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6-3

 シャムに引きずられて【常春】まで戻って来たアカザ。

 それを待ち受けるかのように仁王立ちしているシルフィール。

 目が座っており、体から溢れ出ている威圧感で空気が重い。


「どこに行っていた。何をしていた」

「ナオトラの所に、その……」

「何をしていた、と聞いている」

「え、あ、その……」

「言え」

 彼女の威圧感に呑まれたアカザはものすごく逃げ出したい。しかし、蛇に睨まれた蛙のように動けない。ナオトラの時とは違う重圧に押しつぶされそうで、小刻みに震えるアカザ。

「……ちょっと、屋根の上で、昼寝でもしようかと、ひぃ!?」

 嘘を吐いても瞬時に見抜きそうなシルフィールには無駄だろうと本当のことを話す。すると彼女の尖った耳が鬼の角に幻視しまうほどに、怒気が噴出する。


「おい、無職。仕事は? 探す気もないか?」


 何の感情もない声がアカザの耳に突き刺さって来る。アカザは体を縮こまらせて何も言わず、ただ相手の反応を待つ。

 先程の言葉がトゥルーの口から言われたら、本当に身投げでもしかねない。この世界では死ぬに死ねないが。


「いや、その……お金はあるし、今はやりたいことも見つけたから、その――」

「ほぉ、やりたいこと」

 きな臭い顔をするシルフィール。


「今までさんざんぐーたら過ごして、突然ふったようにやりたいことが見つかったと。都合のいいものだな」

 確かにこれまでアカザは、働く気概すらなかった。

 それが突然、うって変わって働き出したら何かしら疑われて当然だ。


「それで何をやりたいと?」

「その……つ、強くなりたいなって」

 まるで子供のようなことを言ったアカザは、自分でも言い訳じみていると思ってしまう。


「ほぉ、ならば私が強くしてやろう」

 普段はしない悪い笑みを浮かべるシルフィール。どうやらアカザを逃がすまいとして、師匠エルフとしての本領を発揮する気満々であった。



「127、128、――」

 そして、アカザは【農場】の片隅で【竹刀】を素振りしている。

 キラキラと光るクリスマスツリーや生産スキル【鍛冶】で必要な金床などの設置物が、配置されているアカザの農場。

 ゲーム時代は自分とギルドメンバーぐらいしか入らなかったが、今は【エチゴ】が食料困難になっているため畑に見たこともない他人が作業している。

 そこで時折隣で見ていたシルフィールが、気の抜いた動作をアカザが行えば、補正と叱咤が飛ぶ。


「痛っ」

「腕を振る時は力を抜けとは言ったが、気を行けとは言っていない」

 そう言ってシルフィールは【牡丹槍】でアカザの手をはたき、【木刀】を落とさせる。

 渋々と拾い出すアカザ。


「【ソードマスタリ】、【刀熟達】共にランク100なのだろう。手に感じた武器の感触を確かめ、自然に頭の中に思い浮かぶ振り方をすればいい」

 ごもっともなことを簡単に言うが、アカザにとっては難しいことだ。


 見本があるから真似しろとのことだが、完璧には真似できない。初動なら筆圧や墨の量で文字が変化する。運動なら教材やトレーニングの映像があっても寸分違わず映像通り動ける訳がない。見本とは体重や身長など、様々な違いがある。


