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5-7

「……なん、だ?」

 アカザはいつの間にかエルフの里にポツンと立っていた。

 だが、先程まで天使の攻撃によって破壊されたはずの建造物すら元に戻っている。

「……どうなってるんだ?」

 アカザが首を傾げて状況を思い出す。


(天使が笏杖から何かを放ってそれを浴びて――、浴びた結果がこれ?)

 訳が分からない。

 首を傾げていると、後ろからトゥルーが抱きついて来た。

「アカザさん!」

 いつも元気だった声は、嬉しさで涙声になっている。

「トゥルー!?」

 振り返って思わず声を上げるアカザ。


 目頭に涙を溜め、今にも泣きそうな、だけど口元が笑っており安堵したような表情を浮かべている。

「アカザさん。来てくれるって信じてた」

 と、ギュッと抱きしめて来る。普段からスキンシップが多いトゥルーだが、表情がいつもより色っぽく、アカザは顔を赤くしてしまう。

 しかし、目の前に変化が訪れた。

 今の姿よりも小さなトゥルーが里を走っている。


 石を投げつけられながら。

 額から血を垂らしながら。


 石を投げている里のエルフ。

 アカザは投げられた石を弾こうとしたが、アカザの体がすり抜けてしまいトゥルーに当たってしまう。


「どうなって」

 アカザが困惑していると、背中に抱き着いているトゥルーが震える。

「ここはトゥルーの思い出、心の世界だと思うの」

「心の……精神世界とか?」

「よく分からないけど、多分そう」

 何故そんなところにアカザが居るのか。

 天使の攻撃の影響なのか。


 そんな疑問が一瞬だけ頭の中に浮かんでくる。

 だが、その疑問よりも目の前の光景に何もできないアカザは、無力感と憤りで手を震わせる。


「トゥルーの体を作り替えるために創波を取り込んで、今もトゥルーの体を作り替えているの。だけど、抵抗しているトゥルーを倒したいって思っているの。だから天使はああいう光景を見せて諦めさせようとしているの」

 と、トゥルーは顔をアカザの背中に押し付けながら言う。恐らく、トゥルーは過去の嫌な出来事や、記憶を見せられていた。誰だってフラッシュバックのように見たくもない光景を連続してすれば、精神が折れそうになる。


「助けて」


 その言葉を聞き届けたアカザは頷く。


「だけど、どこから探せば……」

 ここがトゥルーの精神、心や記憶の中なのか、天使が作り出した仮想空間なのか分からないが、手掛かりもなく見つけるのも困難だ。

「多分これが教えてくれる」

 そう言って取り出したのは、いつかシルフィールが渡した【青の魔原石】。だが、一点から青白い光が零れ出し、視界を塗り潰す。眩しくてアカザとトゥルーは目を瞑った。


 アカザたちが目を開けた時には別の光景に変わっている。

 小さなトゥルーが弓を構え、木に吊り下げられている的に矢を向けている。シルフィールが横で弓の使い方を教えている。


『そんなに肩を上げるな。矢を撃つとき、弦が耳に掛かって切れてしまう』

『……こう?』

『違う』

 正しい姿勢にシルフィールが修正し、なるとトゥルーが矢を放つが的には当たらず、手前で力尽きてしまった。


『ご、ごめんなさい』

『いい。初めから百発百中の者などいない』

 外したことで怒られると思ったのか、体をビクつかせたトゥルー。だが、シルフィールは怒らずに慰めた。


『くっく。何を言っている。エルフならあの程度の的など命中して当然。幼子でも軽くこなせるわ』

『ふん。所詮は半血。我らが弓を扱える道理などない』

 それを台無しにするがごとく、どこからともなく現れるエルフたち。

 その視線はトゥルーの侮蔑と、シルフィールへの同情が混ざっている。


『シルフィール殿。やはりその半端者にエルフの弓を教えるなど時間の無駄。そのようなことをするくらいなら、我々と一緒に狩りにでも参りましょう』

『必要ない』

『では、私たちと一緒に水浴びにでも行きませんか?』

『必要ないと言っている』


 きっぱりと拒否したシルフィールだが、言い寄るエルフは後を絶たない。彼らには下心などなく、シルフィールに対しては礼儀を忘れずに、されどトゥルーに対しては露骨に嫌な顔をして見下している。

