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勇気は剣より強く 〜なんでも屋が灯す小さな光〜  作者: かえる
第二章 禁忌と贖罪が交錯する時、エルドラシアは災厄に沈む
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禁忌の底で灯る希望

 エルドラシアの街は、混乱の渦に飲まれていた。


 魔物召喚で街中に溢れた魔物。

その討伐に奔走する冒険者。

逃げ惑う住人。

泣き叫ぶ子供。

怒号や悲鳴、そして破壊音。


 しかし──その混乱は、ある瞬間を境に質を変えた。


 街の中央通り。

討伐されたばかりの魔物の前で、一人の青年が膝をついた。

倒れた魔物は、白い毛並みをした犬のような姿。

その顔を見た瞬間、青年の表情が凍りついた。


「……ミルク……?」


 震える声。

 震える手。

 青年は魔物の頬に触れた。


「ミルクだ……ミルクなんだ……!」


 その叫びは、街の空気を一瞬で変えた。


 周囲の住人が振り返る。

冒険者が動きを止める。

誰もがその言葉の意味を理解できずに固まった。


 青年は、討伐した冒険者へ向き直った。


「なんで殺したんだ……! この子は……この子は私の家族なんだ……!」

「ま、待ってくれ! 魔物だったんだ! 危険で──」

「黙れ!!」


 青年の叫びは、街に響き渡った。

その叫びを皮切りに、街のあちこちで同じ光景が広がり始めた。


 最悪が始まった。


「この模様……うちの猫だ……」

「嘘だ……嘘だろ……?」

「なんで……なんでこんな……!」


 倒れた魔物の姿を見て、住人達が次々と気づいていく。

失踪した家族が、魔物になっていたことに。

その気づきは、まるで油を注がれた火のように広がった。


 住人の表情が変わる。

恐怖から怒りへ、怒りから憎悪へ、憎悪から暴発へ。

街の空気が、ゆっくりと、しかし確実に変質していく。


 討伐した冒険者達も、気づき始めていた。

自分が斬った魔物の顔、その模様、その仕草、その鳴き声。

それらが、住人の大切な家族だったことに。


「俺……俺が……」

「違うんだ……魔物だったんだ……!」

「そんな……そんなはず……!」


 剣を持つ手が震え、力を失っていく。

 罪悪感が街の空気を重く沈めた。


 ある冒険者は剣を落とし、膝をついた。

 ある冒険者は顔を覆い、震えた。

 ある冒険者は住人に謝罪しようとして、言葉が出なかった。


 誰もが、自分の犯した罪を理解してしまった。


 住人の怒り、冒険者の罪悪感、街の混乱、魔物の襲来。

その全てが、臨界点へと達した。


 そしてプツン──


 怒りと悲しみの境界が、ひとつの音を立てて崩れた。


「討伐をやめろ!!」

「うちの子を殺すな!!」

「返してくれ!!」

「ふざけるな!!」


 住人達が冒険者の前に立ちはだかる。

魔物を倒そうとする冒険者を、住人が体を張って止める。


「危険です! 離れてください!」

「嫌だ!! あの子は家族なんだ!!」


 押し返す冒険者、泣き叫ぶ住人。

周囲の人々も巻き込まれ、声が重なり、空気が震える。


 街は、完全に機能を失った。


 ある住人は冒険者の腕を掴み、討伐を止めようとした。

 ある住人は魔物の亡骸を抱きしめ、泣き崩れた。

 ある住人は冒険者へ怒号を浴びせた。


 冒険者達も限界だった。


「離れてください! 危険なんです!」

「俺だって……俺だって好きでやってるわけじゃない!!」

「くそ……なんでこんな……!」


 怒りと罪悪感が混ざり、冒険者の声も荒くなる。

住人は怒り、冒険者は苛立ち、街は混乱し、魔物は迫る。


 誰も正しく動けない。

 誰も冷静ではいられない。

 誰もこの状況を止められない。


 やがて、住人達の怒りは抵抗から暴動へと変わった。


「冒険者が家族を殺している!!」

「魔物討伐をやめろ!!」

「家族を返せ!!」


 怒号が街を覆い、冒険者達は討伐どころではなくなった。

避難誘導は止まり、魔物討伐は止まり、魔法陣解除の作戦も止まる。


 街は──完全に崩壊した。


 それはまさしく、崩壊への連鎖だった。


 魔物召喚が生んだ魔物。

その魔物が住人の家族だったという事実。

それを討伐した冒険者の罪悪感、住人の怒り、街の混乱。


 全てが繋がり、全てが積み重なり、全てが一つの結末へ向かっていく。


