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6-1

 このゲームによく似た世界にいきなり来た、ゲームばかりやっていた青年。ここではキャラクターネームのアカザと名乗っている。

 以前の現実では無職+ネットゲーム廃人だった。だが、ここはアカザがやっていた【フォークロア】によく似た世界。ここでならアカザは無敵である。

 突然与えられた力に戸惑いながらも、この世界で冒険をし始めるアカザ。

 出会い、戦い、守り、挑み、救った。

 しかし、まだまだ見ていない景色、そして強敵との闘い。

 未だ終わりの見えない道をアカザは歩き始めた。


 さぁ、冒険の始まりだ!


 と前振りが長くなったが、そんなことはなかった。


 まず、バグ化したワイバーンとの戦闘。

 次は、超大量にポップしたモンスター及び【鬼道丸】との戦闘。

 また次は、【キョウノミヤコ】でのチート野郎と戦闘。

 そのまた次は、天才姉との死闘。しかもアカザは一度死んでいる。

 そして、この前は天使化したトゥルーとの戦闘と来た。


 現実ではありえない体験をしたことは事実。刺激的であり、興奮もあった。

 だが、それで疲れない訳がない。

 この【フォークロア】に似ている世界にアカザが来てから1ヶ月程度過ぎた。

 なのに1年以上経過している気がする。それ程に激動の日々だったのだ。まるで強制定期に入社され、馬の如く働かせられる平サラリーマンのように。


 なので、アカザは怠けることにした。


 まず、寝る。寝たくなくても寝る。布団の上で寝っ転がる。

 次に食べる。特に好きな物ばかりを食べる。お菓子や肉類などの偏った食生活を送ろうとする。


 仕事? 冒険?

 知った事か!


 勤務時間? 残業? 年間休日数? 社会貢献?

 ここはゲームの世界だ! 現実の話なんてするんじゃない!


 社会人? 大人? ニート?

 社畜ざまぁぁああ!(悪笑)


 と、まぁ、何事においてもやる気がない。廃れた生活を謳歌しようとしているアカザは、ニートであることがこれまで甘美な味だとは思わなかった。

 このままズルズルと、一日無駄なことをして過ごそうとするアカザ。

 だが、そんな生活は許さないとアカザの部屋に入って来る人物が1人。


「貴様! いつまで寝て居るつもりだ! もう既に朝の10時だ! 起きろ! 働け!」

「やだ」

 そう、これは引きニートと教育ママとの戦いであった!

 

 ともかく、ここ数日は怠けるアカザと勤勉なシルフィールとの諍いが絶えない。


 隙があれば怠けるアカザは、まず二度寝は当たり前、起床時間には起きない。

 逆に、最初は遊郭に泊まるということでいい顔をしなかったシルフィールだが、炊き出しや洗濯、衣服の編み物など復興中の【エチゴ】で働く彼女たちに好感を持つようになった。

 アカザのように怠けているクゥカやサツキにはきつい物言いをするが、それ以外とは概ね仲がいい。


 そして、アカザは一時期とは言えトゥルーを預けている保護者のような存在だ。弟子のトゥルーにこのような姿を真似てほしくないのだろう。

 時々、トゥルーはアカザのようにだらしない姿をしている。

 朝、パジャマからシャツが出ていたり、寝ぼけた顔が続いていたりする。

 他にも時折ぼーと空を眺めていたり、猫背になっていたりと多少気が抜けている。

 

 挙句の果てにアカザと昼寝していたのがシルフィールの逆鱗に触れた。

 アカザは昼寝くらい好きにさせろと思うが、シルフィールにとってはダメ男と一緒に寝ると言うのが気に食わなかったらしい。


 それでも、毎朝早く起きてシルフィールとの朝稽古を始めるのは習慣だからだろう。


 さて、ここでいい加減場面を戻そう。


 起きることを拒否したアカザは眠たげな顔で、シルフィールに訴える。

「最近までいろいろあって疲れているんだ。お前は休みすら与えてくれないブラック企業か?」

「ブラック企業と言うのはなんだか分からんが、貴様が堕落したいだけだろう! ここに来てから9 日! あれだけ食って寝て、食って寝てを繰り返し十分に養っただろう! もう既に休暇はいらぬだろうが!」

