6-9
黒く染まりつつある都市から、2キロメートル離れた森の茂みから【キョウノミヤコ】から派遣されたクガたちが居た。
半獣であるクガの目は遠くから様子を窺うことができる。その視線はある一点、【エチゴ】の天守閣に向けられる。
「そこに日皇が居るのか?」
「はい、日中に城の庭に居る所に目標を確認しています。そのまま城の中に入っていったので、今は寝ているでしょう。その時に付けた【追跡】によって、今も居場所を確認できます」
部下の一人、人間種のくノ一が淡々をした声で報告する。
部下は人間種、半獣、獣人、鬼種など様々で統一性はない。生れは分からない捨てられた孤児が大半だが、忍びの里で一定の修練を終えた者たちだ。
「ナオトラに【追跡】は?」
「見えなかったために、居場所は分かりません」
「そうか」
一番の戦力がどう動くか分からないのが不安要素だが、仕方がない。
「城の入口で派手に暴れる囮に17人。城に居るナオトラは儂が抑える。残りの6人は、護衛が付いていると思われる日皇を連れ去れ。囮は注意を集めるだけでいい。ギルドホールを制圧する必要はない。儂もナオトラを倒せるとは思っておらんしな。日皇を奪取したら合図をし、時間を5分以上掛けずに撤退する」
作戦内容を認識した彼らは統一された装備の上を、黒い布で覆い隠す。視覚の確保のために目だけは覆わないが、口、鼻、耳はもちろん、額、顎まで黒い布で隠す。
「では、散」
クガの一言で、物音も立てずその場から夜の闇に溶け込むようにして、彼らは姿を消した。
あの後、アカザはさっさと【エチゴ】に帰ることにした。トゥルーから仲良くするようにと言われたが、血の繋がった弟の貞操を狙うような姉と一緒に居たくない。
【大陸移動】で【エチゴ】に戻って来た時にはもう夜で、月は出ておらず一段と暗い。所々明かりが見えるが光源が乏しく、今にも飲み込まれそうなほどに暗い。
そんな夜だが日皇が狙われているという情報を確かめるために、城の形をしたギルドホールへと向かうことに決めた。
アポメントも取らずにいきなり現れて会ってくれるかどうかは疑問だが、会わせてくれないのなら侵入すればいいだけの話だ。
城に入る。
ギルドホールと言えば、プレイヤーが所属しているギルドの管理する部屋やギルドへの入会の手続き、掲示板による野良パーティのプレイヤー募集など。主にギルドの集会やプレイヤーの集まりによく使われる。
だが、この世界の住人にとってギルドホールは、その都市の政治をする場所らしい。【エチゴ】では日本の城が、【スカンヴィナ】では王宮が、国会議事堂のような役割をしている。
他にも謁見の間のようなところでもある。
どのように政策をするか、予算税金の計算、今の【エチゴ】は復興が主な議題になっている。都市の様子を見るにある程度、元通りになっている。
だが、殺害されて村からリスポーンする場合、復活ポイントは都市の入口と決まっている。虚ろな精神の疲労は時間の経過で回復していくが、都市から離れた村の復興は遅い。道中のモンスターの脅威や荒らされた畑の整備にはまだまだ時間が掛かる。また、村人たちの滞在に掛かる費用も必要。
経営者や管理人なら頭が痛いことこの上ないだろう。
ギルドホールの受付で、ギルドの設立や入会手続きをする人物に話しかけようとする。現実の会社受付のように、人物を呼んでもらえるか分からないがカウンターまで行って声をかけた。
「すいません。イイナオトラはいらっしゃいますか」
ナオトラに敬称を使わなかったことから、受付の人物が不審な顔をする。
「失礼ですが、どちら様でしょうか? 面会の予約はありますか」
