6-12
暗い廊下を走る。追手は3人ほどで、いずれも足が速い。
このままでは追いつかれてしまう。
だが、付添人が足止めをしたところで、数人の飽和攻撃によって、すぐにやられてしまうだろう。
持っていた薬品で先程の傷を治し、日皇と一緒に暗殺者から逃げている付添人。子供と大人の走る速度は違い、当然追いつかれそうになる。付添人が日皇を抱えて走るものの、相手は暗殺者として訓練された者たちだ。
逃げる者を追い込む訓練もしている。
暗殺者の一人が付添人に投擲武器【手裏剣】を投げつける。高速で向かって来る飛来物を、後ろを向きながら避けるのは難しい。
「うわっ!」
だが、後ろを見ていた日皇が飛んでくる【手裏剣】に驚いてしまう。抱えていたので服を引っ張られて、体勢を崩してしまい階段を踏み外してしまった。そのまま転げ落ちて、偶然に避ける。
体中のあっちこっちを打撲するが、痛がっている暇はない。
階段を落下するように降りて来た暗殺者が、刃を振り下ろしてくる。
ジンジンと響く体中にできた痣の痛みを無視して、すぐに立ち上がって走って逃げる。
「これでもくらえ!」
と、追いかけて来る暗殺者に向かって、日皇が持っていた習字道具を投げてくる。これは勉強のために【インベントリウィンドウ】内に入れていた物だ。
カバンの中に入っていた物が弾け、暗殺者たちに降り注ぐ。
今は夜なので、暗殺者の目には中身が何かよく分からないが、所詮は子供が投げた物。
問題はないと侮った暗殺者たちは、回避することもなく追う。
だが、その中にあった墨汁が弾け暗殺者の目の中に入ってしまう。また、硯や分銅といった重い物もあり、結構危ない物だ。
暗殺者たちは黒い布を身に付けることによって、相手のステータス、スキルの効果を無力化する。だが、墨汁や分銅はアイテムだ。
子供だから、戦闘能力がないから、というのは無力ではないのだ。
目が見えなくなって壁に頭をぶつける不遇な者、または自分から分銅や硯に突っ込んで目や鼻、足の小指などの急所に当たってしまう馬鹿がいる。それでも、運よく勢いが止まったのは二人だけで、もう一人が追う。
これでは、いずれ追いつかれる。
そう思って付添人は日皇だけでも逃がそうとする。
通路は階段と左右の通路がある。
階段へと日皇を放り込もうとする付添人。だが、日皇は自分の袖を掴み、離れようとしない。
「ここを右に曲がるのじゃ!」
「なにを!?」
「いいから! 言う通りにして!」
彼らが下へと行くのではなく、戻るような動きを確認した暗殺者は、一気に加速する。
判断ミスと思ったが、子供だから侮れないというのは先程の攻撃で分かった。
気を引き締め、彼らを追う。
だが、曲がった瞬間、白刃が彼の喉元を切り裂いた。
「いい年して鬼ごっこですか? どうせなら僕も混ぜてくださいよ」
曲がった先にイイ トラマツが居た。
口調は淡々としているが、この場に合わない雰囲気なので寒気を感じてしまう。
穏やかな印象を与えるはずの細目は、こんな時でも変わらないため何を考えているかが分からない。
ただ、振られる刀の刃先が全く見えなかった。
防御も回避も叶わず、暗殺者の体が切り刻まれる。
日皇の能力とは何だったか。
予知、言い換えれば未来を垣間見ると言うことだ。
スキルを幾ら極めようと発言することがない力。
もし自在に使えれば、敵の動き、これから起こる事象を断片的でも把握する。そこから反撃や回避を容易にして、違った結果を導く。
正真正銘のチート。
日皇はあのまま下に降りたら、付添人が刃物で斬殺される場面を幻視したのかもしれない。それの回避に通路を左に向かわせたので、トラマツが居る通路に暗殺者を誘い込んだ。
いや、本人は自覚していないだけで、直感的に自分たちが生き残れる選択肢を選んだのかもしれない。右へ曲がるという選択肢もあったのに、咄嗟に左へと導いた。
だが、ナオトラでも倒せなかった暗殺者。
特殊な布で威力が減衰していることに気付かないので、倒すことに手間取ってしまう。
先程、日皇が足止めした暗殺者も戦闘に加わり出す。
