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勇気は剣より強く 〜なんでも屋が灯す小さな光〜  作者: かえる
第二章 禁忌と贖罪が交錯する時、エルドラシアは災厄に沈む
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恋と罪と魔法陣


『お前のせいで死んだんだ』


 目の前で、リーダーがドラゴンの炎に焼かれる。


 火だるまになったリーダーが、うつ伏せのまま顔を上げた。

皮膚が焼け落ち、赤黒い肉が露出し、手を震わせながらこちらへ伸ばしてくる。


『……痛い……熱い……苦しい……』


 声は焼けただれた喉から絞り出されるようで、そのたびに胸の奥が締め付けられた。

彼は地面を這い寄りながら、ゆっくりと、確実に俺へ近づいてくる。

焼け焦げた腕が俺の足にしがみついた。


 焼けた肉の匂いが鼻腔を刺し、吐き気が込み上げる。

リーダーの皮膚が、じゅっと音を立てて剥がれ落ちる。

焦げた指が俺の足首に触れた瞬間、熱と湿り気が同時に伝わってきた。


 顔は原形を留めず、皮膚は溶け落ち、蒸発した眼球の跡から白い煙が立ち上っている。

頭蓋が露わになったその顔が、俺を見上げた。


『お前さえいなければ──』


 その言葉が胸に突き刺さった瞬間、世界が崩れ落ちた。


 俺は叫びながら飛び起きた。


「うわぁぁぁぁ! ……はぁ……はぁ……!」


 汗が背中を伝い、シーツが湿っている。

呼吸が乱れ、心臓が暴れている。


 最悪の朝だ。


 汗が背中から滴り落ちる感覚が気持ち悪い。

呼吸を整えようとしても、胸の奥がざわついて収まらない。


 少しでも気を紛らわそうと、昨日の事を思い出した。


「……そういえば、アイツどうなったんだ?」


 昨日、カイラムをリオに任せっきりにした。

あいつ、ちゃんと帰れたんだろうか。

帰る場所が分からないとか言っていた気がするが……。

今度は不安が胸を支配したので、すぐに考えるのをやめた。


 汗を洗い落とせば多少気分も晴れるだろう。

そう思ってお湯でも浴びようと体を起こしたその時だ。

隣から、ふわりと花のような甘い匂いが漂ってきた。


 ……この匂い、覚えがある。


 嫌な予感がして、ゆっくりと横を見る。


「……なんでいんの?」


 隣でカイラムが寝ていた。

しかも気持ちよさそうに、俺の布団の端を掴んで。


「おい、起きろ」


 肩を軽く叩くと、カイラムはゆっくり目を開けた。


「……アレン……おはよう……」

「おはようじゃねーよ。なんで隣で寝てんだ」


 カイラムは寝ぼけたまま、ふわっと笑った。


「リオの隣も落ち着くけど……アレンの隣が一番落ち着くから」

「そうじゃなくて、家には帰れなかったのか?」

「……場所が分からない」


 はぁ、と深い溜息が漏れた。

怒る気力もない。

この調子だとリオも昨日は相当苦戦したのだろう。


「……風呂入ってくる」


 立ち上がる俺を見て、カイラムが首を傾げた。


「アレン……何かあったの?」


 その問いが、胸の奥を刺した。

悪夢の残滓がまだ喉に引っかかっている。


「……お前には関係ない」


 そう言って、部屋を出た。


 言った瞬間、後悔が胸を締め付けた。

自分の声が、思った以上に冷たかった。

カイラムの瞳が一瞬だけ揺れたのを見た瞬間、胸の奥がずしりと沈んだ。


 完全な八つ当たりだ……仲間に向ける言葉じゃない。

だけど謝る気力もでなく、そのまま風呂に入った。


 頭から湯をかぶりながら、リーダーの声が何度も蘇る。


『お前のせいで死んだ』


 胸が重い。

息が苦しい。

カイラムにぶつけた言葉が、さらに心を沈める。


「くそ……何してんだ……」


 自己嫌悪がじわじわと胸を侵食していく。


 ──リーダーは、あんなこと言わない。


 最後まで俺を庇ってくれた。

 あの日の背中は、誰よりも強くて、誰よりも優しかった。


 それは分かっている。

 分かっているのに──


『お前のせいで死んだ』


 心の奥から這い出てくるリーダーは全くの別物だ。


 焼けただれた顔で、俺を責める声で。

 何度も何度も、胸の奥を叩きつけてくる。


 何が本当なのか、分からなくなる。


 俺が思っていたリーダーが本物なのか?

 それとも心の内にあるコイツが本物なのか?


