なんでも屋の助手は今日も頑張る
会議が終わった後のエルドラシア冒険者ギルドは、未だ空気が重い。
既にギルド長らは去り会議室にはリシュアのみだが、目の前にある残された資料の山と広げられた地図が、先ほどまでの緊張を物語っている。
「はぁ……」
リシュアは深く息を吐き、机の端に置かれた書類を整えた。
会議は終わったが仕事は終わらない。
むしろここからが本番だ。
エルドラシアには三つの防衛組織がある。
エルドラシア近郊を管理、探索する冒険者ギルド。
エルドラシア内部の治安を守る治安維持ギルド。
エルドラシアそのものを守る防衛ギルド。
そして、それらを束ねるのがエルドラシア防衛連盟であり、リシュアは若くしてその議長を務めている。
肩書きだけなら街で最も重い立場だが、実務は各ギルドが完結させてしまうため、責任だけがリシュアの肩に積み上がっていく。
「失礼します」
エルドラシア防衛連盟議長補佐のアンリが会議室に入ってくる
栗色の髪をまとめた、真面目で几帳面な女性だ。
アンリも同い年で同じような立場にいるため、互いに気苦労を共有できる仕事仲間であり親友だ。
「はい、どうぞ」
リシュアはこれから続けて会議を行う。
今度はエルドラシア内で発生している問題をまとめる会議だ。
「休憩はされなくてもよいのですか?」
「大丈夫、今は時間が惜しいからね。早速開始して」
「かしこまりました」
アンリが手元にある資料を渡す。
その資料には再三見てきた問題が記されている。
「また……」
「はい、飼い猫や飼い犬の失踪報告が前より増えてきています」
「これもドラゴンの凶兆だと思う?」
「……いいえ、猫や犬などのマナに順応していない生物はドラゴンのマナに反応しません。完全なる別件かと」
「そうよね……いっそドラゴンの凶兆なら良かったのだけど……」
エルドラシア内では二ヶ月ほど前から、飼い猫や飼い犬の失踪が報告されている。
当初はエルドラシア内の治安維持組織のみで対応してきたが、毎日のように失踪報告が発生してからは冒険者ギルドでも対応を行なっている。
失踪報告が三桁を超えたあたりからはもう、リシュアは報告数を覚えていない。
「冒険者からの調査報告はどう?」
「調査が終了し報告を受けております。こちらになります」
「……」
そこには目を疑うような報告内容が記されていた。
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提出先:エルドラシア冒険者ギルド本部
提出者:大地の剣所属 ソルド・ガーウェン
分類:生態異常/行方不明事案
機密区分:内部限定
調査目的:
エルドラシア内で多発している飼育動物(猫・犬)の行方不明事案を受け、エルドラシア近郊の危険区域及び安全区域全般を調査し、行方不明として報告された対象と一致する個体が存在するか確認することを目的とする。
調査結果:
1. 飼育動物の確認
行方不明として報告された個体は一切確認できず。
2. 原生生物の個体数
以下の著しい個体増減を確認。
• 野良猫:ほぼ確認できず
• 野良犬:同上
• 小型哺乳類:通常より増加傾向
• 昆虫類:種類によっては壊滅的減少
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「エルドラシア近郊でも、犬や猫の著しい個体減少を確認したと……」
「これは明らかにおかしい状況です。早急な対応が必要……だとは思うのですが……」
「対応したいのは山々だけど、今のギルドには余力がね……」
アンリも苦しげに頷いた。
「ドラゴンの調査だけで手一杯なのは分かります。ですが報告者からは、このままでは生態系が崩壊する、と強く懸念されておりまして……」
リシュアは机の端に置かれた胃薬を口にする。
アンリが気を利かせて置いてくれたものだ。
「……本当に、次から次へと問題が起きる」
ドラゴンの凶兆に犬や猫だけの失踪
しかし問題は、それだけにとどまらなかった。
各ギルドから得られる協力が、思った以上に少なかったのだ。
アステルからはアレンの貸出が拒否。
カステリアからは新大陸の調査を停止するまで本格的な協力は不可。
エンディルは同じく国からの命令である禁忌魔法の盗難調査を最優先とするため、協力は最低限。
「不幸中と幸いとしては、カイラム様が防衛兵としていてくださる事ですかね」
アンリの言葉に、リシュアは少しだけ表情を緩めた。
「そうね。彼女だけが最後の希望よ……」
カイラム・ヴェルナーはエルドラシアが誇る最強の防衛兵。
進行してきた魔物百体をたった一人で蹴散らし、その後に襲来した討伐難易度高五の魔物──穿牙蟲を単独で撃破した怪物。
彼女がいる限り、街は守られる。
そう信じられるほどの存在だ。
しかし、だからこそ絶望は深くなる。
「そんな彼女ですらドラゴンには敵わなかった……」
「辛いですね……人間の弱さを痛感します……」
二人の震えた声は、会議室を支配する。
絶望という重くぬったりとした空気が充満する。
そんな空気を払拭するように、リシュアが頬を叩く。
「それでもやるしかないわ。エルドラシアを守れるのは私達しかいないのだから」
彼女は机に向かい、資料を手に取る。
瞳には静かな決意が宿っていた。
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──まったく、アレンさんってば。
私は今、猛烈に怒っている!