 暴動は──必然だった。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「……終わったな」


 ギルドの窓から見える街は、もはや戦場ではなかった。

魔物との戦いではなく、人と人がぶつかり合う暴動の渦だった。


 怒号が響き、泣き声が混ざり、冒険者の叫びが重なる。

魔法陣解除どころではない。

この街は、もう正常に機能していない。


 俺は拳を握りしめた。

 怒りか、悔しさか、恐怖か。

 自分でも分からない。


 その時、ふらふらとした足取りでリシュアが立ち上がった。


「……放送塔へ行きます」


 その声は震えていた。

 だが、確固たる意志が宿っている。


「放送塔で……この暴動を抑えます」

「無茶だ! 今は街が混乱している。外に出れば暴動に巻き込まれるぞ!」


 リシュアはゆっくりと顔を上げる。

 その瞳は決意で満ちている。


「私が……希望を支えるんだ」

「……」


 その言葉に、胸が痛んだ。

魔法陣をなんとかしてみせると言ったのに、諦めた自分が恥ずかしくなる。


「頼む……私を放送塔まで連れて行ってくれ!! アレン殿にしか出来ないんだ!」


 リシュアは一歩、俺へ近づいた。


 その瞬間──頭の奥で、あの声がちらついた。


『お前のせいで!』


「くそっ!」


 反射的に頭を叩いた。

 痛みで意識を引き戻す。


「アレン殿がいるから……この作戦を立てられる!! だからどうか……どうか……!」


 そんな俺に構わず、リシュアは必死に言葉を続けた。


 その言葉に息が詰まる。

悔しさと、情けなさで吐きそうになる。


 覚悟の時だ。

一つ深呼吸をして、リシュアに目を合わせた。


「しっかり捕まっててくれ」


 胸の奥で、覚悟と恐怖が静かに交差した。


 ギルドの扉を蹴り開け、屋根へ飛び移る。

暴動の被害が届かない場所を選びながら、屋根から屋根へ跳ぶ。


 街の下では、住人と冒険者がぶつかり合っていた。


「お前のせいで家族が死んだんだ!!」


 その叫びが、胸を刺す。


 そして──またあの声が反響した。


『お前のせいで!』


 足が止まる。

 呼吸が乱れる。

 視界が揺れる。


 やめろ……やめろ……!


 頭を振っても声は消えない。

 頭を叩いても意識が戻らない。

 むしろ反響していく。


「治っていないって……そういう事なのね」


 リシュアの言葉が、胸に突き刺さる。


 次の瞬間──猫型の魔物が屋根へ飛び上がってきた。


「っ──!」


 俺は反射的に別の屋根へ跳ぶ。

 だがすぐに別の猫型魔物が回り込む。

 完全に逃げ道を失った。


 殺すことは容易だ。

 だが──それが出来ない。


 目の前の魔物が、何故かリーダーに見えてくる。


『お前のせいで死んだんだ!』


 体が震え、動かない。


「アレン殿……!」


 リシュアが俺から離れ剣を抜き、魔物へ向かおうとする。


 しかし、住人はそれを許さない。


「見つけたぞ!!」


 住人の叫び。

次の瞬間、石が飛んできてリシュアの手に当たった。


「っ──!」


 剣が落ち、リシュアは武器を失った。

 俺は動けない、リシュアも動けない、魔物が迫る。


 その時だ──


「簡易光魔法! サレマ・ルミナバースト!!」


 光の玉が魔物達を撃ち抜いた。

 眩い光が屋根を照らし、魔物が吹き飛ぶ。


 振り向いた。


 そこには──リオがいた。


「私が……支えます!!」


 視界が晴れた。

 リオを見た瞬間、あの声がだんだんと薄れていく。


 俺はリオから顔を隠した。

 泣いている顔を見せたくなかった。


「……頼んだ」


 背中を向けたまま言うと、リオの力強い声が聞こえてくる。


「はい!!」


 俺は前へ進む。

 リオの魔法が、的確に魔物を撃ち落としていく。

 まるで光が道を照らすように。


 その光に支えられながら屋根から屋根へ飛び移る。

 暴動の渦を避けながら進む。

 リオの魔法が、俺達を守り続ける。


 そして──放送塔が見えた。


 あと少し。

 あと一歩。


 だがその瞬間、視界が揺らいだ。

 屋根が脆かったのか、足元が崩れていく。


「諦めるか! リシュア! 投げるぞ!!」

「はい!!」


 俺は全神経を集中させ、放送塔の窓を見る。

 一室、扉が閉まっていない場所がある。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 その扉に向かって全力でリシュアを投げた。

