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5-5

 ともかく、牢から2人を出すことにするアカザ。この里の結界に入った時と同じく、【暗鬼鞘】で精霊樹から生まれている力を吸い続け、枝の檻の力を無力化する。ただの枝となった檻は脆く、アカザが手に持っていた【膝丸《薄緑》】、【小鴉丸《八咫烏》】で左右の檻を斬る。


 重なり合った枝は、ばらばらと崩れ落ちてシルフィールとクゥカを解放する。

 アカザは確認のために、シルフィールから事情を聞く。


「エルフ全員がハイエルフになろうとしているって?」

「ああ、ここの里のエルフたちは何百年も前からその研究に没頭しているらしい」

 俄かには信じがたい話である。


 ハイエルフ自体【フォークロア】には数人程度しか明かされていない。エルフの王族、隠居している大魔法使いなど。プレイヤー側はハイエルフの種族を選ぶことはできず、外見上の違いはエルフと比べてもないため、あまり気にしない。


 だが、クエストやストーリーでエルフとハイエルフの違いを把握することがある。

 エルフは20歳までは人間と同じように成長するが、それ以降は人間で言う1年が10年になる。ハイエルフも20歳まで成長を続けるのは同じだが、それからは1000年が人間が体験する1年になる。


 また、居るだけで死せた大地であろうと生命を溢れさせ、繁栄や栄光がもたらせられるみたいだ。この辺はゲームの世界観や設定なので、スキルやイベントとして確証が持てないが、居るだけで影響をもたらすほどの力がある。


 ハイエルフは王族ぐらいしか認知されていない。【フォークロア】の隠し要素で、隠居した大魔法使いがハイエルフという設定だったりするが、それを合わせてもこの世界には10人も居ない種族である。


「……CC(キャラクターチェンジ)みたいなもの……じゃないか」

 アカザのつぶやきに首を傾げる3人。


 種族の変更と言うと前に戦った姉、クスフィーからルーレアに変わったスキルを最初に思い浮かべたアカザ。だが、あれとは根本的に違う。


 体を入れ替えると言うのではなく、体そのものを作り替えると言った所業。


 そう考えるとヴィクターのチートか、継ぎ接ぎの【レッドワイバーン】に近いだろう。


 だがヴィクターの方は、あれは現代人であり、天才的な姉が作り上げた【技法魔導書】という存在があって完成したものである。この世界がゲーム的な要素を持っているという事を知らない彼らにとって、今首を傾げた彼女たちと同じく理解は困難だろう。


 継ぎ接ぎの【レッドワイバーン】は、飢餓による共食いから発生したバグ。共食いなので他のモンスターを捕食した場合、また違う形態になるのかもしれない。だが、恐らく同一個体で、偶然の確率で発生してできたバグモンスターだとアカザは思っている。


 仮に【創波】を取り込むことで体を変貌させるのならば、オークの肉を食べたアカザにも変化があって筋肉が増えたり、歯が牙のように尖ったり、肌色が変化したりしてもおかしくはない。


 今回の場合は人体実験に近いのではないのだろうか。


 そして、生体実験で自分の体を弄り回そうと思う奴はいない。必ず、モルモットを必要とする。一瞬、寝台に寝かされているトゥルーに投薬や解体されているイメージがアカザの頭の中を過ぎってしまう。沸き上がった不安と恐怖を捨て去るように、会話を進めた。


「今、トゥルーが居る場所は分かるか?」

「恐らく、祭壇、精霊樹がある場所。里の中央の大きな樹だ」

「急ぐぞ!」

 焦りがあるアカザは、彼女たちと歩幅を合わせることはせず全力疾走でエルフの里を突っ切る。凄まじい速度で走るアカザ。


「な、何だ!?」

「に、人間。人間が里に入っているぞ!」

 途中、何事かと住民のエルフたちが騒いでしまうが無視。


 だが、耳が良いためかすぐにアカザの進路上に待ち構えるエルフたち。


「放て!」

 彼らが一斉に矢を、魔法を放つ。壁のような密度でアカザに迫るものの、よく見ると【アイスボルト】や【ライトニングボルト】などの初級魔法や何の変哲もない質が低い矢であるため、恐れることはない。


