる。

その揺れは、恐れとも戸惑いともつかない。


「俺は君に救われたんだ。過去に囚われていた俺が未来に進めるのは君のおかげだ、ロタリー。だから俺は支えたいんだ。なんでも屋のアレンとしてではなく一人の人間として」

「……アレン」


 ロタリーは小さく震える声で俺の名を呼んだ。

助けを求めるように、何かに縋り付くように。


 けれど──彼女は自分の想いを殺すように笑みを浮かべた。


「私は……あなたほど強くない」


 その笑みは、痛々しいほどに弱かった。

自分を責めるような、壊れそうな顔。


 昔、俺がよくしていた顔にそっくりだ。


 だから、俺はこの言葉を君に捧げたい。


「……俺だって強くないさ」

「……アレン?」


 俺は弱い。

過去の門だって俺一人じゃ超えられなかった。

リーダーがいたから、爺さんがいたから、皆がいたから、超えられたんだ。


 だから、ロタリーがもし一人で壁の前に立っているのなら──


「ロタリー……贖罪とは前に進む事だ」

「……」

「俺は──」


 俺が言葉を続けようとした──その瞬間。


 ──コン、コン。


 静かなノックが、家の扉を叩いた。


 ロタリーの肩が大きく震える。


「……来ましたね」


 ロタリーの声は、かすれていた。


「……あぁ」


 絶対に味方にならない存在。


 だが絶対に敵であってはならない存在。


 保護観察官──ヴァルド・レーンが来たのだ。


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