重なる救いと決断
──走れ。
頭の中でその言葉だけが反響していた。
自己嫌悪が胸を締めつけ、呼吸が荒くなる。
全部、俺のせいだ。
森の中をがむしゃらに走り続ける。
赤い土──ルカが攫われる際に発したという言葉。
昨日、薬草採取の時に見た赤い土。
きっとあの周辺だ。
あそこに何かがある。
探した。
とにかく探した。
出会う魔物は八つ当たりのように瞬殺した。
剣を振るうたびに胸が痛む。
倒れた魔物の血が、自分の罪のように見えた。
ほとんど暴走に近い、自暴自棄の捜索。
そんな俺の暴走を、敵が見逃すはずがなかった。
──気配。
振り向いた瞬間、男がそこに立っていた。
黒い外套。
影のように静かな立ち姿。
切れ長の瞳がこちらを観察するように細められている。
薄い笑みが口元に浮かんでいた。
「……誰だ」
男はゆっくりと口角を上げた。
「初めまして。セリオと申します。あなたが探している二人を攫った者ですよ。正確には指示を出した人間ですが」
その言葉を聞いた瞬間、思考が真っ白になった。
「……お前か」
気づけば、セリオの喉元を掴んでいた。
力を込めると呼吸が浅くなる。
だが顔は笑っている。
「お前がリオとルカを攫ったのか」
「ええ、人質としてね」
喉を掴まれて苦しそうなのに、声は落ち着いていた。
その笑みが、俺の焦りをさらに加速させた。
「場所を教えろ。教えなければ殺す」
「私を殺したら手がかりがなくなりますよ?」
その言葉に、思考が一瞬止まった。
セリオは俺の手をトントンと叩く。
離せ、という合図だ。
「逃げたらまた捕まえる」
そう言って手を離すと、セリオは咳き込みながら肺に空気を入れ、不敵に笑った。
「逃げませんよ、交渉しにきたんですから」
「交渉だと……?」
「はい、交渉です。あなた、ここで自害してください。そうしたら二人は解放します」
意味が分からなかった。
俺が死んだら二人を解放する?
交渉になっていない。
「何を言っている……俺が自害したら二人が解放されたか確認できないぞ」
「ええ、ですからこうします」
セリオは手を空に掲げた。
「私には仲間がいましてね……これから空に魔法を打ちます。それが仲間への人質殺害の合図です。あ、ちなみに私の帰りが遅くなるのも二人を殺す合図ですよ」
心臓が止まりそうになる。
「脅してるつもりか?」
「いいえ、交渉ですよ。では考えてください」
セリオのカウントダウンが始まった。
「──5」
一瞬で手元に魔力が集まった。
心臓が痛いほど脈打ち、手の震えが止まらない。
「──4」
無力化する?
いやだめだ、距離的に俺が動くよりアイツが魔法を撃つ方が早い。
「──3」
脅すか?
いや、最初の脅しが効かなかった時点で意味がない。
「──2」
なんでもいい……探せ……逆転の一手があるはずだ……!
「──1」
あ……だめだ……
「ゼ──」
「分かった! 分かったからやめてくれ……!」
俺はナイフを取り出し、自分の首筋に当てた。
刃が首筋に触れた瞬間、冷たい感触が背筋を走る。
もう俺に残された手はこれしか無かった。
「絶対に二人を無事に返せよ」
「ええ、交渉が成立しましたらね」
セリオは自分の首筋をトントンと叩く。
早く、と言っている。
目を瞑る。
すまん、と心の中で謝罪し、ナイフを引こうとした──
「簡易土魔法! サレマ・クリエイトランス!」
詠唱と共に地面が一瞬だけ盛り上がる。
そして土の槍が跳ね上がるようにセリオの腕を貫いた。
「ぐあぁぁぁぁ」
セリオは貫通して血がドバドバと流れる腕を抑える。
マナは霧散し、もう魔法を撃つどころではない。
「ミーナ!?」
俺は声の主の方向へ振り向く。
すると、頬に衝撃が走った。
その衝撃は、崩れかけた思考を強制的に現実へ引き戻してくれた。
「一人で焦って一人で解決しようとして……馬鹿じゃないの?」
ミーナの瞳には怒りが宿している。
けれどその怒りは、責めるものではない。
俺はその瞳を見るだけで、救われた気がした。
「少しは頼ったらどうなのよ」
その言葉に、胸が詰まる。
確かにその通りだ。
もっと早く頼っておけば……
「すまん……でももう……だめなんだ……お前だけでも逃げろ……」
色々な後悔を感じながら、必死に言葉を紡ぐ。
自分の馬鹿さ、弱さが嫌になる。
そんな俺の言葉に、ミーナはため息をついて答えた。
「はぁ……何を言われたか知らないけど、要するにアイツの仲間が二人を殺すよりも先に私達が二人を見つければいいんでしょ」
「……は?」
そんな発想、俺にはなかった。
「やってくれましたね……しかしそれは随分と不利な賭けでは?」
セリオは歯を食いしばり、痛みを押し殺すように笑みを浮かべる。
「それはあなたもでしょう?」
ミーナは一歩踏み出し、セリオを睨む。