『観光したければ一人で行ってこい、ほら観光地図だ。俺は疲れたから部屋で休む』
そう言ったのだ。
そう言ったのだけど……その時のアレンさんの顔を思い出すと、どうにも納得がいかない。
疲れたから休む、って言ってたのに、顔は全然疲れてなかった。
頼むから引きこもらせてくれ、みたいなそんな顔だった。
ちょっと笑顔だったのが更にムカつく。
あれは絶対に違う。
絶対に疲れてなんかいない。
私を邪魔者扱いしてる!!
私はベッドの上でバタバタと足を動かしながら、怒りを再燃させた。
「せっかく別の街に来たのに、宿で休むなんて……あーりーえーなーいー!」
観光地に来て宿で休むなんて、もはや罪。
観光地に来たら観光するのが義務。
観光地に来て寝るなんて、観光地に対する冒涜。
私は宿でもらった観光地図を勢いよく広げた。
「こうなったら……美味しいご飯を買ってきて、アレンさんの前で自慢してやる!」
おいしーですよーこれー!
世界一可愛いリオさまーどうかそのご飯を恵んでくだされー!
あーむ!もう食べちゃったから無理ですわ!
そんなーせっしょーなー!うーしくしく!
ふふふ……完璧な計画だ!
私はすぐに宿を出て、地図を見ながら食べ物の絵が描かれている場所を探した。
すると──
「やぁ、可愛い子だね。これお食べ」
「えっ、あ、ありがとうございます?」
突然、露店のおばちゃんに声をかけられた。
手渡されたのは、白くて冷たい、ふわふわした……謎の食べ物。
「これはね、アイスクリームっていうんだよ」
アイスクリーム?
聞いた事ない名前の食べ物だけど、すごく気になる!
「いただきます!」
私は興味津々でアイスクリームを口に運んだ。
「……っ!? なにこれ……おいしい……!」
目が輝いた。
いや、輝いたどころではない。
星になった。
私の目は今、星になっている。
冷たいのに甘くて、甘いのに軽くて、軽いのに濃い。
なんだこの食べ物は。
おばちゃんは私の反応を見て笑った。
「気に入ったみたいだねぇ。あっちにも美味しい食べ物があるよ。行ってごらん」
「ありがとうございます! アイスクリームもう一つください!」
私は追加で一つ買い、食べ歩きを開始した。
……なんか怒ってた気がするけど、まあいいや。
怒りよりアイスクリーム。
アイスクリームは正義。
正義は甘い。
甘いは世界を救う。
そんなことを考えながら歩いていると──
「……あっ、ミルク……!」
目の前の若い男性の白い飼い犬がこちらに向かってくる。
リードから手が離れたようで、完全に男性の元を離れた。
「えっ、ちょちょっ!」
パフン。
私の目の前は真っ白になった。
「す、すみません!!」
「ワンッ!」
「モガモガ……」
ミルクは私に覆い被さるようにじゃれついて来た。
アイスを食べ切っていなければ、きっと大変な事になっていただろう。
「ミルク……離れないでくれよ……頼むよ……」
男性が近づき、私からミルクを引き剥がし抱きしめる。
その声は震えていて、泣きそうだった。
ただの飼い犬の暴走にしてはあまりにも大袈裟なその反応に、私は思わず近づいた。
「どうしたんですか?」
男性は涙を拭いながら、ミルクの頭を撫でた。
「……この街、最近ペットがいなくなるんです。犬も猫も……突然いなくなって……」
その言葉に、私は息を呑んだ。
「え……そんな……」
「だから……ミルクがまだここにいてくれるのが……本当に……奇跡みたいで……」
男性はミルクを抱きしめながら、震える声で続けた。
「ミルクは俺の家族なんです……仕事で落ち込んだ時も怪我した時もずっとそばにいてくれた……いなくなったら俺……どうすればいいか……」
ミルクは男性の涙を舐めるように顔を寄せた。
その仕草があまりにも優しくて、胸が温かくなる。
