恋と罪と魔法陣
『お前のせいで死んだんだ』
目の前で、リーダーがドラゴンの炎に焼かれる。
火だるまになったリーダーが、うつ伏せのまま顔を上げた。
皮膚が焼け落ち、赤黒い肉が露出し、手を震わせながらこちらへ伸ばしてくる。
『……痛い……熱い……苦しい……』
声は焼けただれた喉から絞り出されるようで、そのたびに胸の奥が締め付けられた。
彼は地面を這い寄りながら、ゆっくりと、確実に俺へ近づいてくる。
焼け焦げた腕が俺の足にしがみついた。
焼けた肉の匂いが鼻腔を刺し、吐き気が込み上げる。
リーダーの皮膚が、じゅっと音を立てて剥がれ落ちる。
焦げた指が俺の足首に触れた瞬間、熱と湿り気が同時に伝わってきた。
顔は原形を留めず、皮膚は溶け落ち、蒸発した眼球の跡から白い煙が立ち上っている。
頭蓋が露わになったその顔が、俺を見上げた。
『お前さえいなければ──』
その言葉が胸に突き刺さった瞬間、世界が崩れ落ちた。
俺は叫びながら飛び起きた。
「うわぁぁぁぁ! ……はぁ……はぁ……!」
汗が背中を伝い、シーツが湿っている。
呼吸が乱れ、心臓が暴れている。
最悪の朝だ。
汗が背中から滴り落ちる感覚が気持ち悪い。
呼吸を整えようとしても、胸の奥がざわついて収まらない。
少しでも気を紛らわそうと、昨日の事を思い出した。
「……そういえば、アイツどうなったんだ?」
昨日、カイラムをリオに任せっきりにした。
あいつ、ちゃんと帰れたんだろうか。
帰る場所が分からないとか言っていた気がするが……。
今度は不安が胸を支配したので、すぐに考えるのをやめた。
汗を洗い落とせば多少気分も晴れるだろう。
そう思ってお湯でも浴びようと体を起こしたその時だ。
隣から、ふわりと花のような甘い匂いが漂ってきた。
……この匂い、覚えがある。
嫌な予感がして、ゆっくりと横を見る。
「……なんでいんの?」
隣でカイラムが寝ていた。
しかも気持ちよさそうに、俺の布団の端を掴んで。
「おい、起きろ」
肩を軽く叩くと、カイラムはゆっくり目を開けた。
「……アレン……おはよう……」
「おはようじゃねーよ。なんで隣で寝てんだ」
カイラムは寝ぼけたまま、ふわっと笑った。
「リオの隣も落ち着くけど……アレンの隣が一番落ち着くから」
「そうじゃなくて、家には帰れなかったのか?」
「……場所が分からない」
はぁ、と深い溜息が漏れた。
怒る気力もない。
この調子だとリオも昨日は相当苦戦したのだろう。
「……風呂入ってくる」
立ち上がる俺を見て、カイラムが首を傾げた。
「アレン……何かあったの?」
その問いが、胸の奥を刺した。
悪夢の残滓がまだ喉に引っかかっている。
「……お前には関係ない」
そう言って、部屋を出た。
言った瞬間、後悔が胸を締め付けた。
自分の声が、思った以上に冷たかった。
カイラムの瞳が一瞬だけ揺れたのを見た瞬間、胸の奥がずしりと沈んだ。
完全な八つ当たりだ……仲間に向ける言葉じゃない。
だけど謝る気力もでなく、そのまま風呂に入った。
頭から湯をかぶりながら、リーダーの声が何度も蘇る。
『お前のせいで死んだ』
胸が重い。
息が苦しい。
カイラムにぶつけた言葉が、さらに心を沈める。
「くそ……何してんだ……」
自己嫌悪がじわじわと胸を侵食していく。
──リーダーは、あんなこと言わない。
最後まで俺を庇ってくれた。
あの日の背中は、誰よりも強くて、誰よりも優しかった。
それは分かっている。
分かっているのに──
『お前のせいで死んだ』
心の奥から這い出てくるリーダーは全くの別物だ。
焼けただれた顔で、俺を責める声で。
何度も何度も、胸の奥を叩きつけてくる。
何が本当なのか、分からなくなる。
俺が思っていたリーダーが本物なのか?
それとも心の内にあるコイツが本物なのか?