完璧な軌道で窓へ飛んでいくリシュアを見届けながら、地面に転がり落ちる。


「かはっ……はぁはぁ……」


 放送塔を見上げると、リシュアが窓から侵入する姿が見える。

 この様子ならうまくいくだろう。


 そんな達成感の余韻に浸っていると、視界にリオが入る。

 頭を優しく撫でられた。


「お疲れ様です」


 リオは頭から血を流し、息も荒く、ボロボロになっていた。

 

 きっと石を投げられたのだろう。

 魔物に襲われたのだろう。

 それでも彼女は、俺の為に命を張ってくれた。


「無茶……しやがって」


 泣きそうで震える声を必死に抑え、そう告げる。

 するとリオは泣き笑いのような顔で答えた。


「無茶させてください……あなたを支えたいから……」

「……そうか」


 俺は目を閉じた。

 放送塔の鐘が、遠くで鳴っていた。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 暴動の渦が街を飲み込んでいた。

 怒号、泣き声、冒険者の叫び、住人の悲鳴──

 その全てが混ざり合い、エルドラシアは崩壊していく。


 しかし、その崩壊を切り裂くように放送塔の鐘が鳴った。

 次の瞬間──街全体に声が降り注ぐ。


『この大バカモノどもが!!!』


 怒りそのものの声だった。

 街の空気が一瞬で止まる。


『エルドラシアの住人を守りし者共よ!!』


 その呼びかけは、怒りと悲しみが溶け合い、街の心臓を叩いた。


『何をうなだれている!!顔を上げろ!!』


 冒険者達が震えながら顔を上げる。

罪悪感で潰れそうになっていた彼らの瞳が、リシュアのいる放送塔を映す。


『住人に責められたから正義を捨てるのか!? 泣かれたから剣を置くのか!? それで……守れると思うのか!!』


「そんなわけない! ……でも……でも!」


 胸の奥に刺さった彼らの罪悪感が、リシュアの言葉で揺さぶられる。


『あなた達は……守ろうとしたんだ!! その行動は、誰よりも正しい!! その正義を……今ここで捨てるな!!』


「……っ!」


 揺れていた瞳に、光が戻り始める。

 剣を握る手が、少しだけ力を取り戻す。


『今一度言う! 顔を上げろ! 守ろうとした人々の希望を踏みにじった者を……許していいのか!!』


「いいわけないだろ!」

「そうだ! 許せるわけがねぇ!」


 拳が震え、剣を握り直す。


『怒れ!! 怒りを黒幕へ向けろ!! あなた達の正義は……まだ死んでいない!!』


 その瞬間、冒険者の胸奥で消えかけていた火が、再び赤く灯った。


『次に──住人!!』


 その言葉に住人が一斉に放送塔へ顔を向ける。


『怒れ!! 家族を魔物にされたんだ!! 怒るなという方が無理だ!!』


 家族の亡骸を抱える手を震わせ、目に怒りを宿す。


「……返してよ……なんで……なんでこんな……!」


『泣け!! 叫べ!! 悔しがれ!! その気持ちは全部、全部正しい! あなた達の家族は……奪われたんだ!!』


 家族の亡骸に縋りつき、冷たくなった体に顔を埋める。

 住人達の涙が、街の空気を濡らす。


『だが──怒る相手を間違えるな!!』


「──っ!」


 リシュアは怒りも悲しみも否定しない。

 だからこそ彼らは、リシュアの声に耳を傾ける。


『家族を奪ったのは冒険者ではない!! 魔物でもない!! あなた達の家族を魔物に変えたのは──この街に魔法陣を描いた黒幕だ!!』


「そうだ……そうだよな」

「くそ……何をしてるんだ俺は……っ!」


 その声は彼らの耳に届き、彼らは声を肯定する。

 住人の怒りが、ゆっくりと方向を変える。


『住人!! 冒険者の顔を見ろ!!』


 住人達が冒険者を見る。


『彼らは泣いている!! あなた達の家族を守れなかったと……泣いている!! 責められたくて剣を振ったわけじゃない!! 守りたかったんだ!!』


 冒険者は涙を流し、震える声で言う。


「すまない……守れなくてすまない……」


 住人も涙を流しながら答える。


「……ごめんなさい……私こそごめんなさい……!」


『冒険者!! 住人の顔を見ろ!!』