「……ミルクは、あなたのことが大好きなんですね」
「はい……だから本当に……よかった……」
男性はミルクを抱きしめたまま、何度も何度もよかったと呟いた。
それから男性とミルクとは別れた。
見た事ない不思議な食べ物を沢山買って、明るく暮らすこの街の住人と話して、とても素敵な時間だった。
この街は防衛施設に囲まれており安全だ。
アレンさんはそう言うけれど、私はそれだけじゃないと思う。
強い魔物に囲まれていても、それでも日々を強く生きる人々。
私はそんな人々が住む街だからこそ、安全なんだと思えた。
私はこの街が好きになっていた。
「何か私に出来ることはないかなー」
だから困っている人を見つけたら助けてあげよう。
そんな風に思いながら街を歩いていると、早速困っている人を見つけた。
公園の隅で、赤髪の女性がうずくまっていたのだ。
これは大変だ!
早く助けてあげないと!!
「だ、大丈夫ですか!?」
赤髪の女性は、顔を上げる。
その瞬間、私は息を飲んだ。
目の前にいるのは、弱々しく今にも泣きそうな女性。
けれどその姿は凛としていて美しく、それでいて儚げだ。
美人、なんて片付けていいほどの美貌ではなかった。
「た、助けてくれ……」
「は、はい! 任せてください!」
こんな女性が助けを求めるのだ。
きっと重要な時間に違いない!
「は……腹が……へって……」
あ、これ中身が残念な人だ。
「……おいしい……生き返る……」
「……いえ」
とりあえず手に持っている食べ物を全部渡した。
貪るように食べるその姿に、まるで詐欺に遭ったかのような虚無感を感じている。
しばらくして落ち着いたのか、女性はぺこりと頭を下げた。
「ありがとう……私はカイラム。家を出た後、帰れなくなって……財布も忘れて……一文なしで……」
なるほど、迷子で無一文で空腹で倒れていた、と。
……大丈夫だろうか、アレンさんと同じくらいの年齢に見えるけど。
あれ、カイラムさんって名前どこかで聞いたような……まあ良いか。
「そ、そうでしたか……」
目の前の女性は関わってはいけない種類の人間だ。
私の全神経がそう告げている。
けれどリオ、さっき私はなかったばかりだろう。
この街が好きだから何かしたいって。
目の前の女性を助けないと……。
……あ、いい事考えた。
とりあえずアレンさんにぶん投げよう!
その後にどうするか考えよう!
アレンさんだって人を助けられて嬉しいはずだ!
「なんでも屋として解決します! アレンさんのところに行きましょう!」
「え、アレン!? 今なんて!?」
「アレンさんです! 凄い人なんですよ!」
私はカイラムさんの手を取った。
アレンさんは疲れてるって言ってたけど、こういう時は絶対助けてくれる。
食べ歩きの旅は終わり、次はなんでも屋の仕事だ。
そして私達はアレンさんの元へ向かった!
のだけど──
「……何してんの?」
「……?」
ん? アレンさんなんか呆れた目してる。
あっそっか!ちゃんと言わないとね!
「なんでも屋の仕事ですよ!」
ふんす、と鼻息を鳴らす。
今日の私は、なんでも屋として完璧な仕事をしたのだ。
迷子の赤髪の女性を助けて、食べ物を与えて、保護して、ここまで連れてきた。
完璧だ……完璧すぎる!
アレンさんに褒められる未来しか見えない。
さあどうぞ! 頭を撫でてください!
「捨ててこい」
「ひどいです!」
ひどい、ひどすぎます!
なんで捨てるんですか!
なんでそんなひどいこと言えるんですか!
そんな事を考えていると、アレンさんは頭を抱えながら叫んだ。
「前に話したよな! カイラムってやばいやつがいるって! それがこいつだよ! 分かったら捨ててこい疫病神! あと塩撒いとけよ!」
えっ……あっ!!