 手に持っていた【膝丸《薄緑》】【小鴉丸《八咫烏》】を【暗鬼鞘】に一旦収納し、【膝丸】だけをすぐに抜刀。


 刀身が黒ずみ、黒風が纏わりつく。先程、エルフの里を覆っている結界、檻を強化していた力を吸収した量のエネルギーが【暗鬼鞘】によって変換され、【鬼道丸】の意思と共に抜刀した刀に宿る。


 刀を振り下ろすと同時に黒風が台風のように吹き荒れ、攻撃を無力化する。それでも勢いが衰えない黒風はそのまま、エルフたちへと襲い掛かる。


「なぁ!?」

「馬鹿な!」

 余波で通せんぼしていた何人かが吹き飛し、地面に叩き付ける。一瞬で攻撃を無力化されたことに驚くエルフたちだが、再度攻撃する前にアカザに突破される。


 力強く引き絞られ放たれた矢の如く駆けるアカザ。

 進路上に居たエルフは首を刎ね飛ばし、障害物となった扉は蹴り破る。


 一点突破の際、生き残っているエルフたちが後ろから矢や初級魔法を放つものの、アカザは攻撃の速度より早く駆けるため、当たらない。


 祭壇に行くための階段の一部を破壊しても、壁を走るため無意味。

 そして、アカザが精霊樹がある祭壇の手前、大きな扉を破壊して中に入ろうとする。


「トゥルーッ!」

 中に居るトゥルーに向かって声を上げたアカザ。その時、破壊しようとしていた大扉が中から強烈な光によって破壊され、爆風がアカザを襲った。


「!?」

 爆風に飛ばされたアカザは【受け身】を使い、空中に投げ出された体勢を整え落ちていく。落下地に居たエルフの顔に着地し、そのまま踏み潰す。


 落ちて来たアカザに警戒して、周りのエルフが弓矢や杖を向けるがアカザは気にも留めず、高速でその場を離れる。


 直後、上から光の雨が降り注いだ。


 その光に射抜かれたエルフは蒸発するように白い灰へと変わり、光が降り注いだ元へと昇っていく。


 灰の行く手の先には白い翼を背中から生やし、青い羽衣を着ているトゥルー。手には笏杖を握っており、後光が差し込んでいる。


 ゆったりと降りてくる姿は活発な印象が似合う少女ではなく、清楚で凛とした年に合わない美しさを持っていた。


 その美しさに心を奪われているエルフたちだが、アカザは困惑した表情で彼女を見る。


「……【主天使・サドキエル】? ……どうなってるんだ?」

 アカザはトゥルーの姿を見て、ある者を思い浮かべてしまう。


 【主天使・サドキエル】。

 【フォークロア】の設定において天使とは、世界を制御し安定させ統治する役割を持っている。しかし、もっぱらモンスターとしてプレイヤー側と戦ったりすることの方が多い。


 ゲームでは伝説や神話をモチーフにキャラクターを作ることは多く、サドキエルもその影響を受けている。ケセドの守護天使、慈悲の天使、主天使の長。


 そして、女神の使い。


 女神の命令であれば、何でもする者たち。女神の気まぐれで、戦争を始めろと命じられれば戦争を始め、殺せと言われれば躊躇なく殺す。その対象が命令した女神であっても、迷わず実行する女神の人形。


