15話 俺の心臓
六カ月前、マドレ侯爵家のエクレーヌに、癒しの力が現れたと連絡を受けたときは、本当に嬉しかった。
聖女がこの国からいなくなって八年の歳月が流れていた。
やっと貴重な聖女が誕生したのだ。
聖女は国の宝だ。俺だけでなく、国民も聖女の誕生を喜んだ。
それに、四つ年下のエクレーヌは、子どもの頃に何度か遊んでやったこともあり、気心も知れている。これから先、何かと頼みやすいと思ったからでもある。
だが、聖女になったとは言え、癒しの力は神聖力を使いこなせるようにならなければ、思うように使えない。
だから俺は、この国で最も安全な神殿の救護室で、騎士たちに癒しの治療を施すことで経験を積んでもらおうと思った。
ところが、侯爵令嬢として甘やかされて育ったエクレーヌは、騎士の治療を嫌がった。
患部の状態を見ることもせず、治ってもいないのに短時間で治療を終わらせる。
平民が多いことと、男の汗の臭いが原因だった。
俺は二十歳になって騎士団長に就任し、実力もなく爵位を自慢するだけの騎士たちを一掃して、実力主義で王宮騎士団を編成し直した。
そのため、平民出身の騎士が、三分の二を占めるようになった。
彼らは訓練に熱心で、大量の汗をかくのは仕方がないことなのに、それを嫌がられては話にならない。
しかも困ったことに、俺が救護室に見に行くと、エクレーヌは俺のそばから離れず、俺の治療をすると言っては、長時間手をかざし続ける。
これでは他の騎士たちに示しがつかないと思った俺は、神殿に行くのを止めた。
エクレーヌの監視は、クリードに任せることにしたのだ。
ところが、二ケ月ほどたったある日
「聖女の様子が変わった」とクリードから報告を受けた。
「お前も見てこいよ」と……。
神官も同じように「聖女様が、成長されました。なんと、世界平和を祈ったのですよ」と言うではないか。
だから俺は、フリュイに頼んで変装用のカツラを作ってもらい、平民騎士ガトーとして彼女の前に立ったのだ。
本当に驚いた。
一生懸命に働く姿は、まるで別人のようだった。
平民も貴族も分け隔てなく接し、汗臭い身体を嫌がることもせず、嬉々として仕事に励んでいる。
俺も治療を受けるために、魔法士に青あざを作ってもらって治療を受けたのだが、「終わりました」と告げるその笑顔が美しく、何度も見たくなって、毎日のように救護室に足を運んだ。
「何度も申し訳ありません」と言う俺に、彼女は笑顔でこう言ったのだ。
「青あざは、一生懸命に訓練をした証ですから、申し訳なく思う必要はありません。私はいつでも何度でも治療しますから、遠慮なく来てくださいね」
その瞬間、俺の心臓が跳ねた。
おそらく、あの瞬間、俺は赤くなっていただろう。
それからは、彼女が城外の治療に出る際は、俺が騎乗護衛をすることにした。
彼女の成長を見たかったこともあるが、俺自身が彼女のそばにいたかったからだ。
貧民街の子どもの事故に遭遇したとき、心無いやじ馬に毅然とした態度で啖呵を切る彼女の姿は、まるで女神が降臨したかのような美しさだった。
彼女の周りに後光がさし、キラキラと光っているように見えたのだ。
彼女は周りを囲むやじ馬たちの視線から、服を脱がす子どもを守ろうとした。
たとえ子どもであっても、興味本位で集まった群衆に裸をさらけ出すのは良くないと思ったのだろう。
だから俺たちはマントで視線を遮ったのだが、彼女の機転と思いやりを改めて感じた瞬間だった。
彼女は倒れるまで神聖力を注ぎ込み、子どもを完全に治療した。
彼女のその姿に、俺は敬慕の念を抱いた。
そして同時に、他人のために後先考えずに行動する彼女を、守ってやりたいとも思った。




