叫びが紡ぐ絆
「このクソガキがぁぁぁぁ!!」
背後から怒号が響く。
振り返らなくても分かる──男が追ってきている。
木々の間を必死に駆け抜ける。
枝が頬を掠め、土が跳ね、呼吸が荒くなる。
「リオ! 後ろ!!」
その瞬間──男が立ち止まり、腕を振り上げた。
「簡易風魔法──サレマ・ウインドブラスト!!」
空気が震えた。
次の瞬間、暴風が私達を襲う。
「きゃっ──!」
「うわっ──!」
体が宙に浮き、木々の間へと吹き飛ばされる。
私は右へ、ルカは左へ。
視界がぐるりと回り、地面へ叩きつけられた。
肺から空気が抜け、呼吸が止まりそうになる。
「もういい、人質なんて一人でいいだろ」
男の声が近い。
体を起こすと、男はルカの方へ向かっていた。
「弱ってるガキを連れて……女の方は殺すか」
だめ──!
男がルカに手を伸ばした瞬間。
「っ……!」
ルカが地面の土を掴み、男の顔へ投げつけた。
土が目に直撃し、男が大きく怯む。
「ぐっ……てめぇ……!」
「ルカ! こっち!!」
その隙に私達は合流し、手を掴んで再び走り出す。
「逃げ道知ってるのか!?」
「逃げ道じゃないけど、一旦あっちに逃げるよ!!」
──遠距離魔法を打ってはダメな場所?
──そうだな、まずは障害物が多い所だな。
アレンさんから教わった魔法の特性が頭をよぎる。
木々が密集する場所なら、男も魔法を打ちづらいはず!!
私達は木々がより生い茂る方向へと走り込む。
枝が視界を遮り、地面は不安定。
でも──それがいい。
ここではもう遠距離の魔法は打てない!
それにここなら小柄な私達の方が逃げやすいはず──
「なんて、考えてるのか?」
「──ッ!?」
茂みに入り、より視界が悪い場所を探そうとしたその時、男が目の前に立っていた。
さっきまで遠くにいたはずなのに、まるで森そのものから滲み出てきたような、そんな距離感だった。
「ルカ! 後ろに!!」
「お前の方が厄介そうだな」
「あがっ!?」
首が掴まれ、うまく息が出来ない。
孤児院で意識を失った時と同じ状況だ──!
「元とはいえ冒険者相手に森で有利になれると思うなよ?」
よく見ると私達は服が土や泥で汚れているのに、男の服はほとんど汚れていない。
なるほど、確かに逃げ道としては失敗だったかも。
けれどね──私の弟から目を離したのはもっと失敗よ!!
「リオから手を離せ!」
「がっ!? いってぇなぁ!?」
ルカが大きめの石を投げる。
ゴツンと鈍い音がした瞬間、男は頭を抱えてよろけた。
「リオ! 今のうちに逃げろ!」
「ええ!!」
私とルカは逆方向に逃げる。
「もういっちょ!」
「あぶねっ!? このクソガキがぁ! もういい! 女の事なんか知るか! まずはテメェからだ!」
男は激情に任せてルカの方に向かう。
どうやら今度は私から目を離したようだ。
「少しは学習したら!? 光魔法! シャインレーザー!」
「うぐっ!? くそっ!?」
射程距離まで近づき、魔法を放つ。
シャインレーザーはアレンさんから真っ先に教わった魔法だ。
一直線に放つ光線は、威力こそ低いけれど体勢を崩すには十分。
マナ消費も少ないし、まだまだ打てる。
「ルカ! 逃げるよ!」
「分かった!!」
体勢を崩した隙を見て、また樹海へと潜る。
すぐ追いつかれるけど、連携して体勢を崩しまた逃げる。
「この! クソガキどもがっ!!」
「はぁはぁ……ルカ! 逃げるよ!」
「はぁはぁ……分かった!」
私達じゃこの男から逃げ切る事は出来ない。
でも、こうやって撹乱する事で時間稼ぎをする事は出来る。
「──っ!? てめぇら! それが目的か!!」
時間を稼げば稼ぐだけ、相手は不利になる。
何故ならアレンさんが助けに来てくれるから!!