「……知ってるか。無職はいつも休暇かと思うかもしれない。だが実際は仕事を探すために奔走したり、求人情報を吟味したり考えているんだよ。行動しているんだよ」


「……で、貴様は何をやっていると?」

「なにもしておりません」

「今の下りは何だ!?」

「ただのノリ」

「貴様は何がしたいんだ!?」

「何もしたくない」

「働け! この穀潰しが!」

 怒りが有頂天に達したシルフィールが、アカザに向かって棍棒を振り下ろす。


 だが、そんな行動が分かり切っていたアカザは、瞬時に部屋の窓から飛び出し逃亡。

「待て! 話は終わっていないぞ! 働け!」

「俺は働くことが何よりも嫌いだ!」

「ふざけるな、おい!」


 追いかけようと自身も窓から跳び出る。だがシルフィールの足の速さよりも、アカザの圧倒的なステータスによって発揮される速度は尋常ではない。よってシルフィールは引き離されてしまう。


「貴様! 仕事をしろー!」

「働くのは嫌でござる! 絶対に働かないでござる!」

 生涯を掛けて遊んでいたいニートの心を込めて、シルフィールに言う。

 まぁ、共感は得られなかったが。




 あのままシルフィールを撒いて、アカザが来たのはエチゴのギルドホールの瓦の屋根。

 日に当たるのは眩しいし熱いので、日陰なる所で枕を置いて寝転んでいる。


「ふぅ」

 息を整えるために深呼吸した後、瞼を閉じるアカザ。

 硬いがちょっとひんやりとした瓦の感触と、頬を撫でる風に気持ち良く感じる。

 うとうと眠気が出て来たので逆らわずに眠りに入ろうとした時に、アカザに向かって声が掛かる。


「貴方はなんでこんな時間から寝ようとしているのですか。しかも、そのような場所で。みっともないでしょう」

 と、若干呆れた声を出しながらナオトラが言って来る。


「他の者も嘆いていました。アカザ殿が怠けていると」

「だからさ、1年分働いたんだから、1年分休んでもいいだろ?」

「それなら、私目は隠居でもしましょうか。【エチゴ】の復興も止まって、貴方の家の建築もご破算になるでしょうが」

「……だからって仕事を受け付けていませんので働きません」

「そう言えば、素材を高額で売る方も協力は出来なくなりますね」

「…………最悪店売りすればいいや」

「ああ、言い忘れていましたが【エチゴ】を復興するために、男手は強制労働をすることを今検討しています。当然、この【エチゴ】に滞在している者、冒険者も対象にします」

「よし! 他の都市に移住だ!」


「逃がすと思いで?」

 ナオトラから逃げようとしたアカザだが、一部ステータスはアカザよりも高く設定されている。また、立ち上がらなければならなかったアカザよりも、立っていたナオトラの方が初動が速く、呆気なくアカザはナオトラに首後ろを掴まれ、引っ張られる。

「ぐぇ」

 そのまま服に首を絞められてしまい、アカザの口からカエルが潰れた音がした。


「まったく、何でそこまで働きたくないのです?」

「朝早く起きるのがだるい。報告連絡相談なんて一々面倒。残業は出るし休日は潰れてしまう。労働時間は短縮せず、ずっと縛り付けられる。嫌な上司に敬語で話さなければならないのは辛い。働けば働くほどに疲れる。なのに給料に変化はなく報われない。失敗の責任は自分に降り掛かる、叱られる、怒鳴られる」

 アカザの口からは仕事に対しての文句ばかり出て来る。

「だから、働きたくなんてない」


「はぁ、いいですか」

 そんな子供の我儘を諭すかのように、ナオトラはアカザに向い合う。

「労働とは単にお金を稼ぐだけの行為ではありません」

「自身のスキルアップや将来設計の為の礎になるんですってか? 他人や社会の為にでもなるって?」


「いいえ。貴方は生きていますか?」

 他人が言うような綺麗事ではない、刃のような鋭い言葉がナオトラの口から出て来る。

「選択を委ね、決断をしないこともあります。その代わりに自分の人生、運命は他人任せ。それでは奴隷ではありませんか? 自分で何も決めずに、ただ心の臓が動いていることを、生きていると貴方は思うのですか」