「アレン!!」
私がしでかした事を認識すると同時に、カイラムさんがアレンさんに飛びついた。
「そんなこと言うなよアレン! なあ、これって運命だよな! 結婚しよう! そうしよう!」
「やめろ! くっつくな! お前なんか臭いぞ!」
「三日は彷徨ってたからな!」
「早く風呂入ってこい!!」
二人がくんずほぐれず……羨ましい!
「ちょっとアレンさん! 私というものがいながら目の前で不倫ですか!?」
「何言ってんのお前!?」
「アレンー! アレンー!」
「あーもう!」
アレンさんはカイラムさんを引きずり、風呂場へ連行した。
カイラムさんは、アレン〜〜〜!!と叫びながら連れていかれた。
「リオ! 責任持って体洗ってこい!」
「えっ!? なんで私が!?」
「仕事拾ってきたのお前だろ! あーくそ!くそくそくそ!!」
アレンさんはベッドに倒れ込んで、枕に顔を埋めて叫んだ。
「あーーーーー! さいあくだーーーーー!」
おや……これはこれは……私はそっと近づき、耳元で囁いた。
「一人で観光させなきゃよかったですね」
「あーーーーーちくしょーーーーーー!!」
うんスッキリ!!
「じゃあお仕事してきまーす」
「さっさといけ!」
アレンさんに見送られながら風呂場に入る。
カイラムさんは早速身体中を泡だらけにしていた。
なるほど、体を洗えと言ったのはこういう事か。
「た、助けてくれ! 泡が! 泡が!」
なんだかアレンさんと一緒に暮らし始めた時を思い出した。
なるほど、これに慣れていれば私の失敗なんて可愛いもんだ。
「何をしたらそうなるんですか」
私はお湯をかけて泡を取り払う。
そこには綺麗な肌と抜群のスタイルをしている女性がいた。
「す、すごいですね……」
「なにがだ?」
「い、いえ別に……」
下を向くと足が見える。
前を向くと山脈が見える。
うん、気にしないようにしよう!
「それよりリオ、一緒にお風呂入ろう」
「え、いや……まあそうですね、入りましょうか」
「やったー!!」
年甲斐なくはしゃぐ成人女性を横目に服を脱ぎ、お湯を流してお風呂に入る。
この部屋に用意されているお風呂はとても大きく、私たち二人が入っても窮屈に感じない。
「リオの髪は綺麗だな!」
「ありがとうございます、カイラムさんも綺麗ですね」
「まあな! それよりリオ、私に聞きたい事でもあるんじゃないか?」
「えっ?」
カイラムさんは透き通るような瞳で私を見つめる。
その瞳は全てを見透かしているんじゃと思えるほど、的確な質問だった。
「はい……私アレンさんと昔からの知り合いってアステルの街の人達しか知らなくて……よかったら昔のアレンさんを教えてくれませんか?」
「おういいぞ! リオは命の恩人だからな! アレンの凄いところを沢山教えてやろう!」
ふふんとまるで自分の事のように自慢げにする彼女は、アレンさんとの昔話を色々と教えてくれた。
「それでなー私、ほんとダメダメなんだけど、アレンだけはいっつも最後まで付き合ってくれるんだ!」
「ふふっ、今のアレンさんと変わらないですね」
「そうだなーなんだかんだで優しいからな!」
「はい!」
ニコニコと笑いながらアレンさんの話をする。
けれど、カイラムさんは突然悲しい顔をした。
「だから辛いんだ……アイツを救えなくて……」
「救う?」
首を傾げる私を見ると、カイラムさんはニッコリと笑った。
「でも、リオなら大丈夫そうだな! アレンの事たのんだぞー!」
「えっ、ちょっと!?」
そういうとカイラムさんはバシャっと浴槽からお風呂から出て行ってしまった。
──そして
『ばっ! 裸で来るやつがあるか! 服きろ! てか体ふけ!』
『アレンが拭いてくれよー! 昔みたいにさ!』
『いつの話だ、そんな記憶ねーぞ! おいリオ! 早く出てこい!』
そんな二人のじゃれつくような会話を聞いて、私の心はちょっとの嫉妬と沢山の喜びで溢れた。
「私も裸ですけどいいですかー?」
『いいぞー!』
『いいわけねーだろー!』
だってこんな楽しそうなアレンさんの声、聞いた事ないんだもん。




