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5-4

「……ん」

 トゥルーの目が薄く開く。まるで朝起きたような気怠さと眠気があって、もう一度横になって眠たくなるが、鎖で腕を拘束され吊るされている不快感のせいで再び寝ることはできない。


 徐々に意識が回復していく。目の前には細く、枯れかけの枝が幾多にも重なり合っている。その木に埋め込まれるようにして水色の結晶があり、その中にはエルフの女性が居た。


 トゥルーと同じ栗色の髪に瞳。昔は活発そうで優しかっただろう。だが今は頬が、手足が骨と皮だけしか残っていないほどに痩せ細り、肌は血の気がなく青白い。瞳にも生気がなく亡者のようにしか見えない。


 だが、トゥルーはその女性を見ても恐怖は感じず、何故か懐かしさを感じた。


「……誰?」

 声を掛けてみるが、彼女に反応はない。答えたのは彼女たちの周りで儀式の準備をしていたエルフの1人。


「母親と同じになるのだ。嬉しかろう?」

「は……は、おや……?」


 そのエルフの言葉が一瞬理解できなかった。自分は捨てられたはずなのに、そう教えられ育ってきて、今更母親が近くに居ると言うことが。だが、何故かすんなりと彼女の顔をみていると納得できる。


「……お母さん?」


 理屈が分からずとも、目の前の女性が母親だと言うことを理解するとトゥルーに今まで捨てられたと言うエルフたちの言葉に、彼らの隠してきたことに怒りが沸き上がる。


「何で! 何で!」

「天使の力を利用するためだ。人と交わり穢れた者だ。我々に貢献できることを感謝していることだろう。まぁ、結界を広げたせいでその負荷に耐えられなくなってきたが、役目は混血の貴様に受け継がれる。親子そろって我々の人柱になれるのだ。感謝したまえ」


 そのエルフは、その周りに居たエルフたちも気持ち悪い歪んだ笑みを浮かべる。トゥルーはその顔を見たくなくて、母親の方に目を向けた。


 エルフの里の離れにあった小屋で1人で居た時の夢。寝て居ると自分の両親だと言う人が扉を開けて、自分を外に連れて行ってくれる夢。現実は冴えない人に連れ出さしてもらったけど、この里に居るよりも居心地が良かった。


 それでも里に戻って来たのはシルフィールの助けになりたかったから。この迫害される里では、トゥルーだけだったら確実に心が荒んでいただろう。それを救ってくれたから恩返しがしたかった。


 だけど、自分を迫害したエルフを救うのは嫌だった。だから、シルフィールにもエルフの里から出て来てほしいと思ったけど、森を守るためにここに居続けるだろう。


 だから、シルフィールの大事な森が危機に陥っているのなら何か力になりたかった。

 けど、その考えはもうなく、目の前の女性、母親と話したい。


「お母さん!」

 強く叫ぶ、涙が落ちる。


 会いたいとずっと思っていた。何故自分を捨てたのか、どうして近くに居たのに会いに来てくれなかったのか。そんな恨み言ではなく、今日は何をしたとか、こんなことがあったとか、何気ない会話で良い。


 声を、名前を呼んで欲しかった。

「お母さんっ!」

 だが、その時、目の前の女性が灰となる。


 呆気なく、死んだ。


 女神の加護で死んでも灰となり生き返るのは、傷つけられたり毒や呪いによって【生命力】がなくなった時だけ。


 寿命で亡くなれば、復活することはなく、灰となりその場に残る。

 現に30秒経とうとも灰はその場に残り続け、風も吹かない場所では何処へとも行かず、消えることもない。


 トゥルーの母親の遺灰がその場に残る。


「あ、え? 何で?」

「ふん、力尽きたか」

「……力……尽きた?」

「そうだ。貴様の母、シャディは依り代として天使を宿し、媒体として天使の力をこの森の結界に張り廻らせていた。しかし、天使の力は強くてな、依り代は徐々に体の寿命、創波を失っていく。これからは貴様の役割だ。我々のためにしっかりと働け」


 つまりトゥルーの母親は、彼らに寿命を、創波を搾り取られ、その末に力尽きた。

「あ、あ、ああぁぁああああ!」

 力の限り叫び出すトゥルー。


「予定より尽きたのが速い。儀式を始めるぞ」

 エルフたちはトゥルーのことなど微塵にも気に掛けず、何かの呪文を唱え始める。

 しかし、トゥルーも気にしていない。


 母親に会えたと思ったら、次の瞬間に永遠に会えなくなってしまった。

 何で、何で! と頭の中でも叫び続ける。


「……返してよ。お母さんを返してよ!」

 泣いて懇願しても誰も答えない。……はずだった。


【願いなさい】


 突然誰かの声が頭の中で響く。


「え」


 周りを見渡しても誰もトゥルーに話しかけている様子はなく、儀式を続けている。

 泣いているトゥルーに目を配る者はここにはいない。


 頭の中に思い浮かんだのは自分に一緒に居てくれたシルフィール。そして、自分を助けてくれたアカザ。だが、そんなことを見透かしたように何かは、分かり切ったことをトゥルーに告げる。


【ここにはあなたしか居ない。助けてくれる人も力を貸してくれる人も居ない。都合のいいヒーローなんていない。でも私は今ここにいる。私ならあなたに力を与えられる】


 トゥルーを責め立てるように、呆れたように、弄ぶように、急かすようにして声を出す何か。


【あなたに力があれば、お母さんを救うことだって、酷い目に合わせていたクソどもだって痛めつけることだってできた。だから望みなさい。力を、私を】


(あなたは誰?) 