 それが、なぜ、トゥルーに取り付いているのか。


「トゥルー!」

 アカザが彼女に向かって呼びかける。


 すると、彼女はアカザに向かって微笑み、笏杖を向けた。


 瞬間、背筋がゾッとする寒気に襲われる。彼女の顔は微笑えんでいるものの、まるで蛆虫でも見るかのような冷たい眼差しがアカザの視界に入ってくる。


 笏杖の先端に光が集まり、アカザに向かって放たれる。


 【縮地】によってその場から一瞬にして距離を離したアカザ。


 放たれた光は太く、強く輝きアカザが居た所を、周りに居たエルフたちを巻き込んで消し去る。


 ぽっかりと巨大な穴が作られ、深さは暗くなるほどに長く確認できない。


【避けないで、早く死んでください】

 アカザが彼女の攻撃を避けたことに対しての反応する。依然として蠱惑の微笑は浮かべたまま。


 だが、エルフたちは熱が冷めたらしく、目の前の天使の脅威を認識して一目散に逃げ出す。


「うわぁああああ!」

「何で天使が私たちを襲うの!?」

「人間を裁いてくれるんじゃないのか!?」


 そして、彼らの逃亡を許す気はなかったらしく、彼女の周りに光球が幾つも浮かび上がり、彼らに向かって放たれた。


 まるで風船が弾けるように、彼らの身体は弾け、白い灰となって彼女が持つ笏杖へと吸い込まれていく。避けようとしても光球は追尾して、左右に動いたりしゃがんだりしただけでは避けられず、同じ結果になる。


 アカザにも光球が放たれるが、黒ずんでいる【膝丸《薄緑》】から黒風の衝撃波が噴出し、相殺する。


「おい! お前は何だ!? 天使が何でトゥルーに付いているんだ!?」

【あなたには関係のない話です。例え強くとも、その辺の塵と一緒に……】

 彼女が再び笏杖をアカザに向けた所で、体が固まった。次第に微笑みが消えていき、剣呑な雰囲気が彼女の周りに漂う。


【何故、あなたごとき下等種族が【神化】と女神の武具を持っている!?】

 なぜ彼女にアカザの使っていないスキルや、【インベントリウィンドウ】に仕舞っているアイテムが把握できたのか分からない。だが、彼女は相当驚いているらしく、先程までの虐殺行為が止まり、アカザだけを凝視していた。


【答えなさい。下等生物】

「それな、自分で考えろよ。高等生物」

 アカザの物言いに天使は表情を変えていないが、激怒したようで光の槍を投擲してくる。

 左手で【膝丸《薄緑》】を抜いた【暗鬼鞘】の鯉口を向け、その光の槍を吸い込んで無力化する。


 そのまま、【膝丸《薄緑》】を後ろに向け【鬼道丸】が変換して残っているエネルギーを全て使いきるように噴出し、彼女が浮かんでいる所まで飛んで行く。


 そんなアカザに彼女は光球を数えるのも馬鹿らしいほど生み出し、四方八方、上下から取り囲むようにして曲射する。


【全て吸収するのは不可能だぞ!】

「そんなにお前に期待していない!」

 【鬼道丸】の警告を、受け入れアカザは【暗鬼鞘】を元の位置に戻し、【小鴉丸《八咫烏》】を解き放つ。それと同時にアビリティスキル、【斬り払い】を発動。


 幾多も迫りくる光弾を【膝丸《薄緑》】で斬って、払って、打ち落とす。そして、【小鴉丸《八咫烏》】の黒ずんだ風を放出し、彼女へと迫る。


 恐らく、天使の意識がトゥルーに取り付いていられるのは何かしらの媒体によってだと思われる。ならば笏杖や羽衣、翼を怪しく思ったアカザは、まず翼に狙いを定め、天使の頭上まで来てから二刀を振り下ろす。