「……別に本人がその生き方を望んでいるならいいじゃないか。働け働けって言っても、あっちの世界じゃ仕事なんて誰も雇ってくれなかったし」


「してくれないという言葉は、誰かに縋っている言葉です。あなたは誰の奴隷ですか」

「俺は縋ってない! ……ただ、自分の能力が低いだけだ」

「縋っていますよ。弱いという自分自身に甘えている」

「説教か」

「説教です。ついでに貴方はこちらの世界でも力に甘えている。でなければ、それ程の力を無為に振るい、必要な時に振るわないことはないでしょう」

「ノブリス・オブ・リージュって? ご苦労様です。あと、ご愁傷さま」

 不貞腐れたアカザの言葉を気にもせず、ナオトラは続ける。


「では聞きましょう。貴方は必死になれるものはありますか? 何もないでしょう」

 その一言に、アカザは固まった。

 先程のような軽口が止まってしまう。

 アカザには自覚があるから、ナオトラの言葉を認めてしまった。


「…………」

「それで、このままで居るつもりですか」

「……どうすりゃいいんだよ」

 未来が見えない。考えようとすると憂いてしまう。

 顔を俯かせ、手足をだらんと垂らす。

 そんなアカザをナオトラはにはに向けて放り投げた。


「って、え?」

 浮遊感は一瞬。そして、一気に重力に引かれて落下する。


「ごが!?」

 一瞬だったので、立て直す暇もなく地面に頭から突っ込むアカザ。下手すれば首の骨がえらいことになりそうな角度だったが、DEF(防御力)が高いために折れなかったのは僥倖か、不幸か。


 それでも、アカザは放り投げたことについては、ナオトラに自然と怒りは出なかった。だが、先程言われた「何もない」という言葉に、むかむかとアカザの奥に苛立ちが生まれる。


 そして、起き上がったアカザにナオトラが【木刀】を投げて来る。額に当たった。結構痛い。涙目になるくらいには。


「かかってきなさい」

 ナオトラが持っているのも競技用に使われるような、木質の薙刀だった。

 投げられた木刀で掛かってこいと言っているのだろう。


「……くそったれ」

 なんだか馬鹿にされているようで、こんな事に何の意味があるのかと憤りを感じた。その感情をぶつけるようにして地面の【木刀】を拾い上げ、ナオトラへと斬りかかる。


 バカ高いステータスで振り回される【木刀】は、途轍もない威力を持っている。が、そんな素人の直線的な斬撃など、ナオトラは軽くいなす。


 実は【木刀】を装備してはスキルの発動ができない。同じように【竹刀】や【牡丹槍】などの、いわゆる練習用の武器はスキルの発動ができないように設定されている。


 これは各種武器の特性や扱い方に慣れる目的で、開発側が設けた装備だ。だが、初心者の武器にしても、スキルの発動ができないというのはかなりの痛手。強化すれば【木刀《技》】になってスキルが使用できるものの、元々の威力が低いので大した武器にならない。


