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勇気は剣より強く 〜なんでも屋が灯す小さな光〜  作者: かえる
第二章 禁忌と贖罪が交錯する時、エルドラシアは災厄に沈む
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顕現せよ赦剣インヴィクタ


 ──詠唱が終わった。


 その瞬間、世界は静止した。


 音が止まり、光が止まり、時間すら止まった。


 大地の脈動は沈黙し、風はその流れを忘れ、戦場に存在する全ての生命が、その時を待つ。


 そして──赦剣インヴィクタがアレンの手に顕現した。


 再び世界が動き出す。

 まるでその剣こそが世界の中心だと言わんばかりに。


「照らせ」


 アレンの言葉と共に、輝きは戦場全体を優しく力強く照らした。


 その剣に刃は存在しない。

 殺傷の概念を持たず、敵を斬ることも命を奪うことも出来ない。

 ただ仲間を照らすためだけに存在する、世界に一つの剣。


 しかしその輝きは、世界の理すらも覆い尽くす。


「えっ……うそ……?」

「ま、まじかよ……!」

「はっ……はは……すげーってもんじゃねーぞ!!」


 光が触れた瞬間、仲間達の身体に奇跡が起きた。


 傷が癒えた。

 疲労が消えた。

 マナが満ちた。

 武器や装備の消耗が戻った。

 心の疲れすら消えた。


 赦剣インヴィクタ一つ目の能力。


 ──概念レベルでの消耗回復。


 アレンの消耗と認識している概念そのものを修復したのだ。


 理を完全に無視した時を戻すが如き回復。

 固有魔法だけに赦された世界の上書きだ。


『アァァァァァァァァァァッ!』


 その光景を見たドラゴンは再度口に炎を貯めた。


 しかし──


「させるかっ!!」

『ガアァァァァァッ!?』

 

 ドラゴンは()()()()()()で地に叩きつけられる。


 訳も分からずドラゴンが空を見上げると、そこには天高き場所で、地に足をつけるかの如く立つカイラムが存在した。


 赦剣インヴィクタ二つ目の能力。


 ──不可能を可能に書き換える力


 誰かを護るための行動であれば、あらゆる不可能を可能にする。


 空中に浮く、瞬間移動する、速度が数十倍になる。


 あらゆる事象を可能にする力が、ドラゴンを地に叩きつけた。


 そしてドラゴンはさらなる驚愕をする。


『──ッ!?』


 自分の鱗が、粉々に割れていたのだ。

 鱗には傷を付ける事すら不可能だ。

 しかしインヴィクタは可能にする。


 護るための攻撃が故に。


 だがドラゴンは知らない。

 カイラムはドラゴンの存在を消すつもりで攻撃した事を。


 しかしそれは、赦剣インヴィクタの制約が許さなかった。


 インヴィクタの制約。

 それは不可能を可能にする度に輝きを消費する。


 ドラゴンの存在を消すという不可能を可能にする代償は、今のインヴィクタの輝きでは払えなかった。

故にドラゴンの防御力を上回る攻撃、という可能に上書きされたのだ。


 だが、それでもドラゴンが恐怖を覚えるには十分だった。


『……ッ』


 ドラゴンは後ずさる。

 

 理解したのだ。

 世界の理を超えた力に追い詰められていると。


 そしてカイラム達も理解する。


「反撃開始だ!!!」

「「「うぉぉぉぉぉ!!」」」


 ドラゴン討伐という不可能を可能に出来る事に。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 ドラゴンは、もはや俺達の敵ではなかった。


 カイラムの一撃で地に叩きつけられ、リオの光魔法で動きを止められ、仲間達の連携でまるで玩具のように扱われていた。


 空中で翼を広げ咆哮する──

 あの回復動作すら封じている。


 誰もが勝利を確信していた。

 リシュアも、手応えを感じていた。


 だが──胸の奥で、何かが軋んだ。


 違和感。

 焦燥。

 

