5-9
シャム、クゥカ、シルフィールは天使の後を追い、大樹の中へと入ろうとした。直後、内側から破壊の光が駆け抜け、大樹に大穴を開ける。
「うおぉぁ!?」
クゥカは驚きで変な声を上げながら転んだ。シャムは破壊の衝撃が足元を伝って体のバランスを崩してしまい、そのまま尻もちをついた。シルフィールは何とか耐えるがその瞳はこれでもかと開いている。
そして、その破壊の発生源と思われる人物に目を向ける3人。
そこに居る者は背中からガラス破片のような翼を生やしている。だが、それ以上に彼の纏うオーラ、雰囲気に彼女たちは委縮した。
トゥルーの純白の翼よりも神々しく恐怖を抱いてしまう。
普段発しているアカザの気の抜けた雰囲気が塗り潰されていて、全く似合わない。
「はぁー。やっと出られた」
そんな奴の口から出された気の抜けた言葉は、張り詰めていた緊張感を解くには充分であった。が、アカザが発する雰囲気にどうしても近寄りがたいクゥカたち。
体中の空気を全て吐き出すように長い一息つくアカザ。
隣で気を失っているのかトゥルーが倒れている。もう背中から翼は生えておらず、笏杖は地面に落ちた時に砕け、吸収されていたエルフたちの【創波】も何処かへと流れていった。
「大丈夫なのかい?」
クゥカたちが近寄りがたいみたいで、遠巻きにアカザたちを見つめている。
「俺は大丈夫。トゥルーも気絶しているだけみたいだ」
だが、どうやらアカザの言葉に彼女たちは安心してはおらず、中々近寄ろうとしない。
「……その翼、天使? ……乗っ取られている?」
おずおずとシャムが聞いてきたことで、アカザは未だ【殺神化】を解いていないことに気付く。確かにいきなりこんな翼を生やしたら、先程までのトゥルーと同じく天使に乗っ取られてしまったと思うのも不思議ではない。
「大丈夫だ」
そう言いながら、【殺神化】を解くアカザ。まるで氷のように解けて消える翼に一安心したのか、駆け寄って来るクゥカたち。
「……アカザさん」
その時、トゥルーが目を覚まして声を掛けて来た。いつも通りの元気な声ではなく、今にも寝てしまいそうなほどにゆったりとした声だった。
「……何かね。すごく嫌な夢見てた」
「……そうか」
「だけど、アカザさんが助けてくれたんだよね。それで、大切なことを言われた気がするんだけど、何て言ったの?」
アカザはぎくりと体を強張らせた。
アカザに思い当たるのは、あの告白。
だが、こんな知り合いの居る中でもう一度告白するのは勇気がいる。
「え、えっと、俺はトゥルーが、その、す……」
挙動不審になってしまうアカザ。
「すごく感謝しているって、その……」
あの場限りの勢いみたいなものだったのだ。本人に告白しようと思っても恥ずかしくてヘタレてしまうアカザ。だが、嘘は言っていないのでこれでいいと思う自分も居た。
「そう、なんだ。……ありが……とう」
と、また眠りについてしまうトゥルー。駆け寄るシルフィールがトゥルーの寝息を確認したのか落ちついた表情を浮かべる。
すやすやとあどけない表情で眠るトゥルーに、アカザも良かったと安心した。
だが、騒ぎが収まったのが分かったのか、ぞろぞろと里のエルフたちがアカザたちを取り囲んだ。
しかし、エルフたちのステータスは余りにも低く、アカザとは月とスッポン程の差があるため脅威にはならない。
むしろ、眼中になく、早々にアカザは封印されている天使の方に目を向けた。
「トゥルーを頼んでいいか?」
「……何をする気だ」
「全部終わらせるだけだ」
ゆっくりとした動作で呟く。
「サブへ変更、Sfit2 F4。サードに変更、Shfit7 F7。メインに変更 Shift3 F6。Shift――」
ブツブツと呟きながら封印された天使へと歩くアカザを不審に思ったか、エルフが弓矢を向けて来るものの無視。
ショットカートに登録されている装備をメイン、サブ、サード武装を全て変更。
サブ、サード武装は能力を向上させる補助装備。クリティカル発生を誘発する【激運の777刻印】、攻撃力を増幅させる【破壊巨人の魂】。