 【融技(フュージョンスキル)】で、タイミングを合わせ3つのスキルが組み合わせる。

 スキル群【侍】、【兜割り】。

 スキル群【暗黒騎士】、【デンジャー】。

 スキル群【暗黒騎士】、【狂乱】。


 【デンジャー】は【生命力】と【マナ】を消費し、持っている武器に暗黒のオーラを纏わせる。威力は向上し、相手の防御力を50%無視する力を得た武器を振り下ろす攻撃。

 そして、【狂乱】は15秒間の防御力低下と引き換えに狂ったように8回、二刀流だと合計16回の連続攻撃を高速で相手に叩き込むスキル。


 スキル群【暗黒騎士】は攻撃と同時に、自身を不利なるスキルが多く、危機に陥りやすい。だが、エルフたちが一撃で灰となったため攻撃力は高い。


 アカザが知っている【主天使・サドキエル】は凄まじく強い。

 天使に標準的に備わっている【生命力】の【高速回復】。そして、飛行能力によって低空からの一方的な面制圧攻撃。【竜騎乗】や【ジャンプ】などの空に留まるスキルを持たなければ、それだけで詰みになってしまう。


 それに加えて【主天使・サドキエル】は元々の防御力の高さと光属性の無力化、ダメージの30%を軽減する特殊能力。また、攻撃には全て光属性が付き、光属性のスキルは【スタンバイタイム】、【クールタイム】がなく、【チャージタイム】が最大の状態で放たれる。ダメージも通常より高く設定されている。


 攻撃と防御に特化している分、移動、飛行速度は遅く、回避スキルは持たないといった弱点はある。だが、アカザがステータスのAIG(敏捷)によって移動速度が速くできるのと同じく、天使も高速で飛行できない可能性がある。


 また天使の笏杖に吸い込まれていくエルフの死骸となった【創波】を見て、死んだら復活できるとは思えなかった。


 攻撃力、防御力はアカザより上。移動、飛行速度はゲーム時代より存在して、トゥルーに憑依していることで回避スキルを持っている可能性もある。


 ならば、全力で攻撃するしかない。


 【兜割り】で天使の頭上から一気に急降下し、黒いオーラを纏った【膝丸《薄緑》】と【小鴉丸《八咫烏》】を高速で振り、背中の翼を破壊しようとする。


「トゥルーを返しやがれ!」

 だが、アカザが気迫と同時に打った16回の連続攻撃は、突如天使の周りに展開された光の壁によって、阻まれてしまい弾き返される。


【何人たりとも、私に触れること敵わず】

「ちっ、だったら!」

 右手に持っていた【膝丸《薄緑》】を収刀し、代わりに【小鴉丸《八咫烏》】が入っていた【暗鬼鞘】を取り出して、障壁に突き刺す。


 精霊樹、そこから出て来た天使。

 ならば檻の力を吸収したように、天使の障壁も吸収できる。

 鯉口から天使が張った障壁を一瞬にして吸い尽くす【暗鬼鞘】。

 そして、障壁が解除されたことに驚き、隙を見せた天使の背中、翼に全力攻撃。


 【渾身一刀】、【渾身一擲】、【乾坤一擲】を同時に発動し、一気に威力を増させる。

 凄まじいダメージ倍率になった【蓮華】によって放たれる【黑之断絶】。

 見ればゾッっとするほどの威圧感を放つ黒いオーラが【膝丸《薄緑》】、【小鴉丸《八咫烏》】に宿る。


 その攻撃が天使の翼に触れる。

 だが、その翼は切断されることも、捥がれる事もない。

 そのまま、落下し着地するアカザ。


 天使を見上げても、何も変化はない。

 不発に終わったかと思いきや天使の【生命力】が幾分か減っているので、無駄ではない。


 だが、トゥルーの体を傷つけていることに不安を感じる。


 もし【生命力】が0になり、トゥルーが白い灰になれば、復活ポイント(【エチゴ】)で元に戻った彼女と再会できるだろうか?


 それは希望的な観測に過ぎず、また死亡したエルフたちはあの笏杖に取り込まれている。トゥルーを倒して笏杖に取り込まれてしまえば、どうなる事だろう。


 笏杖を破壊して元に戻るのか。


 最悪、取り込まれたエルフたちと混ざりあってしまい、もう元に戻ることはないのかもしれない。


 嫌な想像が次々と頭の中に湧き出て来て、思わず悪態を吐き捨てた。

「くそったれ!」

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