 まるで存在しないパズルのピースを探し続けるような、あの感覚。


 何かがおかしい。

 何かがずれている。


 その正体を掴んだのは、ほんの一瞬だった。


「……嘘だろ!」


 マナの流れが──逆流している。


 ドラゴンの体に、薄く、しかし確実にマナが集まっていた。


 少しずつ。

 少しずつ。

 誰にも気づかれないほどの速度で。


「ドラゴンが……回復してる!!」


 リオの叫びが、戦場を凍らせた。


 そうだ。

 誰も見ていなかったのだ。


 ドラゴンの動作ばかりを見ていた。

 

 回復行動を封じたという思い込みが、いや──


 ()()()()()()()()()()()()()()()が、マナの流れを見るという基本を奪っていた。


「くそっ! くそ、くそ、くそっ!」


 自分もだ。

 固有魔法の制御で手一杯で、視界の端にある違和感を無視していた。


 気づいた時には、遅すぎた。


 ドラゴンの鱗は、みるみる再生していく。


 インヴィクタの輝き──奇跡の回数は減り続けるのに、ドラゴンの傷は増えるどころか消えていく。


 不可能を可能にする魔法が、現実的な耐久戦略に負け始めていた。


 全てがドラゴンの術中だったのだ。


 ドラゴンは、空へ舞い上がった。


「──ッ! まてぇぇぇぇぇ」

「追わないでください!!」


 カイラムが焦って空を飛ぼうとする。

 ロタリーがそれを阻止した。


 ロタリーも気づいたのだ。

 もう、インヴィクタの輝きに余裕がない事を。


「くっ……なんで……なんでよ……!」


 ドラゴンは空中で、見せつけるようにマナを集めた。


 そして──完全回復した。


 インヴィクタの輝きを、三分の二も消費した。

 完全な状態から追い詰めるのに、もう同じ手は使えない。


 固有魔法があれば勝てる。


 その危うい希望が、絶望へと反転した。


「ここからは奇跡の回数に注意してください……!」


 奇跡の回数に上限がある今、誰も動けない。


 必死に頭を巡らせ、反撃の一手を考える。


 何かないか。

 何かないか。

 何か──。


 ダメだ、何も浮かばない!


『グルァァァァァァ!!』


「くるぞぉぉぉぉっ!」


 ドラゴンの反撃が来る。

 防御にも奇跡を使う。

 輝きはどんどん薄れていく。


 攻撃にも防御にも輝きが必要。

 しかしドラゴンの体力は無尽蔵。


 リソースの差という、現実的な理不尽が襲いかかる。


「ここで……終わるのかよ!!」


 その時だった。


『冷静になれ。足元を見ろ』


 心の奥から声がした。


 リーダーの声だった。


 今まで聞こえていた悍ましい幻聴ではない。

 