防具も【八竜】シリーズから、【ボイイ】シリーズに換装されている。本来は牛のような角が印象的で、篭手や肩から生えるような装備である。しかし、見た目は【ファッション装備】に着装している【錬金術師コート】と変わっていない。
だが、純粋な攻撃力上昇、時折ではあるが物理系攻撃2倍ダメージ、クリティカル発生率上昇、敵愾心向上スキル強化などの能力はしっかりとアカザに反映されている。
そして、メイン武装として【女神装具《黒》】を外して、強大な鉄槌を代わりに持つ。
打撃による最高威力を目にしただけでも理解できる。
数多の低確率でしかドロップしないレアな鋼材を、素材にして作られた両手武器のハンマー、【剛鋼獄大槌《堅金剛》】。
武骨で着飾らない鉄塊だが、単純な威力は打撃武器の中で最高峰。
それを天使が封印されている方に向ける。
アカザが今回選択した武装は攻撃力特化型にするためである。
いつものように二刀流、複合武器である杖、特殊装備では様々なスキルを発動できるものの、威力が補助武器などで特化されている数値と比べると攻撃力が格段に違う。
代わりに、【軽業師】のスキルに制限が掛かったり、移動能力が低下していたりするが、今は必要ない。
「き、貴様! 動くな!」
エルフが、アカザに向けて弓を構えて吠える。だが、【剛鋼獄大槌《堅金剛》】の巨大さ、それを軽々と背負うアカザに怯えている。
何の脅威にもならないと判断したアカザの手が止まることはない。
ついに、天使の元まで来たアカザは大きく鉄槌を振りかぶり、スキルの発動態勢を取る。
「ま、待て! 待てと言っているだろう!? 何をする気だ!」
エルフの喚き声が合図だったかのように、アカザが思いっきり鉄槌を振るう。
超重量の鉄槌はアカザが発動したスキル、スキル群【暗黒騎士】、【デスペレート】。そして、スキル群【武器《両手槌》】、【ヘビィアタック】。同じく【パウンドスイング】、【アイディンティ・シャッター】を【融技】で融合された攻撃を放つ。
アビリティスキル、【デスペレート】によってアカザのステータス、DEF、防御力が0になるまで低下する。その代わりに攻撃力が大幅に増加し、攻撃されても硬直や吹き飛ばされたりしなくなる。
【へヴィアタック】は相手の頭上から槌で叩き付ける。【スタン】などの異常状態が発生しない代わりに、その攻撃力は初期に覚えるスキルとは思えないほどに威力が出る。
【パウンドスイング】は超重量で両手で持たなければならない槌を、まるで小枝を振るうかのように連続して相手に叩き付けるスキル。その攻撃回数はチャージした分加算され、アカザは最大回数の5回を瞬く間に、封印されている天使に叩き付けた。
そして、最後の【アイディンティ・シャッター】は相手の発動中のアビリティスキルの効果、モンスター能力や種族の特徴を一定時間、機能させなくする付与効果を与える。
それらのスキルが合わさり、5連続の両手槌による破砕が行われる。
一瞬、アカザの持っている【剛鋼獄大槌《堅金剛》】が5つに増えたと思えるほどに手速い動きで、天使に叩き込まれた。
地震が起きたと勘違いして今いそうな振動が大樹に伝わり、空気が破裂したような衝撃波が吹き荒れる。
その場に居た何人かは衝撃波で体勢を崩し、吹き飛ばされたり何かにしがみ付いたりする。それでも尻もちや膝を付いてしまう程の攻撃。
そして、先程のトゥルーに憑依した天使の戦闘やアカザが放った【黒天女の祝福】によって内側から破壊された大樹。耐久限界が近かったのか、べきべきと嫌な音を奏でながら、幹が徐々にへし折れ崩れていく。
だが、そんな状況をアカザは気にしていない。頭上から家具やよく分からない実験器具、木片が降り注いで来ようと、アビリティスキル【デスペレート】を解除して防御力を戻せば大したダメージにはならなかった。
エルフたちは壊れていく大樹から逃げ出し、混乱に紛れクゥカたちはトゥルーを連れて、大樹から退避している。