「アカザです。ないです」
名乗っても、受け答えても受付の方には眉を顰めるだけに終わる。アカザの名声は余り轟いている訳ではないらしく、また不審者が来たと思われた。
「知らない名前ですね。お帰り下さい」
と、冷たく突き返される。邪魔なのか、さっさと視界から居なくなってほしいらしく、出ていけと睨んで主張している。
このまま強引に押し切ったらかえって状況が悪化しそうなので、騒ぎを起こさないように忍び込むことに決めた。
「あんたここで何してんのよ」
考えをまとめた時、後ろから声を掛けられた。
振り返ると不機嫌な顔をした巫女、キキョウが居る。
出来上がった書類を運んでいる最中らしく、大量の紙束を両手に抱えている。
「今、天守閣に忍び込もうとしているところ」
「皆の者! くせ者よ! であえ! であえー!」
キキョウの言葉にギルドホールに居た者たちの顔が、一斉にこちらを向く。警備の兵もこちらへと駆け足で向かって来た。
「じょ、冗談だって」
「前に忍び込んだくせに、冗談に思える根拠はないわ」
そう言えば前にも忍び込んでナオトラと喋っているとき、キキョウが入って来たのだった。確かに、また忍び込むのかと考えるだろう。
「ともかく、ナオトラか日皇って今どうしている?」
「仕事で忙しいに決まっているじゃない」
何を当り前なことを言っているのやらと呆れているキキョウ。
「何処かで油売っているあんたよりかは忙しいのよ。ええ、子供だって働いているのに、冒険者と言うろくでなしの穀潰しが羨ましいわ。なりたいとは思わないけど!」
毒舌に磨きがかかっているらしく、流石に心に来るものがあった。子供という認識の日皇ですら働いているのに、自分は何やっているのかと多少だが自己嫌悪に陥る。
「いや、金は稼いでるし」
「じゃあ、都市の復興に力かしているの?」
「素材集めはしているけど」
「無償で?」
「そりゃもうボランティアじゃねぇか! やらないぞ俺は!」
「私たちはそんなことしなきゃならなのよ! 残業時間は軽く3時間延長、なのに残業手当なし!」
「サービス残業だな! 社畜乙!」
「舐めてんのあんた!? 社会的に殺すわよ‼」
アカザなら絶対にやらない仕事内容である。
思わずキキョウに同情したが、仕事内容がブラック企業並みだったので思わず乾いた笑いをしてしまう。そのことが彼女にとっては不服らしく、貯めこんだ不満を爆発させるように怒鳴り散らした。
アカザとキキョウを取り囲んで居た兵士たちは、痴話喧嘩と思ったのか、付き合ってられないとやけになったのかすごすごと帰っていく。
「第一、何でここに居るのか聞いてないんだけど! なに? これ以上の厄介事を持ってきているなら殺すわ! いえ、ここで死んでお願いだから、一回死んで! 私の気が晴れるから!」
「あんた、どれだけ俺が嫌いなんだ?」
「こっちが必死に働いてるのに、あんたは! あんたは――‼」
どうやら自分より働いていない奴をうとましいらしく、今にも掴み掛らん勢いだ。そして、叫んで多少は冷静さを取り戻したのか声を落とす。
「で、何でここに居るの。あんたのせいで話が脱線したじゃない」
「お前が勝手にヒートアップしただけじゃ」
「うるさい。早く要件を言いなさい」
「【キョウノミヤコ】の重鎮たちが日皇を連れ去りたいらしいけど、大丈夫なのか?」
「…………、どうなのかしら。基本この城で面倒見ているから大丈夫だと思うけど」
少なくとも警備兵は居るし、ナオトラもここにおり大丈夫なのではないかという話だった。
「本当に大丈夫なのか?」
「まぁ、流石に英雄並みの敵じゃなければ、こっちで対応できるわ。だからあんたは私の仕事を手伝いなさいよ。汗水流して働きなさいよ」
