旅路の静けさ、胸の奥の嵐
次の日、俺とリオは馬車に揺られながら、ミーナとギルド長の護衛を開始した。
今回の移動は機密任務だ。
エルドラシアへ向かうこと自体が秘匿情報であり、通常の街道や一般馬車を使うわけにはいかない。
秘匿する理由は混乱を避けるため。
ギルド長がエルドラシアへ向かうという事実は、街の住人に魔物による重大事態が起きたのではないかと誤解されかねない。
そのためギルドは前々から、アステルとエルドラシアを繋ぐギルド専用馬車路を用意している。
一般人はもちろん、冒険者ですら許可無しでは近づけない。
アステルからエルドラシア近郊までは、生息する魔物は強くない。
この区画では、俺が御者と護衛を兼ねて前に座り、リオは後方で補助に回る。
エルドラシア近郊に入ると魔物が強くなるため、そこからはミーナが御者、俺が完全に護衛、リオは待機という体制になる。
本当はリオを連れてきたくはなかった。
だがアステルに一人置いておくより、エルドラシアへ連れて行く方が圧倒的に安全だ。
それにリオも街の住人からエルドラシアの噂を聞いていたらしく、特別依頼の話をした瞬間に目を輝かせた。
……あれを見て置いていけるほど俺は冷たくない。
「リオ、言っておくが今回は旅行じゃないからな、お前にもしっかりと仕事をしてもらう」
「分かっています! 私は魔法で魔物を倒すんですよね!」
「あぁ、頼んだぞ」
いい機会なので、本格的にリオへ魔法を教えることにした。
今まで教えたのは基礎知識とシャインレーザーだけ。
そろそろ次の段階に進ませてもいい頃だ。
「さて、そしたらエルドラシア近郊までは魔法の勉強をするか」
「はい!」
今日教えるのは詠唱についてだ。
詠唱とは、一言で言えばイメージの形態化。
酸っぱいと聞けば唾液が出るように、言葉はイメージを引き出す。
魔法も同じで、詠唱という言葉を使うことで事象の発現をスムーズにする。
「シャインレーザーを詠唱して発動してみろ」
「はい、光魔法! シャインレーザー!」
リオの手から光が一本、空へ向かって伸びる。
出力も安定している。よく訓練したな。
「いい出力だ。詠唱だけでここまで出ない。ちゃんとイメージの特訓もしてるな」
「はい!」
詠唱は言えばいいだけではない。
酸っぱいという言葉でも、人によって唾液の量が違う。
過去にどれだけ酸味を経験したかでイメージが変わるからだ。
リオには俺のシャインレーザーを見せ、それを超えるイメージを何度も何度もさせた。
きっとサボらず続けたのだろう。
「あ、魔物です!」
「うん、いいタイミングだ」
シャインレーザーに釣られたのか、魔物が三匹現れた。
まるで示し合わせたかのような登場に、思わず拍手でも送りたくなる。
ありがとう、君たちの命はリオの授業に使わせてもらう。
「よし、そしたら次はこの魔法を教える」
俺は手綱を片手で固定し、もう片方の手の平にマナを集める。
ギルド専用馬車路は広く、馬車を止めても問題ない。
馬は訓練されているため、俺が手綱を軽く引くだけで静かに停止した。
「簡易光魔法──サレマ・ルミナバースト」
詠唱を終えた瞬間、五つの光球が一匹目の魔物の周囲に発生する。
光球は魔物を囲むように軌道を描き、着弾と同時に爆発した。
「す、すごい!!」
「すごいのはここからだぞ」
今度はマナを集めず、詠唱だけを開始する。
リオが息を呑むのが分かった。
「我が意は光を呼ぶ。ここに集え──光魔法、フル・ルミナバースト」
七つの大きな光球が二匹目の魔物の周囲に発生し、先ほどの倍近い爆発を起こす。
三匹目の魔物はガクブルと震え、逃げ腰になっている。
「そして最後!」
俺は手の平にマナを集め、三匹目へ向ける。
光球が三つ発生し、簡易魔法と同じ威力で爆発した。
魔物は全滅。
リオは目を輝かせている。
「さて、違いがわかったかな?」
「詠唱です! 発現する魔法も違いました!」
「まあ八十点ってところか」
リオは嬉しそうに胸を張る。
その姿に、少しだけ口元が緩んだが、直ぐに説明を開始した。
「これから詠唱について説明する」
今の三つは順番に、簡律詠唱・全律詠唱・無律詠唱の魔法だ。
全律詠唱は詠唱時間が長いが、威力が最も高く、詠唱中に必要なマナを自動で集めてくれる。
無律詠唱は即座に発動できるが、威力は低く、マナ調整も全て自分で行う必要がある上、本来詠唱で補うはずのイメージもする必要がある。
簡律詠唱はその中間で、使いやすさが特徴だ。
まとめると──威力の全律、速度の無律、使いやすさの簡律。
シャインレーザーは詠唱が短すぎるため、全律詠唱扱いになる。
光魔法の中では最弱だが、魔法の入口として重宝されている。
「とまぁこんな所だ。詠唱や威力だけじゃなく、マナを集めているかどうかも確認出来るようにしておくといい」
「はい!」
「いい返事だ、リオには簡律詠唱のサレマ・ルミナバーストを覚えてもらう。頑張れよ」
「分かりました!」
そんなこんなで数時間。
陽は落ち、すっかり暗くなった。
「今日はここで野宿をしよう。魔法陣を張る。リオも覚えとけ」
「はい!」
魔法陣とは詠唱の一種だ。
言葉でイメージを形態化するのが詠唱なら、魔法陣は絵で形態化する。
ただ魔法陣と詠唱の決定的な違いは他にある。
魔法陣はマナを貯蓄でき、持続して魔法を発現させられるのだ。