【剛鋼獄大槌《堅金剛》】はクリティカルが発生した時、相手に与えるダメージは2倍になる。先程の【シャッター】の効果で一定時間は【天使】が持つ各ゲージが徐々に回復する特性、【天使・サドキエル】の能力である【生命力】が減るほど防御力が増加する能力は失われている。
が、【主天使・サドキエル】はその辺に居るモブモンスターではなく、ボスであり【生命力】は2億を越えている。
封印され、反撃できず、身動きもできない天使。だが、未だに【生命力】は削り切れておらず、アカザは次々とスキルを発動する。だが、【主天使・サドキエル】は【生命力】が多い。
普通なら長時間、複数で攻撃を与え続けてやっと倒せる存在だ。
だが、1人で倒せない訳ではない。
「ぶっちぎってやる!」
相手は無抵抗で、こちらに何にも制約はないのだ。
大樹が完全に崩壊しようと防御力や【生命力】が高いアカザは生き残る。
造作もない。
むしろできない方がおかしい。
あのエルフたちのように逃げ出すなんて論外だ。
全力で鉄槌を何度も何度も叩き付ける。
鉄槌を振るうたびに豪風が吹き荒れ、叩き付けられるたびに地震が起きたように自分の立って場所が揺れる。目の前で爆発でもするかのような衝撃と手に伝わる振動。
それが、大樹の崩壊を加速させていく。
その一撃一撃がアカザの心情を表す。
こいつはここに居ちゃいけない。
エルフたちが【天使・サドキエル】をこのような仕打ちをしたのだろう。
エルフは長寿で、何百年もここに封印されていた可能性もある。
指すら動かせず、理不尽な目に合っていた。
深く考えれば被害者の一人になる。
だが、関係ない。
トゥルーに危害を加え、トゥルーを騙った。
それだけで十分だ。
「さっさと死に戻りしろ!」
【インパクト】、【スマッシュ】、【剛懐】。次々と威力が高いスキルを【融技】で合わせ発動していく。
威力重視のスキルが合わさり、万を超えるふざけたダメージ数値をはじき出す。
それと同時に【スタミナ】消費による疲労感が出て来るが、息つく暇もなくアカザは鉄槌を振るい続ける。
防御力重視で【生命力】が高い【主天使・サドキエル】も、大樹が完全にくの字に折れた時に、ちょうど【生命力】が完全になくなった。
「貴様ら! なんてことをしてくれる!?」
「そっちこそ! こんな子供を食い物にしてるんじゃないよ!」
エルフたちがクゥカ、シャム、トゥルーを睨みながら弓矢や杖を掲げ狙いを定めている。罵りの言葉もエルフたちの口から浴びせられるが、負けじとクゥカも野獣のように威嚇しながら叫ぶ。
一食触発であったが、シルフィールがエルフたちの射線上に居ることによって、限界まで引き絞られた弓の弦も、魔法の風や水の玉も放たれることはない。
「お前たち、そこをどけ」
「いけませんシルフィール様! この村の存在を知る者を帰せると思うのですか!?」
「いい加減にしろ!」
シルフィールもトゥルーがこのような目に合わされて、堪忍袋の緒が切れた。
「族長たちが何をしていたのかは分からん! 知りたくもない! だが、あの天使のことを隠し、挙句の果てには制御に失敗し里を、森を破壊した! 結界すらも無くなったことも無関係ではない! その者たちの命がなくては動けぬのか!」
「それはそこの半端者が制御に失敗しただけ――」
「まだ、他人を見下し、高を括るつもりか! いい加減恥を知れ!」
先程の何でもトゥルーのせいにしようとするエルフの言葉に激高するシルフィール。
それに呼応するように、崩壊した大樹から光の柱が立ち上がる。
周りの瓦礫を吹き飛ばし、中心部には何も被害を受けなかったように佇む男が1人。
ゆらりゆらりと、まるで幽鬼のような足取りでこちらに近づいて来る。
エルフたちはまるで化物でも見るかのように、体を震わせ立ち竦んでしまう。
そして、こちらまで来た時、ただ一言「行くぞ」とだけ言った。
その顔色から疲労していることは分かる。
だが、先程の【神化】状態の雰囲気よりも危ない感じが、アカザから放たれているような気がした。
だがそれでも、高慢なエルフはアカザに向けて暴言を吐く。
「貴様! 天使を倒したのか!?」
「当たり前だろ」
「な、んだ、……と」
