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勇気は剣より強く 〜なんでも屋が灯す小さな光〜  作者: かえる
第二章 禁忌と贖罪が交錯する時、エルドラシアは災厄に沈む
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五人の陰と一人の贖罪


 焚き火の明かりがぱちぱちと弾け、温かな橙色の光が五人の影を地面に長く伸ばしていた。

薪が焦げる匂い、夜風の冷たさ、火の温度、すべてが心地よく混ざり合う。


 明日はドラゴン討伐。

本来なら緊張で押し潰されてもおかしくないのに、この夜だけは不思議と穏やかだった。


「お前達! ドラゴン討伐したら何をしたい!?」


 リーダーと呼ばれる男が木のコップを掲げ、焚き火の光を反射させながら豪快に笑う。

その笑顔は、どんな困難でも吹き飛ばすような強さを持っていた。


 青いローブの女が火を見つめ、揺れる炎に瞳を輝かせる。


「魔法の研究をしたいな。私が見つけた魔法で世界を変えてみたいの」


 炎の光が彼女の横顔を照らし、未来への希望がそこに宿っていた。


 続いて、剣の手入れをしていた男が刃を覗き込みながら語る。

刃に映る焚き火の光が揺れ、彼の瞳にも同じ光が宿る。


「俺はまだ見ぬ世界を見たい。いつか新大陸を見つけてみたいな」


 赤髪の女が夜空を見上げ、星の瞬きを見つめながらぽつりと言う。


「私は……一人で生きられるようになりたい。え、なんでみんな目を合わせないの?」

「「「「ごめん、その夢は無理だ」」」」

「なんでよ!!」


 笑い声が夜空へ溶けていく。

焚き火の周りはさらに賑やかになり、火の温度が少し上がったように感じた。


 ただ、その中で一人だけ遠い目をしている男がいた。

アレンは火の音を聞きながら、どこか自分だけ別の場所にいるような感覚に囚われていた。


「どうしたアレン、お前夢とかないのか?」

「分からない……俺が何をしたいのか……」


 アレンはコップの水面に映る自分を見つめる。

揺れる水面の中の自分は、どこかぼやけて見えた。


 そんな彼に、リーダーは腕を組んで言う。


「ならお前、俺の夢手伝え!」

「夢? あぁ前言ってたあれか……」

「そう! なんでも屋だ! 困ってる人を助けるんだ」

「……そうだな、それもいいな」


 アレンがクスッと笑うと、皆が一斉に騒ぎ出す。


「ずるいぞリーダー! アレンは俺と旅をするんだ!」

「違うわ! アレンは私の魔法の実験台になるの!」

「ちょ、ちょっと! アレンは私と結婚するのよ!」

「「「え、かわいそう」」」

「なんでよ!!」


 焚き火の音が静かに響く。

火の粉が舞い上がり、夜空へ消えていく。


 この夜アレンは初めて、誰かの夢を一緒に歩く未来を想像した。

その未来は、焚き火の温かさのように優しく、心を満たしてくれた。


 しかしそれは、叶わぬ未来へと変わる。


「ど、どうなってるんだ!? 逆鱗がないぞ!?」


 ドラゴンは魔法も物理も通らない。

唯一の弱点である逆鱗も見つからない。

仲間の攻撃はすべて無効化され、ただ空気を震わせるだけだった。


「よけろ! ルーサ!」

「えっ!? きゃぁぁぁぁぁ!」


 ブレスが放たれた瞬間、空気が焼ける音がした。

熱風が地面を焦がし、ルーサは吹き飛ばされ重傷。


「くそっ……こんな所で……っ!」


 探求者の彼は翼の一撃で地面に叩きつけられ、血を吐く。


「カイラム、大丈夫か?」

「ごめん、剣も弓矢も使い物にならない……」


 赤髪の女は、ボロボロになった武器を見て顔を伏せた。

武器が砕ける音が、絶望を告げる鐘のように響く。