「ガルド、何を遊んでいるんですか?」
「チッ、おせーぞ!!」
振り向くと黒い外套の男が、木々の影から滑り出るように現れた。
「くっ……」
私は致命的な見逃しをしていた。
増援を待っていたのは私達だけじゃないという事を……。
「そちらの男の子は任せましたよ」
その言葉と同時に、足が地面から浮いた。
気づけばセリオという男に、体を抱えられていた。
「リオ!!」
「こっちきちゃダメ!!」
ルカは私の方に向かって走ってくる。
けれどその瞬間、ルカもガルドに捕まってしまった。
「離せ!! 離せよ!!」
「暴れんな!!」
「ぐあぁぁぁぁぁっ!」
腕を掴まれ、地面に押し倒される。
ルカの叫びが森に響く。
「ルカ!! やめて!! 離して!!」
抜け出そうとするけれど、セリオの腕は微動だにしない。
まるで私の体重など存在しないかのように、片手で持ち上げている。
「セリオ! 今どういう状況だ!」
「アレンと女がこの二人を救出しにきました」
「ど、どうするんだ!?」
「とりあえず逃げます、一度体勢を整えてから次の策を練りましょう」
「チッ、いいのかよ、そんなに落ち着いてて!」
ガルドは舌打ちして言い返す。
するとセリオは私の顔を覗き込み、薄く笑った。
「えぇ、人質を得たこちら側が圧倒的に有利ですから」
「──っ」
声が出せなかった。
もう頭が回らない。
胸の奥が完全に折れた。
あぁ……もう……ダメだ……。
私もルカも……捕まった……。
ごめんねルカ……ダメなお姉ちゃんで……。
なんて──言えるもんか!!!
「がっ──!?」
「どうしたセリオ!?」
「こいつが!! 噛んできた!!」
最後まで足掻いてやる!!
「リオッ!!」
「な、このガキ!? 暴れるな!!」
諦めるもんか!! 私が諦めたらルカはどうするの!?
「ルカ! 私と命をかけて!」
「──っ! あぁ姉ちゃん!」
最後まで足掻いて足掻いて足掻いて!!
たとえ力がなくたって!!
「「たすけてぇぇぇぇぇぇぇ!!」」
私には──
「叫んだって誰も──う、うそだろ……?」
「何をしているんですガルド! 早く取り押さえないと──」
信頼できる弟と──
「待たせたな、リオ、ルカ」
「アレンさんっ!!」
助けてくれるパートナーがいるんだから!!
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「近づくな! 人質がどうなってもいいのか!?」
ガルドと呼ばれた男がルカを押さえつけて叫ぶ。
セリオもリオを抱えたまま、冷たい声で続ける。
「そ、そうです! あなたが一歩でも動けば──この子達はどうなるでしょうねぇ!」
「……あぁ、動かねぇよ」
俺の言葉に、セリオとガルドはニヤリと笑う。
「俺はな」
だが次の瞬間には、二人の顔は悶絶へと変わった。
「ぐあっ!?」
「なっ──!?」
二本の矢が、ガルドとセリオの肩に突き刺さった。
「リオ!! ルカ!! 今だ!!」
「アレンさぁぁぁん!!」
「アレンさん!!」
二人はその隙に敵の腕から抜け出し、俺の方へ走ってくる。
「ごめん、ごめんな、怖かっただろ」
「怖かったよぉぉぉぉアレンさぁぁぁぁん!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
震えている。
泣いている。
必死にしがみついてくる。
俺はそんな二人を強く抱きしめる。
讃えるように、癒すように。
「やりましたね! 救出完了ですよ、アレンさん!」
「何自分のおかげみたいに言ってるんですかリットさん、頑張ったのはリオさんとルカさんですよ」
森の影から自警団の弓兵とリット、ミーナが姿を現す。
ミーナは喜ぶリットを冷めた目で見ていた。
「俺……馬鹿だったな……」
「はい、馬鹿です」
「ちょ、ちょっとミーナさん!」
ミーナの即答につい笑ってしまう。
でも本当に、俺は馬鹿だった。
俺一人で背負う必要なんて、どこにもなかったんだ。
誰かに頼れば、二人に怖い思いなんてさせずに済んだんだ。
俺が心の中で猛省した──その時。
「くそっ……逃げるぞセリオ!!」
「えぇ、ここはまずいですね」
ガルドとセリオが逃げようとする。
が、もう無理な話だ。
「足が、抜けねぇ!」
「う、動けない?」
足が土にめり込んでいた。
「逃げられると思って?」
ミーナは魔法で二人の動きを封じた。
相当怒っているのだろう、俺すら震えそうになる怒気を纏っている。
──ただ、それは俺も同じだ。
「お前ら……よくやってくれたな」
身体強化を行う。
空気が震え、風が周りを吹き荒れる。
「や、やめてくれ! 俺達が悪かった!!」
「反省してる!! だからやめてくれ!!」
「そうか……反省しているのか」
拳に力を込める。
空気中のマナがすべて拳に集まり、赤く光る。
「そ、そうだ! いや、そうです! だから殺さないでください!!」
俺はその言葉に、静かに答えた。
「殺さないさ。死んだ方がマシだと思うほどの傷を、体に残すだけ」
俺は全力で拳を振り上げ、そして──
「ただの半殺しだ」
振り下ろした。




