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6-8

 この場には哀れな羊と雌豹のみ。

「さぁ、こっちに来て」

 援軍が来るはずなく、仕方なく彼女の隣に座る。ベッドや布団、シーツ、自体は上質で軋む音もなく柔らかい。快適な寝心地にしてくれることだろう。

 だが、隣の人物は安らかな休息など今は欲していない。


 アカザの背中へと手を回し、女の柔らかさを象徴する膨らみが、肌の僅かに火照る体温が衣服を通して押し付けて来る。きめ細かな肌は柔らかく、暖かい。

 鼻腔にはきつい香水でもなければ、むせるような女の匂いではない、野花のように柔らかな乙女のにおいが充満する。


「さぁ、しよ」

 呟かれた言葉は甘い誘惑で艶めかしく、アカザが血縁関係でなければ頷いていただろう。

 だが、残念ながら姉弟だ。

「ヤダ」

 頭の中で理性が何とか誘惑に打ち勝つ。なんとか一線を越えずに済んだと内心で安堵するアカザ。


「え」

 だが、姉は先程の微笑を凍らせ、段々と表情が抜けていく。

「何でそんなこと言うの? お姉ちゃんは行君に会えなくて寂しかったんだよ。我慢して我慢して我慢して、耐えて耐えて耐えたのに、ここに来てお預けなんて嫌だよ。もうここはあの世界じゃない。姉弟だからS○Xしちゃいけない法律なんてない。そんな法律、あるなら私が法律を変える。合意があれば、ううん、合意がなくても姉は弟に性交してあげるの。そうすれば、姉の良さに弟も気付いてくれて、離れたくないと思うようになるから。それに弟のことを一番よく分かって、思っているのは姉なんだから、円滑な家庭を築けるの」

 姉の目から光が消えていく。背中に回していた手に力が入っていく。マジでやばい。


「そうじゃなくて、いや、やばいこと口走っているけど、姉さんと話がしたいなって」

 このままでは確実に殺されかねない、と思いアカザは何とかしなければならないと考え、思いつくまま話す。


「そっか、そうだよね。ごめんね、結果だけ求めちゃって。話し合いは大切だよね」

 急速に戻り出す目の光を確認できて、安堵した。

 アカザの背中に回していた手も、ひざ元に置き、弟の話を聞く態勢に入る姉。


「それで何を話すの?」

「あ、えっと……その」

 歯切れが悪く、なかなか言い出せないアカザ。

「焦らないで、時間はたっぷりあるから。お姉ちゃんはこのまま行君を見ているだけでもいいけど」

 弟の狼狽姿が面白いのか、微笑ましいのか微笑を浮かべる姉。


「船とか作るらしいけど何でだ?」

「行君が【フレンドリスト】には出てくれないし、メールに返事もないから、船を作って迎えに行くために作っているの」

「一週間に1000通も送り付けたりしないだろ」

「どうして? 心配で心配で仕方がないのよ? やり過ぎという訳でもないでしょう?」

「やり過ぎだから。そんなに心配しなくていいから」

「そうかしら。行君に変な虫が付いたらダメでしょ。特に今は遊郭に寝泊まりしているらしいじゃない」

 アカザの行動が姉に知られていることには今更驚かない。ヴィクターのようなスパイでも送り込んで、【エチゴ】以外の都市の情報収集している。アカザだけ見張る特別な任務を受けているスパイが居てもおかしくない。

「あれは、もうすぐ家を作れるから泊まっているだけで、別に手を出している訳じゃないです、はい」

「うん。行君の始めてはお姉ちゃんにくれるんだね。大丈夫、お姉ちゃんも初めてをあげるつもりだから」

 何がどうしてそう言う結論になったのか。姉は頭が優れている故におかしいのだろうか。


「あげないから、いらないから」

「じゃあ、誰のが欲しい? それとも誰としたいかしら? トゥルーって子? それともシルフィールや前にあったシャム? ヤマブキって遊女? 周りが女の子ばかりでハーレム気分になれてうれしいよね。うちにもハーレム作りましょうか?」

「そ、そんな理由じゃない!」

 まるで自分がスケベ野郎と思われるのは恥ずかしい。例え、本当だったとしても。ましてや家族に知られるのは、隠していたエッチな本が発見されてしまったような気恥しさがある。


「分かってるよ。復興中の【エチゴ】は様々な人で溢れかえっている。住処を壊された者、財産がない者。そんな者たちの仮設住宅に一緒にトゥルーって子を住ませるよりも、周りが女同士で安心できる遊郭なら、婦女暴行にはならないと思ったんでしょ? 優しいね」

「……」

 これだ。アカザの考えを手に取るように読まれてしまっている。

 なのに会話する必要があるのだろうか?