「……すまん、リーダー、もうこれしかないよな」

「アレン……?」

「俺が殿を務めるから、皆を連れて逃げてくれ!」

「アレン、やめろ!!」


 アレンはドラゴンへ剣を叩きつける。

しかし、剣が先に折れた。

折れた刃が地面に転がり、火の粉のように光る。


 そして無防備になった彼へ、ドラゴンがブレスを放つ。

ルーサが受けたものとは比にならない、世界を焼き尽くすような火力。


「ははっ……カッコつけてこれか……」


 その刹那──


「それは俺の仕事だ!!」

「リーダー!!」


 アレンを突き飛ばしたリーダーは、ブレスに飲まれた。

肉片一つ残らず、ただ蒸発した煙だけが虚しく漂う。


「あ、あぁ……あぁぁぁぁぁ!」

『グァァァァァ!!』


 ドラゴンは、彼の死が無意味だったと言わんばかりに空へ舞い上がる。

その翼が生む風圧が、アレンの涙を乾かしていく。


仲間は全員倒れ、戦いは完全な敗北──いや、一方的な蹂躙に終わった。


「……俺さえ……いなければ……」


 アレンは膝をつき、震える声で呟く。


「俺さえ前に……出なければ……」


 アレン・ヴァルステッドの贖罪は、ここより始まった。


♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢


「久々に見たな……」


 窓から差し込む日差しで目が覚めた。

寝汗が背中に張り付き、息が少し乱れている。

珈琲の香りが鼻をくすぐり、現実へ引き戻された。


どうやらリオはもう起きているようだ。


「……最悪な気分だ」


 昔の仲間とのドラゴン討伐。

忘れた頃に見るその夢は、罪から逃げるなという警告に思える。


「アレンさん、朝ですよ!」

「あ、あぁ」


 そんな俺に、リオは知ってか知らずかいつも通り元気な笑顔で、部屋に入ってきた。

エプロン姿で髪を後ろで結んでいる。

その生活感が、俺の心を少しだけ軽くした。


「あれ、珍しいですね、もう起きてたんですか」

「人をお寝坊さんみたいに言うな、ちょっと湯を浴びてくる」

「はーい、朝ごはんもう出来るのですぐ出てくださいね」

「あぁ」


 浴室に入り、お湯を浴びる。

じわっとした不快な汗を、すべて洗い流した。


「……はぁ」


 しかし気分は全く晴れない。

特別依頼を受けにいくまでに切り替えないと。

今の姿はミーナに見せられない。


「あっ、アレンさん! もう朝ごはんの準備できてますよ」

「あぁ、ありがとう」


 リオは珈琲と昨日の夕飯の残り物、簡素なスープ、そして焼きたてのパンをテーブルに並べる。

パンの湯気がふわりと立ち上り、香ばしい匂いが広がる。


 俺が焼きたてのパンが好きと言ってから、毎朝パンは焼きたてだ。

無理するなと言っても、これだけは引けませんといつもリオは笑う。


「……うまいな」

「はい! 気分は晴れましたか?」

「ははっ、リオにはお見通しか」

「そうですよー!」


 ニコニコとパンを頬張る。

飯よりもお前の笑顔で気分が晴れた、なんて言ったらどう反応するのか。

少し気になるが、恥ずかしくて言えそうにない。


「昨日言った通り今日はミーナから特別依頼を受けてくる。仕事は頼んだぞ」

「はいっ! 任せてください!」


 孤児院の一件からもう二ヶ月ほど時間が経った。

あんなに怖い思いをしたというのに、あの日から寧ろやる気が出ているように見える。

ルカにお姉ちゃんみたいになる、と言われたのが相当嬉しかったのだろう。


 少し談笑して、俺達は家を出た。

リオに任せた仕事は昼頃には終わるだろう。

昼食も一緒に食べれそうだ。


「じゃあ言ってくる」