 エルフの里では老若男女、ハイエルフのシルフィールは崇められる存在。逆に迫害対称のハーフエルフのトゥルーには、露骨に粗暴を繰り返し行っている。


『ここから去れ。私が何をしようが貴殿らには関係ない』

 そう言われ、シルフィールの気分を害するのは本意ではない彼らは、渋々と何処かへと去っていく。

 その一連の会話が終われるまでトゥルーはずっと下を向ていた。

 

(何でトゥルーだけ)

 トゥルーは蔑まれ、嫌われているのにシルフィールは好意を受けられている。

 本人にとっては鬱陶しい事でも、先程の彼らに嘲笑され続けるトゥルーには耐え難い。


 シルフィールも彼らに加わって見下してくるなら話は違った。

 この里のエルフは嫌な奴だと、敵だと認識できる。

 そう思い込む方が楽だった。


 だが、自分の味方になってくれる者がいる。

 だから分からなくなってきてしまう。なんでこんなことをしているのかと疑う。

 エルフたちはトゥルーには冷たい視線や侮辱の言葉を投げて来るくせに、シルフィールには笑顔や称賛の言葉を与えて来る。

 しかし、味方などと、助けてくれているとはずっと思えなかった。

 安っぽい同情で、いつ見限られてもおかしくない。


 ハイエルフと言う種族に。生まれた境遇に。

(ずるい)

 人気者のくせに嫌われ者のトゥルー関わって来るシルフィールに嫉妬した。


「なん……だ。心の声まで……聞こえる?」

 その光景を見ていたアカザは、いつもとは違うトゥルーの声が感じられた。

 赤座の見立てではシルフィールとトゥルーは中の良さそうな師弟関係だと思っていたが、本心ではトゥルーはシルフィールが嫌いだったと言う。


「違うよ! トゥルーは一度だってそんなこと思ってない!」

 アカザの横に居た彼女は声を荒上げる。まるで違うと否定し、アカザに寄り掛かるようにして縋って来る。

「きっとあの天使の罠だよ! こうやってトゥルーに嫌なことに改竄しているの!」

「……ああ」


 恐らく、天使はアカザやトゥルーの戦意を、抵抗を挫こうとしているのだ。

 だから、こうやって思ってもいない感情を植え付けようとしている。

 そして、また【青の原魔石】が輝き、景色が別の場面へと変わる。



 森の外れで空を見上げているトゥルー。

 エルフの族長にシルフィール経緯で、上空からエルフの里に飛んでくる【レッドワイバーン】の撃退を命じられた。

 他のエルフたちは村の周囲に陣取って、弓矢の手入れをしている。つまりは時間稼ぎと囮になってこいと言われたのだ。


 精々、手を抜いてエルフの里に【レッドワイバーン】を送ってやろうと思っていた。

 そう思っていたからか、上空の警戒が薄くなったところに、不意を突くようにしていきなり人が落ちて来た。


 その人物はアカザ。

「……いきなり時間跳び過ぎだろ」

 つまりこの光景はトゥルーとアカザが初めて出会った時の光景。


「逆だよな、普通」

 今、思い返してみると空から落ちて来るのは少女の方で、落ちて来た少女を受け止めるのは男の方だ。

 しかも、アカザはトゥルーを見た途端、鼻の下を伸ばしている。


(何この人。気持ち悪い)

「……最悪だ」

 確かにアカザの方も悪かったと思う。

 だが、トゥルーにはそういった感情を抱いてほしくなかった。


 アカザはトゥルーを純粋で天真爛漫な性格だと勝手に判断してしまい、アカザに嫌悪感を抱いてはいないと勝手に思ってしまった。

「トゥルーはこんなこと思ってないよ! アカザさん、騙されないで! 天使の思うつぼだよ!」

 トゥルーはそう言うが、アカザには耳に聞こえてくる声が頭の中に反芻する。


 気持ち悪い。

 