「でもね、行君。守るならこっちの方が断然いいよ。お姉ちゃんが全部守ってあげる。好きな子も、行君もこの城に住んでもらえると嬉しいな」

「それでこの城に監禁か?」

「行君は外に出なくても、働かずに生きていけるでしょ?」

 確かに現実ではアカザはどうしようもない人間だった。ニートなんてパソコンの電気代とネット代金、食事が出るなら、幾らでも時間を潰して生きていける。


「……働くのは今でも嫌だけど、外に出ることが嫌いな訳じゃない」

 だが、もうアカザはニートでも無職でもない。

 まじめに働いているとは言えないが冒険者になった。金を払えばだれにでもなれる職業だが、一応働いて金を貰っている。


「じゃあ、拠点をこっちに移さない? 距離が近くなるだけでいいから、ね?」

 ね? と力強く後押しや決定事項のように言うので、思わず頷いてしまいそうになる。幻惑でもされているかのような、抗い難い姉の雰囲気に首に力を入れて動かまいと決意を固める。

「こっちの方で家を作るつもりだから」

「……やっぱり【エチゴ】に移ろうかしら」

 ぼそりと呟いた言葉は、その気になれば実行するだろう。だが、今アカザに聞こえるように言ったので、今はやる気はない。サプライズ好きな姉なら、突撃訪問くらいならするだろうが、わざわざ事前に何かを悟られるようなことはしない。

 気が付けば逃げ道がない、あるいは罠を張った逃げ道を残しておき一網打尽の状況を作り出してしまう。


 現にアカザは一度は完敗し、二度目は勝たせてもらった。


「いや、ここの城主ですよね? 離れたらいけないんじゃ?」

「そんなの王子のジークフリードにでも任せればいいのよ。この国もただ情報集めのために占拠して、支配して、運営しているだけなんだから。こんなの愛しい弟君と比べたら、ゴミ以下の価値もないよ。それにこんな地位、手に入れようと思えば幾らでも手に入れられるし」

 一つの都市、その頂点の王座や地位、権力をゴミ以下と発言する彼女の目は嘘を言っているようには見えない。こんな姉を慕う国民たちは気の毒で仕方がない。


「いや、それは、どうしようもなくなったら、姉さんの力を借りるかもしれないから、できれば今のまま頂点に立ってくれると俺的にはありがたいんですけど」

「なんなら行君が王座に座ってみる? 行政とか外交、運営もお姉ちゃんが全部してあげるよ。頭や膝を付かない奴や行君の命令に従わない奴、行君のことを飾りの大様なんて嫌味を言う奴が出たら、即座に始末してあげる。それに、どんな料理でも、レアアイテムでも、女でも用意してあげる。けど、正妻はお姉ちゃんだからね?」

 彼女の目は美しい。だが、アカザには何か暗い影が瞳の奥底に沈んでいる気がするのだ。それが歪んだ形の愛なのか、独占欲なのかは分からない。

 だが、どんなことをしてでもアカザの欲求や願いを支援することに偽りはないだろう。

 例えばアカザが世界が欲しいとか言ったら、大真面目に実行しそうで怖い。しかも、実現してしまいそう。


 しかし、アカザは世界など欲しくないし、ましてや姉と結婚もしたくない。

「王様なんてならないから! それに、女王様とか姉さんに似合ってるし!」

「そ、そう? 嬉しい」

 恥ずかしそうに顔を赤くして両手を頬に当てる仕草は、何とも可憐で可愛らしいのだが姉である。家族である。血縁である。

 アカザが幼なじみ設定ならヤンデレであることには目を瞑って、付き合っていたかもしれない。だが現実は、ルーレアは姉。

 いくらこの世界に法律が地方によって違い、定まっていないとしても、モラルの意識から近親相姦はごめんである。


「それに、近親相姦はダメだろ!?」

「法律なんて女王様のお姉ちゃんが変えてみせるから安心して」

「むしろ安心できない!」

 アカザにとっては姉弟結婚の最初の事例になり、モデルケースになりそうで怖い。


「行君は誰とも結婚する気はないんでしょ? 結婚しないのならお姉ちゃんが貰ってもいいでしょ? 養ってあげられるし」

「一生独身でいいよ俺は!」

 結婚しないからと伴侶を選ぶ権利はあるはずだ。昔の政治結婚じゃあるまいし。なのに、現代でも独身でいるのは世間的にダメで、なんで結婚するのが当たり前となっているのか。