「嫌です」
「殺してやる」
働けと言われると働きたくなくなるアカザ。それに毎日残業時間が3時間の仕事など就きたくない。そのことを本心で言うと、本気の殺気が彼女の目に宿り睨み付けられる。思わず鳥肌が立った。
「きゃぁあああ!」
思わず逃げようとした時、入口の方から女性の悲鳴が聞こえる。
「ぐっ!? 貴様ら、何を!」
声に振り替えると、警備の兵士1人に何人もが刃物を手に襲い掛かっている。人数に圧倒されて何もできず、そのまま紐が切れた操り人形のように、地面に倒れる兵士。遺体は白い灰となり、無感情に足で踏みつけた。
「貴様ら、何奴!?」
そう声を荒上げた兵士も、何度も斬りつけられる。地面に最終的に首を斬られ頭を転がした。問答無用でこの場の全員を殺すつもりらしい。
兵士たちを殺したのは、体をすっぽり覆うような黒い布で身を包んでいる。口元も黒い布で隠し、髪も額当てが付いた頭巾で覆っているため顔を判断できない。精々目ぐらいしか個々を判断できる要素はないが、その目は無感情で冷たい。
痩せているのか、筋肉質なのか、体格も隠すような服なので判断し辛い。黒子のように思えるが、持っている武器、【苦無】や両手に持った【小太刀】、【アサシンナイフ】などの形状からどう考えても暗殺者。
背丈はバラバラで2メートルの人物も居れば、1メートルぐらいの子供のような身長をする者も居る。目視できる限り10人以上。【索敵】で感じた数は15人を超える。
アカザがすぐに戦闘態勢に入ると同時に、近くに居る人物に手当たり次第に攻撃し始める彼ら。当然、事務員のような戦闘力もない人たちも標的となっている。
「クソが!」
非戦闘員を虐殺する。
思わず、その行為に頭に血が上る。
逃げようとする従業員の背中を、切り掛かろうとする1人の暗殺者を攻撃することで、動きを止める。
スキル群【侍】、【疾風一閃】。
アカザは一瞬にして離れた暗殺者に近づき、体を切り裂く。標的の【生命力】を奪う。だが、一撃死という訳にはいかない。
「ぐっ」
と、声を抑えつつアカザを睨み、痛みで動きは遅いが、手に持った小太刀で反撃してくる。
(ちっ)
アカザは小太刀が振られるよりも先に動き、自身の体に刃が届くよりも先に【小鴉丸《八咫烏》】で相手を切り裂いた。
【小鴉丸】には攻撃動作を速くする能力がある。それがアカザの腕を1.8倍速く動かしている。更にステータスのAGI《敏捷》の恩恵もあり、目にも止まらぬ速さで目の前の暗殺者を切り裂いた。
それでも、目の前に居る暗殺者の【生命力】が0にならない。
【蓮華】は二刀流になっているのでダメージは2倍の【疾風一閃】。通常攻撃とは言えアカザの攻撃力からすれば、【戦闘継続】を使っていてももう既に白い灰になっているはずだ。
だが、2度の攻撃に目の前の暗殺者は耐えた。
どのような防具で身を包んでいるか、黒い布で分からない。だが、武器が店売りみたいなので防具の質も高くはないだろう。
ならば、アカザのように高ステータスの可能性が高い。
だが、痛みに動きを止めず反撃するほどの技量、動きからしてヴィクターのような戦闘に不慣れな者でもない。
ゲームの時、攻撃時に相手の動きが硬直した。だが、この世界では攻撃が当たった時に発する痛み、衝撃、あるいは恐怖や意識によって体を硬直させてしまう。だが、その隙は意志によって克服することが可能らしく、現にアカザのコンボ中に反撃してきた。
ゲームだとアビリティスキルや【付与術】などによって、強化しなければ絶対に起きない現象だ。
だとすると、厳しい修行をしてきた者たちになる。