絞り出すようにして声を出すエルフだが、アカザの方には彼らの今後に興味はない。
【主天使・サドキエル】の力を利用していた結界はなくなり、壊滅状態の森に彼らの住処、挙句の果てには族長たち不在だ。
前にモンスターに破壊されかけた【エチゴ】を思い起こすが、あの時のように手を貸す気などないし、元より遠慮する必要もない。
アカザは精々、霜でも食って生きてろと思った。
【大型黒騎竜】を呼び出し、ここを離れようとしたアカザ。
突如現れた巨大な竜の瞳に睨まれたと思ったのか、顔を蒼ざめて体をわなわなと震わせ、歯をガチガチ言わせるエルフたち。
もはや彼らにアカザを如何こうしようという気概はない。
精々、犬のように野垂れ死ねくらいしか思わない。
流石に巨大な龍の召喚にはシルフィールやジャムも驚いている。クゥカは以前見たことがあるので、むしろ意気揚々として【大型黒騎竜】の背中に上り始める。
それに続いてシャムも背中へと乗る。
最後にトゥルーを抱えているシルフィール。だが、未だに森を守らわなければならない使命感があるのか、逡巡している。
「行くぞ」
気だるげに、アカザはシルフィールを猫でも摘まみ上げるように、首裏を掴んで無理矢理【大型黒騎竜】の背中へと運ぶ。
「お、おい! 私は――」
「いいから、黙って攫われろ」
狼狽するシルフィールを問答無用で乗せた後、【大型黒騎竜】が翼を広げ飛び立つ。
まるで地上に居るエルフたちを嘲笑うかのように、届かないほどに高く。
トゥルーは夢を見ていた。
今にも崩れてしまいそうなほどボロボロの小屋に、突如ドアが開いて両親が迎えに来る夢。
だが、母親はトゥルーの目の前で居なくなった。
母親がエルフだったので、父親は人間種だろう。人間種など里に居られるはずがない。
エルフの里に人間種が来たことはアカザを除いて他になく、トゥルーの記憶を消されているなら探しに来る可能性は低い。
何度も見たトゥルーの叶わない願望。
もう、夢ですら両親と会うことはない。
だからこのままボロボロの小屋に居るのかと思った。
一人うずくまって泣き続けるトゥルー。
そうしていると、ドアが蹴り被られる。
ずかずかと遠慮なく小屋に入ってくるのは両親ではない。
アカザだった。そして、トゥルーを見るなり困ったようで長いため息を吐く。
この嫌な場所から自分を連れ出してくれる人物は、ちょっと気だるげで頼りない顔をしている青年。
猫背でかっこ悪くて、意地悪で、面倒な性格をしている人物。
だけど、ボロボロの小屋で震え泣いている自分を暖かく抱きしめてくれた。
それから、たった一言「行くぞ」とだけ告げるアカザ。首根っこを掴んで、強引にボロボロの小屋から連れ出してしまう。
なんて最悪。
白馬の王子とは思えない行動を取る。
だが、それでも。
この嫌な場所から飛び出し、いろんな景色を見に行く。
その景色は色鮮やかで美しく、胸の鼓動が高鳴っていく。
いつの間にかトゥルーや彼以外にも沢山の人が、一緒になって歩いてくれる。
その集団の中に居る自分は笑って、アカザと、他の仲間も笑いながら歩いて行く。
巨大な龍の背中に乗って寝て居たトゥルーはおぼろげながら目を薄く開ける。
アカザは遠くの空を見つめ、クゥカは下の移り変わる景色を眺めていた。シャムは高い所が苦手なのか鱗を1つ1つ数えていた。自分を抱えているシルフィールは、後ろを向いている。エルフの里に何か思うところがあったのだろうか。
ともかく誰もトゥルーに目を向けていなかった。
だが、今は気付かれて誰かに何か喋りたい気持ちにはなれない。
【大型黒騎竜】を疾風のように飛ぶように操作するアカザのせいで、強い風が頬を撫でる。
疲れた体にはこの風が気持ちよかった。
彼が引き起こしている風に乗ってどこまでも、どもまでも行けるような気がする。
だから、今は彼が引き起こす風に包まれて居たい。
きっと夢で見た景色が見られる。
何の根拠もない。
だが、傷ついた心に何かが満ちていくような感覚にある。
それはとても心地良いから、この風が吹いている間は誰にも邪魔されず、浴びていたいと思い、再びを閉じた。