 結局はその理想的な手本にどれだけ近づけるか。


 幸い、アカザは最高ランクの情報が沢山ある。意識を傾ければ、頭の中に思い浮かぶ刀の握り方、振り方。アカザはそれを実行しているつもりなのだ。


 だが、シルフィールから見ればまだ合格ラインには達していない。


 いきなり攻撃してきたことに苛立つが、一回深呼吸して心を落ち着かせようとする。前にムキになって力任せにやったら、思いっきり頭を殴られた。


 力を入れないように、箸や卵を持つみたいに【竹刀】を両手の小指と薬指で支えるようにして握る。

 動作を確認するようにゆっくりと刀を持ち上げ、同じ速度で振り下ろす。

 それを繰り返すうちに、段々と速くする。


「腕に力を入れるなと言っているだろう」

 が、速く降る途中どこかで余計な力が入ってしまったのか、横から【牡丹槍】が飛んできて動きを強制定期に修正させられる。

 正直、邪魔が入って一々苛ついてしまうのだが、何度も深呼吸して心を落ち着かせようとする。


「ダメだ。子供よりも劣るみっともない振り方をするな」

「やってられるかぁあああああ!」

 シルフィールの言葉で、ついに我慢の限界に達してアカザは【木刀】を地面に叩き付ける。

「……まさかこんなに早く、自分で言ったことすら投げ出す未熟者とは思わなかったぞ」

 頭が痛いように額を手で押さえるシルフィール。


 手っ取り早く【ステータスウィンドウ】で、STR(筋力)が変化する訳ではない。

 確かに体の動かし方、刀の振り方を身につけ、ステータスの数値以外の力や技術を育てなければならないのは分かっている。

 だが、アカザも集中して【木刀】を振っているのに、横から邪魔をされるのは腹立たしい。意識は乱れ、振り方も雑になってしまう。


「頼む。頼むから少し黙っててくれ」

 ふーふーと肩も動かすほどに荒い呼吸をするアカザ。もし、シルフィールがおふざけで素振りの邪魔をして来ていたのなら、本気で切り掛かっていてもおかしくない。


 段々と呼吸が落ちついて来るのを見計らって、ため息を吐きながら物知りらない子供に言い聞かせる口調で語りかけるシルフィール。

「はぁ。今のお前が強いと客観的に見て言えるとは到底思えないのだが、お前自身は強いと思っているのか?」


 その質問に答えられないアカザ。

 ともかく弱いことは自覚している。

 自覚しているのに自分は強いと嘘を言えるほど、落ちぶれたくはない。

 だが、弱いと言うのもなんだか負けを認めたようで嫌だ。


「……強くなっている最中だ」

 苦し紛れに出て来た言葉はとてつもなく弱々しい。

 だが、これが今できる最大の強がりだ。


「だったら、このぐらいはこなしてみせろ」

 【牡丹槍】を構え、アカザの正面に立つシルフィール。

 アカザも正眼、相手の喉元に【木刀】の先を向けて対峙する。

 

 そして、【牡丹槍】の先についている白い布と綿が付けられた先端が一瞬にして飛んできた。

 気を抜いていなかったアカザだが、【木刀】で叩き落とすことも先端を逸らすこともできず、簡単に間合いを突き抜ける。

 彼女の突きは一切の無駄もない。

 流れるような動作で放たれた一撃は、アカザの高ステータスでも辛うじて目に映る速度。

 体を大きく捻ることで回避しようとするが、それでも頬に布が掠って僅かな熱が生じる。


 槍との戦い方は、ともかく先端の刃を掻い潜るか、槍よりも長い間合いを持つ弓矢や銃などで距離を取って戦うか。

 ただ、相手の間合いで戦うのは良くない。


 次に来る槍の一撃をいなし、間合いに入る。

 相手の突きが予想以上に早くて思うほど簡単ではないが、相手の動きを見落とさないように集中するアカザ。


 だが、向き合っているとナオトラと対峙した時のような威圧感を感じる。自分よりも大きな存在に飲み込まれそうな感覚。思わず距離を置こうと動かしそうになってしまう足に力を入れて踏み止まらせる。


 攻撃が来る。

 穿たれた【牡丹槍】は一瞬だけだが、本物の槍にアカザの目に映る。


 頭が危険信号を発するが、伝達速度が遅いのかアカザの体が鈍くしか動かない。迫る槍先は完全に回避できず、わき腹に当たる。

「かはっ」

 先端が綿を詰めた布とは思えないほどの衝撃に体を硬直させるアカザ。息もつまり苦しい。ステータスのDEF(頑丈)が低かったら、今ので膝を付いていてもおかしくない一撃だ。


 彼女は筋力に頼っていない。

 筋力に頼って戦えば動作に溜めが発生する。

 アカザが素振りで腕の力を抜いているのも、その隙をなくそうとしているためだ。


 ただ単に脱力すればいい訳ではない。体中に張り廻っている筋肉を、200以上ある骨を1つ1つ意識し動かすほどに制御しなければならない。

 そうすることで無駄な動きを排除し、効率的な攻撃へと変わる。

 アカザがナオトラやシルフィールの攻撃を捌けなかったのは、単に身体操作が未熟すぎること。


 ようは自分の体そのものをコントロールできていない。


「まぁ、この程度か」

 アカザの実力を確かめたように呟いて立ち去ろうとするシルフィール。

「ちょっと、待て」

 先程喰らった攻撃の痛みが引いて来て、やられたままで溜まるかとアカザが声を掛ける。が、見限ったようにシルフィールは告げる。

「邪魔されたくないのだろう。教えることも教えたし、後は一人でやって見せろ」

 確かに教えてくれた。後は自分が実践するだけだ。


「……ああ、分かったよ」

 少し、彼女のように武器の振り方の無駄や効率化ができるかと言われれば、不可能と思ってしまい、効率よく学ぶにはシルフィールに居てもらった方がいいのではないかと躊躇った。

 だが、居たら居たで小言を横から言われる。

 元々、1人での作業の方が性に合っている性格なのだから、行ってくれる方がいいとアカザは判断した。


 ――1082、1083、と虚空に素振りを続ける。

 こう数えていると何かが蓄積しているようで、スキルの修練値が上昇しているように思える。

 そうなると、時間の感覚がなくなっていく。今何時だろうとは思わない。素振りをやめたいとも思わない。


 ――5317、5318、と素振りを続けた。

 流石に【スタミナ】を消費したからか疲労が体に纏う。息も上がってきて、素振りの数を口に出さず、心の中で数えている。

 すでに夕暮れ時になっており、空腹にも悩まされる。

 もうそろそろやめようかとアカザは頭の中で思い浮かんだ。


「ふー」

 と、息を整えるために深呼吸するアカザ。

 そうすると、疲労のためか頭がボーとして、水を抜いたコップのように思考が空になっていく。

 その時、先程まで素振りしていた影響か気まぐれに【木刀】を振る。

 