 リーダーの夢だったなんでも屋を続けることで、知ろうとした。

 贖罪を続ける事で、この悪夢から逃れようとした。


 けれどこの悪夢は、心の内のコイツは、俺を許そうとしない。


 俺は許されないのか。

 俺は間違っているのか。

 そんな考えが頭の中で渦を巻き、狂いそうになる。


「風でも浴びよう……」


 いつのまにかカイラムは部屋から居なくなっていた。

 また迷子になっていなければいいが。


 俺は外の風を浴びようと宿から出る。


 すると──


「アレン」


 カイラムがいた。

朝の光の中で、いつものように笑っていた。

さっきあんな酷いことを言ったのに、それでも笑ってくれている。


「……さっきは悪かった」

「……? アレン、なんか変わったね!」


 その言葉は、責めるでもなく、慰めるでもなく。

 ただ優しくて、胸に染みた。


「ねぇアレン、アレンはいつ出発するの?」

「今日だ」

「そっか……」


 カイラムは少しだけ悲しそうな顔をした。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


 私の人生はずっと、才能を探す旅だった。

 

 昔から私は、何をやってもダメだった。

料理をすれば焦がし、裁縫をすれば指を刺し、走れば転び、勉強をすれば眠くなる。


 周りの子供達はそんな私を笑った。

ドジラム、ダメラム、そんなあだ名をつけて毎日のように馬鹿にした。


 私は毎日泣きながら家に帰った。

 そして優しい母の胸に泣きながら顔を埋める。

 母は優しく頭を撫でて、いつも同じ言葉をくれた。


「神様は必ず一つ、才能を捧げてくださっている。だからいろんな事に挑戦していきなさい」


 その言葉は、私の生きる理由になった。

 私は泣きながらも挑戦し続けた。

 転んでも、失敗しても、笑われても。

 いつか才能を見つけて、みんなと同じように笑いたかった。


 ──そして、とうとう才能を見つけた。


 それは戦闘センスだった。


 武器を握った瞬間、世界が変わった。

 体が勝手に動き、敵の動きが読め、魔物の殺気がまるで色のように見える。


 私は誰よりも強くなった。

 街の英雄と呼ばれた。

 冒険者達は私を羨望の目で見た。


 私は思った。


「これで私は、昔できなかった友達を作るんだ」


 でも──その願いは叶わなかった。

 

 私の人生が、才能に裏切られ続ける人生になった瞬間だった。


 私の戦闘センスは、あまりにも高すぎた。

魔物を斬れば斬るほど、周囲の目は変わっていった。

すごい、ではなく怖い。

頼もしい、ではなく化け物みたい。


 それでも私は必死に仲間を作ろうとパーティを探した。

当然強い私には色んなところから声がかかった。


 私は嬉しかった。

 私を必要としてくれる人がいる。

 私の才能を褒めてくれる人がいる。


 パーティメンバーとの戦闘は凄く楽しかった。

 私が仲間を認め、仲間は私を認め。

 まるで皆と一つになれた気分だった。


 でも、それが嘘だと知ったのは偶然聞こえた会話だった。


『カイラムは便利だよな。あいつがいれば死なないし、楽できるし』

『まあ、利用価値があるうちは一緒にいればいいだろ』


 その言葉を聞いた瞬間、胃の奥がぎゅっと縮んだ。

 手が震え、呼吸が浅くなり、視界が滲んだ。


 こんな事になるなら才能なんて要らなかった。

 

 私はただ誰かと仲良くしたいだけ。

 そんな事にも才能が必要なの?


 その夜、私は泣きながら剣を握った。

 才能を見つけても、私はまた孤独だった。


 そんな時だった。

 手を差し伸べてくれた人がいた。


「パーティに入らないか?」


 それがリーダーだった。


 リーダーは皆と何かが違った。

私を見ているのに、私を見ていない。

私を見ていないのに、私を見ている。


 不思議に思った私は、何となくそのパーティに入ってみた。


 そして、私はアレンと出会った。


 アレンはリーダーとは別な感じの不思議な人だった。


 不器用でぶっきらぼうで、すぐ怒る。

 けれど彼の周りには必ず誰かがいた。


 私はそんな彼が嫌いだった。

私が失敗すれば、心底めんどくさそうな顔をする。

私が近づけば嫌そうな顔をする。


 なんでこの人は皆から好かれているんだろう。


 そんな風にいつも考えていたけれど、すぐに理由がわかった。


 彼はめんどくさそうにしても、必ず手伝ってくれる。

 彼は嫌そうな顔をしても、最後まで隣にいてくれる。

 

 そして彼は私の戦闘を見ても怯えなかった。


『お前、戦闘だけは出来るんだな』


 そんな軽口を聞いた瞬間、世界が色づいた。

 初めて、私を普通の仲間として扱ってくれた。


 それからは、いつも彼のことを考えるようになっていた。

 気づけば彼を目で追っていた。


 どうしたら彼は喜んでくれるだろう。


 そんな風に考えてからは、彼に色んな手伝いをした。 


 けれど私は結局ダメダメで毎回失敗してしまう。

 時にはアレンを傷つけてしまった。

 