今回は光魔法ルクスガーディアンを魔法陣で展開した。
ルクスガーディアンは魔物避けの魔法で、詠唱で発動するとその場にいる魔物が一斉に退避させる。
これを魔法陣で発動させると、貯蓄したマナが尽きない限り魔物を一切寄せ付けなくなる。
このように、魔法一つでも詠唱と魔法陣で得られる恩恵が違うのが面白い所だ。
その後、生物避けの煙を焚いた。
ルクスガーディアンが払うのは魔物であり、熊や蛇、野良犬などのマナを持たない生物は対象外だ。
そうだ、ついでだから魔物と生物の違いも教えるか。
「これで明日までは大丈夫だろう、ついでだから──」
「えっとえっと……全律詠唱に無律詠唱、簡律詠唱に魔法陣……」
リオの頭から煙が出ている。
授業はここまでだな。
「なに、結局は全部魔法を発現させる方法だ。ゆっくり覚えていけばいい」
「は、はい」
クラクラしているリオと話していると、ミーナが食事を持ってきてくれた。
食事といっても形態食糧の干し肉と乾パンではあるが、ギルドが用意してくれたものだ。
ありがたく頂戴する事にする。
「すまない、助かる」
「大丈夫ですよ。でもリオさん羨ましいです。アレン先生から直々のご指導なんて。本来なら特別依頼でも不思議じゃないのに」
「大袈裟だ、ほらリオが萎縮した」
はわわと挙動不審になるリオを指差すと、ミーナは笑った。
「なんだかカイラムさんを思い出しますね」
「おい、あんな奴とリオを一緒にするな」
「もう、またそんな事いって。カイラムさんに嫌われても知りませんよ」
ミーナに言われて、昔の記憶がふとよぎった。
魔法を使えるようになりたいってカイラムに言われ、一日中付き合わされたっけ。
物覚えはとても早かったが、論理型の俺と直感型のカイラムは相性が悪かった。
まあ結局魔法は使えるようになった上、新しい魔法まで開発したのだが……。
「そのカイラムさんってどんな方なんですか?」
頭を傾げるリオをみて、ミーナが俺を睨んできた。
あんたまだ話してないの?と言いたげだ。
俺の昔話は楽しい話が少ないから喋りづらいんだ、察してくれ。
……とはいえ、ここで断ったところでミーナは絶対に引かない。
どうせ後で、リオさんが気にしてましたよとか言って、結局話すハメになる。
なら、少しくらい話しておくか。
「まぁそうだな……一言でいうと戦闘以外は壊滅的な女だ」
俺は昔を思い出しながら話した。
まずアイツは基本人の話を聞かない。
俺が強くなりたい、って一言を漏らした時だ。
その瞬間、任せてと言い出して謎の薬を調合し無理矢理飲まされた。
力は確かに湧いたんだが、魔物どころか仲間まで吹き飛ばしてしまった。
次の日、カイラムと一緒に仲間全員から説教されたっけ。
「いい奴ではあるんだがなぁ……ちょっと頭が残念なんだ……」
「ふふっ、他にはありますか?」
話し始めると、思った以上に言葉が出てきた。
カイラムの馬鹿みたいな行動も、仲間達の呆れた顔も、今思えば全部が得難い経験だった。
そうだな、リオが催促するしもう一つ話しておくか。
「ん? あぁ、あとはこんな話もあったな」
屋敷の窓掃除をしていた時だ。
カイラムが手伝うというから、水持ってきてくれと言った。
そしたらアイツは水魔法をぶっ放しやがった。
当然屋敷中水浸しで、二人で一日中水をかき出すハメになった事もある。
「あの時は大変だった……多分覚えたての魔法を見せたかったんだろうな」
「ふふっ、それは大変でしたね」
「他人事にみたいに笑いやがって……」
「他人事ですもん! でもそれより私、嬉しいんです」
「ん? 何が嬉しいんだ?」
首を傾げると、リオはクスッと笑って口元に指差した。
「アレンさんが楽しそうに昔の話するの、初めて見ましたもん」
「えっ?」
その言葉で、俺の口元が緩んでいた事に気づいた。
──楽しい。
そんな感情が胸の奥から湧き上がってくる。
そうか……俺の昔話にも、楽しい話は意外とあったんだな。
「そうだな……まぁ楽しかっ──」
──お前さえいなければ俺は死ななかった!!
「アレンさん?」
「……」
何をやっているんだ俺は。
自分の軽率な行いであの幸せを壊したというのに。
それなのに俺は、こうして楽しそうに昔話なんかしている。
そうだ、俺に昔を懐かしむ資格なんてないんだ。
「いや、なんでもない……まあそんな奴だ。もう寝るぞ」
「え、あ、ちょちょっと!」
リオをテントに押し込み火を消す。
そんな俺を見て、ギルド長が口を開いた。
「やはりまだ治っていないんだな」
「なんの話だ、俺は健康だ」
「体の話じゃ……まぁいい。寝ようか」
俺は見張りのため外で寝る。
ギルド長がテントに入ったのを確認してから、地面に寝転んだ。
「ミーナも早く寝ろ」
「……はい」
満点の星が互いを引き立てながら輝いている。
リオやミーナなら“綺麗だ”と笑うだろう。
だが俺には、その光がやけに遠く感じられた。
「チッ……」
焚き火の残り香が、昔の声と重なって不快になる。
あの頃の俺は、もっと違う未来を選べたはずだ。
もっと強ければ、もっと冷静であれば、もっと賢ければ……!
「……治るわけねーだろ」
胸の奥に沈んだ影は、今も静かに息をしている。
星の光が眩しいほど、その影は濃くなる。
天高く輝く一等星に、八つ当たり気味の独り言をつぶやいた。




