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5-8

 散々と嫌な光景を見せつけられた。

 エルフたちの見下す視線。それを感じるトゥルーが、そのエルフたちを殺してやりたいと思っていたこと。

 シルフィール好意を素直に受け居られなかった。徐々に訓練が厳しくなり嫌になって投げ出したかったこと。

 眠れない夜に自分を捨てた両親への恨み言をボロ小屋の中で幾つも呟いていたこと。


 憎悪、悪意、嫌悪。

 様々な負の感情がトゥルーの声で聞こえてきた。


「……」

 そんなものを無理矢理見せられ、聞かされながら辿り着く。

 トゥルーの心の奥底までアカザたちは来た。


 灰色の空間の中、アカザと彼女は漂う。

 もっと奥へと沈んでいく。

 アカザはさっさと帰りたい。

 目の前の光景は嫌で、目を背けたくなる。


 だが、我慢しないと、天使を倒さないとトゥルーが帰ってこない。

 体が震え、その震えを、恐怖を和らげるように背中から彼女がアカザに抱き着いて来る。

 彼女が居るからアカザは立ち止まらず、振り帰りもせずにここまで来れた。


 そして、もっと奥に行こうとした時、声が聞こえる。

【来るな】


 声のした方に目を向けると、そこにはもう一人のトゥルーが居た。

【消えろ】

 トゥルーの声で強く拒絶される。


【これ以上、私の心を見るな】

「アカザさん。あれが天使だよ。……さぁ、トゥルーを助けて。あの天使を倒してトゥルーを救って」

 耳元で囁かれる。


 トゥルーを助けるためには天使を倒さなければならない。

 一歩、近づく。


【おまえなんか嫌いだ】


 トゥルーの姿をしているモノに刀を振り上げる。

 刀が届くように、相手を傷つけられるように近づく。


【みんな嫌いだ】


 体の中が気持ち悪い。早く帰りたい。

 あと一歩で、目の前の者に刀を振り下ろせるほどに近づく。


【嫌い、嫌い、全部嫌い、大っ嫌い!】


 その時、ザッとノイズが混じるように対象に言葉が流れ、頭が痛くなった。


【どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないの!? 誰か教えてよ!】

【誰にも話せない! 誰も分かってくれない!】

【誰か助けてよ!】

 悲痛な叫びが、アカザの動きを止めさせる。

 耳が痛い。心が痛い。そのせいで手が震える。腕を下せない。


【なんで!? ハーフエルフだから!? エルフじゃないから!? お母さんも私を捨てた癖に、なんで今さら顔を見せるの!?】

【シルフィールもあなたも嫌い! 私には持っていない物全部持っている!】

【消えてよ! 死んじゃえ!】

【私に関わらないでよ!】


 感情の本流がアカザへと叩き付けられる。

 だが、アカザは震える中、その言葉に近親感を持ち始める。

 それは、アカザが苛められていた頃、苛めて来る者たちに抱いた気持ちだ。


 ただ一つ違うのは助けてくれる存在が居たこと。

 いや、もしかしたら助けてくれる存在が居たのかもしれない。アカザが気付かなかった、気付こうとしなかった存在。


【もう嫌だ。見ないで】

【……本当の私は醜い】

【助けてくれても心の奥底では疑う私が居る。妬む私が居る】


 蝋燭が熱されたようにどろりと溶け出し、トゥルーの姿が崩れていく。

 