「いえ、そもそも賭けにすらなってないのよ。今ここでアンタを捕まえて二人を探す。それなら私達が二人を見つけようが見つけられまいが、あなたの未来は変わらない」
「……」
「さっきの様子的にも魔法を空に打つのが合図なんでしょうけど、それも封じた」
「……」
「それじゃさっさとあなたを拘束して二人を探しにいきますか」
セリオは何も返さない。
ただ、ミーナの一言一言に不快感を感じてるのは分かった。
しかし、すぐにうすら笑いを浮かべる。
「そうですね。ではこうしましょうか」
セリオは息を吸った。
嫌な予感が背筋を走る。
「今すぐ殺せ!!!」
その大声は森中に響き渡った。
セリオの叫びが森を震わせ、遠くで鳥が一斉に飛び立った。
「なんて事を……!」
「あいつ……!」
──最悪だ。
「ではお二人で捜索頑張ってください。その間に私は逃げますね」
セリオは笑いながら森の奥へと消えていった。
胃の奥が冷たくなり、膝がわずかに揺れた。
ミーナの顔が怒りで歪み、拳は震えている。
けれど──
「……探そう! ミーナ手伝ってくれ!」
「最初からそう言ってくださいな」
状況が最悪なのは変わらない。
でも、もう一人じゃない。
ミーナが隣にいる。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
意識がゆっくりと浮上していく。
土の匂い。湿った空気。頭の奥がじんじんと痛む。
──ルカ
はっとして目を開ける。
目の前には、倒れたまま微動だにしないルカの姿。
そのすぐ近くで、私達を誘拐した男が座っている。
低く濁った声が、耳元にまとわりつく。
「なるほどな……娘を人質にすりゃ、アイツも殺せるってわけか」
人質という言葉からして、男が言う娘とは私のことだ。
じゃあアイツって──
「確かに、あの野郎に俺達の捜索を依頼したら終わりだ。チッ……目障りな野郎だぜ」
まさか……アレンさん!?
じゃあこの男は私がアレンさんの娘だと勘違いして──
だとしたらまずい! この男は私達を人質にアレンさんを殺す気だ!!
「チッ……金を持ってこねぇ。まさか逃げたんじゃねぇだろうな」
男は舌打ちし、その場を離れる。
金の話をしているって事は、相手はただの雇われなのだろうか。
いや、今はそんな事よりもルカを起こさないと!
「ルカ……起きて……!」
肩を揺すっても反応がない。
触れた指先が、まるで氷のように冷たかった。
頭から血が流れ、鉄臭い匂いが鼻を刺す。
呼吸は浅く、途切れ途切れ。
「ひどい──! まってて、今助かるから」
私は震える手を必死に抑えてポーチを探る。
ポーチにはアレンさんから預かったカンタル草の回復薬がある。
即効性があり、どんな重傷でも治してしまう代物だ。
「ルカ……お願い、飲んで……!」
口を開かせ、薬を流し込む。
祈るようにルカの喉の動きを見つめた。
手が震えて、薬瓶を落としそうになる。
数秒後──ルカの指がぴくりと動いた。
「……リオ……?」
「よかった……! 逃げるよ、今すぐ──」
ルカを起こし逃げようとする、その瞬間──
『今すぐ殺せぇぇぇぇ!!』
森に響き渡る怒号。
さっきの男とは別の声だ。
まずい──逃げないと!!
「アイツしくじりやがったな……あ? お前どこ行くつもりだ?」
私が立った瞬間、男が戻ってきた。
手には鈍く光る銀色のナイフをもっている。
「私達を殺すつもり……?」
「大丈夫だ。大人しくしてりゃ殺しはしねぇ。そのガキを連れてこっちに来い」
殺す気はない?
ならさっきの声は一体……まさか仲間内で意見が割れてる?
「仲間の指示を聞かなくていいの?」
「あぁ? そんなに死にたきゃ殺してやるぞ?」
「……分かった、そっちに行く」
ルカを抱え、男の元へ向かう。
もちろん、このままルカを渡したりなんかしない。
私はルカの耳元で作戦を囁いた。
ルカはバレないように軽く頷く。
「早くしろ」
「まってよ、男の子を抱えてるんだから」
「チッ……生意気なガキだ」
今分かっている事は三つ
一つ目、男の反応的に、さっきの殺せという指示の対象は私達だ。
二つ目、男は私達を殺す気がない。つまりまだ私達には人質の価値がある。
三つ目、男はこの場から移動しようとしている事。状況的に考えてこの場からの逃走か。
ならやる事は一つ──
「来たわよ、ルカは傷つけないでね」
「それはそいつの態度次第だな」
男はニヤリと笑い、手を伸ばす。
完全に油断している。
ならチャンスは──今しかない!!
「今だ!!」
「なっ!?」
私達は合図とともに左右に分かれて走り出す。
男の横をすり抜け、森の奥へ。
「アレンさぁぁぁん! 助けてぇぇぇぇ!」
「このクソガキがぁぁぁぁぁぁ!!」
逃走劇が始まった。
タイムリミットは──アレンさんが助けに来るまでだ!