が、彼らの戦闘に加わるのは暗殺者たちだけではない。
彼らの居る横の壁が爆発した。
壁の破片が飛び散り、中からボロボロになった半獣と、そこまで痛めつけたと思われるナオトラが姿を現す。もっとも、半獣クガは破片と一緒に吹き飛ばされる形で現れた。
壁の向こう側は、災害でも起きたように破壊の後で滅茶苦茶になっている。それを起こしたと思われる、半獣とナオトラ。
だが、一方は疲労という概念がないのか、涼しい顔で目の前の敵を睨み付ける。
その際に体から溢れる殺気は、味方であるはずなのに日皇と付添人を震え上がらせた。
「あれ? 母上と戦ってまだ生きているとは驚きです」
「そちらも手間取っているようで」
戦闘中だというのに、世話話でもするように2人には緊張が感じられない。だからといって気が抜けている訳ではなく、会話中に暗殺者が放った【手裏剣】は瞬く間にそれぞれが持っている武器で撃ち落とされる。
1つたりとも彼らや後ろに届くことはない。
暗殺者にとっては状況が最悪な展開となった。
英雄は予想以上に強く、クガでは抑えられない。
さらにトラマツという強敵が来てしまった。英雄から手ほどきを受けており、暗殺者数人では返り討ちに合うだろう。
「……撤退するぞ。合図を」
クガは撤退を伝え、笛を吹こうとする部下。
犬笛の音は人の耳には聞こえないが、犬には聞こえる。これは耳の拾える周波数が違うからだが、獣人や半獣などの種族は文字通り耳が違う。獣の優れた聴覚は、犬なら音を感じる範囲は人間の4倍。猫なら人の8倍にもなる。
手に持つ笛を吹いて合図をこの城に居る全員に伝えようとする。暗殺者の中には人間種も居るが、殆どが囮役で獣人も同伴している。周りの変化に気付かないほど、間抜けになる訓練はしていない。
が、ナオトラが打ち落とした【手裏剣】を拾い、笛に向かって投げつける。寸分違わずに当たり、笛は壊れてしまった。
「何勝手なことを言っているのですか」
「ここまで荒らしたのです。責任くらいは取りましょう?」
ここの城主はナオトラ。その義理の息子のトラマツ。
自分の象徴であるとも言える城を、散々荒らしまわった彼らを逃がすほど甘い人間ではない。
突貫してくるナオトラに対して、殿を務めようとするクガ。
振り下ろされる薙刀を両手剣で弾こうとするが、勢いを止められない。太刀筋を逸らし、反対の手に持った両手斧で反撃する。だが、振り下ろしたところで紙一重に躱されてしまい、捕らえられないのが歯がゆい。
スキルもステータスも無効化するとはいえ、それはダメージに限った話だ。相手の動きが遅くなる訳ではない。また、攻撃が当たった場合の衝撃や痛みを無効化できるわけでもない。
それでも、倒せない相手には多少なりとも驚いたり、焦ってしまう。それが暗殺者たちにとっては隙になるのだが、戦闘中ナオトラの表情にそんな感情は現れない。
あるのは、ただ目の前の敵を殺すといった殺気のみ。
クガはその殺気に怖気づいてしまった訳ではない。
ただ、格が違うことを思い知らされる。
アカザのようなカンスト値のステータスは、単に凄まじいダメージや身体能力を持つことに留まらない。それまでのスキルを育てて来た修練で培われた経験もある。
この世界がまだゲームだった時の戦闘、設定上の戦闘回数を考えると、ナオトラの戦闘経験はアカザよりも上。しかも、実際に体を動かし戦うという経験を重ねているというのなら、その戦闘経験はアカザとは全く違った経験だ。
アカザはキーボードやマウスを操作して、パソコンの画面を通してしか戦う経験がない。その戦闘で得られる物はゲームの感覚と知識、勝か負けるかという緊張感ぐらい。
ナオトラは文字通り質が違う経験を重ねているのだ。
それにナオトラは老婆という外見だが、身体能力が老いてしまった訳でも、スキルを全てランク100にカンストさせた訳でもはない。
つまり、寿命が尽きるまで能力は成長する見込みがあり、経験は溜まり続ける。
その経験の中にはレイドボスも含まれる。