「結婚はしなくていいよ。ただ、予行練習で本番しましょう?」

「予行練習じゃなくなっているから!」

 姉のとんでも理屈に声を荒上げる。

「ふぅ、分かった。行君は頑固で我儘なんだから、お姉ちゃんも受け入れるよ」

「俺がどういう風にみられているのか分からないけど、姉さんとはしないから」

 今回は貞操を守れ、安堵する。

「……いけず」

 安堵したアカザを見て、そこまで嫌われていることにいじけた表情を見せるルーレア。しかし、それもすぐに表情を変えて話題を変える。


「だけど、これからどうするつもり?」

「早く【エチゴ】に今すぐ帰るつもりだけど」

「【エチゴ】は今危ない状況なんだよ。日皇を攫って政権を奪い取ろうとしているとか、【キョウノミヤコ】の重鎮たちが色々慌ただしくなっているとか。お姉ちゃんとしてはそんなところに居てほしくないかな」

 言われて体を強張らせてしまう。

 日皇を【エチゴ】に連れて行かなければらない原因になったのは、【キョウノミヤコ】の重鎮たちであるし、ヴィクターや(チート)を与えた姉だ。

 だが、ナオトラに身柄を預けて以降、アカザは何もしていない。厄介事を持って来て、そのまま押し付けた形になっていないだろうか。


 そのことに不安になってしまう。日皇を逃がすだけなら他の人里離れた場所でも、【日の国】以外にある都市でも良かったはずだ。最終的に【エチゴ】に日皇を連れて行ったのは自分だ。

 流石に自分のしたことを見知らぬふりして過ごすのは、自責に心が耐えられない。 


「やっぱ、戻る」

「……そう」

 残念そうに呟いた姉はそっとアカザの肩に手を置き、思いっ気に力を入れて押し倒しに来る。


「え」

 『頑張ってね』『行かないで』などの言葉があるとは思っていた。だが、ここまで来て実力行使になるとは思わない。先程、受け入れないと発言して、今回は諦めたと思ったがへこたれず再度アカザを抱きしめて来る。

 そして、驚いた居るアカザの唇に唇を合わせる。そのまま舌を入れて口内を愛撫し、濃厚なキスを始めた。

「ちゅ、んっ、んー、あむ、じゅっ、んん、ちゅぱ、んあっ、じゅじゅ、あっ――」

 まるで舌が溶けてなくなりそうなキスをされたアカザは、しばし呆然としてしまう。

 急速な事態に体と頭が働かず、心地よい快楽に身を任せてしまいたい。


 その誘惑を振り払って、思考を取り戻す。姉の肩を押して引き離し、口元を拭う。手に薄いピンクの口紅が付着している。

「なにすんの!?」

「頑張って、ていうエールなんだけど」

「エールだったら、ほっぺにちゅ、みたいな感じでいいだろ!?」

「うん。分かった、今からそうするね」

「次じゃなくて今か!? しなくていいから!」

 思考を取り戻しても、いきなりの出来事に動転してしまう。


 そして、ファーストキスは姉になってしまったことに落ち込む。

「ちくしょう。なんでファーストキスの相手が姉さんなんだよ」

 初めては運命の人と、などと乙女のような幻想を持っている訳ではないが、よりによって忌避感のある相手として、しかも興奮してしまったことに自己嫌悪する。


「うふふ。行君のファーストキスはちゃんとお姉ちゃんが貰ったよ」

「ああ、今奪われたよ」

「……うふふ」

 と、何か思うところでもあるのか、暗い微笑を浮かべるルーレア。アカザは直感から嫌な考えが頭を過ぎった。

「……ちょっと待った。まさか俺が寝て居る時とかにしていないよね」

「なにを? 言ってくれなきゃお姉ちゃんは分からないよ」

 突然惚けだす姉に確信を持った弟。


 しかし、部屋には勝手に入ってこれないように鍵をしていた。物の配置が変わったこともない。姉とは生活時間が違うため、擦れ違うことが多く、数日も顔を合わせないときもあった。

 そのことから、家では姉は自分の部屋に勝手に入って来ないと思っていた。


 だがその表情から、ずっと前に自分の貞操がなくなっていてもおかしくないことを悟った。

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