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「くそ! あのババぁめ。何が『こちらで保護いたします』だ。黙って我らに従っていればよいものを!」
「日皇の予知は国を動かすもの。それを個人の雌猫風情に置いたままなどあってはなりませぬぞ」
【キョウノミヤコ】の重鎮たちに日皇個人はどうでもよく、彼にある異能の力だけを欲している。代々の日皇はその予知の力で【日の国】の危機をいち早く察し、また繁栄をもたらした。
だが、重鎮たちは予知で甘い汁を吸いたかったり、日皇の権威も借りたいだけである。自分の損得勘定しか頭の中にない。そして、損をするから日皇を自分たちの所に取り戻し、後は言うことを何でも聞く傀儡としてしまいたいのだ。
(こ奴ら、誇りはないのか)
そんな彼らに使える隠密の首領の一人はため息を吐きたくなった。
自分の姿は物語に出て来る狼男に近いので、野蛮人と思われがちな自分の姿だ。だが、目の前で1人の子供を取り合うような下種野郎から下に見られることに、内心で怒るどころか呆れた。それを認めなければならない自分自身にだ。
狼の半獣クガは、こんな腐った奴らのために厳しい鍛錬で得た力や技を使わなければならないことに辟易していた。
里で腹を空かせ、病に苦しむ子供のために金が必要だから、汚れ仕事をしていくことには納得しているし、覚悟していた。国を守ろるために非常や卑劣な行動なら、クガもまだ理解できた。
だが、ここに居る重鎮たちは自分の権力と金にしか興味がない。
クガとは相容れない連中のため、汚れ仕事で【エチゴ】から離れているときに日皇が出て行ったことに、慌てふためく重鎮たちは滑稽でざまぁなかった。
しかし、表ながら何かを言えない。僅かでも反抗的な態度を取って里への配給がなくなってしまうのは避けたい。与えられる任務は拒否できず、必ず成功させなければならない。
「ええい。貴様が近頃調子に乗った商人を脅すのに時間を掛けているからこうなるのだ! 貴様が【エチゴ】に居る日皇をここに戻らせて来い!」
なので、任務の内容がげんなりするほどに嫌なことでも顔色一つ変えずに、豚のように太り傲慢な重鎮から言い渡された任務を遂行しなくてはならず、クガは頷いた。
頷くしかなかった。
アカザは今日も試行錯誤しながら【木刀】を振る。
そこでふと思った。
(これ実戦で役に立つの?)
アカザの武器がスキルを発動できない【木刀】なら役に立つ。だが、優秀な武器をアカザは何個も持っているため、実戦で【木刀】を使うかと言うとそうではない。
それに何気なく素振りをした時に得たあの感覚も、【マナ】が極端になくなった状態での【レッドワイバーン】との戦闘時、大ダメージで手傷を負った状態で【鬼道丸】と戦った感覚に近い物がある。
一朝一夕で急成長したとは思えないが、実戦の方が速くあの感覚に辿り着けるのではないのだろうかと考える。
一番いいのは装備を整えたナオトラに挑むのが良いと思うが、彼女は仕事で忙しい。シルフィールだとステータスや装備は貧弱で、頂上的な現象を起こせるスキルを使うとすると大怪我してしまう。
なのでモンスターに試し斬りを行うことにした。
【エチゴ】から【サンダーバード】で飛んできて、ある程度の強さを持つモンスターを上空から見つけることにした。
今アカザが発見したのは動物型のモンスター【ブレイドタイガー】。
発達した犬歯が口からはみ出るほどに長く、短刀に使えそうだ。鉛色と黒い毛並みが虎模様を作っている。体格は筋肉質で体長は2メートル。
もっとも目を引く特徴は様々な部位から武器が生えていることだ。肩から前に出る鋭い突起物、腰から横に伸びる翼のような剣、背中は鋸のように幾つもの鋭い牙、尻尾は蛇腹剣になっている。
移動速度も速く、攻撃力も高い。アカザからすれば屁でもないが、村人や【エチゴ】の兵士が出会えば慌てて逃げ出すか、決死の覚悟を抱かなければならない相手だ。
中にはグラフィックは同じだが、ボスモンスターとして昇格している個体も居る。そうなるとアカザでも手焼くほどの強さになる。
【ステータススキャン】で強さを計るとフィールドに徘徊する通常の【ブレイドタイガー】。