 主にPVPにて練習か、初心者に戦い方を教える際に使う武器だ。


 そのため、ナオトラに勝つにはさっさと武器を変えて応戦するべきだった。ただ、相手も同じ条件なのに、武器を変更して殴り掛かるのは負けを認めるような気がして癪だ。


 だが、感情で勝てるのならば苦労はしない。

 アカザの攻撃は見透かされたように躱され、逆にナオトラの攻撃は面白い程に当たる。


 切り掛かったアカザの攻撃は受け流され、誘導でもされたか立ち位置が入れ替わった時に後頭部を殴られる。

 ナオトラへと振り下ろした【木刀】が簡単に躱され、反撃を喰らう。


「認められないのでしょう。弱い自分が」

「だからなんだ!?」

「不細工です。顔ではなく表情が。そんな湿気た面でなにをすると? なにを成すと?」

「ちょっと黙れよ。ババァ」

 だが、スキルの恩恵が完全に無くなった訳ではない。パッシブスキルのどのように武器や道具を扱い、どのように効率的に扱うかというスキルがある。


 使えば使う程、ランクアップすればするほどその武器についての理解が深まり、威力を引き出す。


 そして、にわか仕込みであろうとも技術は技術。

 ステータスが加わり、常人の目には映らぬ程に速くにして振るが。


「醜い太刀筋です」


 もう、薙刀など必要ないと言わんばかりに【木薙刀】を手放し、アカザの手から【木刀】を奪った。


「は?」


 余りにも鮮やかに、容易に起きた出来事にアカザは一瞬頭の中が空になる。吸い込まれるようにして【木刀】はナオトラの手に移り、そのままアカザの頭部をかち割ろうとする。


 奪われたと認識するよりも速く叩き込まれる一撃。

 頭部の衝撃は強く、裂けるような痛みが鳴り響く。

 もし、ステータスの恩恵がなければ、本当に真っ二つになっている。


 思わずその場で膝を付き、頭を両手で抑え込むアカザ。そのまま恨めしい目でナオトラを見るアカザ。

 だが、その怒りはナオトラの目を見た瞬間に散失した。


 ナオトラが見下す方にになるが、眼光に嘲笑や侮蔑を感じはない。


 代わりに感じたのは穏やかな殺気。


 矛盾しているようにも思える。

 アカザがナオトラの大きさに呑まれ今すぐ逃げ出したい気持ちと、いつまでもその雰囲気に浸っていたいような穏やかさ。


 【鬼道丸】のようなむき出しの殺気ではない。

 ただ、大きな何かが居ることは分かる。


「悔しくないのですか、こんな老体にいいようにやられて」

「…………」

「それとも技が使えぬから武器が悪いとでも言いますか? ならばさっさと変えなさい」

「……そうかよ」


 アカザは【木刀】を投げ捨て、替わりに腰に差していた【暗鬼鞘】から【膝丸《薄緑》】を抜く。

【強敵よな。心が躍――】

「黙れよ」

 喋ろうとした【鬼道丸】を遮るアカザ。

 足が手が震える。

 だから【膝丸《薄緑》】を強く握りしめる。

 目の前のナオトラが怖い。

 それに負けないようにして、余計な力が加わってしまう。


 だけど引けない。

 引いたら、これまでのことが無駄になってしまう気がした。


 ゲームの中ではナオトラには何度も勝ってきた。【武道大会】で戦うときはナオトラの他に9人同時に相手にし、苦戦はするが勝てるようになった。

 なので、例えゲームのシステムが変わってもアカザすれば勝って当たり前の相手なのだ。


 【疾風一閃】を使い、一瞬でナオトラとの距離を詰める。



 風よりも速く駆け最速で振られる斬撃にナオトラは、刀が触れる瞬間まで何もしなかった。

 だが、アカザが斬れると思った瞬間に体を回転。するりとアカザの横を通り抜けるようにして躱した。


「やはり醜い」


 ただナオトラは、【木刀】を振る。


 なのに、スキルの発動で加速したアカザの刀より、速い。


 ナオトラが出す気迫の錯覚なのか、アカザの目には【木刀】が真剣に見えてしまう。

 気がついた時にはもう、【木刀】はアカザを斬りつけていた。


 腕が切り落とされたような痛みが、腕の喪失感が神経に伝わる。思わず【膝丸《薄緑》】から手を離し、【木刀】で斬りつけられたところをもう片方の手で押さえつけてしまう。


「貴方が何を求めているのか。私目には分かりませんが、それではあなたの傍に居る者たちを守ることなどできませんよ」

「……」


 そして、ナオトラは地面に落ちている【膝丸《薄緑》】を見ながら言う。

「それにその名刀が可哀想です。せめて使い手なら武器の声くらい聞きなさい」

「……何を言っているんだ」


「分からぬならそこまでです」

 膝を付いて項垂れているアカザをしり目に、告げることは告げたと何処かへと行ってしまうナオトラ。


 完敗。

 勝てるはずの相手に打ちのめされた。

 心のどこかで自分は強いと己惚れていた。

 これまで一度も弱い敵など居なかったのだ。それに辛勝とは言え倒してきたのだから。

 そんな自身を完ぺきなまでに叩きのめされることが、こんなに胸に突き刺さるものだと思いもしなかった。


「あああああああああああ!」

 自分がちっぽけすぎて、どうしようもなかった。

 誰もいない庭に悔しくて、情けなくて、どうしようもない叫びが響いた。

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