 冒険者達は涙を流し、震わせながら住人と目を合わせる。


『家族を失って……泣いている!! あなた達を責めたいわけじゃない!! ただ……悲しいんだ!!』


 住人が血だらけの亡骸を抱きしめ泣き崩れる。


「うっ……うぅ……ごめんね……頼りない飼い主でごめんね……」


 冒険者は歯を食いしばる。


「くっ……!」


 その瞬間──互いの怒りが、互いの悲しみへと変わった。


『怒るべき相手は……互いではない!!』


 リシュアの声が街を貫く。


『家族を奪った魔法陣を描いた黒幕だ!! あなた達の怒りは……全部、そいつに向けろ!!』


 住人と冒険者が同時に叫ぶ。


「そうだ……! そうだ!!」

「許してなるものか!!」


 街の空気が変わる。

 怒りが一つの方向へ向かい始める。


『家族の死を……無駄にするな!! あなた達の正義を……無駄にするな!!』


 リシュアは拳を握りしめ、叫ぶ。


『怒りを力に変えろ!! 悲しみを行動に変えろ!! 魔法陣を探せ!! 見つけたら叫べ!! 誰かが必ず駆けつける!! 街全体で魔法陣を消すんだ!! 家族を奪った魔法陣を……一つ残らず消し去れ!!』


 そして最後に──


『今こそ……反撃の時だ!! エルドラシアは……まだ終わっていない!! 共に立ち上がるのだ!!』


「「「うぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」」」


 その瞬間──街の空気が完全に変わった。


 怒りは黒幕へ向かい、悲しみは行動へ変わる。

 その変化は、街の隅々まで波紋のように広がった。


 絶望は──希望へと反転した!


「魔法陣を見つけた!!」

「こっちにもある!!」

「誰か来て!!」


 住人達は家々を駆け回った。

 壁、床、家具の裏、屋根裏、地下室。

 あらゆる場所を探し始める。


 魔法陣を見つければ叫ぶ。

 誰かが必ず駆けつける。


 その連携は、まるで街全体が一つの生き物のようだった。

 怒りが、悲しみが、希望が、同じ方向へ向かっていく。


「魔物発見!!」

「任せろ!!」

「住人を守れ!!」


 冒険者達は再び剣を振るい始めた。


 住人の悲しみを見た。

 住人の涙を見た。

 住人の怒りを見た。


 だからこそ──もう迷わない。


「俺達は……守る!!」


 その叫びは、街の至る場所で響いた。

 

 剣が振るわれ、魔物が倒れ、住人が救われる。

 冒険者の正義は、再び燃え上がった。


 魔法陣はどんどんと解除されていく。


 最初は十個程度だった解除報告が──

 街が動き始めた瞬間から跳ね上がった。


「伝令!! 魔法陣五十解除!!」

「伝令!! 魔法陣百解除!!」

「伝令!! 魔法陣二百解除!!」


 住人が動き、冒険者が動き、街全体が動く。

 その勢いは止まらない。

 まるでこの街の希望の如く、解除数はどんどんと膨れ上がる。


「伝令!! 魔法陣三百解除!!」

「伝令!! 魔法陣五百解除!!」

「伝令!! 魔法陣七百解除!!」


 魔物の数は見るからに減っていく。

 街の空気が変わる。

 絶望が薄れ、希望が街を照らしていく。


 そして──


「伝令!! 魔法陣解除数、一万突破!!」


 その声は、街全体を震わせた。


 核魔法陣の前に立つロタリーは、静かに目を閉じた。

 

 核魔法陣は、街中の出力魔法陣の状態を映す。

 出力魔法陣が残っていれば、核は光り続ける。

 出力魔法陣が全て消えれば、核は沈黙する。


 ロタリーはゆっくりと目を開けた。


 核魔法陣は──沈黙していた。


 ロタリーは震える唇を押さえ、ゆっくりと、ゆっくりと笑った。


「……消えました」


 その一言は、街全体に響き渡った。


 歓声が上がる。

 泣き声が上がる。

 剣を掲げる者、抱き合う者、膝をついて泣き崩れる者。


 エルドラシアは──反撃の街となった。


本日は現在と、12時前後、19時前後の計3本投稿予定です。

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