救済の頂で絶望は咆哮する
エルドラシアの外縁。
千体を超える魔物が押し寄せる戦場で、私は立っていた。
「はぁ……はぁ……」
歩く迎撃兵器。
人類の希望。
国一番の戦闘力を持つ女。
そう呼ばれた私は、剣はボロボロで、マナは枯れ、ほとんど本能だけで戦っている。
「くっ……はぁ……」
それでも戦う理由があった。
仲間が笑って暮らせるように。
その想いだけが、私を動かしてくれる。
でも、限界は近かった。
いや、とっくに超えていた。
魔物の群れは途切れず押し寄せ、体は傷だらけ。
呼吸は荒れ、視界は揺れ、足は鉛のように重くなっていた。
「っ! うらぁぁぁぁぁぁっ!!」
それでも剣を振るう。
それでも前に出る。
それでも守ろうとする。
まるで壊れかけた兵器が最後の稼働を続けているようだった。
私の脳裏に過去が──走馬灯が過ぎる。
国から届いたドラゴン討伐依頼。
街一つ滅ぼす魔物。
生きて帰れない依頼。
それでもなんとか抗おうとした。
最悪倒せなくてもいい、皆で生きて帰れれば。
けれど現実は非常だった。
リーダーが死んだ。
アレンの心が折れた。
パーティは静かに解散した。
二度と出会えないだろう仲間達と別れ、私はまた一人になった。
泣いた。泣いて、泣いて、泣き続けた。
叫んだ。叫んで、叫んで、声が枯れるまで叫んだ。
そして、私の心から怒りも罪悪感も抜け落ちていった。
全てを燃やし切った私に残されていたのはただ一つ。
──あぁもういいや。
それだけだった。
何をしても喜びを感じず、悲しみを感じず、怒りを感じない。
世界が灰色に映り、生きる日々がただの消化作業に感じた。
私は死のうとした。
首を切り落とそうとした。
高い所から落ちて、ただの肉片になろうとした。
魔物に襲われ糧になろうとした。
けれど、その全てが失敗する。
私の体は強靭すぎて、自分すら傷つけられなかった。
刃は皮膚を裂かず、落下しても骨一本折れなかった。
魔物は私のマナを見て近づくどころか逃げていく。
アレンに選ばれる為に鍛えた体が、私を追い詰めた。
──死ぬことすら許されないのか
命の消化作業を続けるしか出来なかった。
だから、生きることも死ぬこともやめた。
何も食わず飲まず、朽ちるのを待った。
蝋燭が溶け切るのを祈るように。
静かに、ただ静かにその日を待った。
そしてその日がやっと来た。
ひたすら歩いて歩き続けた日々に、終止符が打たれた。
もう脚が動かなくなり、その場で倒れ込んだ。
とうとう限界が来てくれた。
その日、感情をなくしてから初めて喜びを感じた。
やっと終われる、やっと解放される。
その瞬間──私の口に水が流れ込んだ。
リシュアが水を、私の口に落としていたのだ。
──許せない
怒りを覚えた。
その怒りは、死を邪魔された事でも、軽蔑を向けられた事でもない。
──たすけて
胸の奥から湧き出る、生への渇望に。
体が水を欲し、糧を欲し、生を欲した。
あんなにも辛い思いをしたのに、あんなにも死を望んだのに。
死を前にして自分の体は、生を縋り付くように求めている。
『生きよう』
彼女のその言葉に、私は何度も頷いた。
本能のままに、心のままに頷いた。
あぁ、私は生きたかったんだ。
死にたくなかったんだ。
ならばこの力に振り回されるのはやめよう。
正しくこの力を使うんだ。
今度こそ、私は何も失わないように力を使うんだ。
だから私は、自分の全てを捨てた。
誰かを支えたいという気持ちを捨てた。
仲間を助けたいという気持ちを捨てた。
仲間が欲しい、友達が欲しいという気持ちを捨てた。
そして、一つの誓いを立てた。
人類の希望として、人類を守り続ける装置として存在しようと。
だけど二つだけ、どうしても捨てきれない気持ちがあった。
かけがえのない仲間達が笑って暮らせますように。
アレンが幸せで居てくれますように。
その想いをそっと秘めて私は防衛兵を、希望を務めている。
けれど、その誓いすらも私は護れそうにない。
あらゆる所がボロボロで、もう希望を照らす光を出せないでいる。
「動いてよ……」
体が動かない。
「戦ってよ……」
体がいう事を聞かない。
「泣かないでよ!」
目から涙が溢れだす。
「悔しい……まだ死にたくない……アレンに……会いたい……」
そんな姿を魔物は笑いながら取り囲む。
どうやって痛めつけよう、どうやって嬲ろう、どうやって殺そう。
そんな考えを感じさせる様な陰湿な目が、私に向けられる。
巨大な魔物が影を落とした。
足が振り上げられる。
とうとう蹂躙が開始する。
その瞬間──私は叫んでいた。
「アレン……助けて!!」
言った後に気づいた。
来るはずのない相手に。
傷ついてほしくない相手に。
笑ってほしいと願った相手に。
自分は助けを求めたのだ。
その事実が胸を締め付けた。
「私って……弱いね……」
世界が一瞬ゆっくりになった。
振り下ろされる足が空気を裂く音を鮮明に感じる。
私はゆっくりと目を閉じ、死を覚悟した。
「つえーわ、バーカ」
けれど──私に死は訪れなかった。
代わりに一言、聞き慣れた声が私に届いた。
アレンの軽口だった。
巨大な魔物の足は、アレンの剣によって弾かれていた。
私は涙をそのままに、目を見開いた。
アレンはそんな私に、剣を構えながらいつもの調子で言った。