どうやら獲物を探しているらしく、森に流れている小川の茂みで体を隠している。川の水を飲みに来た獲物を待っているらしい。
腕試しにと【サンダーバード】を着地させ、【呼び出し】を解除する。一瞬にして白い灰に包まれた【サンダーバード】は消え去った。
【索敵】によって【ブレイドタイガー】の居場所を確認しながら近づこうとするアカザ。
だが、【地図】に表示される赤い三角は、真っ直ぐアカザへと向かって来る。
恐らく、匂いか着地した時の物音かで気付いたのだ。
茂みから飛び出してくる【ブレイドタイガー】。
肩から生えた突起物を突き刺すようにアカザへと突進してくる。
横に飛び退いて回避するアカザだが、横に広がっている腹から生えた剣の攻撃範囲から逃れられていなかった。腰に差していた【膝丸《薄緑》】と【小鴉丸《八咫烏》】を抜刀し、向かって来る剣をいなす。
が、今度は尻尾の蛇腹剣が蠢き、アカザを切り裂こうと襲い掛かる。
スキル群【軽業師】、【ロール】を使い、地面に転がって何とか蛇腹剣を回避。
「ウゥ、ガァア!」
立ち上がったアカザと対峙した【ブレイドタイガー】が唸り声を上げる。
思わず足がく竦みそうになる迫力を宿す眼光。
アカザも意識せずにびくりと体を震わせてしまった。
その動きが【ブレイドタイガー】に伝わってしまったのか、アカザを食い殺そうと駆け出してくる。
大きく開いた咢は、ずらりと並んだ鋭い牙と真っ赤な舌で埋め尽くしており怖い。
だが、【ブレイドタイガー】が目の前の怯えた獲物へと飛び掛かった直後、アカザはスキル群【侍】、【疾風一閃】を発動。
【ブレイドタイガー】の腹を潜るようにして駆け抜け、両手に持った刀を振る。
【ブレイドタイガー】の体が着地した時、痛みでぐらりと揺らぐ。一気に減った【生命力】だが、後2割ほど【生命力】が残っている。
再び見る【ブレイドタイガー】の目は獲物を見る目ではなく、怒りを宿しアカザに殺気を向けていた。
「ガアアア!」
体を中にある怒りを吐き出すようにして放たれた【咆哮】。
最早、音ではなく衝撃波となり、空気が叩き付けられたように感じる。
アカザは体が固まり動けなくなってしまった。その隙を逃さず【ブレイドタイガー】は駆け出す。
今度は突進して肩にある突起物で、アカザに傷を負わせようとする。
突撃槍のように向かって来る【ブレイドタイガー】。
【咆哮】による硬直で回避が出遅れてしまうアカザ。
すぐに【ジャンプ】して突撃を回避しようとするが、出遅れてしまったので完全には回避できず、左足を突起物の先端にぶつけてしまう。
幸いDEFが高いからか足を貫かれることはなかった。だが、空中で体勢を崩しまい、そこを狙うように蛇腹剣が向かって来る。
向かって来る蛇腹剣の先端。
そこに向かって【膝丸《薄緑》】を当て、軌道を逸らす。
難を逃れたものの、受け身を取ることを忘れ地面に無様に落ちる。
すぐに立ち上がろうとするが、足の痛みに一瞬だけ挙動が遅れてしまう。
その一瞬を狙って【ブレイドタイガー】が形態を変化させる。
腹から生えていた剣が前面に突き出る。肩の突起物も合わせて4つの凶器がアカザへと殺到する。
この状態の【ブレイドタイガー】は攻撃力が上がる代わりに、攻撃範囲が狭くなる特徴がある。だが、当たればアカザでも不味い。一撃死はないだろうが、掠っただけで痛いのだから、直撃すればもっと痛い。
そして、動物型のモンスターでもプレイヤーと同じようにスキルを使う。
スキル群【武器】、【ソニックダッシャー】。
空気の壁を破り、白い円錐状に噴射された霧が【ブレイドタイガー】の体に生まれた。瞬間、音を置き去りにして猛烈な速度で迫りくる。
【受け身】を使っても立ち上がった瞬間に攻撃を喰らってしまう。アカザは立ち直るのを諦め、スキル群【侍】のカウンタースキル【交叉法】で迎え撃つ。
だがアカザは今まで、【交叉法】を立っているときにしか使っていない。【融技】で【受け身】と【交叉法】を同時に使っても、どんな動きになるのかイメージできない。
どのように動くか、もう考えることをやめて【ブレイドタイガー】の突進を喰らった後、反撃するしかないかと、アカザは諦めた。
その諦めで一瞬だけ何も考え無くなった瞬間、独りでに体が動く。