 俺の心をいつも支えていた、あの声だ。


「……」


 俺は足元を見る。


 俺の足元には──エルドラシアの防壁。


 よぎる防壁の素材。


「おい……だめだろそりゃ……」


 この防壁は……ドラゴンの素材で作られている。


 ちょっとやそっとの衝撃では壊れない。


 その瞬間、頭の中で一気に勝利のパズルが組み上がる。


「やれるわけがないだろ……!」


 震えが走る。


 絶対にうまくいくわけがない。

 失敗すれば全てが終わる。


 だが──未来へ進むには、それしかない。


「頼む……リーダー……俺に勇気をくれ……!」


『やれやれ仕方ないな……まったく』


 その声を聞いた瞬間、心が草原に吹く一陣の風のように軽くなった。


「……ッ! ありがとう……ありがとうリーダー……!」


 俺は隣で指揮を執るリシュアへ向き直る。


「──俺に、考えがある!」


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 アレンの叫びが戦場に響いた瞬間、リシュアは戸惑った。


 街の人々を一斉に外へ向かわせる──常識ではありえない判断だった。


 だが同時に彼女は確信していた。

 もう、アレンの作戦しか希望は残されていないのだと。


 治安維持ギルド長は猛反対した。


「正気ですかリシュア殿! 街の住民を戦場に出すなど──!」


 しかしリシュアは振り返り、不安や焦燥、疑いを全て飲み込み一喝した。


「黙って私の言うことを聞け! 私はこの街の総責任者だぞ!!」


 その言葉は、ギルド長の反論を一瞬で封じた。

 渋々頷くしかなかった。


 街の外では、アレンの作戦に対する空気は二分されていた。


 冒険者は疑い、騒つく。

 防衛兵は歯を食いしばり、文句を飲み込む。


 だが、アレンと関わった者達だけは違った。


 彼らの瞳には、一切の揺れがなかった。

 アレンの言葉を信じる理由を、彼らは知っていた。


『グルァァァァァァ』

「ふんっ!」


 ドラゴンとカイラムが応戦する中、街の住人が戦場に到着した。


「連れてきました!」


 そう叫ぶ治安維持兵にカイラムは頷き、ドラゴンを吹き飛ばす。


 ドラゴンは球のように転がる。

そしてボロボロになるが再び天へと舞い上がり、咆哮を放つ。

その咆哮は、戦場全体を震わせた。


 だがカイラムは剣を掲げ、その咆哮を塗り替えるように叫ぶ。


「聞け!!!」


 その瞬間、全ての意識がカイラムに集まった。


「お前達は何を信じ、何と戦う!」


 その声に、住人達や治安維持兵がドラゴンを見上げる。


「怖いのなら帰れ! 疑うのならそこで死ね!」


 その声に、冒険者や防衛兵が顔を上げる。


「私を……リシュアを信じてもいいと思う者だけ、ついて来い!!」


 カイラムが告げたその刹那──


「「「うぉぉぉぉぉぉっ! やってやらぁぁぁぁぁっ!」」」


 その声は戦場全体に轟き、人々は一斉に拳を上げた。


 その瞬間、ドラゴンは口元に炎を溜めた。

 戦場の全てを焼き払うつもりだ。


 しかしカイラムはそれを許さない。


 瞬時に背後へ回り込み、ドラゴンを防壁へ叩きつけた。


『アァァァァァァァァァッ!』


 これから起こる何かに震えるようにドラゴンが雄叫びを上げる。


「いくぞ!」

「ああっ!」


 カイラムとリシュアは咆哮に応えるようにドラゴンを全身で押し付けた。


 そして──


「つづけぇぇぇぇぇぇ!!」

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」」」


 その叫びと同時に、戦場にいる全員がまるで一つの生き物のように二人の背中を押し始める。


 だがカイラムもリシュアも、後ろからの力に苦悶の表情を一切見せない。


 理由は一つ。


 戦場全員の力が、ドラゴンの一点に集中しているからだ。


 インヴィクタの力が、()()()()()()()を不可能から可能へ書き換えた。


『グルァァァァァァ』


 ドラゴンは苦痛の叫びを上げ、急速にマナを吸収する。

マナが激しく吹き乱れ、鱗はひび割れては回復し、ひび割れては回復する。


 だが押し込みは止まらない。


「押し込めぇぇぇぇぇぇ」


 アレンの作戦は、奇跡ではなく現実を味方にするものだった。


 ドラゴンの素材で出来た防壁は、ドラゴンと同じくらい頑丈だ。


 故に防壁に全員で押し込み、ドラゴンを圧死させる作戦を立てた。


 どれだけ回復しようとも、どれだけ理不尽な耐久を持とうとも。

 それを上回る()()()()()()で押しつぶす。


 それがアレンの選んだ戦略だった。


 ドラゴンは血を吐き、咆哮すらまともに上げられなくなる。


 誰もが行けると思った。


 しかし、現実は再び牙を向く。


 ──ミシッミシッ


 壁がミシミシとひび割れ始める。

 インヴィクタの輝きが削れていく。


 バキッ、バキッ──


 壁の崩壊が、作戦の失敗を告げていた。


 だが誰も諦めなかった。


 恐怖を超え、

 怒りを超え、

 悲しみを超え、

 そして過去を超えて──


 全員が意識を合わせ、声を上げる。


「「「いけぇぇぇぇぇぇぇ」」」


 その瞬間──


『──────ッ!』


 声なき咆哮とともに、ブチャァァァァァッと音が響く。


 壁が崩れ落ち、破裂したように血が吹き出した。


 戦場の全員が息を呑む。


 失敗したのか?

 希望は消えたのか?


 不安が支配する中──


 答えはすぐに返ってきた。


「……うぐっ……ぐすっ……我々の……勝利だぁぁぁぁぁぁ!」


 その勝利の咆哮が、世界を希望に染め上げた。


投稿遅れてすみません……。

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