 結局私はダメなんだ……そう思った時だった。


『次からは気をつけろよ』


 もう耐えきれなかった。

 うるさいくらい心臓が高鳴った。

 アレンが名前を呼ぶだけで、胸の奥がじんと熱くなる。


 気づかないふりをしたけれど、抑えきれなかった。


 ──私はアレンが好き。


 だから、アレンに選んでもらえる女になろうと努力した。


 血が滲むほど鍛えた。

 苦手な勉強も、彼に選んでもらえる為なら全然苦に思えなかった。

 気づけば私は国一番の実力者になっていた。


 アレンと一緒になって私の全てをアレンに捧げる!


 そんな風に思っていた時だった。


 ──私達パーティに、ドラゴン討伐依頼が来た。


 ドラゴンは街一つ滅ぼす魔物だ。

 信頼できるパーティにしか依頼は来ない。

 けれど私達のパーティは国と関わりなんてなかった。


 では何故私達のパーティに依頼を?

 ……そんな事は分かりきっていた。


 国の目的は、私の戦闘力だ。


「私一人で戦うから、皆は逃げて」


 そう言った私に、仲間は一斉に怒った。


『お前は仲間にそんな事をさせるのか?』


 そんな仲間達に私は、涙を流しながら誓った。


 こんな素敵な仲間は二度と得られない。

 だから絶対に皆で生きて帰ろう。

 私達でドラゴンを倒すんだ!!


 でも──その願いは叶わなかった。


 その日、リーダーが死んだ。

 

 アレンの心が折れた。

 パーティは静かに解散した。


 誰も私を責めなかった。

 誰もアレンを責めなかった。

 誰も仲間同士で揉めなかった。


 素敵な仲間は、ただただ静かに消えていった。


 私はまた、才能によって仲間を失った。


 才能は私を救わなかった。

 才能は私を幸せにしなかった。

 才能は私を裏切り続けた。


 それでも──私はこの才能を恨む事ができなかった。


 この才能があったから私は仲間と出会えた。

 この才能があったから私はアレンと出会えた。

 この才能があったから私は恋を知れた。


 だから私は今でも願ってしまう。


 アレンの隣にいたい。

 アレンに選ばれたい。

 アレンに笑ってほしい。


 その願いが叶わないと分かっていても、私は今日もアレンの名前を呼んでしまう。


 だから……辛かった。


「……アレン」

「なんだ?」


 風に当たる彼は、いつものぶっきらぼうで優しい声を返してくれる。


 あぁ好きだ。

 その透き通るような綺麗な瞳。

 心に直接伝わるような心地いい声。

 一段と逞しくなったその体つき。


 本当はもっと話したいけど、ちゃんと言わなきゃ。


「アレン……この付近で、ドラゴンの鱗が見つかったんだ。ドラゴンが……近くにいるかもしれない」


 言った瞬間、アレンの顔から血の気が引いた。

 汗が浮かび、喉が震え、必死に平静を保とうとしているのがわかった。


 あの日の傷が、まだ彼の中で生きている。

 あの日の炎が、まだ彼の心を焼いている。


 私は胸が張り裂けそうになった。


 本当は支えてあげたい。

 本当は救ってあげたい。

 本当は抱きしめて「大丈夫だよ」と言いたい。


 でも──今の私には、それができない。


 私は国一番の戦闘力を持っているのに、好きな人一人の心を救う事も出来ない。


 だから、できることをするしかなかった。


「だからね……だから……」


 ──今日のことを思い返す。


 今日は、本当に楽しかった。

 アレンに会えた。

 アレンと話せた。

 アレンの隣で眠れて、幸せだった。


 胸が熱くなり、喉が詰まる。


 もっと一緒にいたい。

 また来てほしい。

 むしろずっとここにいてほしい。


 そんな願いが、胸の奥から溢れ出しそうになる。

 感情が吐き気に似た形で逆流してくる。


 ──でも、それを言ってはいけない。


 ドラゴンのことも、昔のことも、全部忘れてほしい。

 

 リオと一緒に、楽しく暮らしてほしい。

 笑っていてほしい。

 幸せでいてほしい。


 だから──私は言う。


 言葉を吐く直前、喉がひゅっと細くなった。

 心が割れるように痛くて、アレンの顔を見られなかった。

 それでも言わなきゃいけないと、押し潰すように絞り出した。


「二度と来ないで」


 必死に抑えた心から溢れ出すように、涙が止まらなかった。


「カイラム……俺は──」


 その瞬間、私の涙は消えた。


「何これ……魔法陣……?」

「どうなってんだ……?」


 街を覆う、()()()()()()()()()を感じて。


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