防具が優れているのではなく、ステータスのみを強化しているだけではなく、鍛え上げた戦士と言えるだろう。
警備の兵士が数人に攻撃されて倒されたことから、攻撃力ではアカザよりも低いが、防御力はそこそこあるらしい。
だが、幾ら低くても囲まれてタコ殴りにされればアカザだって危ない。
相手は複数。しかも全員が手練れ。
隙を作りつつ、常に動き回り攪乱することにしたアカザ。
【フラッシュ】と【サウンド・バン】を【融技】で合わせ発動。
掌から出た光球が弾けると同時に、閃光と高周波が暗殺者たちに五感を狂わさせる。
眩しくて目を閉じている間に【電光石火】を使い、暗殺者集団の斜めを突進する。
【電光石火】の発動によってアカザの前面に、火花と電流が流れる壁ができ、加速する。相手は閃光によって目が眩んでいるので、避けることも防御することも難しく、弾き飛ばしていく。
集団戦で一番嫌ななのは四方を敵に囲まれるパターン。撤退もできず、他方から来る複数人の攻撃を捌けない事態に陥りやすい。
なので、【電光石火】による移動が終了した後、間髪を入れず【疾風怒涛】を発動させ、戻るように移動しながら攻撃する。
追い風に後押しされた無数の斬撃に切り裂かれる暗殺者たち。
しかし、思いのほか彼らの立ち直りが早い。
【疾風怒涛】の攻撃で吹き飛ばされつつも、陣形を組みアカザへの攻撃が繰り出される。
スキルの移動距離を終え、立ち止まったところに何人かの暗殺者がアカザに殺到する。
すかさず距離を取ろうと後ろに飛び退いたとき、鉄の六角鉛筆みたいな手裏剣、【棒手裏剣】が後方に居た暗殺者から幾つも投げられる。
高速で飛んでくる【棒手裏剣】は、意識しなければ目で確認できる物ではない。目の前の暗殺者の攻撃を回避しようと、アカザの反応が遅れ、幾つもの【棒手裏剣】が体に当たる。
瞬間、体が鉛の服でも着ているかのように重くなり、動きが鈍る。
(【鈍化投げナイフ】!?)
投擲武器には【毒投げナイフ】、【麻痺投げナイフ】といったバッドステータスを誘発する種類がある。だが、どれも形状はナイフで、【棒手裏剣】のような六角鉛筆の形状ではない。
恐らく【棒手裏剣】にあらかじめ各種【塗り毒】を使用することで、一定期間蓄積型の異常状態を発生可能になる武器にするアイテムを使っているのだろう。
だが、強化できる武器と使い捨ての矢や投擲武器とを比べると、蓄積量が低い。
しかし、数人が何度も攻撃してきたことで、アカザの【鈍化耐性】に備わっている許容範囲を超え、バッドステータス【スロウ】状態になってしまう。
動きが鈍くなる。そこを攻める暗殺者。
向かうナイフの刀身は、赤黒いオーラを纏う。高火力を叩き出す【アサシネイト】。
だが向かって来るナイフの先端が、突然現れる壁に阻まれる。その隙にアカザは【縮地】を使い暗殺者との距離を一気に離す。
「大丈夫!?」
後ろを振り返ると、キキョウがアカザに向かって手を翳している。攻撃を遮った障壁は、キキョウが【陰陽術】で出した障壁なのだろう。
騒ぎを聞きつけ、続々と警備の兵士たちが集まり、手に持った刀、槍で威嚇する。
正直に言って助かったが、【スロウ】の効果なのか口を開くのも重い。
なので、要点だけ言う。
「あいつらの、飛び道具、【塗り毒】が、加えられて、いるぞ」
口が動き辛いため、途切れ途切れになる言葉。
「分かった。私が全員に障壁を張るわ。それで飛び道具は防げるわね」
「我らは切り込めば?」
「いいえ、ここを持たせて。相手の連携は強いし、錬度も高い。無策に突っ込んでもやられるだけだから防衛重視よ」
警備隊長と即座に陣形を作り、暗殺者集団と対峙する。