 アカザが、現実で散々に言われていた言葉だ。

 それがよりによってトゥルーの声で再生され、耳で塞いでも聞こえてきてしまう。

 信頼していたトゥルーから、苛めていた奴らと同じ嫌悪感の声が、アカザを苦しめた。


 この幻聴を生み出している天使を片付けて、早くここから抜け出したい。

 アカザはそれだけを考え、早く天使のところまで行きたかった。

「天使はトゥルーを支配したいから、きっと奥の方に居るはずだよ! ほらこれ!」

 その時、また彼女の持っていた【青の原魔石】が輝き、景色を変える。


 次々とアカザの前に流れる光景。

 天使が改変しているトゥルーの声で心の声と一緒に流れ、それらは悪意に満ちている。

 大量のモンスターが襲って来た時、アカザを盾代わりに利用していた。

 アカザと一緒に寝た時、トゥルーは我慢していた。

 【常春】に泊まった時は、遊女たちを気持ち悪く思っていた。

 戦うことを拒否したアカザを無責任だと罵っていた。


「こんな光景……、見せつけて何がしたいんだ」

「トゥルーたちの戦意を挫きたいの。諦めないで。もっと深くに天使はいるはずだから」

 また、【青の原魔石】が景色を変える。

「トゥルーは大丈夫だから」

 淡々としたトゥルーの声にアカザは震えた。


 日皇には自分にも付添人のような存在が居ると自慢していた。

 憐れみでアカザに助けてやろうと思った。

 圧倒的な力を持つ相手を、一方的に叩きのめすアカザを化物と恐怖した。

 離れないでほしいと願ったのに離れていった裏切り者。

 エルフの里に戻って来たの、アカザから与えられたものを自慢したくて、見返したくて帰って来た。


「……もう、……いいだろ」

 アカザはトゥルーの本心が、天使によって改変されているとしても、心に刃となって突き刺さっていく。

 こんなのならば知らずにいた方がいい。聞きたくもない。

「こんなの……聞きたくない」


 だが、耳を塞ごうと聞こえて来る。

「アカザさん。頑張って、もう少しだから」

 彼女がアカザに後から抱き着き支えて来る。

 その優しい声音はアカザにここまで来たことを思い出させる。

 ここから出てトゥルーの優しい声を聴くために、アカザは足に力を入れる。


 トゥルーを助けるために。

 トゥルーと一緒に居るために。

「トゥルーを助けてね」

 