単純にレイドボスの特徴は凄まじい量の【生命力】、ステータスの数値である。アカザやナオトラでも微々たるダメージしか与えられない。さらに最大の攻撃を加えても効いてないかのように平然としており、複数で相手を取り囲み、長時間の戦闘でやっと倒せる敵。
それに比べれば目の前の敵は攻撃を与えれば苦痛を漏らし、投げ飛ばすこともできる。
ナオトラにとっては、脅威を感じるほどの敵ではないと断言できるのだ。
さらに言えば城を滅茶苦茶にした賊である。分かりやすい悪党でもある。
手加減する必要はない。むしろ怒りで叩きのめしてしまおうとも思っている。
だからと油断するはずもない。
斧を躱した直後、すぐにスキルを連続して使う。
それぞれが生半可な【生命力】を吹き飛ばしてしまう威力を持つが、クガの身に付けている黒布が威力を減少させてしまう。だが、幾つもスキルを叩き込んだことで、半獣の体は衝撃で吹き飛ばされてしまう。
通路は直線上なので、後ろに居た暗殺者は逃げ場がない。クガの体を受け止めようとしても、受け止めきれず暗殺者ごと後方に倒れてしまった。
その隙を逃さず、ナオトラは彼ら全員を攻撃範囲に入れられる、天井に飛んで移動する。天井を足場として壊れるほどに蹴って勢いを付け突進する。それと同時に【武器《薙刀》】のスキル【魚鷹】を発動。
薙刀が幾重にも別れて見えるほどの、無数の突きを繰り出す。
薙刀は彼らの体を突き破り、床を粉砕する。残念ながら黒い布の効果は身に付けている者に影響を与えるので、貫通した薙刀の攻撃力が劣っている訳ではない。
英雄の破壊力を受け止められるほどの材質を、ただの木材に求めるのは無理としか言いようがない。
床がなくなり、重力に光れるまま落ちていくナオトラと暗殺者たち。
その間も体を薙刀で貫かれ続ける。
そして、落ちている先はギルドホール。
また、アカザが戦っている場は【封装境内】。ドーム状なので上にも効力を発揮し、身に付けている装備、黒色の布の効力がなくなってしまうのだ。
そんな中でステータスがカンスト値を超えた攻撃を喰らっている暗殺者。瞬く間に白い灰となって、未だ続く突きの濁流に白い灰ごと押しつぶされてしまった。
「ん?」
突然上から天井が粉砕したので何事かと思わず何人かが上を見上げる。
もっとも、戦闘中なので戦況に影響がないかと情報取得をする後衛が余裕があった者だけだ。アカザや前衛のように敵の間近で、鍔迫り合いや剣戟をしている者たちは、チラと流し目で状況を確認しただけ。
そして、また意識を目の前に居る敵に向ける。
その目に映ったのは暗殺者が白い灰になる場面と、ナオトラが暗殺者を倒したことだ。
ならば味方として心強く、杞憂する事態ではない。
ただ、アカザはその味方に不機嫌そうに悪態を吐いた。
そもそも、アカザはこの城の兵士ではない。戦闘にいきなり巻き込まれたので、不満もあった。
「遅い」
「すいません。意外と手間取りました」
律儀に申し訳なく思って謝罪するナオトラ。
着地し、薙刀を構える。
相手の半獣も両手剣、両手斧をこちらに向ける。
「あいつら、あの黒布でこっちの攻撃を軽減しているみたいで、今【封装境内】張っているから、こっちの装備の力もなくなっているけど」
「なる程、そう言う絡繰りなのですね」
「で、あれはナオトラが相手するのか」
「いえ、ただの賊です。私目以外でも止めを刺して構いません」
「あ、そう」
「ただ、確実に殺しなさい」
淡々と話していたのに、ナオトラの一言にゾッと背筋が震えた。なのに楽しそうに唇が歪んでしまうアカザ。怖いのか嬉しいのか分からないが、心がゾクゾク震えるのを感じる。押さえつけろと言われても無理だ。
掛け声はない。
アカザは衝動的に駆け出し、半獣へと向かっていく。
「若造が! 舐めるな!」
「お前たちを舐めてなんかない」
アカザが唇を歪めながら向かった所為だろう。半獣が侮られていると勘違いする。
ナオトラが来て安心している訳でも、楽観視している訳でもない。
ましてや、相手を侮っていることもない。
ただ、体の中から出て来る衝動に任せて、刀を振るいたい。
それだけだ。
「あんたらを、ぶっちぎってやるよ」