「お前……やっぱり戦闘だけは出来るんだな」
「アレン……ぐっ……ひっく……あれんっ……!」
アレンの軽口が聞こえた瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
自分は装置として存在しようと誓ったのに。
自分は仲間を……あなたを傷つけた元凶なのに。
なのに、目の前のあなたから目が離せない。
もう全てがどうでもいい。
そう思えるほどに、私の心はあなたに釘付けだ。
「飲め」
投げられた回復薬を掴む。
震える手で蓋を開け、一気に飲み干した。
体が熱を取り戻す。
視界が鮮明になる。
筋肉が蘇り、マナが満ちる。
アレンは私に背中を向け、短く言う。
「背中、預けるぞ」
「……うん!!」
その言葉は、私の心を一瞬で軽くした。
信頼。
認められた実感。
必要とされている喜び。
全部が一気に押し寄せてきて、涙がまた溢れそうになった。
けれど私は気持ちを切り替え、アレンに背中を預ける。
胸を支配する──愛を噛み締めながら。
アレンの剣が左側を薙ぎ払う。
私の剣が右側を切り裂く。
背中越しに伝わる振動、呼吸のリズム、足音のタイミング。
全部が噛み合っている。
まるで、ずっとこうして戦ってきたかのように。
「カイラム、三体行く」
「了解。後ろは任せて」
アレンが前へ跳び、私は後ろへ跳ぶ。
魔物の群れが一瞬で崩れた。
血飛沫が舞い、剣閃が走り、魔物の悲鳴が響く。
せき止めていた涙が溢れ出す。
悔しさじゃない。
絶望じゃない。
ただただ、嬉しかった。
ずっと欲しかったものが、今、ここにある。
背中合わせのまま、千体の魔物を一気に駆逐していく。
絶望続きだった戦場が、一瞬で反撃の舞台へ変わった。
魔物が次々と倒れ、地面が揺れ、空気が震え、戦場が光に包まれていく。
「アレン!! 次、右!!」
「おう! 左は任せた!!」
背中越しに伝わる熱、信頼の重さ、互いの呼吸。
全部が心地よかった。
あれほど辛かった戦いなのに、今は終わりに向かっている事が惜しくなる。
そして──最後の魔物が倒れた。
静寂が訪れた。
私は息を整えながら、背中越しにアレンへ言った。
「……アレン。背中、温かいね」
「お前が熱出してるだけだろ」
軽口が返ってくる。
その瞬間──私は笑った。
泣きながら、笑った。
こんなにも嬉しい戦いは、生まれて初めてだった。
アレン……大好きだよ。
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千体の魔物を駆逐した二人は、まるで踊り終えたダンサーかのように軽やかに歩いていた。
体は傷だらけで、服は破れ、血が滲み、息も荒い。
それなのに、二人の表情には疲労がなかった。
むしろ、充実感に満ちていた。
戦場を生き抜いた者だけが持つ、静かな高揚と深い安堵。
その空気を纏いながら、二人はエルドラシアへ戻っていく。
カイラムはアレンの腕にべったりとくっつきながら歩く。
「アレンー! アレンー! もっとくっつきたいー!」
アレンはめんどくさそうに顔をしかめる。
「これ以上どうくっつくんだ! おい、血が服につくだろ!」
冗談めいているのに、どこか本気な彼女の想い。
そんな好意を、アレンは軽口を返しながらも否定しなかった。
どこか嬉しそうに、覚悟を決めるように歩いている。
その姿は、戦場帰りの英雄というより──ただの仲の良い男女だった。
戦いの後の静かな時間。
互いの存在を確かめ合うような、柔らかな空気。
エルドラシアの門前で、皆が彼らを迎えていた。
リシュアは胸を押さえ、涙を浮かべる。
「アレン殿……カイラムの為に戦ってくれて……ありがとう」
ロタリーは二人の強さに呆れながら笑った。
リオはどこか得意げだ。
ミーナは少し悲しげに、二人を祝福する。
冒険者達は歓声を上げる。
「勝った!!」
「魔物は全滅だ!!」
「エルドラシアは守られた!!」
街は歓喜に包まれた。
誰もが思った。
──これで本当に終わったんだ、と。
絶望の連鎖は断ち切られた。
街は救われた。
希望は戻った。
そう信じて疑わなかった。
──故に誰も気づけない。
何の前触れもなく。
何の予兆もなく。
何の不穏な気配もなく。
エルドラシアの中心から、マナが溢れ出した。
空気が震え、地面が揺れ、空が歪む。
誰も理解できなかった、いや、理解するのを拒んでいた。
歓声が止まり、笑顔が固まり、空気が凍りつく。
ロタリーが、震える声で呟いた。
「……核魔法陣が……爆発した……?」
その言葉が、勝利の空気を一瞬で崩壊させる。
「どういう事ですかロタリー! 解除したのではないのですか!?」
「解除しました! あとはマナが霧散していくだけのはずです!!」
「では何故マナが溢れて──」
そして……次の瞬間──
『グウァァァァァァ!!』
空から、空気を割るような咆哮が響いた。
誰もが言葉を失った。
アレンも、カイラムも、リシュアも、ロタリーも、街の全員が。
その咆哮は、かつてアレンの心を折り、カイラムの仲間を奪い、街を滅ぼしかけた存在だった。
「うそ……だろ……?」
空を見上げる。
影が落ち、巨大な翼が広がり、炎が揺れる。
絶望そのものが姿を現す。
──ドラゴンが来た。
最悪は、まだ続いている。
本日は19時ごろにもう一本投稿します。