 すっと虚空に線が入った。

 まるで空気を斬ったような感覚。

 だが振っている途中、腕が無くなったような感覚がアカザの脳に疑問を持たせる。

「あれ?」

 少し気になって先程のように振ろうとするが、さっきの感覚を再現されることはなかった。


「あれ? あれ!?」

 先程の感覚を掴みたくてしょうがないアカザ。

 だが、そう思ってしまえば思ってしまう程にあの感覚が遠ざかるような気もする。

 心を落ち着かせようとするが、どうしてもあの感覚を欲しがってしまう。

 数を数えるのも忘れて【木刀】を振る。

 だが日が完全に沈んでも、その感覚は掴めなかった。


「まだ、飯はいいな。うん」

 どうしてもあの感覚を掴みたい。アカザの頭の中はそれだけに埋め尽くされる。

 まるで子供が店に飾られているおもちゃを切望するような思い。

 思えば空腹も我慢しようと思えばできる。

 【スタミナ】も0になった訳ではない。

 自分の欲求に従って、素振りを再開した。




「お師匠さま。アカザさん、まだ帰ってきてないの?」

 トゥルーが未だ帰ってきていないアカザを心配して、シルフィールに声を掛ける。時刻はもう21:00時を回っている。

「……途中で投げ出すか、飯には帰って来ると思ったが」

 予想が違ったことに少し驚いた彼女。

 シルフィールはあの怠惰な性格からして、目を離せばすぐに飽きて投げ出すと思っていた。が、【農場】で作物を育てていた人は帰る夕暮れ時まで、彼が素振りしている姿を目にしていたらしい。


「少し様子を見て来る」

 多少アカザを偏見の目で見ていたので、申し訳なさから彼の様子を確かめに行く。

 一瞬にして景色が変わり、地面の感覚も芝生に変わった。

 未だにアカザが素振りをしていると思われる【農場】の片隅に目を向ける。


 そこにアカザは居た。

 ただ、【木刀】を振り上げているが、振り下ろしはしない。

 そのまま長い深呼吸をして、一瞬だけ呼吸を止める。

 次の瞬間、振り下ろされる【木刀】。


「……違うな。うーん」

 何か考え込んだアカザはだらんと腕を垂れ下げた後、ゆっくりと【木刀】を振り上げ、今度はそう時間を掛けず振り下ろした。

「これも違う」

 そう呟いて、今度は焦点が定まらない目で振り下ろした。


 どうやら単に動作を繰り返すだけではなく、試行錯誤しながら素振りをしているらしい。

 それ故にシルフィールの存在に気付いている様子はなく、ブツブツと呟いては【木刀】で素振りをしてを繰り返している。


 少々気になってシルフィールは【牡丹槍】を構え、アカザに声を掛ける。

「おい」

「こう、じゃない。……これ、でもない」

 周りのことなど気にならないほど、考えを巡らわせ集中しているアカザ。

 仕方なく地面に転がっている石を拾い、軽くアカザへと投げる。


「いて」

 こつんと肩に当たった石に意識が傾いたアカザはそのまま石が飛んできた方向へと目を向ける。

 だが、気がついた時にはシルフィールは【牡丹槍】でアカザに向かって渾身の突きを放っていた。

 このまま行けば数時間前と同じく、体の動きが追いつかず当たる。


 だが、アカザは前回と違い逆袈裟斬りで【牡丹槍】を迎撃しようとする。

 残念ながら、一朝一夕ではそこまで劇的な変化はなかった。


 しかし、【木刀】が槍先に掠り、僅かに狙いが逸れる。

 結果、シルフィールが狙った場所とは違うところに槍先が当たった。


「ちょ、いきなり何!?」

 突然の攻撃に慌てた様子のアカザ。


「……どれだけ呼んでも反応がないからだ。さっさと帰るぞ」

 内心の動揺を悟られないように普段の表情を繕う。

 目の前の人物は才能にあり触れていそうな感じはしない。だから、半日程度で直撃を避けるほどに身体操作が良くなるとは思えなかったのだ。


「いや、忘れないようにもう少しであの感覚を再現したいから――」

「トゥルーが心配しているのだ。四の五の言わずとっとと来い!」

 駄々を捏ねる子供みたいに言うアカザの首元を掴み、自分ごと強制的に【農場】から元居た【常春】へと移動させるシルフィール。


(このまま1年も成長し続けられるか?)

 今は伸びしろがあるだろう。初心者も最初はある程度上達は速い。

 だが、今のまま成長し続ければどうなるか。

 少しアカザのことが気になった。

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