1-13 二番台三回戦 優奈 vs 真琴(二)
第一セット、先に流れを掴んだのは優奈だった。
優奈は岩にせかかる滝の如き猛攻をもって連続得点を挙げ、1-3でサービス権を真琴に返すと、勢いそのままに、点差を突き放しにかかった。
台に張り付くほどの近くに構えて、真琴のサービスを叩き返す。
真琴も負けじと、カウンターで応戦してくる。それら一球一球のバウンド直後を目ざとく狙い、叩いて、叩いて、叩きまくった。
電光石火の如き速攻が、四点もの優位を生んだ。
6-2。
圧倒的な優位を築いていながら、優奈は違和感を覚えていた。
優奈の信条とは、すなわち、相手の反応を置き去りにする速攻だ。
そのためにコンマ一秒でも早くボールを捉え、そして、コンマ一秒でも早くボールを叩き返す。
相手の反応を上回るのが目的であって、反応されてしまっているうちは、効果がないと認めて良いだろう。
加えて言うなら、普段の真琴の態度と言えば、あけすけに言ってしまうなら、どこか鈍い印象がある。
間延びした話しぶりもさることながら、一挙一動を取ってみても、やはり全体にゆったりとしている。
忙しないと言われるこの現代社会に、ついていけるのか、不安になるほどだ。
仮に彼女にストップウォッチを握らせてみたなら、液晶に表示される数字はきっと、普段よりもゆっくりと移り変わる気さえする。
有り得ない話だが、そういうことを想起させるような女の子。
それが、優奈から見た真琴だった。
ところが蓋を開けてみると、ここまでの展開を振り返っても、真琴はほぼ全ての攻撃に対して反応を示して、両ハンドでのカウンターを展開してきている。
得点の殆どは、それらが真琴の側に落ちたり、ネットに引っかかりした、ミスによるもののほうが多い。
優奈の攻撃に反応できず、相手の動きの固まるような、黄金パターンにはまった得点は、僅かにしかなかった。
なんで。
どうして反応されてしまうの。
優位な状況ながら、優奈は焦っていた。
多分、このセットは押し切れるだろう。
でも次のセットはどうだろう。
優奈の卓球の速度に、相手もきっと、慣れてくるはずだ。
そうなったらきっと、今みたいに押し切ることは難しくなるだろう。
脂汗がたらりと、頬から滑り落ちた。
真琴のサービス、一本目。
真琴はフォア側へと体を寄せて、台に対して横を向き、体の正面でなく、前側でサービスを構えた。
フォアハンドサービスだ。
練習での真琴はバックハンドサービスを多用するし、これまでのサービスも、それと同じようにバックハンドサービスだった。
それが、四点差開いた局面で、突然にフォアハンドサービスに変わったのだ。
何かを、仕掛けようとしている。
背筋にビリビリ走る警戒心を自覚しながら、真琴のサービスを待った。
繰り出されたのは、バック側長めの順横回転サービス。
優奈の胸元に、食い込むように伸びてくる。
普段は台に張り付くほどに近付いて戦う優奈も、これには台から離れて対応せざるを得ない。
僅かに足を後ろに動かして、ラケットを振り上げるようにして返球した。
これに対して真琴は、バックハンドドライブで応戦してくる。
ボールが上へ跳ね上がったかと思いきや、大きな弧を描きながら宙を舞い、そして俄に沈んで台に降り立つと、獲物を捉えた蛇のように突進してくる。
直線に近い軌道を描く優奈とは対照的な、回転量の多いループドライブだ。
その力強さに気圧されそうになるも、優奈は冷静にブロックで止めてみせた。
次の瞬間、真琴は台側面に回り込んで、フォアハンドドライブを振りかざした。
先程のドライブよりも低い弧線が、優奈のフォアハンド側を撃ち抜いた。
優奈は思わず、歯ぎしりをした。
続く一本も同じように、バックハンド側への長めのサービスから始まり、そしてバックハンド側対角で撃ち合いになる。
烈火や葵程ではない——というか、あの二人は間違いなく外れ値だ——ものの、真琴のドライブもパワフルだ。
スピードはやや劣るものの、その回転量は決して見劣りしていない。
しっかりラケットの面を伏せないと、ボールが真上に吹っ飛んでいってしまいそうだ。
強いプレッシャーを感じる。
このプレッシャーが、優奈の卓球から、積極性を奪っていく。
真琴のドライブを受け止め続けるものの、それだけでは埒が明かない。
バウンド直後をバックハンドで捉えて、負けじと強く押し込むと、打球はふわりと舞い上がるよりも早く、ネットに捕らえられて落ちた。
四点あった優位も、あっという間に二点に縮まった。
しかも二本とも、先手を取られて、自慢の速攻が発揮できないような、悪いイメージがこびり付いてしまいそうなラリーだった。
ボールを持つ手が、僅かに震える。