4つの凶器がアカザへの体に届く前に近づき下に潜り込む。そこからアッパーを叩き込むようにして両手の刀で切りつつ、【ブレイドタイガー】を空中に打ち上げる。
その一撃で残りの【生命力】を失った【ブレイドタイガー】は、黒い霧となって消滅する。
「今のは【鬼道丸】と同じ……なのか?」
前に戦った時、【鬼道丸】はスキルの剣筋やモーションを変化させていた。
それと同じことをやったのだろうか。
「お前はどう思う?」
腰に備えられた鞘に話しかけるアカザ。その鞘は【暗鬼鞘】と命名されており、それには【鬼道丸】の意思がある。
【似ているようで違うな】
鞘の切羽が動き、【鬼道丸】の重圧がある声が出る。
「……似てるのに違うのか?」
モーションの変化は同じなのに違うのかと疑問に思った。
【簡単に言えば無我夢中や偶発的なものではなく、意志によって刀の太刀筋を変化させた。お前のはただ単に技の自動的な修正だ】
つまり、【鬼道丸】の【火之炫毘古神・加具土命】や【黒之絶断】は自身の意思で太刀筋を変えた。アカザのように追い込まれたり、偶発的に発動したりと不安定な技術ではないのだ。
「どうすればそんな風にできるんだ?」
【素振りでもしてろ】
ぶっきらぼうに言い放つ【鬼道丸】。
【それよりも先程の戦いを聞きつけたのか、周りを囲まれているぞ】
呆れたように言われて慌てて【地図】を見ると【索敵】赤い△が、アカザを中心にして円を描くように複数表示されている。周りを見渡すと木の上や茂みに緑ではなく薄い紫の毛並みが見える。
戦闘態勢を取るアカザだが、その前に気になることがあった。
「思ったんだけど、お前って目はどこにある?」
【阿呆。気配を探っているだけだろうが】
当然と言う風に答えるが、気配と言われてもよく分からない。
「気配ってどうやって探るのさ」
【はぁ。後で教えてやろう】
気配を分からないアカザに呆れたようなため息をする【鬼道丸】。
ちょっとムカついたが、教えてくれると言うので黙っておく。
「ともかくこいつらを倒してからか」
【まぁ、戦ってい最中に悠長に話している暇はないだろうな】
アカザがさっさと終わらせようと駆け出すと、囲んでいた敵は何かを投擲して来る。アカザは【斬り払い】を発動し、――。
「……ただいま」
げんなりしながら玄関の戸を開けて入って来るアカザ。
それにいち早く察したのは、シャムだった。
「……臭い」
「……分かってる」
思わずアカザからしてくる悪臭に鼻を摘まむシャム。
アカザは匂いがきつくて華が機能しなくなってしまった。
「早く風呂に入ってきな! 臭くて堪んないよ‼」
「……これでも水浴びしてきた」
獣人だから鼻が良いのだろう。【常春】に居る従業員たちは眉を顰めアカザを睨むが、クゥカやシャムはアカザに近づきたくないらしく、急速に離れて行く。
先程のアカザを取り囲んで居たモンスターは【ファッンキー】。
紫色でサルにネズミを足して2で割ったような姿をしており、糞を投げて来る。
もう一度言おう、糞を投げて来る。
そして、【ファッンキー】の攻撃手段はこれしかない。
この糞は地面や壁に付着すると匂いが拡散し黄色い嫌な空間ができる。その中に居ると匂いのせいで調理アイテムのステータスブーストが無くなったり、一定時間の効果を発揮するアイテムの効果が切れたりする。
ともかくそんな糞を投げて来る嫌で厄介なモンスターで性格も最悪だ。
その攻撃に当たると【ファッンキー】たちは相手を指さして笑い、踊り出す。
ぷぷー、くすす。
ぷぎゃー。めしうま!
ねぇ、今どんな気持ち。
と、そんな風に挑発するのである。
むしろ、そうやって相手を馬鹿にする以外に精を出さないモンスターだ。
無論、居ても立っても居られず、逃げ回る【ファッンキー】を虐殺しまくった。
が、その後で匂いの空間に長時間いたアカザ。服の繊維にまで糞の匂いがしみ込んでしまっていそうで、もう嫌だ。二度とあんなモンスターと戦いたくない。
そして、体の匂いを落とすためにも必要な物がある。
「石鹸を貸してください」
死んだような声で願った。
一刻も早く風呂に入りたいなんて生まれてから一度も思わなかった。
その日の【農場】の露天風呂は誰も使用しなかったらしい。