【……本当に悪いのは私】

【お母さんが近くに居たのに、気付かずにのうのうと過ごしていた】

【アカザさんが来なければ、この里から出ていく決意ができなかった】

【優してくれる人の気持ちに、答えられないほど弱い私】


 ぐちゃぐちゃに爛れ落ち、ドロドロの泥へとなり果てる。

 見るに耐えられない腐臭をまき散らす汚物。


【だから、もう、トゥルーを捨てて】


 だが、アカザはそんな物に近づく。

 刀で汚物を切り捨てるためではない。


 その手で汚れた彼女を抱きしめる。


 ぐちゃとへばり付く泥。だが、それに嫌悪感は自然とでなかった。


「俺さ、将来なりたい者とかやりたいこととか分からなくて、未来像っていうのも思い浮かぶことができなかった」

 淡々と言葉が漏れる。


「夢とか未来とか希望とか分からなくて、自分には何もなくて。だから、明日死んじゃっても、居なくなっても何も変わらないって」


 きっと、この世界に来ただけでは変わらなかっただろう。

 日々を坦々と過ごすだけ。他人などどうでもよく、自分さえ良ければ他はどうでもいいと考えていた。


「だけど、それを変えてくれたのはお前なんだ」

 アカザは泥となり、目を背けたくなる彼女を一心に見つめる。


「そんなトゥルーが、俺は好きだ」


 びくりと泥が震えるが、気にしないアカザは思うがままに言葉を紡ぐ。

トゥルー(真実)が醜くたっていい。汚くたっていい。俺をどんな風に思ってもいいから、一緒に居たいんだ」


 ショックだった。

 足に力が入らなかった。

 だけど、嫌いにはなれなかった。

 それだけで十分だ。


「絶対に捨てたりしないから」




「なぜだ」

 声に振り替えるアカザ。今までトゥルーに変装していた天使が信じられず、耐えられず、アカザを怒鳴る。


「なぜだ! なぜ醜いそちらを選んだ!?」


「醜い方が本物に見えたってだけだ。誰だって醜い。それだけの話だ」


「嘘だ! 美こそが正しさ! 醜さとは悪! ただ何か少し違うだけで諍いを起こす種族。嘘を吐き、蔑み、陥れる! そして、殺す! 犯す! それが人! 自分に都合良い物だけを受け入れ、それ以外は排泄する!」


「貴様は人ではない!」


「……かもな」

 狂っていると指摘されたし自覚はあったが、ここに来て人間性を否定されるとは思わなかった。だけど、それも。


「でも、汚い種族なんだ。俺はずっと前にそれを知っている。だから、トゥルーの汚い部分も見られた。俺自身、潔癖症じゃないから何とか受け入れられた」


 それに。


「俺自身、一度も自分が美しいとか思ったことなんてない」


 心や感情、思考を持った生き物が綺麗事だけを思い浮かべる筈がない。

 怒り、嫉妬、蔑み。それら負の感情を一度も抱かない者が居るのだろうか。

「お前だって俺から見ればトゥルーを苦しめた汚い奴だ。俺は好き嫌いが激しいんだ。お前の光は眩しくて目が痛い」


 感情に任せ、力を天使にぶつける。


 【殺神化】

 女神の一柱、その一部の力を得る。

 吹き荒れた【創波】の流れは、アカザの体へと集う。

 【創波】が形作るのはガラス破片のように鋭く、透けた、黒水晶の翼が背中から生まれる。

「Shift 9 F1」

 アカザが呟くと同時に装備の切り替えが行われる。瞬時に持っていた刀が【インベントリウィンドウ】に収納され、替わりに手に収まったのは流線型の片刃剣。

 美しく、されど禍々しい、見る者を圧倒する黒水晶の剣。

 破壊と殺戮の象徴。

 それが【女神・カーリー】の象徴武器【女神装具《黒》】。

 【膝丸《薄緑》】、【小鴉丸《八咫烏》】、【天叢雲剣《劔之神器》】【クロノスの鎌】――。アカザがこれまで手にしてきた武器はいずれも高性能、また強力な武器である。

 だが、この【女神像具《黒》】は幾つかの条件を満たさなければ、本来の機能を発揮できない。


「だから――」

 アカザはその剣を掲げる。


 1つ目は【女神装具】の呪いの発動。これによって【女神装具《黒》】を装備した時に、アカザのステータスは半減してしまう。

 これは他の【女神像具】も同じで、装備すると【生命力】、【マナ】、【スタミナ】のゲージが半減したり、スキルの【スタンバイタイム】、【チャージタイム】、【クールタイム】が倍に長くなってしまうデメリットをそれぞれ持つ。

 女神の武器を、格下の人間が使うための条件。


 2つ目は【神化】を使用し【女神装具】を装備してしか発動できない専用スキル。

 【殺神化】の方かにも【日神化】や【地神化】といった種類がある。女神の数と同じく7つの【神化】。その一柱と同じ【神化】と、その一柱を象徴する【女神装具】を装備し、発動可能になる。

 その7つのスキルはいずれも強力で、ゲームのバランスをひっくり返しかねない。

 だが、【神化】の発動中に1回だけしか使えないスキル。その【神化】の【クールタイム】も1時間と長い。


 これらを使わないプレイヤーは多い。


 【女神装具】を使用するのは、その固有スキルを発動するぐらいしか利用法がない。あるいは、弱体化を利用すると言った方法もある。

 だが、【女神装具】には通常の武器にある攻撃力やクリティカル補正はない。素手で殴っているのと同じ。さらに弱体化してしまい、一発勝負に近い専用スキルを使うくらいならば、通常の装備で何度も使えるスキルの方を選ぶのは当然。

 

 まともな思考を持つプレイヤーなら使わない装備とスキル。


 されど、窮地を、状況を覆す力である。


 場が整い、準備が終われば、後は放つだけ。

 

「どっかに消えろぉお!」


 剣を振り下ろす。

 放たれる殺戮と破壊の光。

 【女神装具《黒》】の専用スキル、【黒天女の祝福】。

 ただ一直線に、我武者羅に、貪欲に、その光は奔る。

 破壊する禍々しくも美しい光。

 山など軽く消し飛ばす力を持った強い閃光。

 それは天使を呑み込んだ。

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