なんでもない、なんでもないとうわ言のように呟いてから、ボールを真上へ投げあげた。
結局、第一セットは12-10でなんとか優奈が逃げ切った。
辛くも掴んだ一セット目だが、最序盤は四点差を付けていたことを考えるなら、全く油断ならない。
水筒を取り出して、ひとくち口に含んでから、ゆっくりと、少しずつ飲み込んだ。
続く第二セットは優奈のサービスから。
この卓球というスポーツにおいて、唯一相手に干渉されず、自分の思う通りに打球しうるのがこのサービスだ。
先のセットの悪いイメージを払拭したい今、その権利が自分の手元にある事が、優奈にはありがたかった。
一球目に選んだのは、フォアハンド側へのスピードサービス。
ピッチの早いボールに、真琴の反応が遅れた。
後ろに下がりながら、腕だけで器用にカットをする。
苦し紛れのそのボールは、やや高めに浮き上がった。
チャンスボールだ。
優奈は後ろ手にくるりと輪を描いてから、勢いそのままにラケットを振り上げる、8の字打法で強打した。
金属で打ったような甲高い音がするのと、ボールが台を叩きつけて、真琴の待つフォアハンド側に向けて突撃していくのが、ほぼ同時に聞こえた。
それに、ワンテンポ遅れて打球音が続いた。
優奈の8の字打法よりも、明らかにくぐもった音だ。
そのボールは大きく中空に舞い上がってから、鋭く落ちるような弧を描き、優奈のバックハンド側へすり抜けていった。
0-1。
優奈はぞくりとした。
相手の反応を置いていくどころか、真琴が放ったカウンターに、こともあろうか、反応出来なかったのだ。
嫌なイメージが頭の中で渦を巻く。
何本打ち込んでも、今回のように何本でもカウンターを合わせてきて、やがて力で押し負けるのではなかろうか。
優奈はボールを拾いに行きながら、強めに首を傾げてから、またサービスを構えた。
何がなんでも、この一本は取りたい。
とっておきを使うには早いかもしれないが、なりふり構っていられない。
優奈は台に対して正面に、ラケットを垂直に構えて、ボールを高く投げ放った。
ボールが落ちてくるのに合わせて体を屈めて、右耳のすぐ横で、ボールの斜め下側を切りつける。
伝家の宝刀、王子サーブだ。
部内でただ一人、土日の自主練習に明け暮れていた中学時代の優奈が、必死の思いで身につけたとっておきの一つだ。
全身の屈伸運動の力がボールに加わる為に、抜群な回転量を誇る。
大きく曲がる軌道を描くうえ、その回転量の凄まじさから、まともにボールを捕らえれば、打球は真横に吹っ飛んでいく。
ボールは台の中心あたり、やや長めの位置に落ちた。
真琴はそれを、外側から内側に向けて、ボールの真下を横に斬るような、独特なスイングでツッツキかえしてきた。
ボールはふわりと浮き上がるが、鋭いきりもみ回転が、一目見ただけで明らかなほどかかっているのが分かる。
これはバウンドと同時に、バックハンド側へ向かって、急加速するように曲がってくるだろう。
優奈はバックハンドを構え、ボールは予想の通りにバックハンド側へ急加速しながら曲がって来たが、優奈のラケットは空を捉えた。
2-0。
あまりに呆気ない二失点だった。
ボールを真琴に返しながら、優奈は頭の中でイメージを描く。
真琴のバックハンドサービスに対しては、チキータで先手を打って四球目攻撃に繋いでいこう。
バックロングのサービスに対しては、慌てずにバックハンドで押し込んでいこう。
そこまで決めたはいいものの、真琴が今までに見せてきた粘り強さが、次の展開のイメージを真っ黒に塗りつぶしていく。
先手を取れても、押し切れない。
スーパーでグレートなゴールキーパーが、立ちはだかっているような感覚さえする。
今やっているのは、サッカーでなく、卓球なのだけれど。
どうしたらいいの?
目元の熱さを右腕で拭ってから、優奈はレシーブを構え直した。
真琴は台に対して真正面を向いて、サービスも体の真正面で構えている。
バックハンドサービスが来る。
先に描いたイメージの通り、バックハンドを心の中で構える。
真琴が繰り出したのは、フォアハンド側へのスピードサービス。
バックハンドでのスピードサービスは、ボールを弾き出すのが難しく、使う選手はあまり居ない印象を持っていた。
それを、こともあろうか、あのゆるふわ娘な真琴が繰り出してきたのだ。
優奈はラケットを必死に伸ばすが、僅か数センチ先のボールには届かない。
あれよあれよという間に、三点目さえも失った。
優奈は思わず、天を見上げた。
烈火「さっすがまこちゃん!あれ崩すん毎回苦労するんよなぁ」
七海「れっかでもそうそう打ち抜けやんのか……!?」
葵「どっちかっていうと、ツッツキに手を焼いてそう。真琴のやつ、ごっつい切れてるし」
七海「あっそういうこと!?」