 トゥルーは心の中でそう思い、何かも心を読んでいるのか返事をしてくる。不思議と疑問には感じなかった。


【誰だって関係ない。私を受け入れなさい】

(……もう遅いよ。お母さんは……もう、居ない)

【私の力でお母さんに合わせてあげる】

(そんなの……)


 不可能なことを言う何か。碌な物ではないことが分かっているからトゥルーは拒絶する。


【何時までいい子を装うの?】

(だって……あなたの、よく分からない力が怖い。)

【じゃあ、また失ってしまうのね。あなたの命も、あなたの大切な人の、シルフィールやクゥカの命も】

(……え?)


 聞き捨てならないことを何かは言う。


【消耗品のようにあなたの母親を使い捨てたのよ。その前にも何かしら理由を付けて自分がハイエルフになりたいがために、他のエルフたちを殺し続けた奴らよ。その事実を知ったあなたのお師匠さまは牢に閉じ込められて、次の生贄にされようとしている】

(……そんな。でも、お師匠さまはハイエルフで、森を守るために重要な――)

【彼らにとって重要なのは森の存続や血筋、規則なんかじゃないの。自分がハイエルフになりたい。ただ永遠の存在になりたいがために他の何かを犠牲にし続けた畜生どもよ】


 トゥルーはハイエルフになると言った内容に理解できていないが、ここのエルフが非人道的なことをやっていたと言うことは理解できた。

【あなたは許せるの? 母親に酷い事をしたエルフたちを】

(……許せない)


 地獄の底から響く怨嗟の声がトゥルーの心を埋め尽くす。

 どうしてお母さんが犠牲になったのか。彼らの我儘で振り回され、疎まし続けられ、蔑まれてきた。自分はハーフエルフで彼らはエルフだから仕方ないと、種族の違いから仕方ないと思おうとしていた。


 だが、エルフである母を、同胞であるはずの仲間すら苦しめる彼らをトゥルーは許せない。


【どうしたい?】


(同じ目に合わせたい)


「みんな、死んじゃえ」


 瞬間、何かがトゥルーに宿る。

 何かはそんなトゥルーを微笑みながら、祝福した。




 エルフの里の中央にある巨大な樹。その中は空洞になっており、上の部屋に行くための階段がある。その階段を上がった先にある大扉。


 その大扉を開けた先は一部のエルフ。族長や研究者しか知らない場所があり、同胞でもそこにあるものを知っているのは数人程度。


 天使を封印し、その力を利用するためにトゥルーの母親が入れられた水色の結晶。それを埋め込むようにして生えている枯れ枝が精霊樹、つまりは天使の慣れの果てであった。


「これで暫くは大丈夫だろう」

「しかし、根本的に見直さなければなりません。我々の寿命を延ばし、外を隔離し他の者たちに見つからなくなる結界の範囲を広めたことで、更に触媒となる者の寿命は短くなるでしょう。ましてや混血です」

「いや、歳は若い。それなりに持つであろう。少なくとも10年から20年はな。我々にとっては1、2年。……ハイエルフにとっては瞬きする時間だがな」

「しかし、それ程立っても解決策が見つからない場合はいかがいたしましょう」

「シルフィールを使う」


 1人の族長の言葉に、部屋の中が騒然とする。だが、他の族長たちはいつの間にか話し合っていたのか、取り乱しておらず納得していた。


「しかし、ハイエルフですぞ! それに1人だけで、失敗してしまえば変わりはいません」

 彼らはエルフの国から逃げ出すとき、1人のハイエルフの赤ん坊を連れ去ることに成功している。それがシルフィール。そのまま700年ほど育てたが、思い通りの性格(里のエルフたちの思い通りに動く人形)にはならなかった。


 恐らく、幼い頃から里のエルフの切望と嫉妬、族長たちの卑しい考えを肌で感じていたのだろう。また、里ではたった1人のハイエルフなので、里の中では異端児のハーフエルフとの仲間意識ができてしまった所為もあるかもしれない。


「そうなる前になんとかせい! それが貴様らの仕事だろう!」

 喚き散らす1人の族長。幾ら寿命が長くとも、何千年も研究の成果が出なければ苛立つのも仕方がない。


「ともかく儀式は終わった。また研究を再開――」

 する、といい掛けた時、精霊樹が破裂した。


 光が溢れ、目を瞑ってしまう。

 何事かと全員が精霊樹の方を向く。


 そこには美しい天使が居た。


 エルフは清廉な顔をしていると言われるが、そんなものはそこいらの石ころと思える程に美しい存在。誰もが心を射抜かれ、心酔する美しさを先程まで全員が蔑んでいた少女に思う。


 純白の翼は禍々しくも輝き、青い羽衣が彼女の体を包んでいる。

 そして、独りでに精霊樹の残骸が集ってできた笏杖が彼女の手に握られた。

 更に、麗しい唇が動く。


【死ね】


 瞬間、部屋が光で満ち溢れた。


 誰もがただ唖然とし、何もできなかった。


 【生命力】がなくなり、白い灰へと変わる。


 だが、決定的に違う法則が一つ。

 天使となったトゥルーが握っている笏杖に白い灰が吸い込まれていく。


【今度はあなたたちが生贄になる番】

 笑う。

 彼女の笑みは向日葵を連想させるような笑顔ではなく、後光が差しているような聖女のような笑みに変わっている。だが、その笑みは彫像のように張り付いているみたいで、薄ら寒い。


 そして、彼女は空に誰かが居るように見上げながら宣言する。


【女神よ。あなた様方の命により、この世界の膿を消して参ります】

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