リーダーの夢だったなんでも屋を続けることで、知ろうとした。
贖罪を続ける事で、この悪夢から逃れようとした。
けれどこの悪夢は、心の内のコイツは、俺を許そうとしない。
俺は許されないのか。
俺は間違っているのか。
そんな考えが頭の中で渦を巻き、狂いそうになる。
「風でも浴びよう……」
いつのまにかカイラムは部屋から居なくなっていた。
また迷子になっていなければいいが。
俺は外の風を浴びようと宿から出る。
すると──
「アレン」
カイラムがいた。
朝の光の中で、いつものように笑っていた。
さっきあんな酷いことを言ったのに、それでも笑ってくれている。
「……さっきは悪かった」
「……? アレン、なんか変わったね!」
その言葉は、責めるでもなく、慰めるでもなく。
ただ優しくて、胸に染みた。
「ねぇアレン、アレンはいつ出発するの?」
「今日だ」
「そっか……」
カイラムは少しだけ悲しそうな顔をした。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
私の人生はずっと、才能を探す旅だった。
昔から私は、何をやってもダメだった。
料理をすれば焦がし、裁縫をすれば指を刺し、走れば転び、勉強をすれば眠くなる。
周りの子供達はそんな私を笑った。
ドジラム、ダメラム、そんなあだ名をつけて毎日のように馬鹿にした。
私は毎日泣きながら家に帰った。
そして優しい母の胸に泣きながら顔を埋める。
母は優しく頭を撫でて、いつも同じ言葉をくれた。
「神様は必ず一つ、才能を捧げてくださっている。だからいろんな事に挑戦していきなさい」
その言葉は、私の生きる理由になった。
私は泣きながらも挑戦し続けた。
転んでも、失敗しても、笑われても。
いつか才能を見つけて、みんなと同じように笑いたかった。
──そして、とうとう才能を見つけた。
それは戦闘センスだった。
武器を握った瞬間、世界が変わった。
体が勝手に動き、敵の動きが読め、魔物の殺気がまるで色のように見える。
私は誰よりも強くなった。
街の英雄と呼ばれた。
冒険者達は私を羨望の目で見た。
私は思った。
「これで私は、昔できなかった友達を作るんだ」
でも──その願いは叶わなかった。
私の人生が、才能に裏切られ続ける人生になった瞬間だった。
私の戦闘センスは、あまりにも高すぎた。
魔物を斬れば斬るほど、周囲の目は変わっていった。
すごい、ではなく怖い。
頼もしい、ではなく化け物みたい。
それでも私は必死に仲間を作ろうとパーティを探した。
当然強い私には色んなところから声がかかった。
私は嬉しかった。
私を必要としてくれる人がいる。
私の才能を褒めてくれる人がいる。
パーティメンバーとの戦闘は凄く楽しかった。
私が仲間を認め、仲間は私を認め。
まるで皆と一つになれた気分だった。
でも、それが嘘だと知ったのは偶然聞こえた会話だった。
『カイラムは便利だよな。あいつがいれば死なないし、楽できるし』
『まあ、利用価値があるうちは一緒にいればいいだろ』
その言葉を聞いた瞬間、胃の奥がぎゅっと縮んだ。
手が震え、呼吸が浅くなり、視界が滲んだ。
こんな事になるなら才能なんて要らなかった。
私はただ誰かと仲良くしたいだけ。
そんな事にも才能が必要なの?
その夜、私は泣きながら剣を握った。
才能を見つけても、私はまた孤独だった。
そんな時だった。
手を差し伸べてくれた人がいた。
「パーティに入らないか?」
それがリーダーだった。
リーダーは皆と何かが違った。
私を見ているのに、私を見ていない。
私を見ていないのに、私を見ている。
不思議に思った私は、何となくそのパーティに入ってみた。
そして、私はアレンと出会った。
アレンはリーダーとは別な感じの不思議な人だった。
不器用でぶっきらぼうで、すぐ怒る。
けれど彼の周りには必ず誰かがいた。
私はそんな彼が嫌いだった。
私が失敗すれば、心底めんどくさそうな顔をする。
私が近づけば嫌そうな顔をする。
なんでこの人は皆から好かれているんだろう。
そんな風にいつも考えていたけれど、すぐに理由がわかった。
彼はめんどくさそうにしても、必ず手伝ってくれる。
彼は嫌そうな顔をしても、最後まで隣にいてくれる。
そして彼は私の戦闘を見ても怯えなかった。
『お前、戦闘だけは出来るんだな』
そんな軽口を聞いた瞬間、世界が色づいた。
初めて、私を普通の仲間として扱ってくれた。
それからは、いつも彼のことを考えるようになっていた。
気づけば彼を目で追っていた。
どうしたら彼は喜んでくれるだろう。
そんな風に考えてからは、彼に色んな手伝いをした。
けれど私は結局ダメダメで毎回失敗してしまう。
時にはアレンを傷つけてしまった。
結局私はダメなんだ……そう思った時だった。
『次からは気をつけろよ』
もう耐えきれなかった。
うるさいくらい心臓が高鳴った。
アレンが名前を呼ぶだけで、胸の奥がじんと熱くなる。
気づかないふりをしたけれど、抑えきれなかった。
──私はアレンが好き。
だから、アレンに選んでもらえる女になろうと努力した。
血が滲むほど鍛えた。
苦手な勉強も、彼に選んでもらえる為なら全然苦に思えなかった。
気づけば私は国一番の実力者になっていた。
アレンと一緒になって私の全てをアレンに捧げる!