 今度は時間が戻ったようで、背丈が今よりも少し低いトゥルーが目の前に居た。

 そして、エルフたちがトゥルーの手足を押さえつけている。


「や、やめてよ!」

「うるさい。じっとしてろ」

 ニヤニヤ、ニタニタと悪趣味な笑顔を浮かべるエルフたち。

 1人が槍を持って膣内に入れようとしている。


 まるでカエルの尻にストローを差し込むような、子供の残酷な遊び。

 トゥルーの怯えた顔、震える体がそんなに面白いのかゲラゲラと笑いだすエルフたち。

 しかし、もっとトゥルーの反応を見たいのか槍はじわりじわりと遅く進んでいく。


 その光景に漠然とした拒否感と恐怖が背筋を震わせる。

 まだ幼いトゥルーだが、本能がダメだと拒否している。

 首を振り、目に涙を溜める。

 手足を押さえつけられていても、もがく。


 それでも、エルフたちは楽しくて止まらない。

「いや、いや、いやいや、いやぁああああ!」

 恐怖に耐えられなくなり悲鳴を上げるトゥルー。

 周りはトゥルーを疎んでいるエルフだらけで、誰も助けに来そうにない。


 聞こえて来るトゥルーの声にアカザは震えることしかできない。

 乱暴される女性の気持ちまで伝わってくるのだ。

 少なくともトゥルーが嫌だと泣き叫ぶ姿を見て、アカザはやめろと大声で叫んだ。


 しかし、映像は止まらない。

 嫌だ、嫌だと何回も流れたトゥルーの悲鳴は、アカザの耳が壊れそうなほどに多く、恐怖で、頭がパンクしそうだった。

 これが幻影だとしても、無駄だと分かっていても前の光景を斬りつられずにはいられなかった。

 斬り付けても一瞬彼らの姿がぶれるだけで、光景は流れていく。アカザは無力感で叩きのめされた。

「……こんなの。まじ、ふざけんな」

 何回も斬り付けても止まることがない映像。


「くそったれぇええ!」


 だが、トゥルーの悲鳴を聞きつけシルフィールが颯爽と現れる。


「貴様らっ!」

 心の底から沸き上がる怒りのままに、棍棒でトゥルーに群がっていたエルフたちを叩きのめすシルフィール。

 アカザはその光景にもっとやれとシルフィールを応援したくなった時、またトゥルーの心の声が聞こえて来る。


(シルフィールが犯されればよかったのに)

 ゾッとした。

 周りのエルフたちを追い払うシルフィールを、見つめるトゥルーの瞳が怖い。

(トゥルーが酷い目にあったのに、シルフィールだけ何をしてもお構いなし)

 事実、エルフたちは至る所に痣や怪我をしたが、シルフィールが恨まれることはなく、逆に何でシルフィールがあそこで暴れ、こちらを攻撃してきたのか理解できないと疑問に持つ程度だった。


 トゥルーが反撃してエルフたちに怪我をさせれば、今よりももっと酷い仕打ちになる。

 ハイエルフだから優遇される。

 生れが違うだけでこんなにも自分は苦労している。

 だから、嫌い。

 だが、この里では唯一の味方なのだ。


 見捨てられないように、シルフィールの前では素直な子供で居るしかない。

「あ、ありがとう。お師匠さま」

(さっさと助けてよ。ハイエルフ)


「こんな光景……、見せつけて何がしたいんだ」

「トゥルーたちの戦意を挫きたいの。諦めないで。もっと深くに天使はいるはずだから」

 また、【青の原魔石】が景色を変える。

「トゥルーは大丈夫だから」

 淡々としたトゥルーの声にアカザは震えた。

 



 アカザを後ろから抱きしめている彼女は、歓喜する。

 目の前の光景は全て過去のこと。

 トゥルーの起きたこと、感じたこと、思ったことを可能な限り再生している。

 その抜擢部分は主にアカザへの悪意に満ちているが、全て事実である。


 そして、先程の殻の光景はトゥルーの中では思い出したくもない記憶。

 彼女が手を貸しているのもあるが、アカザでなければここまでトゥルーの心の奥底までこれなかっただろう。

 過程はどうであれ、問題を解決していくアカザをトゥルーは認め、心を開いていった。

 記憶の中には本心から楽しいこともあった。


 だが、それらはアカザの前では流さない。

 心の奥底に居る者を倒させるために、嫌われるような映像を流す。

 そして、その者を殺した時、彼女は体を手に入れる。

 この地を消すための体を。

 

 エルフにこの地に引きずり降ろされ、囚われた。

 そして、意識と体を割かれ、乗り移され、力だけを奪われ続けられる。

 屈辱で叫ぶしかなかった。

 暴れるための体はピクリとも動かず、依り代にされた体も動けぬように固められてしまい、どうすることもできない。

 そんな中で数百年を過ごす。

 依り代に八つ当たりしても、根本的な解決にはならない。

 意識しかないが、だからこそ何百年も相手の精神を蝕む術を覚えた。


 意識を乗っ取り、集めた【創波】で封印を壊す。

 だが、【創波】が集まる前に体が壊されそうになった。


 故に心の世界に引きずった。

 そして、彼女を殺させる。

 無の心となった者はより多く、純度の高い、透明な【創波】を生み出せる。

 そうすれば封印も解ける。

 だから。

「だから、天使を倒してねアカザさん」

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