「はい! お昼ご飯は簡単なものでいいですか?」

「いや、先に俺が帰ると思うから適当に買ってくる」

「分かりました!」


 ギルドへ向かい、いつも通り個室に案内される。

しかし今日は空気が違った。

ミーナの表情は硬く、ギルド長は妙に落ち着かない。


「今日はギルド長も一緒か、何か重大な仕事か?」

「いや大した事ではない、ただちょっと大掛かりでな、頭を下げに来た」

「なんだなんだ、また堕獣狼でも出たか?」

「悪い冗談はやめてくれ……ニーナ、依頼を」


 ニーナは、はいと答えると俺に一枚の依頼書を差し出す。

 ふむ……確かにこれは大掛かりだ。


「エルドラシアまでの往復の護衛だ」


 命脈の街エルドラシア。


 自然の恵みと濃密なマナが溢れる土地に位置する街。

周辺には強力な魔物が蔓延るが、街自体は至って安全。

むしろどの街よりも栄えていると言っていい。


 その理由はエルドラシアの冒険者ギルド、そして充実した防衛施設にある。


 強力な魔物と共に発展してきたエルドラシアは、昔から冒険者ギルドの強化と防衛施設の増設に力を入れてきた歴史がある。

 そのためエルドラシアの冒険者ギルドはどの街よりも大きく質が高い。

そして対魔物を想定した防衛施設は、もはや戦争を始める気なのかと思える程に堅牢だ。


 故に魔物の動きで重大な何かあった場合は、真っ先にエルドラシアが動く。

今回護衛を俺に頼んで来たのも、その件についての話だろう。


「大丈夫だ、問題ない。なにかギルド関係の仕事か?」

「……まあな」

「……」

「……?」


 ギルド長もミーナも俺に顔を合わせようとしない。

なにか隠しているのだろうか?

嫌な予感が胸に広がる。


しかし、俺はもう冒険者じゃない。

ギルドの仕事に口を出すつもりも一切ない。

重大な事なら俺に隠す理由もないし、何か秘密裏に動いているのだろう。


「そうか、それでエルドラシアにはどれくらい滞在するんだ」

「一泊二日だ」


 エルドラシアまでの道中はどれだけ急いでも一泊は必要だ。

滞在時間を合わせると三泊四日だな。


「そうか、なら往復の護衛と滞在で三泊四日だ。準備をしておこう。出発はいつだ?」

「明日だ……すまない……移動手段や野宿用の道具はこちらで準備する」


 明日だと……?

これは本格的にきな臭い。

絶対に関わらないでおこう。


「随分と急だな。まあ構わないさ、護衛するだけだしな」

「そうか、助かる」


 エルドラシア周辺は確かに強力な魔物が多いが、俺が苦戦する魔物は殆どいない。

護衛するだけなら今からでも問題ないくらいだ。


「ありがとうございます。あ、そうだアレンさん」


 ミーナは一つ頭を下げると、パッと顔を明るくする。


「なんだ?」

「カイラムさん今、エルドラシアで防衛兵をしているらしいですよ」

「げっ……なんだか急に行く気が失せたな……」


 カイラム・ヴェルナー。

昔同じパーティだった人間で、戦闘面ではパーティ最強だった。

いや、冒険者最強……うーん人類最強と言ってもいいかもしれない。

なるほど、彼女に防衛兵をやらせたならそこはどの街より安全だ。


 ただなぁ……できればあまり会いたくない相手だ。

悪い奴ではないんだが、あいつの致命的な欠陥にはいつも痛い目を見せられる。


「まあまあ、そんな事言わずに。旧友なんですから」

「はぁ……まあ宿に引き篭もれば会う事はないか」

「あはは……」


 依頼書を手に取り、軽く息を吐いた。


 ──カイラム……元気だといいな。



第二章開始です。

引き続きよろしくお願いします。

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