そんな風に思っていた時だった。
──私達パーティに、ドラゴン討伐依頼が来た。
ドラゴンは街一つ滅ぼす魔物だ。
信頼できるパーティにしか依頼は来ない。
けれど私達のパーティは国と関わりなんてなかった。
では何故私達のパーティに依頼を?
……そんな事は分かりきっていた。
国の目的は、私の戦闘力だ。
「私一人で戦うから、皆は逃げて」
そう言った私に、仲間は一斉に怒った。
『お前は仲間にそんな事をさせるのか?』
そんな仲間達に私は、涙を流しながら誓った。
こんな素敵な仲間は二度と得られない。
だから絶対に皆で生きて帰ろう。
私達でドラゴンを倒すんだ!!
でも──その願いは叶わなかった。
その日、リーダーが死んだ。
アレンの心が折れた。
パーティは静かに解散した。
誰も私を責めなかった。
誰もアレンを責めなかった。
誰も仲間同士で揉めなかった。
素敵な仲間は、ただただ静かに消えていった。
私はまた、才能によって仲間を失った。
才能は私を救わなかった。
才能は私を幸せにしなかった。
才能は私を裏切り続けた。
それでも──私はこの才能を恨む事ができなかった。
この才能があったから私は仲間と出会えた。
この才能があったから私はアレンと出会えた。
この才能があったから私は恋を知れた。
だから私は今でも願ってしまう。
アレンの隣にいたい。
アレンに選ばれたい。
アレンに笑ってほしい。
その願いが叶わないと分かっていても、私は今日もアレンの名前を呼んでしまう。
だから……辛かった。
「……アレン」
「なんだ?」
風に当たる彼は、いつものぶっきらぼうで優しい声を返してくれる。
あぁ好きだ。
その透き通るような綺麗な瞳。
心に直接伝わるような心地いい声。
一段と逞しくなったその体つき。
本当はもっと話したいけど、ちゃんと言わなきゃ。
「アレン……この付近で、ドラゴンの鱗が見つかったんだ。ドラゴンが……近くにいるかもしれない」
言った瞬間、アレンの顔から血の気が引いた。
汗が浮かび、喉が震え、必死に平静を保とうとしているのがわかった。
あの日の傷が、まだ彼の中で生きている。
あの日の炎が、まだ彼の心を焼いている。
私は胸が張り裂けそうになった。
本当は支えてあげたい。
本当は救ってあげたい。
本当は抱きしめて「大丈夫だよ」と言いたい。
でも──今の私には、それができない。
私は国一番の戦闘力を持っているのに、好きな人一人の心を救う事も出来ない。
だから、できることをするしかなかった。
「だからね……だから……」
──今日のことを思い返す。
今日は、本当に楽しかった。
アレンに会えた。
アレンと話せた。
アレンの隣で眠れて、幸せだった。
胸が熱くなり、喉が詰まる。
もっと一緒にいたい。
また来てほしい。
むしろずっとここにいてほしい。
そんな願いが、胸の奥から溢れ出しそうになる。
感情が吐き気に似た形で逆流してくる。
──でも、それを言ってはいけない。
ドラゴンのことも、昔のことも、全部忘れてほしい。
リオと一緒に、楽しく暮らしてほしい。
笑っていてほしい。
幸せでいてほしい。
だから──私は言う。
言葉を吐く直前、喉がひゅっと細くなった。
心が割れるように痛くて、アレンの顔を見られなかった。
それでも言わなきゃいけないと、押し潰すように絞り出した。
「二度と来ないで」
必死に抑えた心から溢れ出すように、涙が止まらなかった。
「カイラム……俺は──」
その瞬間、私の涙は消えた。
「何これ……魔法陣……?」
「どうなってんだ……?」
街を覆う、むせ返るようなマナを感じて。




